#5 WHEN & WHERE (よく分からない)
「あの…ひょっとして、ハンマーヘッズのアラタくんっすよね?」
数秒前に予期せぬファーストコンタクトを果たしたばかりの見知らぬモヒカン始発。
外見を裏切らない、なかなかどうしてパンチの効いてる予想外のボールが青年から飛んできた。
ワンマンライヴの開演前、その空き時間を利用して、地元のレコ屋で世界における自身の存在価値を確認していた矮小な僕。
そんな杜撰な仮面はモヒカンの店員さんによって小さな衆目である白日の元に晒され、適当な影絵の正体を容易く見破られた。何を言っているか――以下略。
「うわすげえ! マジで光栄ですわ。あっ、その…握手してもらっていいすか? ってか一緒に写真撮って貰えたりとかは…って、あ~スマホ無いわあ…えええ~」
常日頃から溜め込んだと思わしき、溢れんばかりのパッションとエモーションを詰め込んだ若人の勢いに圧倒されてしまう。これが歳か…。
彼の勢いある言葉に合わせ忙しく身振り手振り。
音波に乗った内容よりも、釣られて揺れるモヒカンが凄い気になる。横揺れでビョンビョンしてる。
「ってか俺、マジでハンマーヘッズ大好きなんすよ! バンドのメンバーとかダチは『フロディス』ファンばっかなんすけど、俺は断然ハンズ派です。だってもう深みが全然――!!」
「いやいやちょっと待って。一旦落ち着こう。そんでさ…えっと君は、その……?」
年相応の道徳とか常識に則った上で思ったのは――誰だよお前、まずは名を名乗れ無礼だろという小市民的な江戸時代的な感想。切り捨て御免上等かよ?
そういった偉く古風な気持ちが通じたのか、はたまた実際に声に出てしまったかは謎であるが、モヒカンは居住まいを正し、すんませんしたと、はにかみ不器用に笑う。
「俺は、ユーダイです。木村雄大です、アラタくん!」
結局、名前しかわからない雑な自己紹介に面食らうが、僕の行った自己紹介や他己紹介も大概アレであるので、ぐっと不平不満を飲み込んだ。
にしても声デカいなこいつ。メジャーデビュー予定のシンガーである僕よりも余裕で声出てるわ。
「おう、木村くん。とにかく一旦落ち着こうよ。察する所君は恐らく勤務中だしさ。他のお客さんに迷惑になるからさ」
そうっすね。すみません。
再度素直に謝罪する彼はなかなかに好青年なのかもな。外見はモヒカンだけど。汚物を消毒しそうなヒャッハーだけど。
「でもアラタくんにこんな間近で会えるなんてリスペクトが大き過ぎてもう! だって今日はアテナでワンマンですよね? 俺もシフトが終わったら行くつもりなのに、その前にこんなトコで会えるなんてマジ? うわヤベェ…」
高ぶる木村くんの気持ちは理解る。凄く良く理解る。
僕もマジで好きなアーティストの前ではこんなリアクションになるし、実際にそうなったこともある。
だけどさ、
「木村くん、だから…声落として。ね?」
「あ? あ、あす、すんません」
心底申し訳無さそうな顔を作る木村くん。心なしか聳え立つモヒカンも萎れている感じがして、身勝手な罪悪感が募ってしまう。
気持ちは嬉しいのだと前置きして言葉を紡ぐ。
「君が僕達のファンだってのは痛いほど伝わったし、握手とかは別にいい。いくらでもするよ」
君の向けてくれる感情は本当に嬉しい。僕達の曲にこんな熱心なファンが着いてくれている。
その事実に…どれだけ僕が救われ満たされるか。きっとリスナーである木村くんには永遠に理解できないだろう。
しかし、それとこれとは別問題だ。
「でも君はここの従業員だし、今の僕は、現実問題一介の客だ。だからね? あんまり大きな声はさ…な? 分かるだろ?」
「流石はアラタくん。視野とか懐の…色んな心の深さがやばいです。惚れ直しました」
熱心すぎる殉教者のポジティブシンキングに若干の同様を隠せない。イエスマンは正直好みじゃ無いけれど…。
「まあ、その。ありがとう」
色々な感情を込めた末の感謝はモヒカンには伝わらなかったらしい。
仕方無いから、普通に会話を続ける。人生は妥協と慣れで八割が構成されるもんだしね。ちなみに残りの二割は何だと思う?
「っていうか大事なワンマンを控えたアラタくんはこんなトコで何してるんすか? リハとかって大丈夫な感じなんすか?」
「ああ。リハはもう終わったから…オープンまで少し時間があるだろ? んで、まあ店員さんに言うことじゃないけど、少しの暇潰しに冷やかしがてらに立ち寄ったんだ」
こんなべらべら喋って良いのかな? まあ良いだろう。別に知られて困る内容では無いし、盲目とは言え好意を無碍に出来るほど僕は強くない。
「マジっすか? やべえ! 少し話しましょうよ」
しかし、相対するモヒカンのメンタルは鬼のようだ。大袈裟な身振り手振りとそれを支える強心臓。
全く、羨ましい限りだ。
「僕は構わないけど、多分君は怒られると思うよ?」
込めたのは皮肉では無く本心。こんな熱心なファンには誠実に接したいから。
「ですよね。世知辛ぇすわ~」
「うん。実に世知辛い世の中だ」
僕の同意がなされた瞬間に怒号が響いた。
おい木村ァ! と見知った顔の店員さんが叫んでいる。見つかってしまったか。
「はーい…すんません、仕事に戻んなきゃです。何かお探しでしたら、是非っ俺に!」
ライヴ頑張ってくださいっすと言い残して彼は売り場から姿を消した。
濃いキャラの彼の影を静かに見送る。
その途中、無遠慮かつ無差別に走らせた視線の中に凄く見覚えのある名前を捉えた。所謂ひとつのカクテルパーティー効果。馴染み深いバンド名が網膜に飛び込んで来た。
長方形状であるゴンドラの端っこ、確かエンド部分と言ったか、兎に角そういった特設ステージ的な所に派手な装飾で展開されていたのは僕達『ハンマーヘッズ』のディスクたちであった。うわまじ嬉しい。なにこれ、写真撮ってもいいかな?
何はともあれ、どうにもこうにも…やべえわこれ自分の音源買いそうだわなんて浮かれた感想は、並べて置かれたディスクに遮られる。
通常、こういったピックアップ的な
だけど、ハンズの特注ステージに置かれたそのアルバムはオフィシャル的には何の関係も繋がりも無い大先輩バンドのモノであった。
備え付けられた手描きポップにはこういうフレーズが無責任にも踊っていた。
『人気と知名度にジワジワ火が点いたマストバイな地元出身のハンマーヘッズ。恋愛を宗教になぞらえた「暴力的かつ純粋な経典」を始め、独特で唯一無二な世界観を形成し人気を博す彼ら。その中核であり、作詞作曲を担当するフロントマン―――Vo /Gtのアラタが最も影響を受け、
別に間違いじゃない。それどころか実際に個人的にはその通りなんだけどさ。
音楽的にはアレかも知れないが、僕は確かに創作する上でその影響を大きく受けているし、バンドのロゴがタイポグラフィ的に配置された『その』アルバムは文句のつけられない位に名盤だ。だけど、なんつーか。おい。
と言うか、え? 何で知ってんの? いや別に隠してないが、ええ? は? あれ? 何処かオフィシャルやパブリックの場で発言したかな? 覚えてない。記憶にない。
公式サイトで真面目な解答をした覚えも無いし、雑誌か何かで話したかな? 全く思い出せねぇ。
自分の想像と記憶と認識を越えたシチュに戸惑い慄く。
これがメジャーデビューの洗礼なのかと覚悟し直す。
いや―――多分違うな。良く分からないが、そういうことじゃないだろ。
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