#13 Lost the voice(呆然絶句)

 どうにもこうにも、か弱き僕が震えながら立つこの世界は醜く悲惨で、尚且つ凄まじく悲愴なものであり、喩えようの無い程に鮮烈な痛みを伴うことが確定された辛く厳しいものである。


 辛辣過ぎて、すぐさま投げ出して。

 なんなら電源ボタンを押しそうになる真理はさて置いて。


 生来の性質として、元来生まれ持った先天的由来の人格的な性格として。


 まあ決して、どんだけいい風に言い繕った所で。


 前向きで楽観主義者オプティミストとは到底言えない僕としても、過去にここまで強くそれを思い、そう感じたことは一度だって有りはしないと思う。


 だけど、このクソみたいな唾棄すべき惨状を前に、後ろ向きで捻くれた悲観主義者ペシミストであるはずの根暗ぼくですら、そう称さざるを得ない哀しい現状。


 あらん限りの地獄が顕現した様なこの惨劇を目の当たりした無力な僕は悔しいけれど、膝を弱々しいまでに折り畳み降伏するしか無いのが圧倒的なリアル。


 一介の語り部たる僕にこの場を救済することなど到底出来はしないと認めるしか無い。残念ながら狂言回しすら満足にこなせない能無しボンクラにその能力チカラは無い。


 故に僕は諦めの言葉を掠れる声で絞り出した。



「なんだこれ。全部が全員…悪酔いし過ぎだろ……」



 僕達『ハンズ』初主催のワンマンライブ、その成功を祝した打ち上げが始まって約一時間半。


 終末の宴会の席にいる有象無象――バンドのメンバーやアテナのスタッフは勿論、今回のライヴに関わったイベント会社の面々。


 加えて僕達にとっては前所属になるインディーズレーベルと現所属になるその親会社の人々。

 その面子の中にライヴ前後には一切姿を見せなかったマネージャーがいたのが些か腹ただしい。


 更には飛び入り参加の裕也さんを主要な登場人物として、各々のゲストや知り合い、知らない奴なんかが集まり総勢五十人超の大所帯の死体が転がる大広間。死屍累々に埋まった畳が眼前に広がる。


 業界御用達で『馬鹿』に理解のある店で無ければとっくに叩き出されているだろうレベルの痴態を晒すクズで構築される汚いピラミッド。


 僕が席を離れていたのは、ほんの十数分のはずだが、一体何があったと言うのか?


「あっ、あラダぁ…」


 泥の様に積み上がった肉塊の墓場モルグから生者ぼくを呼ぶ儚き声。終末めいた不毛の大地より突き出た青白い手になるはや的に急いで向かう。


「真司っ! おい、どうしたっ? この惨状は何があったって言うんだ?」


 震える手を引っ張り、彼の身体を掘り起こす。何故にパンイチなんだよお前…?

 想像以上にさっぱり意味が分からない状態の仲間に水を飲ませ、説明を請う。


 飲み水を探す過程で視界に入ってきたのは真司同様やけに露出度の高い男性陣。

 そして肌色率の高い男性陣とは対象的にバッチリ服を着込んだまま酒瓶を抱き、すやすや寝息を立てる女性たち。なんかこう…色々と逆じゃねぇ?


「マジで一体、どうして。いや本当…なんか、そうだな。良いや別に。もうどうでもよくなってきたし、興味も失せたし、帰ってもいいかな? これでも結構疲れてるしさ」

「流石に駄目だろ」


 やっぱ駄目かあ~。赦される気がしたけど気のせいか。


 となれば仕方が無い。こうなるまでの経緯を教えてくれよ。帰宅の判断を下すかどうかはそれ次第ということにするよ。


 片膝を立てて水を飲み干した生還者は僕にポツリポツリと語りだした。


「最初は些細なことだった。裕也君の知り合いの女DJ、佐奈サナさんの何気ない一言から始まったんだ――」


 真司が息も絶え絶えに紡ぐ物語に最後まで耳を傾けた結果、僕は一つの決断を選択する。


「さて、夜も遅いし帰るかな」


 唯一の生存者からの証言と僕が離席するまでの状況を鑑み検証した結果の苦渋の選択であった。


 真剣に聴いて損したわ。

 なんせ彼から聞いた話が想像の三倍くだらなかったからね。


 さあ帰宅準備を始めよう。

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