#14 Dance Dance Dance(乱痴気騒ぎ)
決して圧制された世界解放や未だ見ぬ暗黒大陸の開放なんかの凄まじい大義を果たす為に選別されることは無いだろう―――
その絶望的なまでに程々の平穏で割と最低な事故現場において、幾らか経過した現在から約二時間の時を遡ってみよう。
僕達御一行様が訪れたのは地元の歓楽街――という程に大きく立派なものでは無いが、そういった所謂夜の店なんかが連なる通りの一角。
その一角に目的地の顔馴染みの業界御用達大規模店舗がある。
一見さんお断りを地で行く様な入りにくい豪奢な和風の門扉を潜れば、水物の僕達を迎える声がする。
「やあ、いらっしゃい」
若干お姉交じりかつ顔面入れ墨なのに、それでも美形で柔和な印象を受ける年齢不詳な店主に軽く挨拶して闖入。
奥の座敷が既に抑えられており、凡そ五十人ほどの傾奇者が畳に座した。
ぞろぞろと礼儀やしきたりをそんなに重く置いてない無頼者たちが敷居をくぐって坐していく。
「皆さんグラスは行き渡りましたか~?」
堂々たる仕草で上座に立つ悠一は麦酒が並々と注がれたグラスを片手に音頭を取る。
僕達ハンズは基本根暗で社会不適合者の集まりであるので、こういった華やかな役割は必然的に相棒の男前に任される。マジで圧倒的感謝。
「それでは乾杯の前に、僭越ながらワタクシ、ハンマーヘッズの田中
これだけの人数を前に、よくもまあ流暢に滞りなくツラツラと言葉が出てくるもんだと毎回関心してしまう。
と同時に、彼の幼馴染たる僕は僕で、どうしてこういう立ち振舞いが出来ないんだろうなと自身に問い掛ける。育った場所なんかは殆ど同じはずなんだけどなあ…。
三百人の観衆の前で、それなりに堂々と振る舞い演奏し、自身の驕った考えを歌詞に載せて歌うことが可能であるのに、ステージを降りた瞬間それが不可能になるのは何ゆえ?
僕の自問自答とは一切関わりなく場は進む。
それは自身に関わらず廻り続ける世界の姿そのものだ。
こほんと咳払いを一つ挟んで司会者の男前は口を開く。
「長い挨拶は嫌われるので、努めて短く。えー皆様の力添えのお陰もあり、先程のステージは大盛況の内に終えることが出来ました。関係各位の皆様には感謝してもしきれませんし、ワタクシの拙い言葉でその全てを伝えることが叶いません」
導入の挨拶は白波の様に滞りなく進んでいく。
「なので我がバンドのボーカルで、作詞を手掛ける
ファッ?
さも当然みたいに何言い出したこいつはよ?
ほらそこっ、『イイコト言うな~』とか茶化さない。恥ずかしさのあまり、僕が死にたくなるでしょ?
「では皆さん、失礼ながらお手を拝借。それでは『皆様のこれまでとこれから』を祈りまして――」
おいおいやめろよ。今後の活動に差し支えるだろ。意見や言葉を内から発しにくいだろ。
何なら、二度とMCを含めて公の場で発言しないぞおい。いや、そうすると無職一直線だな。ままならないよ。
困惑に取り乱した僕だけを取り残して浮かれた場が意味不明にも加速する。
目まぐるしい環境に取り残される系男子の明日はどっちだ?
「カンパーイ!」
陽気な掛け声と共に硬質な音があちこちから上がり、喧騒が大きくなる。僕を生贄に捧げた宴会の始まりだ。酒神に向けたわけでもない大した邪教崇拝の宴である。
バンドメンバー及び親しい間柄の人間が十人ほど座るテーブルに戻ってきた名司会者に僕は恨み言の様な苦言を呈する。
「おいおい田中くん。アレは無いだろう? とんだ晒し者だよ」
「そんなつもりは無かったぜ? 今回俺達が言うべきそれとして、適切だと思ったから引用したまでだ」
胡座を掻き、煙草に火を付けた悠一はあっけらかんとしたものだ。
反省とか罪悪感とかの諸々を感じる器官は無いのかよ。たこわさに真っ直ぐ箸を伸ばす辺り、それも望み薄だろうな。
「まあ、いいけど、次からは事前に教えてくれ。心臓が潰れるかと思った」
委細承知と適当に返事をし、甲殻類を貪り咀嚼する。聞いてるか?
「しかし、お前ら幼馴染の関係性ってのも良く分かんねぇなあ」
「ん?」
塩ダレキャベツを摘みながら真司は、それこそ良く分からないことを言う。
思わず件の幼馴染と顔を見合わせたが、彼も僕と同意見の様で、質問の意図と意味を図りかねている様子。どゆこと?
「別に、奇妙でも何でもない、見たまんまだけどなあ」
「そうそう。お互い黒歴史を握り合ってるが故の冷戦状態だよな?」
いや、そういうことじゃねぇんだとかつての狂犬は手酌でビールを注ぐ。瓶をこちらに向けたので僕のグラスにも同様の液体を満たしてもらう。
「なんつーの? 上下? 主従? 違うな。上手く言えねぇんだけど。対等な関係なようでそうじゃないけど、そうでもないというか」
「なんだ? 面白そうな話してるじゃねぇか。俺も混ぜろよ」
何やら不格好に言葉を探す真司の横に落ちてきた重たい腰。それを下ろしたのは『アテナ』の店長であるヤッさん。既にその顔は紅潮し、出来上がっている。
「どうした真司? 何が言いてぇんだ?」
「いやね。
そうかぁと頭を捻る熊の様な酔っぱらい。早くも真面目な話は無理そうな印象。
「僕は少し理解出来る気がするよ」
ここでの
「お、潤が阿呆二人の代弁をしてくれるのか?」
そう尋ねる悠一の前には炙られたエイヒレと熱燗が置いてあった。いつ頼んだの?
潤は少し間を置き、眼鏡のズレを指で直しながら答える。
「でも真司同様、上手く言葉に出来ない。けど、何となく分かるよ」
「一向に前に進まねぇ!」
かあっと頭を抱えた真司は大袈裟に倒れる。どいつもこいつも出来上がるのが早い。
それよりも建設的な話をしよう。
「何だよアラタ。トークテーマの提供か?」
灰皿を目の前に寄せながら問う悠一に首肯で決意表明。
「みんなは『真実の愛』ってなんだと思う?」
「お金次第だと思う」
僕の真面目で切実な疑問は適当に流されてしまった。え~? 皆は気にしないの? 気にならないの? マジで? 大事だろう。
「そういう意味不明なこと言ってるからモテないんだよ」
「どうしてモテないんだろうなあ?」
「でもアーティストっぽいと言えばそうかも」
「何だアラタてめえ。まだ童貞なのか? 禄に女も知らないロックスターなのか?」
怒涛の口撃が濁流の様に僕を攻め、打ちのめす。言わなきゃ良かった。
後悔が身体を満たし、憤怒の炎が心を焦がす。暗黒面に落ちそうだ。
「何キミ童貞なの? お姉さんが貰ったげようか?」
「え?」
救済の女神が舞い降りたのか? そう思い項垂れていた顔を上げる。
僕の淡い想像通り、そこには女神が立っていた。
黒い薄手のセーターとデニムのショートパンツ。
そこからすらっと伸びた弱褐色の肌。
少し派手だが女神と呼んでも差し支えない程に整った造詣の女性。
急に女神が現れるなんて僕は異世界転移でもするのだろうか? てか、どちら様?
「約束は守るよ。俺は」
お? 派手な女神に気を取られていたが、横に佇んでいる巨漢の男には見覚えがある。
そこにいたのはシーンの雄、中山裕也。本当に来たんだ。
業界の重鎮の登場に再び周囲がざわめく中、真っ先に機敏な動き出しを見せたのは我らがバンドリーダー。ヒュゥ、頼りになるぜ。
「お待ちしていましたよ裕也さん。席を空けましょう。所でそちらの見た目麗しい女性は?」
「おう、ちゃんと音源頂戴ね。ただ、少し人数いるから席移動しようか。ああ、コイツは友達、DJやってるよ。知らない?」
テキパキと会話を進める両名を置いて、肌を焼いた女神はマイペースに自己紹介。
「初めまして~。佐奈で~す。一応この界隈でDJやってるんだけど、君達クラブとかあんまり行かない感じ?」
「ああ、ども。ハンマーヘッズのアラタです」
畳に座る僕に視線を合わせる為か、覗き込む様な形になる佐奈さん。
両膝に手を当てた結果、胸部がえらく強調され、目が離せない。首から下げられたアクセサリーが作るアーチの奥の楽園に視線が固定されてしまう。露出度などゼロに等しいのにこの破壊力。脱げばいいというものではないね。
「アラタくん。胸見すぎぃ」
両手で胸を隠し笑う美女の揺れるウェービーな金髪に場違いにも気を取られた。何故だろうか。
しかし、その考察はまた今度。今僕がすべきは渾身を込めた否定と全霊を捧げた謝罪。
「やえっ、ちが…スミマセン」
「いいよ。ただ見るだけなら
「いえあっ、もうね。本当マジですいません…勘弁シテクダサイ」
日和る僕と小悪魔的な笑みを浮かべる彼女。コントラストが絶妙な構図。僕的には大変情けない話だ。
「ビビんなよアラタあ! 金あんだろ!」
「品性下劣で下品だよ」
挙句メンバーから非難と野次が飛ぶ有様。やいややいやと好き放題。泣きそうだ。
しょうがないだろ。美人に言い寄られた
僕にとって今の所楽しい部分は布越しの女神の胸部位のものだが、そこまで壊滅的な飲み会ではなかった様に思う。
アポカリプスでアウトブレイクな惨劇が結末として訪れるのはもう少し先。
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