29:伝えたいと思った言葉

 緊急会議と言っても、実際は数人の守護者ガーディアンが集まっただけだ。創立記念日なので目の前の利用者を放っておけない。正直、会議をする時間さえもったいないのである。ドッズは集まった守護者ガーディアンの顔を見てから、早口で注意を呼び掛けた。


守護者ガーディアンを狙ってシィーラの時みたいに襲ってくる奴もいるかもしれない。それぞれ警戒しろ。それと、絶対に一人になるな。一人になっても近くに誰かいるようにしろ」

「「「「はい」」」」


 全員一斉に返事をし、そこからばらけた。

 少しでも早く仕事に戻るためだ。


 だが、ドッズだけは会議室に残って考え事をしていた。

 今回なぜ守護者ガーディアンに関するデマが流れたのか、少し気になったのだ。


 そんな守護者ガーディアンがいないのは明らかだし、頭の良い魔術師だって、考えればいるわけがないと結論付ける。だがフォルトニアでそんな噂が広がり、実際シィーラは守護者ガーディアンというだけで狙われた。男は結局目的が変わって「ただどれくらい強いのか確かめたかった」らしいが、もし本当に本物を捕まえられたら、自分の元に置いておくつもりだったらしい。


 聞けば他の誰かがその守護者ガーディアンを探しているという。しかも探してその人物に差し出せば、その分要求を聞いてもらえると。男はその話に興味がなかったらしいが、その話に乗った魔術師もいるようだ。これが本当なら厄介な話だ。今日のような創立記念日はどうしても警備が薄れがちになる。皆がそれぞれ対応している間にまた狙われたら大変だ。


 そうならないためにも手を打っておかなければいけない。幸いセノウは魔術師だ。なので常に館内を集中して見張ってもらう必要がある。ただそれをすれば、彼女自身の負担は大きくなるだろう。時と場合によっては、自分がその役目を果たせばいい。少し迷いながらセノウを呼ぼうかと考えていると、ふっと後ろから気配を感じた。思わず振り返ると、白髪に角ばった眼鏡をしている男性が微笑んで立っている。


「やぁ」

「館長!」

「随分難しい顔をしていたね、ドッズ」


 笑いながらゆっくり近づいてくる。

 会うのは少し前ぶりだが、滅多に会えない人物なのでこちらも少しだけ苦笑した。


「色々あったもので。それにしても驚きました、いつお戻りに?」

「それは気にしないでくれ。今日は創立記念日。忙しい時に君達ばかりに頼るわけにはいかない。それに事件も起きたようだしね」


 最後は若干声を抑える。

 それだけで事情を察しているのだと分かった。


「では、シィーラが危ない目に遭った事も?」

「もちろん。私が最初に気付いただろうね」


 その事件が起こっていた時に館長がどこにいたのかは知らないが、この図書館は館長の魔力で守っている。だからこそどの場所で何が起きているのも手に取るように分かるのだろう。話を聞いていたギルファイと魔力を察知したセノウによってシィーラの居場所は突き止められたが、到着したのは男が倒れた時だ。もう少し早く見つけていたら、シィーラの右拳も腫れずに済んだろうに。


「どうして教えて下さらなかったんですか。それになぜ、シィーラを助けなかったんですか」


 いつもの館長ならすぐに対応するはずだ。

 すると「おやおや」と小さく笑われた。


「そんなの彼女が自分で対処できるだろうと思ったからだよ。もし本当に危険な状態で君達が間に合わなかったら助けるつもりだった。見事、彼女は自分の魔法と拳で倒したようだがね」


 言い終わると愉快そうに「はっはっは」と大笑いをする。


 それを見てドッズは半眼になる。思い出したのだ、この館長はこのようにして相手の実力を見る事もあると。思えば自分も若い頃に色々やられた。やっぱり笑顔の裏で何を考えているのか掴めない。館長がひとしきり笑った後、また穏やかな表情に戻った。


「それで、ドッズはこの後の事を考えていたのだろう?」

「はい」

「監視や皆を守るのは私が引き受ける。君はいつものように責任者としての仕事をしてほしい」

「しかしそれでは」

「なんだね。老いぼれでは体力が持たないとでも思っているのかな?」


 少しだけ言葉に詰まった。

 実はそれも少しだけ考えていたのだ。


 魔術師としての館長の実力は本物だが、いい歳でもあると思う。だから今日一日、今まで以上に気を遣うのは体力的にどうかと思ったのだ。もちろんそれだけじゃない。いつまでも館長に任せたのでは、今後もし館長を頼れない時に対処できるのだろうかと考えた。


 すると館長は片眉を上げる。

 ドッズの心中をどう思ったのか、小さく溜息をついた。


「相変わらず君は正直者だな。それに先の事を考える前に、今をどうするのかを一番に考えなくては」

「……分かりました。それと館長、もう一つお伝えしたい事が」


 いつも責任者として館長の代わりに仕事をしているので、こうやって久しぶりに会った時にまとめて図書館であった事を報告するのが多い。だが全部となるとかなり溜まるので、大抵は資料にして目を通してもらう。だが今伝えないといけないと判断したのは、重要だと思ったからだ。ドッズが口を開こうとするよりも先に、館長が答えた。


「いきなり煙が発生して利用者の魔術師が危ない目に遭った事だろう」

「!」


 まさに今ドッズが言おうとしていた。


 結局あの事件は解決していない。どうして起こったのか、犯人は誰なのかもまだ分かってないからだ。しかし、あれから特に大きい事は起きていない。司書の皆も安心して仕事をしているが、解決していないのだからまだ侮れないと思っていた。


「もう、知ってらしたんですね」


 館長はいつの間にか情報を掴む事が多い。

 このように報告しようとしても、もう知っている、と何度言われた事か。


 すると館長は嬉しそうにこう言った。


「私には優秀な助手がいるからね」


 これに対しドッズは苦い顔になる。助手が誰を指すのか分かっていたし、自分からすれば少し苦手な相手だからだ。「そうですか」とだけ答えれば、館長はあっさりと言い放つ。


「犯人はおおよそ検討がついている」

「え」

「君もそうじゃないのかい?」


 今度は視線を合わせられた。

 ドッズは思わず逸らしてしまう。


 確かに館長の言う通り、なんとなく検討はついている。


「……でも、もしそうだとしても、理由が分かりません。あの事件を起こしたからといって、その人が得するわけではないのに」

「そりゃあ本人の意志で行っているのかも分からないしね」


 思わず目を見開いた。


「それは、つまり」


 館長も口元を緩ませながら頷く。

 そしてすぐに話題を切り替えた。


「今は目の前の事に集中しなさい。それと、その事件についてはさほど気にしなくていい。おそらくまた仕掛けてくる。その時にはっきりするはずだ」

「それは一体、どういう」


 だが話の途中で館長は消えてしまう。今は答える気がない、という事だろうか。一人になり、ドッズは深い溜息をつく。なんとなく知りたい事が分かったものの、また何かしら起きてしまうのかと、どうしようもない不安に駆られた。







 館長が戻ったおかげで、館内の監視も守りもいつも以上に強力なのが司書達にも分かった。まず、どう見ても怪しい人物は中に入れないようになった。勝手にはじかれるようになったのだ。そして、守護者ガーディアンについての質問(複数魔法書を使える人はいるのか等)をしてきた人も、外に出されるよう魔法がかけられていた。もし司書や守護者ガーディアンが危ない目に遭いそうになっても、何かする前に館長の魔法で回避される。シィーラもそれを目の当たりにしながら、やはり館長の名は伊達ではないなと感じた。


 どうにかスケジュール通りに進んでいき、残るは演劇だけになる。最初はシィーラが出る「眠れる森の美女」だ。出演者は舞台袖で待機する。カーテン越しにそっと見れば、席が全部埋まるくらい人がいた。この中を演じるのか、と思いながら微妙に緊張してくる。


 ちなみにシィーラはなぜかギルファイと一緒に待機していた。互いに衣装に身を包んでいる。傍から見れば似合いの姫と王子だろう。だがシィーラはむすっとしたままだった。


「いつまで膨れてるんだ」


 観客の様子を見ていたギルファイが、溜息交じりに言ってきた。


「別に膨れてません」


 即座に返す。

 すると相手は苦い顔をする。


「そんなに怒るならおんぶの方がよかったのか?」

「だから、そういう問題じゃないんですって! 人の手を借りてまで医務室に行かないといけない状態になったのが嫌だったんです。それにもう終わりましたから。もう気にしてませんから!」

「気にしてないと言うくせにその表情と言い方になるのはなんでだ。気にしてるからだろ?」

「だったらギルファイさんは気にしなくていいですから」

「お前……」


 呆れたように言われてしまった。


 もちろんシィーラだってめちゃくちゃな事を言っているのは分かる。だが、やっぱりこのもやもやした気持ちは収まらないのだ。ドッズからの緊急会議の後、医務室に向かおうとしていた。すると、ギルファイもついてくると言ったのだ。一人にしてはおけないからと。そこまではよかったが、先程魔法を使い過ぎたのか、前のめりになりながら倒れ込んでしまった。だがなんとか歩けるだろうと思っていた。


 ――それなのに、ギルファイが横抱きにしてきたのだ。

 しかも司書だけでなく利用者もいる前で。


 医務室は気分が悪くなった利用者も使えるようにしているため、誰でも通れる通路の近くにある。周りからの視線が痛い中で進むのがどれほど酷だったか。それはきっとシィーラしか分からないだろう。


 しかもそれだけじゃない。治療が終われば一応休んだ方がいいと言われてベッドに案内された。確かに演劇もあるしと思って休もうとすれば、さも当たり前のようにギルファイは傍にある椅子に座ったのだ。これには驚いてしまった。人に見られながら平気で寝られる人などいるのだろうか。


「おかげで私、全然休めなかったんですよ!」

「どうせ劇ではほぼ寝るだろ」

「劇中なのに普通に寝る人いると思います!? 周りの音を意識して目を開けるタイミングを見計らないといけないのに!」

「その合図をするのは俺だ。俺の合図で起きればいいだろ」

「ぐっすり寝て起きてちゃんと演じろって言う方が無茶な話です! 私そんなに図太くありませんから!」

「そうだな。お前は繊細過ぎる所がある」


 ずっと言い合いが続いたが、ぴたっと止んだ。

 それはシィーラが言葉を詰まらせたからだ。どうしてそんな事が分かるんだろう。


 すると相手はこちらを見て言葉を続けた。


「それくらい知ってる」

「……なんでですか」

「ずっと見てたからな」

「……ずっとっていつからですか」

「臨時の時から」

「……なんで臨時の時から見てたんですか」

「ここの司書を希望していただろう。臨時の観察は必須だ」


 ずっと見てたからって普通分かるものだろうか。


 しかもギルファイは最近関わるようになったというのに。ずっと見ていただけで人の性格までこうもはっきり分かるのはなんというか……あまり嬉しくないかもしれない。そんな風に勝手に評価されていたなんて。知っている人から評価される方が嬉しい。関わる事できっともっとその人の本姓も知れるだろうから。ただ見てただけで判断されたくない。シィーラはギルファイの言葉が気に食わなかった。


 すると相手はまた少しだけ溜息をつく。


「その性格が分かったのは最近だ。臨時の時から分かったわけじゃない」


 それならまぁいいかもしれない。

 言われて少しだけ思い直した。我ながら単純すぎる。


「言われた仕事は丁寧にこなすし、人からもらった助言も忘れないようにいつもメモしてる。メモを見返している時間は長いし、気にし過ぎた時は失敗も多い。俺からきつく言われた時は泣いたりしたらしいな」

「なっ、なんでっ」


 誰にも見られないようにこっそりシィーラがしている事だ。それなのにこうも簡単に言われてしまうなんて。驚くよりも先に恥ずかしさの方が出てしまう。実際気にし過ぎて自分らしさを失ってテンパった事もあるし、ギルファイの前では我慢したが、アレナリアやセノウの前では大泣きした。実は一人でいる時また思い出してしまい、同じように泣いた事もある。これは自室でなのでさすがにバレてないだろうが。


 するとギルファイはいたずらが成功した子供のように口元を緩めた。


「言っただろ。見てるって」


 思わず顔を覆ってしまう。

 今頃赤くなっている事だろう。


 自分の失敗だけでなくそういう部分も見られるのは恥ずかしいものだ。自分の秘密が知らぬ間に知られているようなものである。穴があったら入りたい。だがもちろん穴などないので自分の顔を両手で隠す。


 だが相手は唐突に「シィーラ」と呼んだ。


「……なんですか」

「俺はお前を仲間だと認めてる」

「え」


 いつになく真剣な顔をしていた。

 いきなりそんな事を言われ、少し戸惑う。


「だから……」


 そこで言葉が止まった。

 シィーラは聞こうとそのまま視線を合わせる。


 が、なぜかギルファイは苦しい顔をし出した。

 言葉を選んでいるのが分かる。


「だから、」


 思わず頷いて先を待った。

 だがギルファイはなかなか言わない。


 いい加減にさっさと言ってほしいと思っていると、ギルファイは視線を横にした。


「いや、やっぱりいい」


 がくっと来た。


 結局言わないのか。そこは言うべきじゃないのか。

 どこか面倒くさいなと思っていると、足音を立てながら出演者がひょっこり顔を見せた。


「シィーラさん! そろそろ出番だよ!」

「はい」


 話している間にどうやら演劇は始まっていたようだ。

 二人とも出番は最初に出る人達より後だったので、少しゆっくりしていた。シィーラが舞台に進もうとすると、ギルファイが後ろからまた「シィーラ」と声をかける。


「劇、楽しもうな」


 後ろを振り返れば、微妙な顔をしたギルファイがいた。言葉と表情が合ってないが、おそらくそう言った後に自分でそんな表情になってしまったのだろう。確かに珍しいかもしれない。演劇といえど仕事みたいなものだ。なのに「楽しもう」とギルファイが言うなんておかしい。本人が演劇好きというわけではないだろうし。シィーラは少し笑ってしまう。わざわざそう言ったのは、緊張をほぐそうとしてくれたからだろう。


「はい。ギルファイさんの合図に合わせて起きますから。よろしくお願いします」

「ああ」


 そう言ってシィーラは行ってしまった。


 行った後、ギルファイは小さく息を吐く。

 柄にもない事を言ったと少し悩んでいると、急に後ろから「くっくっく」と抑え気味の声が聞こえてきた。だがこの声が誰かすぐに分かる。ギルファイは眉を動かしながら名を呼んだ。


「なんだグレイシア」

「いや、お前にしては可愛らしい事を言うなと思ってな」


 言われてからすっと姿を現した。

 どうやら上手く隠れて見ていたようだ。


「シィーラ、綺麗だったな。普段は地味だがやはり着飾れば美しくなる」

「客席で見るつもりなんだろ?」


 これ以上話を長くするつもりはなかったので、手短に聞いた。すると頷かれる。


「ああ、もちろん。シィーラとギルファイが出るなら見たいと思っていたからな。それにしても、何を言うつもりだったんだ? 『だから』?」

「…………お前には関係ないだろう」

「いいじゃないか。――ああ、なるほどな」

「っ、お前」

「くさいセリフと思って言わなかっただけか。馬鹿だなお前も。心を込めれば立派な言葉に違いないだろうに」

「いいからさっさと戻れ!」


 すると笑いながらグレイシアはその場から消える。

 微妙に笑いの余韻を残したのは彼女の策だろう。やはり憎らしい部分がある。


 一人残されたギルファイは口をつぐんだ。

 言えるわけがない。なぜなら。


『お前を信用しているから、お前も俺を信用してほしい』


 まさかこの言葉が自分から出てくるとは思わなかった。

 いや、実際口には出していない。だがアレナリアに言われた時も、そんな思いはないと思っていた。それなのにあの時、こう言いたくなったのはなぜだろう。ギルファイはわけが分からず、思わず自分の髪をくしゃくしゃにしてしまった。

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