28:自分だからできる魔法を

「歌姫の時からファンでした……!」

「ありがとうございます」

「今日演劇されるんですよね!? 楽しみにしてます!」

「はい、ありがとうございます」


 たくさんの来訪者にアレナリアはにっこり笑いながら握手を返していたが、心の中では少し困っていた。というものの、館内で歌姫時代から知っているファンと出会ってしまったのだ。出会った瞬間に握手を求められ、その騒ぎが人を呼び、次から次へとアレナリアに話しかける人が増えた。


 今の自分は歌姫ではなく司書だ、と軽く説明するものの、相手はあまり話を聞いてくれない。それよりも歌ってほしいだの、サインをくれだの、無茶な事ばかり言われてしまう。


 純粋に本だけ楽しみたいと思って来た人もいるだろうし、この騒ぎはむしろ迷惑だ。どうにか抑えたいと思いながらも、人の波がすごすぎて身動きも取れない。困っていると、後ろから何やら歓声が上がる。見ればウィルがこちらに近付いてきた。


 本人はきっと普通の顔をしているだろうが、どうにも強面なのでどことなく利用者から避けられている。アレナリアが何か言う前に、彼は利用者を一度ぐるっと見渡した。そしてその後、冷静に告げる。


「申し訳ありませんが、他の利用者にも影響が出ております。彼女が出演する演劇は夜に行われますので、それまではゆっくり本とふれあう時間を楽しんで下さい」


 一礼した後、アレナリアの手を取ってその場から歩き出した。ウィルのおかげか、利用者が道を空けてくれる。そしてアレナリアの姿が見えなくなると、集まっていた人達も散り散りに別れ始めた。


 とりあえず利用者がそこまでいない場所まで来ると、ウィルは手を離す。

 アレナリアは素早くお礼を述べた。


「ありがとうございます。ウィルさん」

「姿を見た時は焦ったな。どこのVIPが歩いているのかと思った」


 これには苦笑してしまう。

 だが、アレナリアも少しからかうように言い返す。


「ウィルさんこそ、この時間館内にいるのが珍しいですわ」


 いつもは夜に仕事をしている。なので昼間に館内にいる事が少ない。また顔が怖いせいで一度子供を泣かせた事もあるらしく、それが原因で夜勤を選ぶようになった。本の知識はあるので、昔はよく利用者からレファレンスを頼まれていた。それを卒なくこなす姿に憧れを抱いていた司書は多い。しかも今でも馴染みの利用者から依頼をもらう事もあるらしい。それは信頼と実績の賜物だろう。


「まぁな。でも困ってたから……あ」


 慌てて自分の口に手を移動させていたが、時すでに遅しだ。ウィルは自分で目立つような事はしない。だがアレナリアが困っていたのを見て、動いてくれたのだろう。自分で暴露して少しだけ恥ずかしそうにしていたが、ウィルは開き直ったように視線を逸らした。


「じゃ、また後でな」

「ええ」


 ウィルはそそくさとその場から歩き出す。

 アレナリアはその後ろ姿をずっと見つめ続けていた。







「ねぇ、あの本取ってほしいんだけど」

「はい、こちらでよろしいでしょうか」

「ああ君、ここの司書かな。いつもよりゆっくり時間を使いたいんだが、それなりに読める本はあるかい?」

「そうですね、でしたらこちらにある本がおすすめです」


 勢いよく飛び出したものの、次から次へと利用者に声をかけられる。その度にシィーラは笑顔でてきぱきと対応していた。本当は館長が所持する魔法書に何か秘密が書かれているのではないかと思ったのだが、今日は創立記念日。そんな事をしている場合じゃない事は明らかだった。


 実際少し館内に戻っただけでこれである。

 ギルファイ達の傍を離れてよかったのかと思いながらも、目の前の利用者から頼まれる事は断れない。しかも初めて図書館に来る人だっている。いつもと勝手が違う。


 だが、少しでも余裕が生まれると色々と考えてしまう。きっと帰るのが遅くなれば、ナギはグレイシア達に事情を説明するだろう。つまり、ギルファイに無断で動いた事もバレる。後々叱られるのは目に見えていた。笑顔で対応しつつ微妙に胃が痛いと思っていると、また別の利用者に声をかけられる。


「君、もしかして守護者ガーディアン?」

「はい、そうですが」

「それはよかった。守護者ガーディアンにしか聞けない事があったんだ」


 声をかけてきたのは、二十代を超えたくらいの男性だ。守護者ガーディアンを知っているという事は魔術師だろうかと思っていると、いきなり質問をされた。


「ねぇ、どんな魔法書も扱える守護者ガーディアンって誰かな」

「……? そんな人はいませんが」


 戸惑いながらも答えた。


 実際使える魔法書は一つのはずだ。もしそんな人がいるなら聞いているはず。今までそんな話も、そんな事を聞いてくる人もいなかったので、対応に少し困った。とにかく自分で分かる範囲で答える。


 するとにこやかだった男性は一気に冷めた顔をした。


「嘘だろ? この図書館にいるって聞いたんだが」

「いえ、いません」


 顔色が変わって少しだけ怖気づいた。だがここははっきり言わないと利用者にも分かってもらえない。再度同じように「いません」と答えれば、男性は少しつまらなそうな顔をして「ふーん」とだけ答えた。そして急に顔を近づけられる。


「ねぇ」

「は、はい」


 少し驚いて身を引きながら返事をする。

 すると男性はまたにっこりと笑った。


「僕とゲームしようか」

「……は?」


 思わずそう聞き返したが、男性はいきなり目の前で指を鳴らす。

 その瞬間、シィーラの意識は飛んでしまった。







「ん……」


 起きればそこは暗い場所だった。

 周りには何もなく、薄暗いせいでどこなのかも分からない。


「あ、起きた?」


 声が聞こえてはっとすれば、先程の男性だ。

 棒立ちでこちらを見ていた。


 対してシィーラは床に寝ていたようだ。起き上がろうとするが、上手くできない。よく見れば腕を後ろにされたまま縛られていた。手首だけ何かの器具で拘束されている。何度も抵抗するが、外れない。


「魔法でやってるんだ。逃げたら困ると思って。今解いてあげる」


 そう言うと指をぱちん、と鳴らした。

 するとすぐに拘束が解け、自由になる。


 男性は笑いながらゆっくり近づき、シィーラと視線を合わせた。


「僕さ、守護者ガーディアン目当てに来たんだ。どんな魔法書も使えるなら最強なんだろうなって。でも聞けばここにはいないらしい。何のために来たって話になる。でも対応してくれたのが君だった」


 人差し指を突き詰められる。


 いきなり何の話をしているのだろうと思いつつ、とりあえずシィーラは黙って聞いていた。


「僕は魔術師だからさ、守護者ガーディアンの力がどれほどのものか知らない。だから、今から君には僕と遊んでもらう」

「……はい?」

「魔術師と守護者ガーディアンって、どっちが強いのかな」


 男性は笑っていた。笑っているのに、その目は真っ直ぐこちらを見ている。その表情にシィーラは悟った。このままではきっと危ない。急いで立ち上がり、逃げようとした。


「無駄だよ。『縛りつけるタイ・アップ』」

「え、あっ!」


 どこからか紐が出てきて、シィーラの身体を捕らえた。

 一瞬にして両手ごと紐でぐるぐる巻きにされる。そのせいでバランスを崩したかと思えば、シィーラは床に倒れてしまった。そしてそのまま引きずられるようにして男性の元に連れて行かれる。


守護者ガーディアンは魔法書がないと魔法が使えないんだろう? ほら。早く見せてくれよ、君の魔法を」


 連れては行かれたが、それ以上何かをされるわけではなかった。


 どうやら目の前の男は、本当にただシィーラと勝負をしたいようだ。明らかにこちらの方が分が悪いと思ったが、すぐに勝敗をつけたいわけじゃないのだろう。守護者ガーディアンがどれほどの力を持つのか、それが気になるのだ。相手の方が強いのだから、敵うわけない。頭では分かっていたが、やられたままなのは気に食わなかった。それはシィーラの負けず嫌い精神から来るものだ。


 シィーラは叫んだ。


棘で寸断ディスロップシュンズ・イン・ザ・ソーン


 植物の棘が一気に現れ、紐がずたずたに引き裂かれる。本来植物の棘といっても茎に無数にあるだけだ。だが魔法で巨大化させ、一気に棘の力を活用するようにした。思ったよりも上手くいき、シィーラ自身も内心ほっとする。それを見て男性は嬉しそうに「へぇ」と声を漏らした。


「こりゃ紐じゃなくて縄にしておけばよかったかな」


 確かに紐だからなんとか植物の棘で切る事ができた。だが、もし縄だったら切る事ができても時間がかかっただろう。身動きが取れる事で、シィーラは遠慮なくこちらから魔法を使った。 

 

長蔓ロング・バイン!」


 長い蔓で相手を捕まえようとする。

 だが男性はすぐに魔法を発動した。


「『燃やせバナブル』」


 呆気なく手から炎が上がり、蔓は焼け失せる。

 シィーラは少しだけ歯を食いしばった。


 一つの分野でしか魔法を使えない守護者ガーディアンとは違い、魔術師は魔力さえあればどんな魔法だって使える。平気で魔法を使う男性は、おそらくそれなりに実力はあるのだろう。シィーラが使えるのは植物関係の魔法。だがこのままでは、同じように焼かれて終わるだけだ。


 必死に頭を動かして、そしてある事を思いついた。

 シィーラはぎゅっと右手で司書の証を握った後、ゆっくり男性に近付く。


「……? 至近距離で何か仕掛けるつもりかな?」


 男性は気にせずゆったりとした様子でシィーラが来るのを待つ。そして手を伸ばせば届くくらいの距離まで来ると、しばし互いの目を見た。それは見つめ合っているというよりは、睨み合っているようなものだろうか。何もしない状態が続いたからか、男性が口を開いて言葉をかけようとした。その瞬間、


「がはっ……!」


 シィーラはすぐ右拳を相手の頬めがけて振り切った。

 それはストレートに当たり、鈍い大きい音がその場に響く。


 予想していなかったのだろう。

 男性は勢いのまま倒れ込む。


 そして頬を押さえたままこちらを見上げた。


「お前……!」


 憎しみを込めた目で見てきた。おそらく殴られた事と、に殴られた事が頭に来たのだろう。力関係で言えば男性に敵うわけがない。だからこのままだとその怒りのままにこちらがやられる。そう分かっていても、シィーラは勝負に出た。馬鹿にしたように笑い、吐き捨てるように声を荒げる。


「魔法だけに頼るつもりですか? 軟弱な魔術師さん」


 するとすぐに男性は立ち上がってシィーラに殴りかかろうとした。だがシィーラは怒りで目の前しか見ていない相手の行動を好機と思い、思いきり叫ぶ。


絡みとれゲット・テンガード ドロセラ!」


 男性の背後に現れた大きい植物。呪文に反応して後ろを振り返れば、そこには葉全体に赤い線毛をつけたドロセラが立っていた。その大きさは男性の身長を軽く超えるもの。また線毛についている粘液がキラキラと光っている。どことなく甘い香りも出しているが、男性からすればそんな事はどうでもよかった。その植物が何の植物なのかを、彼は知っていたのだ。


「な、」


 男性が何を言いたいのか、シィーラには予想できた。

 だから代わりに答える。


「普通こんなに大きいわけないですよね。でも、魔法・・となると違いますから」


 そしてすぐにドロセラは葉を大きく動かす。瞬く間に男性はその粘液に触れてしまい、接着剤のようなねばっとした感触を得た。しかも葉から離れられない。線毛と粘液で上手く絡められ、動かなくなっているのだ。そしてそのまま徐々に葉に包まれるように取り込まれていく。


「あ、あ……あああああ――!!」


 男性はそのまま取り込まれてしまい、姿が見えなくなる。


 だがシィーラは少ししてから魔法を解いた。するとドロセラは消える。見れば男性が気を失って床に倒れていた。このままでもしばらくは大丈夫だろうが、また何かされても困ると思い、とりあえず蔓で両手はきつく縛っておく。後ろに結んでおけば大丈夫だろう。


 とりあえず拘束が終わると、ほっと一息つく。

 一時はどうなるかと思ったが、なんとかなった。


 それに今回の魔法で分かった事もある。


 植物は大抵自分よりも小さいものが多いが、意図的に大きくさせる事も可能なようだ。なんとなくイメージで出してみたのだが、今回はそれのおかげで上手くいった。我ながらいい作戦である。


 そう思っていると、少しだけ右手に痛みを感じた。見れば殴った箇所が若干腫れている。勢いもあったし、平手打ちより痛いだろうと思って拳で殴ったが、自分も痛い目に遭った。無理もないが、じんじんする。後から冷やそうと考えていると、あまりに勢いよくドアが開いた。


 いや、開いたというより思いきり壊されたのだ。大きな音を立て、ドアが吹っ飛んだ。それを見て、シィーラはしばらく呆気に取られたような顔をする。というのも、この部屋にドアがあった事に驚いたのだ。薄暗い中で対決していたので、どこかの部屋にいるという想像ができなかった。しかもそこから現れたのはギルファイである。


「……何してる」


 掠れた声で言われた。


 それにより、シィーラは今の現状を理解する。いや、今の状況というより、自分が報告もなしに勝手に出て行ってしまった事を思い出した。そして一気に冷や汗が流れる。


 その間も、ギルファイはゆっくりこちらに近付く。


「あの」


 シィーラはどうにか弁解できないかと思ったが、近づいてくる真剣な顔を見てこれはもうどうしようもないと悟った。そしてギルファイが自分の正面に来た時、腹をくくる。


「その、すみませんでし」


 た、と言われる前に温かいものに触れた。

 思わず身体が硬直したが、耳元で荒い呼吸が聞こえてくる。


「よかった」


 小さい声だったが、シィーラには届いた。

 もしかしたら、無意識に出た言葉なのかもしれない。


 シィーラは思わず口から出た。


「……すみませんでした。勝手な事して」

「いい」


 すぐにそう返された。


 この件に関して許してもらえる事に内心ありがたいと思いつつも、いやこの一言で済ましていいのだろうか、と真面目に考えてしまう自分がいた。だがきっとここでまた何か言えば、ギルファイも言い返すだろう。それはちょっと面倒だなと思って、黙って頷いておく。


 すると少しだけ抱きしめる力が強くなった。

 そこまで心配してくれたのだろうか。


 確かに危険だったが、そこまででもなかったような気がする。シィーラからすれば、格闘技を習っていたおかげで相手を殴って意表を突く事ができた。どんな時も危ない目に遭う事はある。実際対決する時に焦らずに冷静に頭が働いて良かった。


「あの、ギルファイさん」


 名前を呼んだが反応がなかった。

 さすがいつまでもこの状態なのは困る。


「あの、いい加減に」


 どうにかして離れようとした時、複数の足音が聞こえてきた。


「シィーラ!」

「シーちゃん!!」


 声からして仲間の守護者ガーディアンと分かり、シィーラは無理やり身体から離れた。この現場を見られたら勘違いされるに決まっている。するとようやくギルファイも気付いたようだ。そのまま目が合いそうになるが、シィーラは逸らす。どこか居たたまれなくなったからだ。


 シィーラはすぐに仲間達の傍に寄った。

 そして何があったのか、緊急会議が開かれる事になった。

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