#6 HOLIDAY OF THE SUMMER VACATION (ある夏の日のこと)
根暗な僕には場違いな程に、眩しさで周りを威嚇する綺羅びやかなファッションビルを出て、隣接するフランチャイズ系コーヒーショップに移住し身を移す。
チェーン店特有の画一的な清潔感を演出するカウンターで茶髪の大学生風店員さんからホットのアメリカンを流れ作業的に極めて事務的に受け取って、僕は二階席に鈍重な足を向けた。
余りにも馴染み深い、おそらく千年前から代わり映えしない街並み──そんな風景が見えるカウンター席に座ってから香り立つ珈琲を一啜り。うわ熱い。
長年着用することによって起こり得た
凄まじく履き慣れてシルクに似た極上の柔らかさを持つリーバイスの緩いポケットからウォークマンを取り出す。
家電量販店で買えるレベルにミドルクラスのイヤホンごしに『Vo /Gtのアラタが最も影響を受け、
それを耳から伝導。心に留め、再び見下す景色。
良く知る地元の風景、その微細な移り変わりに思いを馳せながら回想。
それは僕の全てが変わった日。現在へと繋がる
革命の時代は中二の夏休み。茹で上がるような猛暑であったと思う。
妬ましい日が沈み、夜になっても気温が下がらずに、異常気象の熱帯夜とまで呼ばれたある日のこと。
アテナであった『グリーンロジック』のライヴ。
確か、レコ発の全国ツアーであったと思う。
その地元公演に悠一と二人で行ったんだ。
開演前のあの感じ…言葉に出来ない雰囲気は今でも思い出せる。
ライヴハウスという特異な空間。初めて参加するイベント。周りのライヴ上級者からの異物を見る様な視線。
そしてそれらをまるっと包む高揚感や期待感。素晴らしき思い出だ。
四十を過ぎた男達が魅せた約二時間に及ぶ圧倒的なパフォーマンス。開始から終了までノンストップ。控え目に行って最高だった。
その浮かれてデンジャーな空気にアテられた僕達二人のテンションは最高潮。
もはやトリップ状態まで上がりその末に及んだ愚行。どうしようもない若気の至りに強行した。
閉演直後の楽屋に潜入を試みたのだ。
しかし、ソリッドな技術もネイキッドな知識も無い僕達は当時副店長のヤッさんに敢え無く発見され、難無く捕まってしまった。
今にして思えば最悪の形の出会いである。その後に良く現在まで面倒を見てくれたものだと深く陳謝しておくべきかもしれない。
ターゲットの楽屋まで凡そ五メートルと言う所で捕縛された幼い闖入者。
世界を舐め腐ったクソガキ達は、誠実に働く大人から結構本気で真面目な説教されることとなった。
「どうしてこんなことをしたんだ?」「悪い事だと自覚しているのか?」「親に言うぞ」「学校にも連絡しなきゃな」とか普通に正論めいた大人の意見的なことを言われた様な気がするが、その辺りは曖昧で記憶に無いし何とも定かでは無い。
というのは僕の記憶力に起因する問題では無いし、僕の頭脳や記憶力が鳥頭で偏差値がアレだからという理由では断じて無い。
何故なら結果的にではあるが、良識あるヤッさんはそういった大人の報告をしなかったという事が一つ。
そして残るもう一つこそが僕にとっては重要で肝要な出来事だった。
年長者による至極真っ当な説教を適当に聞き流し、頑なに口を噤んでいた僕の視界に去来する一人の人物。
教育的指導の最中に、ぶらりと通りがかったボーカルのヒロキが感覚の全てを掻っ攫ったからだ。
「あれ?どうしたのソノ子達?」
至極当然な理由故に廊下で正座されている悪ガキが偶然にも目に入ったのだろう、軽い感じで尋ねた様に思う。
「ああヒロキさん。実はこのクソガキ共が楽屋に忍び込もうとしてたんで、とっ捕まえたんですよ」
ヤッさんからの極めて的確な状況説明を受け、僕達を一瞥した後の発言。
「へえ。それはロックンロールだね。そういうの、嫌いじゃないよ。でも君達はそこまでして誰に会いに来たの? ジェニー?」
完全に…どう考えても褒められてはいないが、認められたようで溜まらなく嬉しかったのを覚えてる。
そして僕はまともな大人に対しては固く閉ざしていたその口を解放した。
「いえ、ジェニーさんは大好きですけど、僕は…僕個人としては! 何としてもヒロキさんに会いたかったんです」
ジェニーというのはヒロキの盟友であり、グリロジの中核メンバーだ。多分ヒロキと人気を二分する存在である。
確かにギタリストであるジェニーも好きだ。彼の作る切なさを内包した曲と内省的な歌詞、それを歌い上げる掠れた声は胸を打つ。
だけど、僕が会いたかったのは、僕が一方的に話したいのは―――
「今日のパフォーマンス? なんつーか、すんません。馬鹿なんで上手く言えないんですけど、本当に感動しました。それに―――
「それに? 格好悪かった?」
戯けて自嘲するヒロキに構わず一方的に発言した。本当、どの面下げてしゃあしゃあと木村くんに注意したんだか……。
「貴方の曲があったから僕は
僕は『これ』を言いたかった。直接貴方に感謝の言葉を伝えたかった。真っ直ぐ瞳を見て告白したかったのだ。
「へえ君みたいな若い子に
そう言ったヒロキは少し笑みを零した。
若干距離が縮まったのか、今度はあちらから質問が飛んできた。
自然体で侵入者に接するシンガーの横であわあわしているヤッさんはどんな気持ちであったのか、今度聞いてみよう。
「君達は中…高校生? 何にせよ、こんなオッサンバンドを見に来るくらいだ。音楽詳しい系? それともバンドとかやってんの?」
「え? いや…そういうわけでは―――」
現在状況から大きく逸脱した――余りにも予想外の質問に僕も慌て、吃った声を返した。
「へえ、そうなの」
それに対して返ってきたのは吐き捨てるような冷たい声音。
彼はオイルライターで煙草に火を点ける。呆然とする僕に対して謝罪の言葉を紫煙に載せた。
「いや…違う。ごめん。別に君達を非難してるわけじゃないんだ」
そう中学生に陳謝した彼は大きく煙を吐き出して何処か遠くを見つめた。
「でもね、君達は若くて――その内側に確定的な賞味期限があって。尚且つ絶対的に限りある正負を問わない圧倒的なエネルギーに溢れてるのに。それをどうやって発散してるのかなって?」
その言は将にカミナリ。天啓にも似たインスピレーション。
彼にとっては返答とも呼べない…ボヤキに近い独り言だったのかもしれない。
しかし、僕には本当に神の啓示の様に聞こえた言葉。
「ああ…そんなに気にしないで。少し疑問に思っただけだから」
さあ、サービスはここまで。
帰りなさいとヒロキは僕達に起立を促した。軽い足の痺れでふらつきながらもその指示に従う。
「気持ちは嬉しいけど、最低限のルールは守らないと―――」
ロックスターからは程遠い、標準的で良識を伴ったまともな言葉に身勝手ながらも失望しかけた僕。僕の持つ救世主はその程度かと落ち込みそうになったその時だ。
そうしないとね、彼は短くなった煙草をブーツで踏みながら言葉を繋いだ。
「何処にも行けないし、何も発言出来なくなっちゃうよ」
そう笑った憧れの人物の浮かべた淋しげな表情がきっと『核』であり、世界の『癌』なのだと漠然と想像した。
それを僕は黙って受け入れることが出来るのか? 否だ!
夢の様な一時は終わりを告げ、再びの説教の後に建物の外に恙無く放り出された僕達。
身体に張り付き、纏わり付く様な暑さも気にならなかった。僕の興味と関心は最早『そこ』にしか無かった。
「なあ悠一くんよ…」
あん? 正座で固まった身体をバキバキと鳴らしながらストレッチをしていた悠一は怪訝な顔。最も親しい友人に相談があったんだ。
「バンドやるにはどうしたらいい? 楽器が弾けない僕はどうすれば発散出来るのかな?」
一瞬のきょとん顔。
やがてすぐに僕の真意に辿り着いたのか、そこから数十秒の思案。髪を揺らして顔を上げ、口を開く。
「…そうだな。お前は心のままに歌えばいい。後は俺が後ろから支えてやるよ」
後に『ハンマーヘッズ』と呼ばれるバンドの前進が誕生した瞬間だ。
僕の思い付きに幼馴染が道を示し、生まれた音楽。
それは、かつて僕がそうであったように、誰かに影響を与えているのだろうか?
そうであると誰かに祈る今日此の頃。
「じゃあ取り敢えず帰ろうか」
嬉しさに綻ぶ顔を翻し、彼に背中を向ける。
こういう幼稚で無意味な意地の張り方は同性の幼馴染ならではだと思う。
帰路に着こうと歩み始めた僕を呼び止める相棒の声。
「何?」
「でもボーカルなら、ギターくらいは弾けた方がいい。そっちの方が見栄えが良いからな」
相棒は満面の笑みを浮かべてサムズアップ。僕の当面の目標が決まった。
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