#5.5 Recollection(昔を思い出す)

 現時点において僕が温々と――人生の先人たる両親のスネかじりながら生活する実家の二階の角部屋。


 グレゴリオだがソクラテスだか、昔の偉い人が定めた世界標準に従えば、北東に位置する部屋。その一部に設置された金属製のラック――有り体に表現すれば僕の過ごす自室、その棚の一角にも並ぶプラスティック製のパッケージを手に取った。


 掠れた青色のタイポグラフィ。バンドロゴの入ったアートワークを眺めた僕。

 そこから滲み出す寂寞のノスタルジィ、少しばかり甘い誘惑に身を浸す。


 そんな儚き物思いを引き摺る僕は外資系レコードショップで暇を持て余す身の上。

 些か空白時間があるので、直ぐ側にある無機質なシルバーの試聴器。使い慣れた共有端末を操作して、選択。


 一体、僕がと出会ったのはいつ頃のことだったっけ?

 少なくとも中学生になった頃には聞いていたはずだ。


 となると小学生の終わり頃だろうか?


 詳細な年齢は覚えていないが――彼達の楽曲を初めて耳に入れた瞬間――僕が感じたその衝撃は忘れられない。


 それまでの僕は週刊少年漫画発のアニメのオープニングか流行りの大衆音楽しか知らなかったし、別段音楽に興味もなかった。


 そんなクソみたいな杓子定規で平均化された僕の固定概念を打ち壊したのはこのアルバムに収録された二曲目。


 過去に出したシングルのカップリング曲、その再録だと後に知ったが、そんなの枝葉で本質とはまるで関係ない。

 ラジオからたまたま聞こえたその曲に僕は胸を打たれ、心を鷲掴みにされた。


 シンプルなドラムとベースが曲を支え、荒々しいギターが盛り上げる。

 そこに載せられた特徴的な野生を含んだ声。何処か内省的で自罰的な色を感じるボーカルが堪らない。


 自分はろくでなしで十分だと彼達は言う。

 このクソみたいな世界に馴染む必要はないと声高に歌う。

 それを強要する社会は間違いで、全霊で否定すると叫ぶ音楽。


 そんな極端とも呼べる楽曲が当時の僕に突き刺さった。


 一体何がそんなにと問われれば全部という他ない。

 それでも、言葉に載せられない何かが、確実に僕の柔らかい琴線に触れた。


 当時の僕の悩みとか不安とか、状況とか環境とか。

 あらゆる心情の葛藤めいた感情シチュエーションに見事にマッチし、フィットした事実以上に明確な答えを今尚僕は持たない。


 当時の鬱屈した少年が感じたオモイそれに色々と理屈付けることは可能かもしれないが、それ以上はヤメておこう。


 そもそも、ヒトが音楽を好きになる瞬間なんてそんなものだ。そこに理由付けるのは野暮で無意味でナンセンスだ。曖昧なくらいが丁度いい。


 それに、絵画や彫刻になくて…そして、音楽だけが絶対的に持っているもの。


 そういった不完全さこそが、音楽が最も素晴らしくて美しい利点だと思うから。

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