1st Day : 1211 "Outside of Melancholy"

#1 Dreams are Reality (夢は叶えるもの)

 例年、この時期の地元を包む冬の寒さは深く厳しい。

 それは記憶と身体が体感したこれまでの事実。


 山々に囲まれた盆地という立地条件の為だろうか。

 夏は茹だる釜の様な暑さを溜め込むし、冬は冬で寒さと雪をこれでもかと地面に叩きつける。


 春と秋は存在しないに等しく、寒暖の隙間を一瞬で過ぎ去り、刹那に消えていく。

 観光するのに適し、移住にはおすすめしない我が地元。観光はマジでオススメ。見るとこ多いよ、おいでませ。


 白一色の単調でつまらないキャンバスにダナーで存在証明のスタンプを刻みながら目的地に向かう。今日はもう絵の具の追加は遠慮したい。


 一級河川沿いの土手を歩き、南に下る。手荷物は既に搬入済みなので殆ど手ぶらでの行進。


「しかし、僕達が『アテナ』でワンマンか…十年前からは考えられないよな。予想だにしてなかった」


 僕は隣をふらふらと歩く長身の幼馴染に現在の心境を正直に吐露。


 きっと僕は何一つとして、真に理解してはいないんだ。


 だって僕達がメジャーデビュー? そのために上京?

 それまでに残された時間は二週間?

 まるっと嘘みたいだ。かつての僕には信じられない現実だよ。


 葛藤めいた女々しいセンシティブを持ちつつも僕はそれなりに真摯に誠実に答えたつもりだ。

  

 だが、隣接する男の反応は味気なくそっけないものである。


 ん? そうか?と能天気に零しながらこちらに顔を向けたことで、彼の緩くパーマの掛かった長い黒髪が揺れて、その間に端整な顔立ちが覗いた。


「俺はいつかこんな日が来ると思ってた。アラタと音楽を初めたその瞬間から、ずっとその光景を見てきた。だ」


 ニカッと白い歯を見せながら豪気なことを言う。大物だなお前。


「すげえな、悠一ユーイチは。でも僕はダメだ、未だに信じらんない。対バンや前座じゃなくて、オンリーでワンマンだぜ? 観客は僕達だけを目当てに『アテナ』に来るんだ。出来過ぎだよ」


 弱い部分から這い出す緊張と重圧に手が震えるし、外圧によって押し潰されたのか、呼吸が浅い錯覚に薄弱な気を取られてままならない。


 ちなみに――僕の心情とは一切関係ない、客観的かつ補足的な情報を述べておくならば、先に出た『アテナ』と言うのは地元で最も有名な老舗のライブハウスのことである。


 収容人数キャパシティこそ三五〇人と中規模レベルのハコだが、繁華街の割りと中心部に位置し、アクセスも良好な為、隣県からも数多くのファンが訪れる地域の聖地。


 ここを拠点に活動し、その後メジャーに羽撃いた人気バンドも多い老舗であり最先端の場所。来春からは僕達もその一翼を担うことになる。そんなスポットでワンマン? 荷が勝ちすぎる。無理だろ。


 負の感情に押し潰されそうな僕とは違い、心身ともにベストに見える悠一は煙草にオイルライターで火を付けて、深く煙を吐き出した。


 吸うか? と赤い箱をこちらに向けるが遠慮する。知ってるだろ、辞めたんだ。もう吸わないよ。


 そうかいと、一式を胸にポケットに仕舞った親友からかけられる厳しい言葉。


「お前のその重圧とか緊張はお前だけのもんだから、他人おれにどうこうすることは出来ない」


 えらく冷たいな。風が身体を冷やし、言葉が心を凍らせる。


 でも、と彼は即座に言葉を繋いだ。


「その荷物はステージに上がり、歌い始めるその瞬間までに切り落としてくれりゃあいい。最悪引き摺ったままでも、自分の中に仕舞い込んだまま外に出さなきゃ問題ない。、演奏する曲に集中して、感情込めて歌ってくれれば満点だ」


 胸を貫く言葉の槍。


 そうだ、僕はそうしなければならない。

 それが他に何の取り柄もない僕に与えられた役割だと彼の言葉で気付かされる。


「あーでも俺に出来ることが一つあったわ」

「何だよ?」

「お前がベストパフォーマンスを発揮出来るよう、一番近くで発破を掛ける」


 笑顔でそう告げた高身長の美男子は、短くなった煙草を携帯灰皿に投げ入れる。


 まったく、そのスマイルで一体何人の女の子を泣かせてきたんだか……。


 でも悠一は昔から変わらない。相変わらず、惚れ惚れする程に格好いい。

 そんなお前に認められ、選ばれたから僕はここにいる。ここまで来ることが出来た。


 その気持ちを素直に言葉にするのも何だか癪だから、首にまいたストールで本音を濁し、皮肉で答える。


「でも、流石にもうちょい出来ることあるだろ。親友として、幼馴染として。バンドのリーダーとしてさ」

「生憎俺はお前と違って凡才なんだよ。過剰な期待はそれこそ押しつぶされちまう」

 

 肩をすくめて戯けた後に、右拳を僕に伸ばす。真剣な表情での宣言。


「だから、頼むぜ。俺は宮元新おまえに賭けてんだ」

「僕も、賭けてるよ」


 相棒と同様に右拳を掲げ、ゴツンと合わせる。鈍く短い音が鳴る。


「ビッグになろうぜ」


 土手から上がり右折。

 豪奢な橋を渡れば左手には歴史と趣を感じさせる建造物、通りを挟んで左手には俗っぽいカラフルファンシーなお菓子屋と、百年前からそこにあるんじゃないかと錯覚するように古風な土産物屋。


 この混沌とした見慣れた風景を通り過ぎ、数百メートル。

 一直線に軒先が並ぶ店舗が急に奥まり、視界から消えた様に錯覚する。


 そこにあるのがライヴハウス『アテナ』。


 初めて訪れてから約一〇年。通算何度目の来訪だろう? 覚えてない。

 観客としては数え切れない程に遊びに来たし、演者としては――えーっと、高校生の頃から……まあ結構な回数演奏やらせて貰った。


 地元の大先輩に見つけてもらったのもこの場所ハコだ。

 彼達に可愛がって貰い、主催のイベントやフェスに何度も呼んで貰った。

 そこで演奏することで、仲間や知り合いもたくさん増えたし、そこでの反響のお陰で大学在籍時には幸運にもインディーズ制作会社レーベルと契約し、音源を販売して、レコ発ツアーを何本もした。


 そして、所属して約三年に及ぶ活動の末、親会社のメジャーレーベルから声が掛かった。


 それら全ての始まりの場所が『アテナ』であり、僕達『ハンマーヘッズ』の起源とも呼べる大切な遊び場ライヴハウス


 インディーズ最後のライヴをここで出来る僕は多分、結構幸福な人間だ。

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