#15 In Too Deep(深みに嵌まる)
「へえ、アラタくんと
「いやいや、いやいや? その実、そんな良いもんでも無いですし、しょーもないもんすよ。なあアラタ?」
そんな曖昧でぼやっとしてる上に、高度な次元で政治的部分を含んだデリケートな話題を口下手に振るなよ。
会話力とか人間力とか色々諸々達者なそっちサイドだけで勝手に展開して、ウェーイな感じでアリよりのアリみたいにふわふわで分かりにくい感じで完結してくれと切に願う。
打ち上げとは名ばかりの宴会開始時に位置していた落ち着く座敷から移動して、強制的に移動させられて。
現在の僕がいるのはソファのある中規模なボックス席。
その時点で――ただでさえ半端じゃ無い、アウェーやビジターにも似た居心地の悪さ――にも関わらず、それに加えて、とてつもない重圧を感じる繊細な身の上なもんでね。誠に口惜しいことに会話に割く
何だよノリ悪いなと無神経に口を尖らせる悠一は僕の右側で。
「ねえねえ、もっとお話しようよアラタくん?」
嫋やかに項垂れしなだれかかる。
可愛く目尻を下げながら、さり気ないボディタッチを重ねてくる美女DJが左サイドを固めるこの状況は完全に僕の青く小さな手に余るだろ!
「あ、佐奈さんのグラス空いてますね。ひとっ走りで何か注文してきますよ」
映画の注意書きみたいに様々なネガティブやセンシティブを含んだ感情故に、適当に理由を付けて、でっち上げて。生温い地獄の釜みたいな場から
「ホントだ。すみませーん注文良いですかー?」
浅い計略はあっさり看破され――それどころか、しっかりと腕をホールドされ物理的にも逃げにくい。取り巻く状況は悪化の一途をひた走る。
なんせ温かいささやかな膨らみが
そうこう逡巡している内に優秀な店員さんがご注文をどうぞと御用聞き。マジで逃げ場が無く封殺される感じが全身を支配する。四肢の動きはけんもほろろ。きっと意味は違うがそんなノリである。
「私はジンバックにするけど、アラタくんは?」
「あ、えっと…店員さん、バーボンとかありますか?」
予想外の状況に流され、普通に注文を開始してしまった。脳無き反射のせいで自身の首を締め、益々離脱しにくい状況に陥る。
僕の思惑を恐らく一生知ることは無い愛嬌のある女性店員さんは『ございますよ』と幾つかの銘柄を口にした。
「じゃあジムビームのロックを…そうだな、シングルでお願いします」
かしこまりましたと店員さんが去っていくのが早いか、質問が次から次へと飛んでくる。返すどころか受け取ることも難しい物量。
「なかなか格好いいのを手慣れた感じで頼んでたね。結構お酒飲むの? ってか、そうそうアラタくん。今度一緒にクラブのイベント出ようよ。私が回すからさ、キミMCとか出来る?」
矢継ぎ早に繰り出される異世界言語めいたブローのフロウ。
一体どれから答えたものかと思案する暇も無い。アンサーを瞬発で繰り出す気分だ。フリースタイルを常とする人では無いのだよ。
「ああフロントマンじゃなくて、ダンスとかでもいいよ、どう? やってくれる?」
「えっと、つーか。そもそもMCって司会者的な意味では無く。ヒップホップ界隈におけるラップ的な意味合いの話ですよね?」
そうだね、よく知ってるねと気持ちのいい相槌が打たれる。
待て待て、揺れるな、騙されるな。落ち着け、平穏でフラットな低体温の精神を保つんだ。さすれば黄金の精神に辿り着けるはずだと漫画に書いてあった。
「ならば、残念ながら力になれないかもです。僕、ラップとか書いたことも歌ったこともないですし。何ならどちらかと言えば苦手と――」
「大丈夫。シンガーだしソングライターだし! 結構案外、意外と何とかなるもんだって。あ、てか連絡先教えて。今度静かなトコで二人でゆっくりじっくり話そうよ」
いやちょっと待って。
僕の本音を絞った主張が遮られたのはまあいい。目上の人間だし堪えよう。
だがそれとは別に、一つの懸念事項があった。
アレだわどうしよう。イケてる女性特有の唐突過ぎる話題転換に全然着いていけない。
なに、何がどうなって、どう転んで、一体今はズバリ何の話をしてんだ? バーボン始まりの酒の話は何処行った? ていうか、そもそもラップは未経験で出来ないって言ったよな? 確かに告げたよな?
「あ、なんなら俺が送りますよ。アラタの連絡先」
どうにも悪意を感じさせる余計なアシストが幼馴染から横槍として追加される。
は? 何お前、スマホ出して爽やかにとんでもないこと言ってんの?
「本当? ありがとう」
屈託なく笑いながらそう言って佐奈さんは隣席を立ち、悠一の下に向かう。
それによって僕の身体はしばらくぶりの自由を味わう。精神は未だ囚われたままだけど。
それでも今の内に内外の環境から脱出出来ないかな? どうにも無理そうだよな~。
「先に佐奈さんのを教えて貰って良いですか?」
「上手いね~、そうやって連絡先を聞いちゃうんだ~?」
和気藹々に流れる美人DJと男前幼馴染の会話は
「ほい、完了」
「いやあ、嬉しいです。佐奈さん、今度電話しますね」
「出るかはどうかは保証しないけどね?」
どうやら、既に時遅し。全てが終わった後のようだ。スマホ解約しようかな?
「えへ。アラタくんの個人情報ゲットだよ?」
再び僕の隣に舞い降りた女神。少し紅の差した顔を緩ませ微笑む。
ときめき以上に感じるのは、解放感の喪失と付加された心労。割に合わない感じだ。
全く、酒の席とは気苦労が絶えない。その救いの無さは永続的な拷問に似ていると思う。
華やかなパーティーが楽しいのは社交的でお喋りが得意な奴らだけなんだ。
僕みたいに偏屈な根暗童貞野郎はその賑やかな空気にアテられ、著しく摩耗してしまう。
しかし、社交的でお喋りの得意な奴らはそんな根暗を放っておけない程に人間的に優れた奴であることが多い。放っておけばいいのにむやみやたらに関わってくる。
こちらとしてもマジで良い奴の差し出した尊い手を無下には断れない。結果疲れるの繰り返し。とんだデフレスパイラル。得も言えない哀しき負の連鎖である。
偏った思考から現実に回帰。
「まあ、その。申し訳無いんですが、僕は高確率で携帯電話を携帯しない派なので…その無駄骨とか、かけさせちゃうかも知れませんよ?」
届いたばかりのジンバックに口を付けた小悪魔に精一杯の牽制。多分意味無いのだろうとは思ったけど、一応ね?
「大丈夫。それでもきっと届くよ?」
僕の主張は何処吹く風。大きな瞳の片方を瞑り、誘うようなウインク。
うわ睫毛すげえな。長過ぎだろ。一体何処までが自前なんだろうか?
素っぴんで素面だとどういう顔をしているのだろうかと益体無く想像してみる。
余計な装飾など無い、生まれたままの姿を脳裏に浮かべる。
僕が今目にしている女神めいた付随物で着飾った彼女よりも綺麗なのだろうか、それとも劣るのだろうか?
その飾らない相貌は今よりきっと自然体で生々しさを携えた愛しい肢体なのだろう――って違う。違う!!
いやマジで結構深刻にヤバイなこれ。このままでは本当に、本格的にオトされる。
欲望を越えた本能が警鐘をこれでもかと大胆に鳴らす。
このまま進めば、確実に。僕の望まない形で艶女に敢え無く籠絡される感覚。
僕が本来有するはずの思想も意思も哲学すらなく、ただその惑わしくも悩ましげな色香に誘われるがままに骨抜きにされる気さえしてくる。
それは僕にとって最悪だ。
心情的にどうあっても避けたい結末。
故に相棒にアイコンタクト。手慣れた意思疎通。散々裏切られてなお、すばる歯科クリニック無い存在。
「すみません佐奈さん。少しお手洗いに…」
生理的な現象をエゴイスティックな理由では止められまい。
『え~早く戻ってきてよ』と釘を刺されたものの、あっさり解放された囚人。
彼女の柔らかさとかに少しばかりの未練は残るが仕方無い。
蠱惑のメデューサDJの隣から離席する際に再び幼馴染に視線を向ければ、彼は小さく首肯を返す。
「あ、待てよ。俺も行くわ」
実に自然な形での追従。
ついでに連れションというありふれながらも、他者から干渉されにくい生理現象という行為で望まない楽園から離脱。
廊下に出た僕を襲う圧倒的な疲労感。なんか無駄にどっと疲れたよ。
何だよこれ。日本のトイレはシルクロードの果てに存在しちゃってて、ガンダーラばりに遠隔地にでもあるのか?
用を足す壁は困難過ぎるにも程がある。
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