42:絆のようにつながる
「……それで、館長とドッズさんはセノウさんとどのような話を?」
「図書館や本の話ばかりさ。館長が中心に話してたらしい。ドッズはただ一緒に傍で話を聞いていただけ」
最も本来は館長だけの予定だったので、ドッズの姿を見てセノウもセリシアも少し驚いたようだ。だが勉強も兼ねてという事で同行させたと伝えれば、快く許してくれた様子だった。
セノウは少しだけ警戒心があったようだが、訪問が増える度にドッズに色々と質問した。ドッズは無邪気なセノウを放っておけなかったらしく、色々と知識を教えていった。そうやって関わりが増える事で、お互いに気を許せる関係にまで発展したようだ。
「まるで本当の兄妹のように見えたと、館長も言ってたねぇ」
懐かしそうにイザベラは頬を緩ませる。
当時のセノウは十四の少女だった。
確かにその頃なら、歳の離れたいい兄妹に見えるだろう。シィーラもなんとなく想像できた。
「それにローレンは、セノウに許嫁を作った。それがうちの司書、ジェイソンだよ」
ジェイソンはアルフ家の次男坊だったらしく、家柄やらは気にせず、自由にしていい身分だった。元々気さくなところがあり、ローレンを始め、兄妹達も打ち解けたようだ。司書なので本関係でセノウと馬が合ったところもある。
「そしてセノウは、自分の人生を真摯に受け止める覚悟もできた」
本に囲まれる生活ができなくとも、本に一番近い人から好きな本の話を聞く事ができる。司書になれなくても本は身近にあり、仕事をする上でも、趣味でも、本と関係が完全に断たれるわけではない。父親に図書館に行く事を禁止されたのも、セノウがより司書になりたいと思わないように、と考えたからだ。
司書をきっぱり諦めると宣言すれば、図書館に行く事も許可してくれるだろう。何もかもを制限される前に、セノウは父親の言う通り、しっかりした職について家のために頑張ろうとしていた。家庭教師に来てもらって勉強に励んだり、魔術師としての素質もしっかり磨いた。
「だが、残酷なものだね」
「え?」
「セシリアが亡くなったんだ」
「っ!」
軟弱な身体が耐えられなくなったのか、セシリアはひっそりと眠るように亡くなった。決して仲が良いと言えない家族関係の中、セノウの努力でやっとローレンからも認められるくらいになった。やっとこれで父親からの愛情をもらえるかと思っていた矢先に、だ。
「それで……どうなったんですか?」
するとイザベラは一度息を吐く。
「ローレンは最愛の妻を亡くして病んでしまったと噂で聞いた。当主であるローレンがそんな状態なら、おのずと家を支えるのは兄であるロベルトだ。ロベルトは母親の死を悲しむ暇もなく、仕事のために動き回った。そして残された姉であるセスターは、こうなったのはセノウのせいだと言ったんだ」
「そんな、お兄さんは何も言わなかったんですか?」
「ロベルトは忙しくてそれどころじゃなかった。それに母を奪われたという気持ちはあったのだろう。その現場を目撃していながらも、黙視していたのだから」
シィーラは絶句して何も言えなかった。
その様子を見てか、イザベラは鼻で笑う。
だが眉を八の字にしていた。
今までずっと無視されていたのに、ようやく話す機会があると思えば、それは攻撃的な言葉だった。セノウは驚いて声も出なかった。おそらく、自分の気持ちを素直に伝える事さえできなかったのだろう。
だから――暴走した。
「……暴走、って」
「文字通りだよ。でもあれは怒りというより、悲しみの方が強かっただろうね」
イザベラは、どこか苦しげな表情でそう言った。
ある少女から一気に魔法が解き放たれた。それは屋敷を包んでしまうほどだった。赤い炎のように濃い色の魔法がその少女の周りを囲み、めらめらと揺れ動く。
それを見た兄妹はとても焦った。
ここまでの力を自分の妹が持っているとは思わなかったのだろう。その間にも屋敷の建物が崩れ始め、地響きの如く、揺れた。兄妹を始め、その場にいた使用人達は逃げ出した。自分の命を守るために。その元凶となった少女を止める事もせず、そのまま放置して逃げていった。
異変に気付いたある青年は、急いで少女の元に走った。
たまたま用事で近くを通ったのだが、外から見ても分かるほど魔法が溢れており、このままでは屋敷だけでなく、少女自身が危険である事を悟った。
『セノウ!』
名前を呼んで探し回れば、広い部屋に一人で突っ立っていた。
その後ろ姿を見てすぐにセノウだと分かり、ドッズは駆け寄った。そして肩に触れてこちらに顔を向けさせれば、その表情はまるで人形のようだった。ただ涙だけを流している。。そこには悲しみも怒りも感じない。ただ空っぽな、「無」の状態だった。
『おいしっかりしろっ!』
両肩を何度も揺すると、ようやく目の焦点が合う。
だがいきなり現れたドッズに驚く事もなく、聞いてくる。
『……なんで』
『え?』
『なんで、私は産まれてきたんだろ』
『っ!』
セノウが生まれた経緯は館長に教えられて知っていた。
だからこそ、この少女がそう聞いてくる意図が分かった。おそらく、その類の事を兄妹に言われたのだろう。屋敷に来て感じたが、兄妹なのにどこかよそよそしかった。しかもそれを隠そうともしない。本当の兄妹であるのに、本当の兄妹じゃないかのようだった。
だが、言えるわけがなかった。元々言葉足らずなところがあったので、どう伝えればいいのか分からなかった。それでも、ドッズは必死に頭を動かしてこう言った。
『生きろ』
『……なんで』
『与えられた命だ。何があっても生き続けないといけない。お前の母親が必死になってお前を産んだんだ。母親の死を無駄にするな』
『……なんでお母様は死んだの。私のせいだから? 私が産まれたから、』
『セノウ!』
必死に意識をこちらに向ける。
だが相手は、涙の量を増やすだけだ。
『お母様の所に行きたい』
『セノウ……』
ドッズが何か言いかけようとしたが、頭上から音が響いてはっとする。今にも崩れそうな天井にその場から離れようとするが、セノウは動かなかった。ドッズは舌打ちをしながらも、そのままセノウの上に覆いかぶさる。すると次の瞬間、天井が破れるような音と共に、様々なものが降ってきた。
『…………』
背中が床に着いた状態で、空が顔を覗かせていた。
セノウはそれをただぼんやりと見ていた。だが傍で小さいうめき声が聞こえてくる。自分に覆いかぶさっているその人物に首を動かせば、全身血だらけだ。
『……ドッズ!?』
鮮明な赤いそれに、目がかすかに動く。
それは動揺を表すものだった。
自分を庇ってくれたのだろう。身体の上には天井や木材、部屋に並べて置いていたはずの美術品などが落ちている。もろに身体に当たっており、セノウは慌ててドッズの上にあるものをどける。見れば床が血の海のようになっていた。すぐに処置しないと危険だ。
いつの間にか自分の周りに放たれた魔法も止んでいた。おそらくドッズの姿に驚き、意識がそちらに向いたからだろう。自分の魔法で止血しようと、セノウは手をかざした。
『……え』
何度も何度も手を動かす。
呪文を言ってみるが、発動しない。
『なんで。なんで!?』
このままじゃドッズが死んでしまう。
もうこれ以上自分の大事な人を亡くすのは嫌だった。
どうする事もできず、とにかくドッズに縋りつく。
傷口に触れないよう注意しながらも、身体に触れていないと不安だった。
『ドッズ、ドッズ』
『……う』
『いや、ドッズ。お願いだから、一人にしないで』
セノウはまた涙を溜め、倒れている身体に抱き着く。
ドッズはどうにか自分の首元に手を持って行った。そしてそこに司書の証と共にある魔法書の形をしたチャームに触れる。するとすぐにそれは本になった。
ゆっくりとした足取りで出てきたのは、黒髪に真っ赤な瞳をした少年。白いシャツに少し暗めの赤いリボンを首元にしていた。それを揺らしながら、首を傾げるようにしてセノウを見る。
『なるほど。一気に魔法使い過ぎたね。しかも魔力があり過ぎて制御しきれてない』
『あ、あなた誰?』
セノウは怯えながら聞いた。
すると少年はにっこり笑う。
『俺はアッシュ。館長の助手。で、俺に何の願い事かな?』
そう言いながらドッズの傍まで寄る。
あまりに上から目線の態度に若干苛立ちながらも、どうにか口を動かす。
『こ、の状況を、どうにかしろ』
ドッズは元々持っていた方がいいと館長に言われて、アッシュの魔法書を持っていた。なのでアッシュが何者なのか、そしてこの魔法書は何なのか、全く聞いていない。本人に聞けば教えてもらえるからと、それっきりだ。何かの役に立つとは聞いていたが、まさか少年が出てくるとは思ってなかった。
するとアッシュは小さく笑う。
そして急にセノウに向き直った。
『ねぇ。このままだと君、危ないよ?』
『え……?』
『魔力が強すぎるから色んな意味で人に脅威を与えてしまう。もちろん、自分も込みで』
『え、え』
『おい、お前、セノウになに吹き込んでんだ』
勝手な事ばかり言うので、ドッズが止める。
だがアッシュはおかしそうに笑いながら、指を振った。
『俺、嘘は言ってないよ? それに制御もできないなら、これから先も大事な人を傷つけちゃうかも』
『お前っ! ……っく、』
怒鳴ろうとしたが、傷の痛みで顔をしかめる。
だが少年はこちらに見向きもせず、ただセノウだけに目線を合わせている。ちらっと見れば、セノウは震えていた。表情も何かに怯えているように見える。アッシュの言葉が、大きく突き刺さっているのだろう。
『だから君は、契約した方がいいと思うんだ』
『けい、やく?』
『そう。契約したら魔力も半分になるし、契約した相手とはずっと一緒だよ』
『誰、と?』
『契約するのはその男。今すぐすれば、きっと魔法で傷も塞がる』
『ほんと?』
アッシュの言葉で、セノウは少し顔を明るくした。
『……待てセノウ、それは』
それを聞いてドッズは止めた。
契約の事はこの当時、曖昧にしか知らなかった。確かまだ、何かあったはずだ。まだ何か。
するとアッシュが付け足すように言う。
『契約したらつながるって事だから、死ぬ時も一緒だよ』
『え?』
『な、』
唖然とした二人に表情に、アッシュは笑う。
『当然だよ。リスクのない契約なんてない。魔力は分け合えるし、ずっと一緒にいられる。一石二鳥だと思わない?』
『お前、そんなの誰がすると……かはっ』
むせて口から血を吐き出す。
思った以上に流れていたようだ。
それを見てアッシュが困ったような顔をする。
『あーあー、調子に乗ってしゃべるから。このままじゃほんとに失血死で死んじゃうよ?』
血のせいで上手く言葉にも出せなくなったが、ドッズはアッシュを睨んだ。だがアッシュは知ってか知らずか、セノウにまた顔を向ける。
するとセノウの方から口を開いた。
『契約、する』
『!』
アッシュはにやりと笑った。
そして最後の質問をする。
『一応聞くけど、後悔はない?』
『……多分』
『多分?』
『先の事はよく分からない。だったら今を……生きるしかないから』
そう言ってドッズに顔を向けた。
儚く微笑む。それは綺麗だったが、少し寂しくも見えた。
それを見た瞬間、ドッズは決心した。
この少女にこの時決意させた事を、自分は一生忘れてはならない、と。
「それで、契約したんですか」
「ああ。ドッズ本人に聞いた話だからね、間違いないだろう」
「…………」
契約するに至った話を聞きながら、アッシュの言っていた意味が分かったような気がした。「相手のため」に契約をする。二人の場合はまさしくそれだ。この場合はドッズが危険な状態だったから、というのが強いだろうが、同時にセノウを助けるためでもあった。
セノウの魔力は成長すればするほど強くなるらしい。つまり、そのまま強すぎる魔力を保持していたら、セノウ自身も制御できなくなり、そして周りにも何かしら影響を与えていた事だろう。それを救うためにも、アッシュに契約をしてもらったのだ。
「他にも細かい話はたくさんあるが、過去についてはこんなものさ」
「……はい。教えて下さって、ありがとうございます」
いつの間にか時間は過ぎ、外も少しだけ薄暗くなってきた。このまま帰ると言われ、シィーラは出口まで見送りに行く。
イザベラと別れる際、「そういえば」と言われた。
「なんですか?」
「ギルファイの事だけど」
「ギルファイさんですか?」
ちらっとだけ見られた後、ふっと笑われる。
「いや、いいさ。きっと大丈夫だろうから」
「え、でも」
「じゃあまたね、シィーラ」
そう言いながらあっさりと去ってしまう。
何を一体言いかけたのだろうか。
でも大丈夫という事は、大丈夫なのだろうか。
首を傾げつつも、他に心配しないといけない事があるので、そこまで構ってられなかった。それに招待状に書かれていた日付は、三日後だ。日もないし、またフォルトニアに行く事になる。それなりに心の準備もしておかないといけない。
気合いを入れようと深呼吸をしていると、後ろから声がかかる。
「なにしてるんだ」
「ギルファイさん」
今日の分の仕事が終わったのだろうか。
手ぶらで歩いていた。
「イザベラ館長とお話してました」
「ああ、セノウの事か」
当たり前のように返されたので、目を丸くする。
「もう知ってるんですか?」
「ドッズから聞いた。俺も同行する」
「はい、よろしくお願いします」
「ああ」
何気ない会話の中、シィーラは思わず笑ってしまう。
それに対してギルファイは眉を寄せた。
「なんだ」
「いえ、こうして話すのが久しぶりだなと思って」
仕事や他の利用者に支障がないように話すのはあるが、こうして面と向かって話すのはそんなになかった。それはどうしても周りの目が気になって、必要な事しか話せてなかったのもある。だがこうして当たり前のように会話できてる事が、なんだか嬉しく感じられたのだ。
そう伝えると、よく分からないといった顔をする。
「……変なとこ素直だな」
「ちょっとそれどういう意味ですか」
「別に」
言いながら逃げるように歩き出す。
丁度シィーラも戻るつもりだったので、同じように横に並んだ。
「シィーラ」
「はい」
「……今度こそ、約束する」
「約束ですか? 何か約束してましたっけ?」
すると分かりやすくむっとされる。
だがシィーラは慌てた。そんな事言われても、最近何か約束された覚えはない。だがその様子にますます機嫌が悪くなったようだ。相手は視線は外したまま、言いづらそうに伝えてくる。
「ほら、フォルトニアの図書館に行った時」
「フォルトニアの時……?」
何を言われたのか思い出しながら、一つの言葉が脳裏に浮かんだ。
「守る、って言ってくれた事ですか?」
あの時は驚きと恥ずかしさが勝ったが、今となっては嬉しい言葉でもあるかもしれない。無邪気にそう答えると、相手はぎくっとした。そして急に小声になる。
「わざわざ口に出すな」
「でもギルファイさんが」
「あの時は無意識に出ただけだ」
「? 恥ずかしいんですか?」
今度はぎょっとされる。
そしてなぜか歩くスピードが速くなった。
置いて行かれそうになる。
「え、ちょ、ちょっと」
「うるさい」
「待って下さいよっ」
「うるさい」
もはやうるさいしか返してくれなかったので、面倒くさいと思いつつ謝る。すると相手もようやくゆっくり歩いてくれた。たかがそう言っただけで恥ずかしいだろうか。誠意のこもった言葉であったし、きっと本心で言ってくれただろうに。だからこそあの時は恥ずかしいなんて思わなかったのだろうが。
そう思いつつ、シィーラは苦笑する。
それがギルファイなのだから仕方ない。
お互いに戻る場所が違うという事で、途中で別れる事にした。挨拶をした後シィーラが進もうとすれば、なぜか腕を掴まれる。思わず振り返れば、相手もはっとしたように離した。
「? どうしました?」
「いや……」
ギルファイ自身も戸惑っている様子だった。
よく分からないが、シィーラは微笑む。
「何かあったら呼んでください。私にできる事は何でもしますから」
「……ああ」
そしてそのまま別れた。
シィーラの姿が見えなくなった後、ギルファイは自分の手首を掴む。無意識に動いた事にも驚いたが、前よりも情で動く事が増えたようにも思った。そしてそれを自覚するようになり、少しだけ身体が震える。
(……怖い)
いつの間にかそう感じた。
だがその言葉の意味は、自分でも分からなかった。
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