#16 Yourside(君の事情)

「さて、そろそろお前の含んだ―――僕に隠した真意を説明してくれるんだろ?」


 宣言通り、男二人で連れ立って花を摘んでキジを撃った後――些か平時を逸脱し、なかなか不可思議な行動を取った相棒に改めて説明を求める。


「…やっぱ、お前には分かっちゃうか?」


 そんなの当然だろ?

 この場におけるお前の取った行動は何というか――僕の良く知るはずの田中悠一ユーイチからは大きく外れていて。とてつもなく逸れていて。


 何と言うか...何と言っても。お前の行動は、お前の枠から逸脱している。

 僕は馬鹿で阿呆だけど、その変化に気付かない程に愚かじゃないつもりだよ。


「あっちで話そうぜ」


 核心めいた苦笑いを含んだアンニュイ風味な彼は親指で行き先を示す。指さした目的地は廊下に備えられた足つきの灰皿。


「さて、どういう感じで、どういう語りで話そうか…」

 

 廊下の壁に身体を預けた悠一は煙草に一瞬の明かりを灯した。お前も吸うかと赤い箱を差し出すが、断る。何遍も言わせるなよ、だからもう吸わないって。


「どういう感じって…それはさ、一から順に十までだよ。何て言っても僕は何一つとして分かってないんだから」

「だよなあ」


 僕達以外に人気のない通路に伝播して静かに反響したのは素直な肯定。


 大きく紫煙を虚空に吐き出して、パーマのかかった黒髪を掻き毟る様はシリアス映画のワンシーンの様に芝居染みたセンテンス。


 もし仮に僕が女性であればきっと心惹かれ、奪われただろう。

 だけど、残念ながら僕は健全過ぎる程に幼気な男子なので効果の程は何と言ってもあしからず。


「まあ…俺なりに手助けというか、お節介のつもりだったんだよな」

「どゆこと?」


 お節介? てっきり新手のいじめか嫌がらせと思ったわ。


「俺の幼馴染はさ、お前アラタが『求めるもの』のことは知ってるよ。んで、その為には少し位女心って奴を学んどいた方が良いと勝手ながら思ってた。そして、そんな折に現れた佐奈さんは、その練習相手にピッタリだと思ったんだ」


 いやいや、真意の程や善悪は良く分からないが多分、あの美女DJの行動は僕の求めるものとは真逆――とまでは言わないけれど、結構縁遠い感じがするんだけど…。


「お前の目には、彼女は頭と股の緩い、軽佻浮薄な遊び人に見えたか?」


 本音の図星を突かれ窮してしまう。二の句が継げない。

 鼻の頭を掻いて、たははと誤魔化す。意味無いけどさ。


 やっぱりかと彼も笑う。


「確かに間違ってはないと思う。事実彼女は遊び人だろうし、遊び慣れている。雰囲気みたいのなのは何となく分かるだろ相棒?」

「まあ、あんまり自信は無いけどさ、初対面の僕にグイグイくるあの感じ。根拠はないけど『そう』だと思うよ」


 初な男心を擽り操るあの手慣れた挙動、相当に遊んでいて。相応に熟練者の様な気がする。初心者ビギナーでもそう思う。


「だが、彼女は悪女じゃない。何というか…女として情に厚いし、懐が深い」


 金属製の灰皿に煙草を押し付けた彼から告げられたのは意外な一言。


 彼は二本目に火を点けチェーンスモーク。


「そこには遊びとか興味が根底にあるのかも知れないが、それなりにお前を好意的に見てる。だから、お前にの経験を積ませてくれる存在で、ある種適役だと思った」


 少し目を細め、僕から逸した親友の声。


「お前が『解答』に辿り着いた際に、少しも、欠片もこれっぽっちも。アラタが女心それを知らないのは不都合かなと」


 要らぬお節介を焼いてしまったと頭を下げる。それでも僕の溜飲は下がらない。


 何だよそれ子供ガキの使いじゃないだろ僕は。

 お前にお膳立てして貰わなければ恋すら満足に出来ないのか! 自身の幸福すら親友の演出と導きが必要なのか!


「ふざけんな、僕が! それを、いつ、お前にっ! 僕がそんなことを頼んだ! いつ、僕がそれを望んだ? 一度だって、僕が、して欲しいと口に出したっっ!?」

「すまない…」

 

 一言も加えることなく、頭を下げ謝罪をする幼馴染。

 激高し沸騰したものが降下。一気に血が抜ける感覚。


―――いや、ごめん。全部僕の為なんだよな。


 彼の意図しない行動の全てを、余計なお世話で要らないものだと切って捨てることは出来無かった。

 彼の画策したそれは意に沿わなくても、自分に向けられた善意であるのは間違いないから。


「こっちこそ本当に悪かった。お前の気持ちを汲んだつもりで軽視してた」


 大の大人が二人して頭を下げ向かい合う滑稽な絵面。どちらからともなく笑いが生まれた。


「で、何で今回に限ってこんなことしたの? それは佐奈さんが都合が良かったからってだけ?」


 僕の言葉を受けた悠一は短い間に三本目の喫煙を嗜む。

 身体に悪そうだが、精神衛生上には良さそうな塩梅。

 

 寿命を縮める行為に手を染める親友はそれもそうだが、と短く零した。

 

「だって過去のことがあったから」

「なにそれ初耳」


 え? 僕にそんな過去があったかな? 私の知らない私的な話? 世にも奇妙系の過去とか覚えが無いよ。


 僕の混乱を煙に巻こうというのか、悠一は煙草を挟んだ掌をはらりと広げて明朗快活な喋りだし。


「ほら、アラタ。高二のときだったか、吹部の彼女…そう。思い出した。黒岩のこと好きだったじゃん?」

「はっ?」


 記憶の奥底に沈んでいた甘酸っぱい過去を掘り起こされた僕が発する奇声。

 ありふれた叶わなかった恋の話だ。てか、生まれたかどうかも怪しい儚い関係。それがここに来て影響を及ぼすのか? いやいや無い無い。


「結果はご存知の通り結ばれはしなかった訳だが…」

 

 やっぱこれっていじめかなあ。

 バンドメンバーからいじめを受けた場合は何処のPTAに連絡すれば良いのだろうか? BPA? 何か違う気がするな。


 通報先を探す僕に苦い煙が吐き出された。


「可憐な黒岩嬢はお前アラタのこと好きだったんだぜ?」


 知っていたか?と笑う親友に今度はキレた。今回は自制できなかった。


「知らねぇよ! 初耳だよ!」


 お互い思い合っていたのに成就してない恋。悲しすぎるだろ。僕が。

 何だよそれ…成人式の場で既婚者の女性に「キミのこと昔好きだったんだよね」と吐露される感覚に似た、不可逆的かつ遡及不可能などうしようもない遣る瀬無さが襲ってくるよ。


 先程同様、いやそれ以上に詳細に話せよ!


「大学ん時、高校のときのメンツで同窓会あったろ? その時にどういう流れかは忘れたけど、本人から直接聞いたんだ」


 その衝撃の事実を纏めるとこうなる。


 高二のときの淡い恋。

 部活には無所属であったが学外でバンド活動に熱中する僕に黒岩莉子は心惹かれたらしい。

 僕は僕で、放課後時折見かけるフルートを吹く凛とした少女の佇まいに憧れ恋をした。


 しかし、僕はご存知の通り女性の扱いが下手くそというかそれ以前の問題、小学生より低次元にあるので、特に積極的なアプローチを仕掛けることは無かった。出来無かった。


 そして黒岩もどちらかと言えば消極的な性質であったので、先には進めなかった。

 結果、僕達の道は親しく交わらず―――結果、彼女は冬休みにサッカー部と付き合い始めた。僕は独りで泣いた。


 概略だけを掻い摘んで説明すればこの程度のエピソード。

 始まることすら無かった悲恋の話。数年経って心が抉られる感覚。


「だから、来るべき『その日』に備えて女心の触り位は知っておいたほうがいいかと思った訳だが、そんなのお前自身の感情を軽視していい理由にならないな」


 幼馴染が紫煙ともに吐き捨てたのは自嘲の言葉。

 けれど、僕的には彼の言い分も最もである気がして来たわ。


 というか、


「お前は僕が、求める『それ』を見つけることが出来ると思っているのか? 本当に僕にそれが可能だと?」

「何度も言ってるだろ? 俺はアラタに賭けている」


 さも当たり前の様に言ってのける親友の言葉が僕の心を温かく満たす。

 何が何でもお前の信頼ベットに応えなければという気分になってしまう。


「なら、僕も。少しくらいは勉強してみるよ」

「え、何をだ?」


 言わせんなよ恥ずかしい。


「女心とかいう世界最高峰に難解な学問をだよ」


 はははと大きく口を開けて笑うその道のプロ。馬鹿にされてる気がする被害妄想主義者。


「そうだな。それがいい」

「ご教授お願いしますよ、マスター?」


 任せとけと煙草を灰皿に投げ捨てた彼は僕の肩に腕を回しながら、いろはのいを示す。


「まずはだな―――」


 僕がこれから学ぶのは途轍もなく果てしなく、それこそ一生続きそうな恋愛道。


 それを完璧に修める為には一体何度間違え、幾つの赤点を取れば良いのだろうか。

 どれだけの講義を履修すれば満点に近付けるのだろうか?


 その難易度と言えば、広大な砂漠で一枚のピックを探す方が容易い気がした。

 漫然として漠然とした心地の良い困難がそこで待っているのだろう。

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