32:無意識と意識

「待って、あなたもしかして本の管理人?」


 怪しく笑った姿に、シィーラは思わず聞いていた。

 すると少年は一瞬目を見開いたものの、すぐに微笑む。


「よく分かったね」


 あっさりと言われた。


 「契約」について教えると言われ好奇心に負けて聞くつもりだったが、この少年が誰なのか、最初は検討もつかなかった。だが普通に考えたら分かる事だ。なぜなら司書でこのくらいの年齢はいない。少年の年齢は、見た目で言うと十二くらいだ。それにこの少年が司書なら最年少司書、という事になってしまう。


 そしてもう一つ。彼は「契約」について知っている。

 「契約」の事を知っているのは守護者ガーディアンか魔術師くらいだ。一般の司書は知らない。そして守護者ガーディアンの数は限られている。


 少年は特に気にせず挨拶をしてきた。


「俺の名前はアッシュ。『契約』の魔法書の管理人」

「『契約』……という事は、館長の代わりに?」

「そう。俺が契約する場合もある、って事」


 おそらくナギが言っていた魔法書とは、アッシュの本の事だろう。館長の書庫に来た事によってそれが分かったわけだが、ふと、ドッズとセノウはどちらの方法で契約したのだろうと思った。


 するとアッシュが一歩近づいてくる。


「じゃあ今度は俺の番。シィーラは何で『契約』の事を知りたいの?」

「え?」

「力が欲しいから? それとも誰かと契約を結びたいから?」

「いいえ違う。ただ、」


 勢いのままに返そうとしたが、思わず止まってしまう。シィーラの場合はただ真実を知りたかったから。持ち前の好奇心旺盛故だ。だがそれだけが理由で聞いていい内容なのだろうか。今更ながら少し不安になる。するとしばらくしてからアッシュは軽く溜息をついてきた。


「別に冗談で聞いたのに、ちゃんと返そうとする辺りが真面目だね」

「……悪かったわね」


 冗談だったのか。あんなに真っ直ぐに聞いてきたのに。こちらからすれば冗談に聞こえなかったのだが。それにそれなら聞かなかったらいいだろうに。だが実際はそんな事も言えないので憎まれ口を叩くだけだ。


 するとアッシュはくすっと笑う。


「シィーラの噂は聞いてたけどね。だからこうして会えて良かったよ」

「……そう」


 本の管理人なのだから司書の噂は当然耳にしている事だろう。だがどう思われているのかは別に知りたくない。いい事を言われたらいいが、同時に悪い事も言われるに決まっている。素っ気なく返しながら書庫の近くに飾られている時計を見ると、別件の仕事に向かわないといけない時間になっていた。


 慌てて帰る旨を伝えれば、アッシュは頷く。


「もしまた質問とかあったらここに来なよ。館長はほとんどいないけど、俺ならいるから」

「え、また来ていいの?」


 てっきりもう来るなと言われると思った。

 ここは館長の書庫で、勝手に入っていい場所ではない(一般的に言えば)。


「いいよ、別に。館長には自由にしていいって言われてる。俺がいいならいい」


 それはアッシュが自由にしていいという事で、シィーラが勝手に来ていいわけではないんじゃないだろうか。そんな事を思ってしまったが、相手はただにこっと笑う。最初に見た笑みよりはましか。頷きながらシィーラは書庫から出ようとすると、アッシュが後ろで名を呼んだ。


「なに?」


 振り返って聞けば、笑顔でとんでもない事を言われる。


「シィーラもいつか契約を結ぶ事になるかもね」

「……え」

「『契約』を受けられる人達ってどういう人達だと思う? 『相手のため』に契約したいと願う人達の事だよ。人間は傲慢とよく言われるけど、そうやって相手のためなら何でもしようとする。その本性は美点だね」

「……それがどうして、私も契約を結ぶ事につながるの?」


 冷静だったからか、思わず質問した。

 すると相手はにやっと口元を緩める。


「言ったでしょ。『相手のために』契約したいと願う人達が契約できる。シィーラもそうだからだよ」




 館長の書庫から出て、自分の仕事場に戻る。


 思ったより時間は過ぎてないようで、今から歩いても十分間に合いそうだった。ただ、アッシュの最後の言葉が理解できない。アッシュはシィーラも「自分のためじゃなくて相手のために」契約するだろうと言って来た。だが、果たしてどうだろう。


 確かに相手が困っていたら助ける。だが、「契約」ともなるとそうもいかない。なぜなら恩恵とリスクを同時に得る。そして、契約した人との鎖がずっとつながったままだ。それがもし仲間だったとしても、自分は契約する覚悟が持てるだろうか。自分可愛さに逃げてしまうんじゃないか。自分で考えてもよく分からなかった。


 良心的に言えば何があっても相手を助けるのが正しい。

 でも実際はそうもいかない。難しいものだ。


 思わず溜息をつきながら手を動かしてると、同じく書庫の整理をしているセノウがちらっと見てきた。


「シーちゃんどうしたの? 大丈夫?」

「あ、大丈夫です。すみません」


 笑いながら頭を下げる。

 するとセノウは気を利かしてか、微笑んで頷いてくれた。


 今している仕事はいつもの魔法書の整理だ。


 守護者ガーディアンが少ないため、昔からある魔法書はほとんど整理されていない。とりあえず本棚に置いたり、重ねて置かれていたりする。魔法書の場合は借りに来る人が少ないため(むしろ閲覧だけなので)、整理できていなくても多少問題はない。守護者ガーディアンの人数不足とそう言った理由によって、長年放置されている魔法書がたくさんあるのだ。


 シィーラも手伝うようになって綺麗になった書庫もあるが、それよりも整理しないといけない書庫の数の方が圧倒的に多い。連日この仕事が続く事が多い。


「それにしても、アナさんとウィルさん、良かったよね」


 急にセノウがそんな事を言い出した。


 同じ守護者ガーディアンとして、セノウも付き合いが長いのだろう。特にアレナリアとセノウはよく一緒にいる姿を見かける。いつも仲が良い人が幸せな姿は、きっと自分の事のように嬉しいはずだ。


「ほんとですね」

「ほんと……いいなぁ」


 最後の言葉は無意識に出たように聞こえた。

 どこか消え入りそうな、でも憧れがあるような言い方だった。


 シィーラは思わず聞いてしまう。


「セノウさんは、いないんですか?」

「へ?」

「その、好きな人とか」

「え。あ……うーん、複雑かな」


 どこか苦々しく言われた。


 それに対してシィーラは「はぁ」と答える。ここで複雑、という単語を普通使うだろうか。だがきっと何かあるのだろう。あまり詮索するのもよくないと思い、自分も仕事に集中する。すると今度は聞かれた。


「そういうシーちゃんは? 好きな人とかいないの?」

「いないですね」

「即答だね」


 ツッコまれてしまったが、シィーラはやっぱり頷く。


 考えてもいない。むしろ自分が好きになる人なんているのだろうか。将来的には結婚したいと思いつつ、その相手が見つかるのかは分からない。正直見つかる兆しもない。最も、本人が今は求めてないせいもあるだろうが。シィーラは興味本位で逆に聞く。


「セノウさんはその方のどこが好きなんですか?」

「え、な、何で?」

「好きな人がいるのがよく分からないので、聞いてみたいと思って」


 何かしら参考になると思ったのだ。するとセノウは少し迷うような素振りを見せつつも、考えてくれる。何度も悩みながら、時に手も止めながら、懸命に考えてくれた。そこまで考えないと言えないのか、とむしろ感心しながら待っていると、ようやくセノウが口を開く。


「なんだかんだ、優しい所かなぁ」

「へぇ」

「私にとっては父親みたいな、お兄さんみたいな、そんな存在なの。いつも見守ってくれてる」


 嬉しそうにそう答えてくれた。


 それを聞きながら、なんとなく、セノウが好意を寄せる相手が誰なのか分かった気がした。本人の口から名前を聞いていないが、きっと当たっているだろう。セノウと契約している相手だし、きっと誰よりも付き合いが長い。お互いが大事に思っている事も伝わる。


 それに以前彼も、「複雑だ」とウィルに話していた。

 二人は二人で、きっと過去に色々あって、素直になれないだけなのかもしれない。いや、もしやまだ言う時じゃないのかもしれない。どちらにせよ、周りはただ見守るだけだ。


 しばらく微笑んで見ていると、セノウは照れたのか「へへっ」と笑った。そういう所はとても女性らしくて可愛い。セノウはしばらく自分の頬に手を当てていたが、話題を逸らすようにシィーラを見る。


「シーちゃんも、ほんとにいないの? 気になる人とか」

「そう言われても……」

「いつの間にかその人の事を考えちゃうとか、目の前に立つとどきどきするとか、ないの?」


 えらく具体的な事を言われたなと思いながら考えると、一人浮かんだ……かもしれない。でもその相手は好きな相手というより、最近の出来事で色々ありすぎていやでも意識してしまう相手というか……。だがあの夢の中の事はセノウにも言えない。シィーラは上手く誤魔化しながらまた手を動かした。







 今日のギルファイのペアはヨクだ。


 裏の仕事をしているメンバーは、大体ペアが同じになる。最も、そうでもしないと回らないから、というのが本音だろうが。もちろん記録係の仕事もある。だが、シィーラが光になれなかったものシュワーツが倒れたら自動的に記録できるものがあったらいいんじゃないかと提案した。ジキルにも協力を頼み、魔力を使ってノートに記録できるような装置を開発したのだ。


 そのおかげで人員を気にする事も、そして数を数える心配もなくなった。守護者ガーディアン守護者ガーディアンで、自分の仕事に集中すればいいだけだ。


「にしてもほんと便利よなー。シィーラのアイデア最高やわ」

「そうだな」


 新人の活躍にヨクは素直に舌を巻いていたが、ギルファイは素っ気なかった。とはいえ、ギルファイが素っ気ないのはいつもの事だ。せっかく直属の部下を褒めたのにと思いつつも、ヨクはにやっとする。実は人がいないところで聞きたかった事があるのだ。遠まわしに言うよりはと思い、直球で聞いた。


「なぁ、ローズマリーの所からどうやってこっちに戻ったん? なんか条件があったんやろ?」


 周りがフォローしなくても、舞台はなんとなかった。

 それは良かったが、同時に不思議に思ったのだ。あの規則にうるさいローズマリーがただで帰すとは考えにくい。いくら美形であるギルファイであろうとも、何かしら要求してくるはず。


 するとギルファイはさして気にせず「ああ」と答えた。


「童話によくある姫と王子のキスを見せろと言われた。どうせ舞台でやらないだろうから、って」

「……そらまた我儘な要求されたなぁ。で、もちろん、別の方法で帰ったんやろ?」


 するときょとんとされる。

 逆にヨクはそれを見てきょとんとした。


「え。待ってやギルファイ。もしかしてほんとにしたんか」

「ああ」

「ああ!? ああって! お前まじかいな!!」

「何でそんな焦ってるんだ?」


 ヨクの珍しい慌てぶりに、少し困惑するような顔を見せた。

 だがこちらからすればギルファイの行動に驚いてしまう。そんな事はしない男だと思っていたのに。


「だって考えてもみいや! 普通するかっ!?」

「条件って言われたら仕方ないだろう。さっさとした方が効率もいい。それに夢の中だ」

「いや確かにそうかもしれんけど、けど。……シィーラは何て言ったん?」


 あの子の事だからきっと拒否するだろうと思っていた。

 いくら危機的状況になってもそれをする子だとは思わなかったのだ。案の定聞けば拒否した。だが夢の中で実際するわけじゃない、と言って説得したのだという。確かに仕事の上司に言われたらさすがのシィーラでも断れないか、とヨクは少しだけ歯がゆい思いになった。


 だがとりあえず終わった事は仕方ない。

 ヨクは額を押さえながら聞いた。


「もし相手がシィーラじゃなくてアレナリアさんやセノウやっても、同じ事しとるか?」

「? 何でだ」

「いいけんっ!」


 ギルファイはなぜ今になってそんな意味のない質問をしてくるのかと疑問に感じたが、ヨクが引かなかったのでとりあえず考えてみた。


 アレナリアだったら……きっと笑顔で別の要求をローズマリーにしていただろう。そしてセノウだったら……一発ギルファイの頬を殴ってからローズマリーに懇願したかもしれない。それを考えると、シィーラと同じ事にはならない。考えてから自分でもあれ、と思った。


 その顔が阿呆面になっていたのか、ヨクはそれを見て溜息をつく。


「ほら、他の人やったらやろうとせんやろ」

「……」

「大体ローズマリーも鬼畜やないんやけん、他の方法でも良いって言ったかもしれんやん」

「……」

「まぁあん時はギルファイも珍しく焦ったんかもな」


 いつまでも経っても反応がないのでヨクが隣を見れば、いつの間にかギルファイの姿がなかった。おかしいなと思いながら探せば、後ろで足を止めている。歩きながら話していたのだが、いつの間に。


「おいギルファイ」

「…………」

「おーい!」


 近くまで戻って耳元で叫んだらようやくはっとしたようにこちらを見た。その表情はどこか焦ったような顔だ。今になって自分のした事を自覚したのか。ヨクは思わず苦笑した。


「まぁもう済んだ事やけん、いいんやない?」

「シィーラ」

「え?」

「シィーラは、どう思ってるんだ」

「は?」


 いきなりシィーラの事を言われてぽかんとする。

 だがギルファイはヨクの両肩を思いきり掴んできた。


「どうしたらいいんだ」

「いやそんなん俺に言われても」

「今朝も少し様子が変だった。気にしてるかもしれない」

「そら夢とはいえそんな事されて気にせん人の方が会ってみたいけどな……」


 余裕のないギルファイに対してヨクは冷静にツッコんだ。


 とりあえず力が強くて地味に痛かったので、ギルファイに手を離してもらう。肩をさすった後、安心させるようにヨクは笑った。


「シィーラなら大丈夫やろ。真面目やし、あれは致し方ない出来事だったって済ましてくれるわ。後は時間が解決してくれるはずや」

「時間……」

「そう。むしろその事を掘り出して聞いたりするなよ? お互いに気にせんかったら大丈夫」

「そうか……そうだな」


 納得してか、少し落ち着いた。

 そしてギルファイは歩き出す。ヨクもほっとして同じように歩き出した。


 その後は特に変わりなく裏の仕事も順調に終わる。だが一旦集まって解散、という時に、ギルファイは自室がある方とは逆の方に向かっていた。用事があるのかと思えばなぜかぼうっとしていたので、思わず声をかける。


「ギルファイ、部屋こっちやないか?」


 すると目が覚めたように振り返った。


「……あ、ああ。そうだな」


 そして言われた方に向かう。進みながらも時折足が止まりそうになったりと、いつもより歩く速度が遅い。同じシフトだったアレックスも、物珍しそうな表情で見ていた。


「どうしたんすかね、ギルファイさん」

「もしかして余計な事言ったかもなぁ……」

「え?」


 聞かれたが、ヨクは黙って後ろ姿を眺めていた。







 次の日の朝。


 いつものように開館の準備をしようとしたところに、シィーラはギルファイにばったり会った。文字通りばったり、だ。こんな風に互いに歩いていて目の前で会う、という事が珍しく、少し面食らってしまう。すると相手も同じような表情をした。ギルファイからしても珍しかったのかもしれない。


「おはようございます」

「お、はよう」

「「…………」」


 なぜかそこで無言の時間が生まれる。

 しかも互いに立ち止まって見つめたまま。


 いつもならギルファイの方が先に進むはずなのに。だが相手が動かないので、シィーラもこのまま勝手に行っていいのかと迷った。だがしばらくしてもずっと無言のままだ。しかも真っ直ぐ見つめてくるのでなんだか居たたまれない。一瞬昨日のセノウの言葉を思い出しそうになるが、平常心を装って声をかけた。


「あの、何かありますか?」

「え?」

「何か、言う事があるのかと思って」

「言う事……」


 ギルファイは迷う素振りを見せた。


 本当はある。が、ヨクに余計な事を言わない方がいい、と言われた。時間が解決してくれるだろうから、と。だが本当にこのまま何も言わずに過ごした方がいいのか、ギルファイには分からなかった。だから思わず立ち止まり、シィーラの顔色を窺ってしまう。もしかしてまだ気にしているんじゃないか、と。


 だがシィーラが怪訝そうな顔をしてきたので、今は無理だと悟る。諦めてそのまま素通りしようとすると、なぜか相手はむっとした表情をしてくる。そしてそのままこう言って来た。


「ギルファイさんって、はっきり言わない時がありますよね」

「え」

「そういうの困ります。ちゃんと言ってください。……直しますから」


 どうやら勘違いさせたらしい。


 違うと言いたいが、むしろ別の事を言いそうになって黙ってしまう。そのままギルファイは何も言わずに行こうとした。その行動にシィーラは目を見開き、思わずギルファイの腕を掴む。手が触れられ、びくっとする。


「触るなっ!」


 思わず叫んでしまった。

 すると怯えるようにしてシィーラは手を引っ込めた。


 ギルファイは自分のした事に対してはっとする。

 そして同時に傷つけたと思って謝ろうとした。だが。


「……んですか」

「え?」

「どの口が言ってるんですか!」

「……は?」


 怒鳴られてしまった。


 見ればシィーラは思いきり眉を吊り上げていた。

 思わずギルファイはその表情に固まってしまう。


「触るな? ギルファイさんにだけは言われたくないですよ! 私の手を引っ張った事あるし、危ない目に遭った時も……勝手に触れて来たじゃないですか! それなのに私から触れたら怒るっておかしくないですか? それも上司だから許されるって事ですか!?」


 シィーラが言っているのは創立記念日に起きた事だろう。確かに人込みの中で手を引っ張って歩いた事はあるし、魔術師に襲われそうになった時も無事だった事に安堵して抱きしめてしまった。さすがにシィーラもそれを口にするのは気が引けたようだが。


 だがシィーラに言われた事によって、ギルファイは顔を引きつらせてしまう。無意識ではあったものの、自分はシィーラに対してやらかしてしまっている事が多い。


 だがこのまま言われっぱなしなのは釈然としない。

 ギルファイはどうにか言い返した。


「そうじゃない。俺はただ、無意識に」

「無意識? ……もう少し人の事考えたらどうなんですか!?」


 シィーラは余計に声を荒げた。

 だがこれにはギルファイもかちんと来た。


「どういう意味だ」

「そのままの意味ですよ。普通異性同士で触れたりなんかしません。常識的に考えたらそうじゃないですか!」

「俺だって、誰に対してもそうしてるわけじゃない」

「じゃあどうして」

「それは」

「はいストップ」


 急に割り込んだ声に、二人は顔を向ける。


 そこにはドッズを始め、いつもの守護者ガーディアンの姿がある。ほとんどが苦い顔をしていた。二人ははっとして周りを見渡す。見れば傍にいた司書達が何事かと見に来ていた。しかもその数も思ったより多い。周りの事も考えずに言い合っていたのかと、今になってシィーラは恥ずかしくなった。


 ドッズは腕を組み、ただ黙っている。

 それだけでもう怖い。


 その隣にはセノウがおり、やはり苦笑していた。


「開館前だったから良かったけど、利用者の前だったらどうなってただろうね」


 遠まわしに注意を受け、地味にへこむ。

 そしてドッズは真顔のままこう言ってきた。


「とりあえずお前ら、痴話喧嘩はよそでやれ」

「「痴話喧嘩じゃ……!」」


 思わずそこでハモってしまう。

 だがドッズは気にせず「セノウ」と呼ぶ。


「はーい」


 パチン、と指が鳴る音が聞こえ、一瞬で場所が変わる。

 二人は館内から追い出されていた。

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