#2 Shouting My Heart (心の声)
「うーい。やっと来たか、悪ガキ共…何はともあれ、チケは当日分含めて完売だぞ? 設営はとっくに終わってんし、その上で気合入れろ。すぐリハやんぞ!!」
我らの地元にある中でそれなりの歴史の経歴を持ち、実績を以てそこにあるライヴハウス『アテナ』。
その店舗の入り口前で顔馴染みのスタッフさん達と在りし日の思い出話やらに花を咲かせていたら、奥からのそりと熊のような強面の壮年男性が悪態を築きながら偉そうに登場してきた。
それが意味するのは、ライヴハウス『アテナ』店長、
「紛いなりにも、メジャー契約したバンドに向かって。もう、悪ガキは無いでしょ…ヤッさん?」
そんな論調と舐めた論理で幼馴染は脊髄反射的な反論したが、僕は沈黙を守る。
何も言わない。何も言えない。つーか、何も言えるはずが無い。
だって、僕達二人が歩んで来た過去の所業を鑑みれば、妥当過ぎる評価というか何というか、うん。
先の強面店長が使った悪ガキという侮蔑的な表現でさえも、何重にもオブラートや忖度に包まれて若干美化されてるくらいだと思ってしまうから。
「何ナマ言ってんだオラ。そんな天狗気分じゃやっていけねぇぞ。特にアラタぁ!」
「はひっ!」
急に名指しをされテンパった挙句の気持ちの悪い返事。未だ改善されぬチキンハートが情けない。
「いつも通り、ふわふわポワポワしてんが自覚はあんのか? 『ハンズ』はお前次第で浮き沈みが決まるぞ? 実質的なリーダーはユーイチかも知らねぇが、結局バンドの核はお前の曲と声だ。そういう覚悟は決まってんのか? あ?」
ティアドロップのデカいグラサンを傾けながら凄まれると小市民な僕としては何か、全てを投げ出した後に逃げ出してしまいたい心境に陥りがちだ。でもね――、
「ちょっとヤッさん! ただでさえアラタは結構ナーバスかつ参っている状態って言うか――」
「関係ねぇ。コレくらいで折れるやつはどの道プロとしてや……」
僕の仕草に言葉の応酬と喧騒の空気が止む。
真っ直ぐ伸ばした左人差し指で自らの口を抑え、残った右手で彼達に向けてメッセージを送る。左手と同様に人差し指を立てた状態で左右に揺らす。
チッチッチッ。示すのはビークワイエット、どうかお静かに。両者共、黙って僕の話を聞いてくれ。
覚悟を僕なりに示す時間。
「ありがとう悠一。でもココは僕が言うべき場面だ、申し訳無いが退いて欲しい」
そしてヤッさん。
僕はね、僕のそれはね。
「覚悟はたった今決まったよ。大丈夫…僕はやる。これから、ここから、やってみせる」
何という曖昧な解答。
これからメジャーに舞台を移すバンドの花形ポジション――作詞作曲担当のギタボが放った台詞とは思えない。
もっとカッコつけた洒脱な台詞は言えないものかと自己批判。
仮にも作詞作曲だろ。言の葉使いのエゴイストだろ!
もっと、こうさ…。
何だ。なんか上手く言えないけど、何かもっと、所謂そのアレ的な!
こう……流石にヤバイ程にマジな感じで、とてつもなく半端ない様な表現が他にあっただろ!
伝達能力に纏わる表現のアレコレはともかく、言わんとする熱意は程々に伝わったらしい。
妙に気圧された様子のヤッさんはズレたレイバンを太い指で不器用に調節しながら歯切れの悪い返答を寄越す。
「まあお前が分かってんなら良い。なんせこちとら、下の毛も生え揃わねぇクソガキの時分から見てんだ、アホな失敗して欲しくねぇだなんて…ったく、らしくもない老婆心を出しちまった」
「良いよヤッさん。むしろ嬉しい。ありがとう……で、すぐにリハだよね? 控室は?」
それはいつもの所だとの言質的な必要情報を得た。よっしゃ、行こうぜ悠一。
「いやいや、先程までの小動物的な葛藤とかはどうした? 何処から来て、何処に行った? 全くさあ…これだから心配のしがいが無いんだよ、相棒」
何だかノリと反応の希薄な幼馴染を付き従え、見慣れた通路を進む。
バックステージパスなど持たずに通行出来るのは馴染みならでは。
ヤニ汚れと落書きと、ステッカーだらけの通路の先にあるのはこれまた黄ばんだ扉。
ご丁寧にも『ハンマーヘッズ様控室』との但し書きの張り紙がある。なんだよこれヴィップかよ。
「おはようございます。ハンマーヘッズの宮元新です。よろしくお願いします!」
「おはようございます。ハンマーヘッズの田中悠一です。今日はよろしくお願いします」
二人揃ってしょうもないボケをカマしながら控室に入室。返ってきたのはバンドメンバーからの冷たい反応。
「おせえよ。リハ始まんぞ」
せっかちなことを言うのが、ベースの
「おはよう」
淡白な反応をしたのが、リードギターの
「う~い」
口々に挨拶を交わしながら、シェイクハンド。右肩を抱き込む様にハグ。
昔からやっているが誰発何処発の挨拶なのだろう? 日本全国何処に遠征してもバンドマン同士の挨拶と言えばこれである。コレさえ出来ればなんとかなる。
二人のメンバーと共に控室にいたスタッフともバンドマン式セイハローを済ませ、いつもの席に腰をかけ、リハの準備を開始する。
僕の震えは、何処かに置いて来て。
もう無い。
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