#22 Enter Daydreams(白昼夢への誘い)

「時間も時間だし…先に。適当に昼飯を済ませてから、色々諸々買い揃えようぜ」


 地元で最大級の規模を誇る巨大複合アミューズメント施設――某大手のショッピングモールを核として、シネコンからホームセンター、更には小洒落た家具屋や大規模の玩具屋なんかもあり、挙句の果てに大規模なイベント会場までを内包する超大型の地元最強テーマパーク。


 その屋内駐車場の一角に車を止めた親友の第一声がこれである。余裕を通り過ぎて脳天気にも程がある。


 いやいや三大欲求に従い過ぎだろうと空虚でニヒルな三人目の自分がムカつく表情で笑うが、現状主となる人格の僕としても…まあそれなりに空腹を感じるのでこうべを垂れて付き従う。個人の思想や思惑に関係無く、空腹は絶対的に悪である。


「まあ…良いよ。で、何を食う? やっぱ手軽にラーメンか?」


 地元に本店を擁するこってり系店舗がテナントとして入っていたはずだしと思い浮かべて、薄暗い中を歩きながらの提案。


 それについて彼から否定の声は特に上がらず、すぐさま迅速に可決。

 会話を交わした個々人の特性を扠置いても、何にせよ男子だけだと大体ラーメン食いがち。代替案としては丼屋になりがち。


 同性に共通する意識を利用して談合めいた判決の結果、幼馴染の男二人は三階の一角にある飲食店街に向けて、歩を進める。


「飯食い終わったらまずは俺主導でインテリア系を漁りに行くし、その中で見たいものとか行きたい店があったら言ってくれ」


 悠一の恙無い言葉が耳の後を流れる。

 十二月特有の忙しさに浮かれた空気を加えた様な雰囲気、異質な予感を漂わせた屋内を闊歩しながら今後の段取りを軽く確認。


 了解と答えたものの、クリスマス前の浮かれた雰囲気漂うショッピングモールを男二人で練り歩くことへの――ある種のシコリみたいな抵抗を携えた沈殿物が多少なりとも心の中にある。


 そんなある種の余裕の無さに似た劣等感じみた感情とは縁遠いモテ男の突飛な発言が僕に刺さる。


「そんで、時間があればアラタの服をメジャー用にチョイスだな」

「は? いや、いいよ別に…困ってないから」


 というか何でや?


 好きで着てるし、なんだって良いだろ。

 いい歳こいて母親に買ってきて貰ってる訳でもないし、妙齢の青年としてファッションにそこまで無頓着な訳でもない。


 そういった思いを万感かつ全身で反論の異を唱えたが、明確な反証。


「でもテイストが基本的に一緒じゃん」


 そう言われて自身の服装を見直す。

 

 平凡な容姿に金色の短髪。知り合いのバンドTの上に黒いレザーのジャケット羽織る。そして拘りのダメージ入のリーバイスがダナーのブーツを履く。その首元に柄物のストールを巻けば宮元新の外見が割りかし高い解像度で完成する。


 うん。何処からどう見ても実に流行に敏感でお洒落な今風の青年じゃないか。


「お前に拘りがあるのは分かるけど、を毎回変えてるのも分かるけど。印象的にはいつも『ソレ』だろ?」


 僕の抱く甘い幻想は容易くぶち壊された。

 でも自己評価なんて客観的には大概そんなもんだよと慰めの言葉を心中で繰り返す。そんなの勿論知っていたさ。


 だけど、それでも良いじゃないか!


「気に入ったスタイルなんだ。お前のアメカジと一緒だろ?」


 それは違うと頭を捻る悠一。

 しかし、この話題も暫し打ち止めの様だ。


「おい、そろそろ着くぞ」


 巨大な本屋の横を壁沿いに抜ければ目的地である飲食店街。その中腹辺りに件のラーメン屋があるのだ。


「あ、ちょっと待って。その前にトイレ行ってくるわ」


 各階の角に設置されたその入口前で悠一を待つ。


「ったく、トイレ位家でしとけよ…」


 テナントの販売促進のポスターばかりが所狭しと貼り付けられた壁に背中を預け独りごちる。


 こちとらもう、僕の全身はラーメンを食する体勢テンションに入っているのだ。そう長くは待てない心境だ。


 時間潰しの暇潰しにスマホでニュースを流し読みしていた僕に投げ掛けられた高い声。男のものとは明らかにトーンの違う異性の振動。


「あ! あのー、」


 はい?


 あれ何か凄い既視感がある状況だ。

 またぞろ世紀末的なヒャッハー系使者モヒカンに見つかったのか?


 となればメジャーデビューすることはマッドマックス同然の荒廃した未来世界に放り込まれることと同義である。

 なんて嫌な有名税。世も末だ。

 あ、世紀も末だった。ユーはショックなタフハートだった。


「ひょっとしてハンマーヘッズの宮元新さんでしょうか?」


 有機ELの小さな画面から顔を上げ、声の主に焦点を合わせる。

 そこに立っていたのはモヒカンの青年では無く、ふわふわもこもこのコートを纏った小柄なモテカワガール。


 当然童帝の知り合いでは無い。


「そうすけど、君は――あれ、君は? 何というか。確か、その…以前に、過去に何処かで。会ったことが…」


 前言を早くも撤回。

 何処かで会ったような…記憶にある様な。覚えのある顔。

 その美術品の様に整った可愛らしい顔立ちを忘れるとは思えないんだけどなあ…何だったか。何処だったか?


 凄まじく余談になるが、人間は何か考え事をしたり、自身の記憶を思い出そうとする際に、視線が動くらしい。


 僕も例に漏れず、生理的にそう行動するものであり、必死に記憶の引き出しを開け閉めしながら、キョロキョロと目玉が動き回る。


 そして、その最中に見つけた。


 快活そうな雰囲気を押し売りのように推し出す甘いルックスの女性の一歩奥。

 所在無さげな柳の様に憂いを伴い立つ『彼女』と僕は邂逅した。

 童貞バンドマンの僕が求める『解答すべて』を持った女性に。


 この出会いは『その』一歩目だ。


 鳥籠でも教会でも無く、或いは未開の惑星でも無い何の変哲も無い商業施設。

 地元と人生と世界の地続きで僕は見つけた。

 

 紛れもなく『運命』との邂逅だ。

 そのインスピレーションに理由なんか要らない。

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