44:嘘と本音と、それぞれの意図

 左を進んでいた二人は、長い道を歩いていた。


 廊下と言うのか道と言うのか、それはただ真っ直ぐ続いている。屋敷とはいえこんなに長いものなのか。途中で曲がる道もなく、二人はただ進んでいた。特に会話もないが、シィーラはちらっと横を見る。


 すると視線に気付いたのか、声をかけてくれた。


「大丈夫か」

「はい」


 そこまで不安や緊張はなかった。


 もちろん行くまでに色々考えたりしたが、今は一人じゃない。隣にはギルファイがいるし、別れたがセノウやドッズ、ジェイソン達がいる。だからだろうか。心の中で心強いと、大丈夫だと思っている部分がある。


 するとギルファイは目を伏せた。


「シィーラはいつも大丈夫って言う」

「え、そうですか?」


 言われるまで気付かなかった。

 すると頷かれる。


 思わず苦笑してしまった。


「ちゃんと大丈夫じゃない時は言いますよ」

「そう言って一人で抱え込むだろ」

「え、いや、そういうつもりじゃ、」

「自覚がないだけだ」


 きっぱりと言われてしまった。

 断定するかのような言い方をされ、否定しにくい。


 その後は会話も止み、黙々と進む。

 横を見ても、目も合わせてくれなかった。


(……よく見てるなぁ)


 少し居心地が悪いと思いつつ、心の中で苦笑する。


 こちらが観察する側であったのに、ギルファイは人の事をよく見ている。見てる素振りも見せないのに、いつの間にか人の癖や中身を分かっているのだ。仲間を大事にする人であるから、それだけ相手の事を気遣えるところがある。もちろん分かってないところもあったりするが、それは誰だってそうだろう。


 それに今は、一緒に来てもらえただけありがたい。


 付き添いというのだから中まで入れるのかちょっと疑問だったが、先程の使用人に何も言われなかった。イザベラの言う通り、そこのところはあまり気にしなくてもいいかもしれない。「今度こそ約束する」と言ってくれたし、その言葉通り、頼りたい時は頼るつもりだ。


『……て』


「え?」


 急に何かの声が聞こえ、思わず止まってしまう。


「どうした」

「……今、声が」

「声?」


 ギルファイは眉を寄せる。

 そして辺りを見渡した後、首を傾げた。


 気のせいだったのかと思いながら歩き出そうとすると、また聞こえる。


『助けて』


 声がはっきり聞こえた瞬間、思わず足を速めた。


「おい、シィーラ!」


 勝手に走り出した事でギルファイが呼び止めようとするが、シィーラは見向きもしなかった。そしてただ前に向かって走り続ける。それを見てギルファイも同じように走るが、奇妙な光景が目の前で広がった。というのも、奥の方からまるで時空が歪んだように、白い光が溢れていたのだ。


 思わずそれに向かって走っていた。


「シィーラ!!」


 叫んだものの、シィーラはその歪の中に入ってしまう。そして瞬く間に姿は消え、元の長い道が目の前にあった。ギルファイはその場に立ちすくんでしまう。一瞬の出来事が、信じられなかったのだ。







 皆と別れてから黙々と前に進む。

 しかし、いつまでも真っ直ぐの道が続くばかりだ。


「なんだか飽きるね、この道」


 不意にセノウが言った。


「ほんとだな」


 ドッズも同意する。

 そして少しだけためらった後、聞いた。


「前の家もこんなんだったか?」


 すると相手は特に気にせず答えてくれた。


「どうかな。もう何年も前だからあんまり記憶がない。でも一度壊れちゃったからね。この家も新しくしただろうし、家の造りがどうなってるのか、今は分からない」

「そうか、そうだよな」


 本当はここで気の利いた一言を返せたらいいのだろうが、あいにくそんな事を軽々しく言えるような性格ではなかった。自分で聞いておいたくせに、返しが下手なものだ。自己嫌悪に陥りそうになる。


「大丈夫だよ」

「……なにが」


 心を読まれたのかと一瞬焦った。

 するとセノウは微笑む。


「別に」


 その笑みだけですぐに分かった。きっとこちらに配慮して何も言わなかったのだろう。昔はべらべらと口で言うタイプだったのに、いつの間にこうやってかわす事も覚えたのか。


「……お前、成長したな」


 思わずそう口に出した。

 すると相手は得意げな顔を見せる。


「ドッズの元で育ったからね」


 「なんだそりゃ」と軽い拳骨をお見舞いする。

 セノウはそれを受けつつ、けらけらと笑った。


 と、ふと前を見ると、ドアが二つ見えた。

 そこにはご丁寧に名前が書いてある。「ドッズ・ジニー様」「セノウ・ステンマ様」と。


 セノウからすれば実家であるのに、もてなし方は客人と一緒か。それは良い意味でも悪い意味でも、あまり気持ちがいいものではなかった。ドッズはそう思いつつ、セノウをちらっと見る。すると彼女は真面目な顔をしてそのドアを見つめ、すぐにこちらに顔を合わせた。


 決意に満ちた表情に込められた思いを悟り、ドッズはそれ以上何か言うのを止めた。一緒にドアの前に立ち、同じタイミングで入ろうとする。


「セノウ」

「うん」

「終わったら籍でも入れるか」

「うん。え?」


 先にドッズはドアを開けた。

 それはきっと、照れ隠し故だろう。







 走り回った。


 どこかも分からない場所を走り回った。

 それでも見つからない。姿がない。


 息を切らしながら、ギルファイは一度立ち止まった。


 どうしてこうなるのか。先程まで一緒にいたのに、一瞬で消えてしまうなんて。自分が見ていたのに。追う事はできたはずなのに、どうして間に合わなかったのか。自分は何のためにここにいるのだろう。ここに自分がいる意味は、シィーラを守るためのものなのに。


 思わず歯を食いしばってしまう。


 だが、とりあえず冷静になれるように頭を冷やす。そしてどうしたらいいのか、ゆっくりと考えた。後悔するより、次にどう行動するのかが重要になってくる。


 そしてふと、自分の首元につけている指輪が服の上から出てきた。新たに紐を通してつけているものだ。少し迷ったが、ここでならきっと使っても問題ない。そう思って手で触れようとした。


 すると、急にキィッと目の前で音が鳴る。

 そちらに視線を動かせば、いつの間にかドアがあった。


 ギルファイはゆっくりとした足取りで近づき、そしてドアノブを動かす。すると金属が擦り合わさるような音が聞こえた。中に入れば、そこには両手を鎖でつながれ、体中傷だらけになっている人物の姿がある。


「……ジキル?」


 思わず名を呼べば、相手はゆっくりと目を開ける。

 そして桔梗色の瞳を覗かせた。


「ギル、ファイさん」


 か細い声でどうにか声を出そうとしていた。


 とにかくまずは助けようと思い、ギルファイは魔法で鎖を解いた。するとジキルは倒れ、慌てて助け起こす。『水の癒しフィーリング・ウォーター』と唱えて水を出し、ゆっくりと飲ませると、何も飲んでいなかったのか、勢いよくジキルは飲み干した。しばらくして、やっとほっとしたような顔をする。


「ありがとうございます」

「それよりなんでここにいるんだ」


 いつの間にか失踪していたジキル。

 その消息も掴めないままただ日だけが過ぎていたが、ここで出会うなんて。


 すると相手は苦しそうな顔をする。


「……捕らわれていました」

「なんで」

「私を利用するために、でしょうか」


 ジキルは有名な科学者だ。

 確かに捕まえておけば色々と利用できる手立てはある。


「じゃあ、俺達の図書館で問題を起こしたのも、」

「命令されたから、です」

「シィーラを狙ってか」

「……そうですね」


 思わず息を吐く。


 これでシィーラが狙われていた理由に少し近づいた。

 おそらく何かしらシィーラも利用するつもりだったのだろう。


 とりあえずジキルの無事が確認できただけよかった。このまま連れていけるか不安だったが、特に大きな怪我はしていないようだ。利用価値のある相手だからこそ、そこまでひどい扱いはしなかったのかもしれない。ジキルは顔を曇らしたままで、頑なに口を開こうとしない。それはきっと、今すぐ話せる内容ではないからだろう。


 とにかくシィーラを探さなければと思い、部屋から出ようとする。


「ギルファイさん」


 急に呼び止められ、振り向いた。


「なんだ」

「その……聞かないんですか。私の事を。それに、私は皆さんにご迷惑を」


 ギルファイは近づいて肩を置いた。

 相手はびくっとするが、ようやく顔を合わせてくれる。


「今はそれどころじゃない事くらい分かる。利用されていた立場だったんだろう? なら何も気にするな」


 できるだけ優しい声色で伝えた。

 するとジキルはゆっくりと瞬きした後、やっと小さく微笑んだ。


「……本当に、優しいですね。ギルファイさんは」

「そうでもない」


 正直に答えれば、相手は首を振って「そんな事ありません」と言った。


「前は優しさが分かりにくかったですが、今は本当に優しいと言えます。もしかしてそれは、シィーラさんのおかげでしょうか?」


 これにはギルファイも小さく笑った。


「さぁな。いいから行こう」


 一刻も早く探そうと、部屋を出て小走りで進む。

 その姿を追いながら、ジキルは静かに微笑んだ。







 部屋には、豪華な金の装飾でできたテーブルがあった。

 そしてそのテーブルの傍に椅子が二つ。一つは誰かが座っていた。


 光は灯されているが、部屋の奥は若干暗い。

 そのせいで誰か分からず、ドッズはゆっくりと歩き出す。


 すると相手から正体を明かしてくれた。


「いらっしゃい。どうぞ、イスへ」


 低い声になんとなく予想はついたものの、ドッズはそのままその場に留まった。命令されてそのまま座って、安全でいられる保障などない。なぜならここは魔術師の家だ。そしてこちらから名を呼んだ。


「何を考えているのか分からないところは、昔から変わらないな。ロベルト」


 するとその人物はゆっくりと指を鳴らす。

 その瞬間に部屋全体の明かりが灯り、やっと姿が見えた。


 金髪に菫色の瞳を持つ青年が、顔を見せながらにっこりと笑っている。見た目は兄妹なだけあってよく似ているが、その目は笑っていない。だからこそ胡散臭い。


「あなたに名前を呼ばれるのはひそかに嬉しいですね。昔っからあなた方はセノウの相手ばかりでしたから」

「気色悪い言い方はよせ。何が目的だ」


 するとははは、と笑う。


「目的だなんて。強いて言うならセスターの願いを叶えただけですよ。私は別に何かしようと思ったわけじゃない。もちろん、セノウの事は気になってましたけど」

「当主の話し合いのために呼んだんじゃないのか」

「考えれば分かる事でしょう。私達が穏便に話し合えるわけがない」


 それは薄々分かっていた。


 元々兄妹の関係も薄いのに、いきなり当主を決めるための話し合いに発展できるはずがない。それでも、少しは信じていた。やっと家族で一つになれる瞬間を、セノウも感じる事ができるんじゃないかと、信じていた。のに、それを信じた自分は馬鹿だったのか。


「セスターの願いを叶えるってどういう事だ」

「そのままですよ。でもその正解を伝えるのはまだ早い。だからそうだ、昔話をしましょう?」

「は?」

「あなたは気になっているはずだ、私がセノウの事をどう思っていたのかを」


 ドッズは思わず黙る。


 確かにロベルトの意志や考えは分からないところが多かった。というのも、セスターは分かりやすくセノウに敵対心を向け、侮辱するような行動や態度を示した。だが、ロベルトは何もしなかった。


 何もせずただじっと見ていた。そうして放っておいた。何をするわけでもない、何も言葉を発しない。それはそれで害はなかったように見えたが、ドッズからすれば当時からその行動が薄気味悪かった。


 子供というのは素直なものだ。そしていつかはボロが出る。それなのにロベルトはそんな時が一度もなかった。子供であるのに子供らしくない、どこか裏があるように見えた。


「どう思っていたんだ」


 むしろセノウに関心があったのだろうか。

 関心なく無視しているかのようにしか見えなかった。


 すると相手はにやっと笑った。


「恨んでいましたよ?」


 思わず背筋がぞっとするようなものを感じる。


「兄である私よりも強力な魔力を持ち、周りからも期待されていた……。だからこそずっと見ていました」

「……確かに見てたな、ずっと」


 ロベルトの印象的な姿は、ただこちらをじっと見る瞳だった。何もしないのに、隠れているわけでもないのに、人をじっと捉えて離さない。そして見つめられた人間は、目を逸らしてもその粘着とも言えるその視線から逃れられないのだ。


 だが、今の一言で分かった。彼もセノウを恨んでいたのだ。言葉に出す事もなく、態度に出す事もなく、ただじっと見つめては恨みの念を持っていた。だから。


「……だから、セノウを追い出したのか」

「あれは仕方がないでしょう。あんな状態になれば、どう考えても追い出す事しかできません。それに、ジェイソンにも協力させましたしね」


 それを聞いて眉を寄せる。


 ジェイソンは自分の意志で残っていたはずだ。

 セノウを助けるため。家族の縁を切らないにするため。

 

 するとロベルトは笑みを濃くする。


「婚約者でもなくなった人をいつまでも屋敷に置いておくわけないじゃないですか。父が危篤状態の中、屋敷の主人は兄である私だ。だからこそ、その時は私の命令が絶対だった」

「お前、」

「本当の意味で協力していたのは誰だったのでしょうねぇ。それこそジキルを雇ったのも私だ」

「なに?」


 ここでジキルとこの家のつながりを知る。

 しかし、なぜ雇う必要があったのか。


「ジキルは良い科学者です。それでいて良い心理学者。彼は彼なりに色々考えた上で私の話に乗ってくれた。双方メリットとなるように。私も彼と話していて楽しかった。本当に頭が切れる学者だ」

「待て。なんでジキルを」

「それは本人に聞いた方が早いでしょう。さぁそろそろかな」


 ロベルトは不意に立ち上がる。

 そして横にある壁に向かって歩き始めた。


 見ればなぜか赤い布のようなものが幕のように垂れ下がっている。なんとなく嫌な予感がすると思っていれば、ロベルトは指を鳴らした。その瞬間、赤い布が大きく揺らめきながら床に落ちる。


「っ! セノウ!」


 見れば壁一面、全面ガラスになっていた。

 セノウの姿が見える。


 その視線の先には……同じ顔立ちの女性が立っている。


 意図が分かり、思わずロベルトに顔を動かす。

 すると彼はにたっと笑った。


「さあ、あなたは誰が勝つと思います?」


 面白がっている様子に、ドッズはただ茫然とした。

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