#3 One by one(一歩ずつ)

「はーい楽器隊オッケーです。次ボーカルお願いします」


 経験則として──眩いにも程がある──人工的なスポットが当たる前のステージの向かい、二階席部分に位置するPAブース音響担当のオペレーターから指示を受けて、誰もいない――まさにガランとした空白の客席に向けて発声を開始する。


「Set. Ha―ha? Say, yeah-check. One two. Yhea? Aha―? Set. Check,Ha-Yo.One one. Yeah――」


 こういったテンプレ化された発声を声の高さやトーン、長さや抑揚等の変化を細かくつけながら何度も繰り返して、音響設定を今日のコンディションに合わせていく。


 加えて――コンディションとは言うものの――それは演奏者の体調とかバイタル的なものだけを意味するのでは無い。


 演奏者のあれこれは勿論大事だが、むしろ主軸メインは会場に鳴り響く音の体調。具体的には音の響きや音圧、音量やエフェクト周りなんかだ。


 それらは気温や湿度、建物の構造や観客の有無による音の反射の違いなども大きく関係しているし、屋外であれば天気や風などの外的な環境要因も含むので、調整するには職人的な手作業で結構時間がかかる。


「…ボーカル問題ないですね。次は流れでお願いします」


 軽快なドラムのスラッシュの響きに従うみたいに追従して、地の底を這う様なベースと頭の片隅で歪んだギターが合わさる。サビ前の数コーラス。


「こちらは問題ないですが、ステージ的に何かありますか?」

「あー、ボーカルのイヤモニ。ドラムとベースの返りが気になります。スネアとかも小さくて遠いんですが、どうでしょう?」

「PA了解です。少しイジります。もう一回、アタマからもう一度お願いします」


 再調整の後、再びドラムからのプレイ――リピートしながら確認…オッケー。もう大丈夫。これならやれる。


「ボーカルイヤモニ問題ないです。お手数お掛けしました」

「では通しで順リハ行きます。一曲目『久遠』からセットリスト順にお願いします」


 開始のキューが出され、照明のパターンやステージ演出を含めた本番さながらのゲネプロが始まる。順リハが終われば逆リハかあ…。


 華やかで煌めく本番までの道のりは、地味に長く遠い。

 マジで。割と大変なんだよね。

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