27:深緑色のお嬢様

「会う度に見せるその歪んだ顔が愉快でたまらない」


 楽しそうに美少女はくくっ、と笑う。

 だがギルファイは嫌な顔のまま吐き捨てた。


「それだけのために来たなら今すぐ帰れ」

「ちょっとギルファイさん……!」


 なかなか悪趣味な言い方をするなとは思いながらも、シィーラはたしなめた。相手はお得意様だ。しかもお嬢様だしそれなりの地位もあるし、付き人が三人もいる。あまりに失礼な事を言ったら後々大変ではないだろうか。


 だが美少女は片手を上げてシィーラを制した。


「構わない。こいつはいつも私に対してこんな態度だ。で、君は? もしかしてギルファイのこれか?」


 言いながらすっと小指を立ててきた。


 それを見てシィーラはぎょっとする。見た目で言えば自分よりも若い十三、四歳くらいの少女であるのに、その意味を知っていた事に驚いたのだ。だがギルファイは分からないのか「何だそれ」と聞いていた。


 だが答えさせる前にシィーラは自己紹介をする。


「シィーラ・ノクターンです。最近守護者ガーディアンになりました。よろしくお願いします」


 すると美少女は「ああ」と納得してくれる。

 そしてにこやかな笑みで返してくれた。


「私はグレイシア・バッフェシモ。ここの館長を含め、色んな守護者ガーディアンに世話になっている。よろしくな」


 聞けば魔法書を借りに来る事もあるらしい。そして代々魔術師の家系な事もあって、魔法書の提供までしてくれているようだ。他の守護者ガーディアンとも面識があるが、その中でもギルファイを指名するのは、いつも嫌そうな顔をするからいいのだとか。どこか変わった少女だ。


 とりあえず場所を移動する事になった。歩いて移動するだろうと思っていると、グレイシアがパチンッ、と指を鳴らす。その瞬間、いきなり周りの景色が変わる。いつの間にか図書館内部にあるカフェに移動していた。シィーラは目をぱちくりさせる。瞬間移動したのは分かったが、あまりに一瞬過ぎて唖然としてしまったのだ。


 するとギルファイは小さく溜息をついた。


「あまり派手に魔法を使うな」

「図書館内ならいいのだろう? なら文句はあるまい」


 グレイシアはにやっと笑った。


 そして付き人の二人に何か小声で伝えると、その二人も一瞬で消えてしまう。これにはまたびくっとしてしまった。瞬間移動を見るのはこれが初めてではないが、まだ慣れない。


 するとギルファイは「おい」と苛立つようにグレイシアに声をかけた。確かに魔法がいきなり過ぎる。偶然見た一般の利用者がびっくりするかもしれない。彼女は首をすくめた。


「悪いな。本当は付き人は一人でいいと言ったんだ。だが私の家族が過保護だから仕方ない。それに今日はギルファイに話があって来た。邪魔者には退散してもらった方がいいだろう?」

「……何だ、話って」


 するとちらっとシィーラを見てきた。

 ギルファイがそれで悟ったのか、こう告げてくる。


「二人だけで話す」

「は、はい」


 そう言われては同行するわけにもいかない。

 慌ててその場からいなくなろうとすると、グレイシアが「シィーラ」と名前を呼んだ。振り返れば、少し申し訳なさそうな顔をしつつ、残っていた付き人を紹介してくれる。


「私の付き人のナギだ。席を外している間、話すといい」


 見れば褐色の髪を持った青年が丁寧に頭を下げた。

 視覚能力がないのか、両方とも目が閉じられている。


「ナギは目が見えないが、魔法によって見る事はできる」

「しばしのお時間、よろしくお願いします」

「は、はい」


 こうして二組に別れる事になった。


 シィーラはナギと共に少し離れた場所で話をする事になった。ナギはやはり見えているのか、ぶつかる事もなくスムーズに椅子に座る。それぞれ飲み物を注文した後、改めて向き直った。どことなく落ち着いているし、目は見えないが、顔も整っている。主人であるグレイシアと並んでもお似合いなくらいだ。付き人なのだから同じ魔術師だろうかと思いながら待っていると、急にナギが口を開いた。


「お嬢様は確かに魔術師ですが、私はただの一般人です。私は捨て子で、幼い頃に拾っていただいて……。それからお仕えしております」

「そうなんですか」


 自分が気になっていた事が聞けて良かったが、いきなりだったので少し驚く。するとナギも一瞬しまった、というように手を口に持っていきながら苦笑した。


「すみません、いきなりで驚かれたでしょう」

「いえ……いや、そう、ですね」


 遠慮して断ろうとしたが、驚いた表情が隠せなかったので結局素直に頷いた。


「今はお嬢様のおかげで魔法が使えるようになっています。お嬢様は人の心が多少読めるのです。それが私にもあります」

「あの、ちょっと待って下さい。今は使えるというのは」


 グレイシアのおかげで、というのはどういう事だろうか。

 シィーラはなんとなく気付きつつあったが、聞いてしまう。


 するとナギは頷いた。


「『契約』を結ばせてもらいました」


 息が止まりそうになりながらも、ゆっくり呼吸する。

 やっぱり。話を聞いて薄々感じた。


 だが、セノウとドッズのように契約した人が他にもいた事が少し信じられなかった。恩恵はあるものの、リスクだってある。そう簡単にやろうと思うものなのだろうか。


 するとナギはゆっくり話してくれた。


「……お嬢様は、どうしても私の目が見えるようにしたかったみたいなんです。おかげで生活に困らない程度になりました。といっても、望遠鏡を覗いているくらいの範囲でしか見えないのですが」

「それは、リスクの事も考えた上で決めたんですか?」


 少し失礼な言い方になったかもしれない。


 だが契約を結べば、もう一人では生きていられない。死さえも共になる。あまりに大きいリスクだろう。考えた上で決めたに違いないのに、それを決定づけるのは何だったのかが気になった。


 するとナギは微笑んだ。


「もちろん。むしろ『契約』のおかげで決心しました。私は一生お嬢様に仕えるつもりです」


 その言葉だけで、ナギのグレイシアに対する思いが伝わってきた。二人で決めて行ったのなら、きっと後悔もないのだろう。セノウとドッズがどれほどの覚悟で「契約」をしたのかは分からないが、きっと二人だって互いの事を考えた上で行ったはずだ。


 ナギの言葉にシィーラは安堵する。

 そして気になっていた事を聞いた。


「あの、『契約』って、誰でもできるんですか?」


 なんとなく、決められた人じゃないとできないと思ったのだ。


「ある意味、誰でもできるわけではありません。魔術師の場合は」

「魔術師の場合は?」

「はい。一般人は特に規定がありませんが、魔術師はそうじゃないんです。それなりの魔力を持つ人でないと、契約まではできません。魔力を半分相手に分け与えるわけですから。そもそも魔力がないと相手にあげる事はできませんからね」


 そう言われると確かにそうか、と思った。


 セノウもグレイシアもそれなりの魔術一家の娘だ。魔力の量も実力も、普通の魔術師よりあるのだろう。じゃあ魔術師さえ実力があれば大丈夫なのか、と言われると、そうでもないらしい。


「『契約』を結ぶには、仲介人も必要なんです」

「えっ」


 そんな話は初めて聞いた。

 しかももう一つ、ナギが契約の秘密を教えてくれる。


「仲介人は決められた人しかできません。私達はここの館長にお願いしました」


 思わず目を見開く。


 まさか「契約」に館長も関わっていたとは知らなかった。あの時たまたま一度出会う事ができたが、とても温厚そうな人だった。だが彼は魔術師であり、この館内を守っている人物の一人だ。それに裏では何を考えているのか分からない。だが実力は本物だろう。わざわざ館長に頼んだという事は、セノウ達の「契約」も、館長が行ったのだろうか。


「『契約』でお世話になった事もあって、お嬢様はこの図書館を贔屓している所もあります。私も、よく通わせていただいています」


 先程グレイシアが自己紹介と共に「館長に世話になった」と言った理由も納得する。思わぬ形で「契約」について分かったが、ナギはこちらの顔を伺いながらこう言った。


「それでも、誰でも受けられるわけではないんです。それなりの基準はあるようで。大事なのは、互いの意志であり、それを説いて下さった上で行ってくれました。あと、私達は館長に仲介人をしていただきましたが、聞いた話では館長が行わない場合もあるそうです。その場合、館長が持っている魔法書が使われるようで」

「魔法書……」


 前に館長が紹介してくれた魔法書を思い出す。

 きちんと整理された上で、どことなく独特な雰囲気があった。


 居ても立っても居られなくなり、思わず立ち上がる。


「シィーラさん?」

「すみません、気になる事があるのでちょっと抜けます」


 上司であるギルファイにも言わず、その場から駆け出した。

 気になる事があるならそのまま放っておけない。調べて分かる事があるなら、今のうちに調べて知っておきたい。持ち前の好奇心のおかげか、シィーラは周りの目も気にせず前だけを見て進んだ。







「随分可愛らしい子が入ったな」


 頼んだ紅茶を口に含みながらグレイシアが言った。


「中身は頑固だ」

「お前だって頑なだろう。一緒じゃないか」


 くすくすと笑いだす。

 ギルファイはむっとしながら珈琲を飲んだ。


「で、話って何だ」

「まぁ待て焦るな。シィーラの話をもっと聞きたい」

「聞きたいなら本人に聞け」


 先程は真面目な顔をして合図をしてきたくせに、本題に入らないのはどうかと思った。だがグレイシアはしれっと紅茶を飲み続けている。そしてしばらくしてからじっと自分の瞳を見つめてきた。そうする意図は分かっていたが、どうしようもないのでギルファイは視線を外す。


「ふうん。実力は認めて守護者ガーディアンにしたのか」

「それがどうした」

「いや、お前にしては珍しいと思ってな。随分あの子を気にしている」


 すると分かりやすく眉を寄せた。


「気にもなる。あいつは未熟だ」

「だから、それは分かるが、気になる対象・・・・・・に入るのが早いと思ったんだ。お前、すぐに人を信用しないだろう。見極めている段階も信用なんてしない。それなのにシィーラに対しては違う。守護者ガーディアンになったばかりなのに、お前は気にしてばかりだ」


 これに対し、ギルファイは少し迷う素振りを見せた。


 自分からすれば別段意識はしていない。自分が実力を認めて守護者ガーディアンにした。守護者ガーディアンになったからには、それなりに成長してもらわないと困る。だからそれなりに厳しく接するし、目が離せない。特にシィーラは自分で何でもしてしまおうとする所がある。それは彼女の良さでもあるが、仕事を抱え込みすぎたり後でぐったり倒れるのがオチだ。


「……臨時の時から見てる。それを含めると期間は長い」


 これは本当だ。大抵臨時の司書になる人はここの図書館の司書になりたい、と思ってなる場合が多い。だからこそ、司書をしている者は臨時で働いている様子を評価していたりする。シィーラの実力は当初から聞いていたため、ギルファイもよく観察していたのだ。


「ふうん?」


 どこか意味深に言ってきた。

 にやにやした目で見てくるのがどこか憎らしい。


 グレイシアとの付き合いもそこそこなので、彼女の性格は分かっているつもりだ。特にギルファイはあまり口に出して言わないタイプなので、グレイシアは魔法を使って心を読んでくる事の方が多い。しかも読んだら読んだであまりその事について触れない。それはありがたいようでどこか裏があるようで少し恐ろしかったりする。


「じゃあ彼女の良いところを聞きたい」

「なんでそうなる」

「お前は直属の上司なのだろう? だったらシィーラの事を一番見ているんじゃないのか?」


 ギルファイは舌を巻いた。

 どうにもこの少女は口が達者だ。


 まだ幼いのに次期当主として育てられているからだろうか。知識も多いし大人びた思考を持っている。だからか口ではなかなか勝てない。むしろ正論を言われては何も言わない方が負けなのだ。


 ギルファイは溜息交じりで答えた。


「本の知識は人一倍ある」

「それはなんとなく予想できた。次」

「……自分の意見を持ってる」

「ほう」

「俺にも言い返してくる」

「っふ、それは強いな。なかなかやるじゃないか」


 思えば試験の時から言い返してきたものだ。

 いや、あれは相手を庇って言ったようなものか。


 それでも、相手が年上であろうと、上司であろうと、自分の意見をぶつけてきた。「契約」の事を知った時も、自分が聞いていい内容だったのか、と気にしていた。アレナリアから言われて彼女に謝れば、もういい、と投げやりに言い返してきた。普段はこちらを敬っているのが分かるが、どうにも時々当たり前のように言い返しているのが増えてきている気がする。


「頑固なわけだな。で、他には?」

「分かりやすい」

「それは、良いところなのか?」

「あいつは裏表がない。だから分かりやすいんだ。怒る時は怒るし、泣く時は泣く。笑う時は……」


 そこで言葉が止まる。

 そういえば、笑った顔はあまり見た事ない。


 普通に誰かと話している時に笑顔を見た事はある。

 だが、自分の前で笑った事はなかった。


 すると心を読んでか、グレイシアが鼻で笑った。


「普段厳しく鍛えられたら笑顔なんて出ないな。特にお前は鞭ばかり使っているだろう。飴と鞭の使い方は館長代理を見習った方がいいと思うぞ」


 館長代理とは、もちろんドッズの事だ。


 司書達はそんな風に呼ばないが、周りからはそういう扱いなのでそう呼ばれている。確かにドッズは上手いだろう。怒る時は怒って、褒める時は褒める。だから皆からの信頼も厚い。だが、真似ができれば苦労はしない。自分にはできない。これは人によってやり方が違うように、合う、合わないがあるのだ。


「まぁお前の場合は不器用だからな」


 付け足されるように言われた。

 大きなお世話だ。


「それくらいか」

「……あとは、」


 色々と考えていると、一つ思い浮かんだ。

 そのままぽろっと口に出る。


「照れる姿は女らしい」

「……は?」

「見た目は可憐だとかよく言われてるが、中身はどちらかというと男勝りだ。だがら滅多に照れたりしない。でも、あの時は違ったな」


 衣装に着替えたシィーラは普段と違っていた。


 普段はどこか地味だが、きちんと着飾ればやっぱり磨かれる。だから思わず「似合う」と言ってしまったのだが、その時のシィーラは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。そんな反応をする姿を見た事がなかったので、どこか新鮮に思いながら、改めて女性なのだと感じた。


 するとグレイシアはどこか微妙な顔をする。


「それは『女らしい』って言うんじゃなくて、『可愛い』って言うところじゃないか?」

「……そうか?」


 よく分からなくて首を振る。


 むしろ普段から可愛いと思う事なんてない。

 だからその基準が分からないのだ。


 すると呆れたように首を左右に振られる。


「お前は本当に分かりやすくて分かりにくい男だなギルファイ。不器用なのに変な所が素直だし。そこがお前の良い所なのかもしれないが」

「うるさい」

「まぁお前がシィーラを大事にしているという事が分かっただけ良かったかな」


 ふう、と一息つくように紅茶を飲み干していた。

 どうやらずっと話を聞いてくれていたようだ。


 だが相手の言葉にギルファイは首を傾げる。


「大事に、してるか?」

「なんで私に聞く。相手を気にするのはそれだけ大事だからなのもあるだろう?」


 気にしている、と言われた時は納得がいった。だが大事にしている、と言われたらなんとも言えない。別に大事にはしていないと思う。大事にしていたら……相手を傷つけるような事を言わないはずだ。自分が思ったままの事を口にして、相手を傷つけた。そして泣かせた。泣いた姿は自分が見たわけじゃないが、アレナリアが言ったのだから本当だろう。それなのに相手を大事にしている、なんて言えるのだろうか。


 グレイシアは考え込んだギルファイに対して何も言わずじっと見ていた。


 そして急に本題を話し始めた。


「実は、どんな魔法書も操る事ができる守護者ガーディアンがいるという噂を聞いたんだが」

「……何だそれは。そんな事できるわけないだろ」


 グレイシアの言葉で目が覚めたように、ギルファイは言い返した。


 守護者ガーディアンが操れる魔法書は一つだ。


 なぜなら一冊の本に書かれている内容を理解しなければならない。そしてそれを上手く操らないといけない。一冊の本だけでも大変なのに、複数の魔法書を操るなんて至難の業だ。するとグレイシアは頷いた。


「ああ、私もそれはできないと思っている。だが、最近その噂がうちの国で持ちきりなんだ。多分この国でもその噂が広まるだろう」

「噂の発端は誰だ」

「さぁ。貴族の間では噂なんてものはすぐに回る。相手は貴族か情報屋か、それとも誰とも分からない奴か……。でもこの噂のせいで、本当に探している奴もいる」

「!」

「だから、ここの図書館でも注意するよう呼び掛けてほしい。相手の狙いは守護者ガーディアンだ。今日は創立記念日。紛れ込む可能性だって十分にある」

「お嬢様!!」


 急にナギが声を荒げてやってきた。


 確か別の場所でシィーラと一緒にいたはずなのだが。

 眉を寄せながらたしなめていると、ナギが頭を下げた。


「すみません。ですがシィーラさんが出て行ってしまったきり戻ってこなくて。しばらく魔法で監視はしていたんですが、途中で途切れて」


 するとガタンッ、と大きな音を立てながら椅子が倒れた。

 そしてギルファイは何も言わずにそこから走り出す。


 ナギも追おうとしたが、グレイシアが止める。

 そして行ってしまった彼に対して、苦笑しながら呟いた。


「大事じゃなかったら焦って探そうなんて思わない。大事だと本人が気付くのも時間の問題かな」


 空になったコップに目を戻した後、グレイシアはしばらくそれを弄んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る