#4 My Heart Feels So Free (それぞれの自由時間)

 諸々のあれこれを含めたサウンドチェックやら…本番さながらのゲネプロ、或いは照明等の舞台演出の確認を含めた開演準備――そう言った、リハの全ての工程が終了したのは午後三時を少し過ぎた位。それでも開演までは、まだ三時間程ある。


 そして、ここから先は一種の空き時間で自由時間。

 公演を控えたメンバーは、スタートまでの数時間を各人自由に、思い思いに過ごす。


 リハ後に全員で弁当を食べつつ、リハを踏まえての検討及び本番についての簡単な意見交換なんかをした後の行動は本当にバラバラで様々で、十人十色の多種多様である。


 悠一は何か約束があるとかでそそくさと何処かに姿を消したし、潤は音楽を聞きながら煙草を片手に読書を始めた。

 そして意外な行動を取ったのが真司で、彼はライヴでは使用しない練習用ベースを不安を掻き消す為か、一心不乱にスラップで弾いている。そんな真摯で余念のない姿は正直、初めて見た。


 そんでもって、僕はと言えば――う〜ん、う〜む。どうしようか?


 他のメンバーとは違い、やることが無く手持ち無沙汰だし、どうしたものか?

 ちょっとばかし見慣れた街をふらつくか。


 女性スタッフで黒髪ポニテが麗しい中山さん(彼氏あり)に外出する旨を伝え、『アテナ』を退店。


 その際ら彼女にマスクの着用を忘れずにと強く念を押されたので渋々口に装着した。息苦しくて嫌いなんだよな。


 取り敢えず、ぱっと思いついた…近くのファッションビルに入っている外資系レコードショップでも冷やかそうかな。


 灰色のストールを首に巻いて、木枯らし舞う外界に進出。


 雑踏に点在する観光目的の余所者は一旦大通りに戻ることが多いだろうが地元民である僕は違う。

 靴屋と服屋の間を通り過ぎ無駄にうねったローカル感溢れる道を進む。


 よく分からない蔦に侵食された閑散としたショップを抜ければほら。目的地であるファッションビルの裏口に出る。自慢にならない小さな自己顕示欲。しょぼい。


 自動ではない重い扉を開けて侵入した僕はこれまた店舗の中心を闊歩する。


 クリスマスを彩る飾りが点在して逆に纏まりの無い印象を受けるエントランスを経由して、聞いたこともないギャル系ブランドのブティックを足早に過ぎる。


 そして大通りに面したエレベーターに乗った。

 結局大通り側から入るのならば無駄に地元民アピールする必要はなかったかも知れない。悔しい。


 目的階を押せば後は景色を眺めるだけ。

 この昇降機のチューブと壁は透明な素材で、昇降する際は繁華街の様子が一望できる。


 階下に並びそびえ立つのは、下品なゲーセンの看板とかビール会社のネオンとか。


 そんな下品な風景のその向こう側に存在する世界遺産だかが見える継ぎ接ぎの奇妙なパノラマ――そういうゴチャゴチャ散らかったおもちゃ箱の様な風景は結構嫌いじゃない。


 軽快な音が昇降箱の到着を告げる。オレンジ色の看板が眩しいぜ。


 小心者で小市民の僕がまず確認チェックするのは国内インディーズを扱う島。

 メジャーデビューを控える新参の身とは言え、僕達『ハンマーヘッズ』はこれまでにインディーズで九枚の音源を出している(内訳はシングル四枚、アルバム五枚だ)。


 そしてメンバーとして、それら過去作品の動向が気にならないと言えば嘘になる。手書きポップで酷評されていたらどうしよう。家に帰るか。


 目的ゾーン周辺に着いて迅速かつ機敏な動作でチャート、ランキングを確認。


 えーっと、国内インディーズを一位から順にと見てみるかいと―――ああ、なるほどね。

 特に語るところの無い納得のランキングだった。当然それは僕にとって最良の結果では無い。


 でもなあ、一位のアーティストの新譜は僕も普通に買ったんだよな。

 だって彼らの音源は響くんだもの。何だよあの叙情的なメロディに寄り添う繊細な歌詞、どうやったら思いつくんだよ!


 うーむ、ままならないと絶望に暮れ、軽い頭を抱えた僕を揺り戻したのは他者の声。


「あの…違ってたら申し訳無いんすけど」


 ん?


「ハンマーヘッズのアラタくんっすよね?」

「え?」


 僕の内面で醜くくすぶる遣る瀬無さを断ち切った声の持ち主は見知らぬモヒカンの青年―――黄色のエプロンを巻いた若い店員さんである。え? 誰? 顔見知りじゃない知り合いか?


 いやそれ、純粋に知らない奴だわ。

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