#22.5 Overture of Destiny(運命の出逢い)
僕の見た彼女の持つ、その際立つ存在が偏光的かつ強烈に網膜から飛び込んで。
数秒では遅過ぎる位の瞬く間に視神経に伝わり、小さな脳に難無く強烈な感情を伴って届いた。
極めて狭く、著しく短い視野を介して知覚する認識領域が急速に狭くなり、それに伴って呼吸が途端に浅くなる。
もしかしたら心臓を端としてあらゆる臓器すら停止したのかもしれない感覚。停止。
ヘモグロビンを運搬する血液の代替に体内を循環する感情すらを漠然と覚える。
その後に身体中に――科学的には何処を探してもそんな名称の器官等存在が確認されていないのにも関わらず、他の一切を遮断した視覚が得たこの世のものとは思えぬ情景は滞りなく全身を流れ、その果てに僕の心は確実に揺れ動いた。
偏った思想に歪曲された視界を呆気なく奪われ、狭量な心を明確に揺り動かされた。
その代わりに、その代償に――或いは彼女の為ならば、もし彼女が望むのならば、自身の全てを差し出しても構わないと全霊で思った。
端々に想像したのは完璧の悪魔。
のんべんだらりとした学生時代に読んだ退屈なゲーテを頭の隅に浮かべて必死に願う。
今この瞬間、僕の目の前に
目の前にいる女性―――如何様にも頼りなく、どうしようもなく折れてしまいそうな儚い陰ある雰囲気に洗脳され、完膚なきまでに魅了された。
相対する彼女は女性として特別華奢であるという訳では無いのにも関わらず、否応無くそういう感想を抱いてしまう。
恐らくは、その伏し目がちで下向きな表情がそういった印象の源泉であり根源であり、加速させる一因なのだろうと酔った頭で漫然と思った。
その
その滑らかそうな柔肌に精密なタッチで描かれた複雑で整った顔の造詣はアール・ヌーヴォーの隆盛期を想起させる。
鋭い風を感じる程に切れ長で、欠けた月の様な妖しさを湛えた魅力に満ちているはずの両目は――ビロードみたいな長い睫毛の帳が意地悪く半分程隠しているが――垣間見える少し灰色のその瞳こそがその女性の雰囲気を決定付けている気がした。
多分それは水面に映る夜空に近い。朧げで不確かで、存在すら曖昧なのに求めてやまない幻夜の様な風景。
もしかすれば、シックでシンプルな髪留めで一つに括られ、胸の前に緩く流された千夜一夜の河の様な黒髪もそういった刹那のイメージを増長させているのかも知れない。
その女性的な身体に纏うのは、つい先日行き逢った褐色のDJ女神とはまるでタイプの違う服装。
灰色のシンプルなデザインの上着から本来覗く筈の首筋を隠す、迷惑極まりない雪のような純白のタートルネック。
タータンチェックのロングスカートから伸びる脚はタイツという薄いながらも鉄壁の防護壁に守られ、外気にその姿を現すことははない。
故に僕が外側から視聴可能な軟肌は、彼女の手と表情だけだ。
そのフェミニンな服装だけとっても先の美人DJとは異なる印象を受けるが、それ以上に差があるのが服に隠された体型である。
先日行き逢った佐奈さんはセクシーで、堪らなく色っぽい。直感的にそれは間違い無い。
だけど、それは総和的なバランスの話であって、所謂セクシャルでグラマラスなナイスバディでは無かった。
しかし、彼女の全身は――何と言うか。率直に下世話に表現すれば艶めかしく、否応がなく引き付けられる迫力がある。
厚手のアウターを突き上げる胸部とか、やけに余りがある腰部とか。
そして、赤色のチェックの下に隠された臀部とかの明確な主張が首から上の引っ込み思案な雰囲気と相反している。
などと、外見ばかりの感想を
それは僕が女性の魅力を外見でしか評価しない、短絡的な面食いという訳ではなくて。
だって、この時点で
相対する女性の好みや性格は疎か、その身に冠する名前すら知らない。
ただ僕が理解し、実感しているのはこれが僕の全てだということ。
否、僕の全ては今この瞬間に始まったのだということ。
僕が生を受けた瞬間で、正しい意味での
遥かな昔――七〇〇万年前から続く人類が、探し求めていたものに辿り着いた。
この時、僕は世界の運命と出会った。
そして、生命の答えに触れたんだということ。
大袈裟でも何でもない。これが僕の出会った確定的で絶対的な
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