26:慌ただしい創立記念日

 全員の衣装合わせが終わると、稽古が始まる。


 シィーラは成長して国王と王妃に姿を見せるところからが出番だ。セリフは覚えているし、動きも特に問題なく終わった。シィーラとギルファイが直接的に関わるのは最後だけなので、一旦離れる事ができてほっとする。頭を冷やせるし、頬の熱も少しは治まった。今思えばなんであんなに恥ずかしく感じたのだろうと思ったが、素直過ぎる称賛に慣れてなかっただけだろう、という事にしておいた。


 今度は糸車に触れる場面だ。見れば舞台上に本物の糸車がある。どこか古びた感じでよく用意できたなと思っていると、アレナリアが近づいてきた。


「これは童話の中から取り出した糸車よ」

「え、童話からですか」


 一度ヨクが赤ずきんの本から狩人の鉄砲を取り出したのを思い出す。あの時もすごいと思ったが、どうやら今回も同じように、童話から取り出したようだ。なんでも童話や物語は、「魔法書」の分類に入らないものでも魔法書同様の扱いになるらしい。また、前に一人でホラー小説から出てきた光になれなかったものシュワーツを退治したが、それも童話と同じような扱いだそうだ。魔法が使える者、つまり魔術師や守護者ガーディアンが傍にいる場合、童話や物語が魔法書になってしまう事もある。一般人に貸し出す場合には問題はないらしいが、魔力に触れて本が反応してしまうのだろう。


 つまり、普通の図書館では魔法書になる事はない。それはそれで疑問は解決されたが、結局魔法書の管理というのは曖昧な部分が多い。それは魔法書自体がまだ曖昧なところが多く、扱いづらいからだろう。


「シィーラさん。この糸車の先には、触れないように気を付けてね」


 不意にアレナリアにそう言われた。

 見れば糸車の先は尖っている。


 物語からすれば、糸車を見た事がなかったお姫様がこの先に手を触れてしまって呪いをかけられる、という展開のはずだ。実際触れる事になるだろうと思っていたので首を傾げると、苦笑されてしまった。


「これは本物・・なの。本番は、触ったフリをするだけで大丈夫よ」

「え、じゃあ本当に触れたら」

「そう、永遠の眠りについてしまうの」


 間近で糸車を見ていたのだが、思わず身を引いてしまった。危険なら、むしろ使わない方がいいんじゃないだろうか。するとアレナリアはすぐに微笑んだ。


「なんて、そこまでにはならないわ。万が一触れてしまっても大丈夫。でも面倒くさい事にはなるから、触れない方がいいわね」


 面倒くさいとはどういう事だろう。だが、大丈夫といえば大丈夫なのだろう。それにシィーラからすればそういうのは避けたいタイプだ。これは触らないでいた方がいいに限る。


 他の共演者の稽古が終わり、最後はお姫様の呪いが解ける場面になった。少しだけ緊張する。当たり前だが、その場面も練習するのか。というのもさっきの事もあったので、あまりギルファイと関わりたくないなと思っていたのだ。すると、予想外の事が起きる。


「必要ない」


 ギルファイがあっさりと言い放ったのだ。


 確かにこの場面シィーラは寝てるだけなので、ギルファイだけの練習になる。そのギルファイが言うなら、と脚本や指導をしていた人達は困惑しながらも頷いていた。ギルファイはきっちり仕事はするので、そういう意味でも信頼があるからだろう。結局練習はなしとなる。シィーラは心の中でありがたいと思った。


 だがギルファイに話しかける共演者もいた。


「確認しないと、距離感とか取れなくないですか?」

「ギルファイさんとシィーラさん、身長差とか」

「一回やれば大体分かる」


 それ以上何か言われるのが嫌になったのか、ギルファイは逃げるようにその場からいなくなった。だが共演者達はぽかんとする。そしてちらっとシィーラの方に顔を向けてきた。シィーラは苦笑して会釈をした後、すぐに違う方向に身体を動かす。全く、あれでは一回練習した、と口外したようなものではないか。もしこれでいつ練習しただの聞かれたどうするのか。残される身にもなってほしい。嘘をつくつもりもないが、馬鹿正直に話したところで余計勘違いされるだけだ。


 が、ぽん、と肩を叩かれる。


「いつ二人で練習したの?」

「……アレナリアさん」


 声をかけてきた相手が相手だったので、思わず小声になる。他の人に聞かれなかっただけまだ救いなのかもしれないが、相手はどこか楽しそうな顔だ。シィーラは溜息交じりに答えた。


「別に、たまたまそういう機会があっただけです」

 

 この場合、一点張りを貫くに限る。


 するとアレナリアは素直に「そうだったのね」と言うだけだった。それ以上何か聞かれる事がないだけありがたいと思いつつ、一応予防策として自分から質問をする。


「そういえば、もう一つの作品は練習したんですか?」

「ええ、シィーラさん達が来る前にね」


 アレナリアなら、きっと衣装も似合っている事だろう。

 本番で実際に見られるのが楽しみだ。


「そういえばウィルさんって演技はどうなんですか?」


 二人の様子が気になっていたのもあるが、本当にウィルの演技は気になっていた。柄じゃない、などと本人は言っていたが、アレナリアから見たらどうなのだろう。


「お上手よ。きっと役柄が自分に合っているんでしょうね。やりやすい、っておっしゃっていたわ」


 ちょっと意外だが、確かに役柄は合っていると思った。

 やっぱり適任なのだろう。


「じゃあ練習もスムーズにできたんですか?」

「そうね。でも、二人きりで練習する時はちょっと恥ずかしそうにしていたわ。何回もセリフを噛んでしまったり」


 思い出しながらアレナリアはふふ、と笑っていた。

 なんとなくそんな姿が予想できるなと、シィーラも小さく笑う。顔は強面だが、根は真面目でいい人だ。それでいて優しい。そして女性にアプローチしたり二人きりになるのはちょっと苦手なのだろう。


 それにしても、アレナリアがウィルの事をどう思っているのかはいまだ不明だ。二人きりになっている姿も見た事ないし(皆仕事をしているのだから当たり前でもあるが)、むしろアレナリア自身がどういう人がタイプなのかが気になってしまう。なのでこう聞いた。


「アレナリアさんは、どういう方と結婚したいと思いますか?」

「あら珍しい。レナが聞きそうな事をシィーラさんが聞いてくるなんて」


 確かにレナなら誰にでも聞くだろう。実際シィーラにも聞いてきた事がある。ちなみにシィーラは「今は仕事しか考えられない」と答えておいた。するとどこか不服そうな顔を向けられたものだ。


「なんとなく気になって。司書の中でアレナリアさんは、『高嶺の花』って言われてるくらいですから」


 それは本当だ。いつも花が咲くような笑みを浮かべているし、誰にでも優しい。歌声は本当にカナリアのように癒されるし、頼りにだってなる。だからこそアレナリアに憧れる人も多い。「高嶺の花」という言葉はまさに彼女に相応しいだろう。


 するとアレナリアは、困ったように苦笑した。


「そんな風に言われているせいか、逆に誰も近づかなくて困っているわ」


 もっと色んな人に言い寄られているんじゃないかと思っていたのだが。だがアレナリアの場合、言い寄られた時はそれなりに対処しているらしい。そこがまた気高く、普通の男では手に入らない女性だ、というイメージがついたのだろう。


「私からすれば、いつだって気軽に話しかけてほしいのに。遠くで見られる事の方が多いわね」


 ウィルもどちらかといえば遠くで見ているだけのタイプだ。ドッズが言っていたように、早くそれなりのアプローチをすればよかったものを。今更そんな事を思っていれば、アレナリアは微笑みながら言った。


「本当は待つだけなんて性に合わないんだけど……女性からすれば、やっぱり男性から言ってほしいわ」


 確かに、それは一理ある。一般的に考えても、できれば男性からかっこよく決めてほしいものだ。思わず深く頷いていると、アレナリアににっこり笑われる。「シィーラさんはどんな人がいいの?」と返されてしまった。まさかここで自分に質問が返ってくると思わなかったので唸るが、一応答える。


「優しくて頼りになって、実力もあって尊敬できて、常に相手の事を考えられて……」

「あら、けっこう理想が高いのね。でもなんとなくシィーラさんらしいわ」


 アレナリアはくすくすと笑う。

 それに対し、シィーラは少し苦笑した。


 確かに自分から見ても理想が高すぎる。そんな人はなかなかいないだろう。だがしっかりしていて実力がある人の方が、自分も尊敬できるし一緒に成長できるんじゃないかと思ってしまう。もちろん相手の気持ちが分かる優しい人であるとさらにいい。もはや好きなタイプというより憧れのタイプみたいなものだろうか。


「じゃあ一つだけ。一つだけに限定するなら、どんな人がいい?」


 そんな事を言われてしまった。

 シィーラは少し頭を悩ませる。だが案外ぱっと浮かんだ。


「守ってくれる人……?」

「あら、素敵ね」


 思わず口に出していた事にぎょっとした。

 シィーラは慌てて弁解する。


「いえ、そういう意味じゃなくて、あの、将来的には家庭を持つわけですから、ちゃんと家族を守れる人とかがいいなって、そういう事で」

「まぁ。私はそういう意味で言ったと思っていたけど、本当は違うのかしら?」


 爽やかな笑みで言われてしまった。

 これでは墓穴を掘ったようなものだ。思わず顔が赤くなる。


 確かに「守ってくれる人」というのは、どこか童話の憧れから来たものだ。お姫様は最終的に王子様に守られる。そこを熱弁していた母親の影響もあってだろうか。でもそんな憧れはありつつも、自分の身は自分で守れるようにしたいと思ったりもする。そういう意味で周りに迷惑はかけたくない。そんな事を思っていると、アレナリアはにこにこしながら見てきた。どうやらシィーラの百面相が面白かったらしい。


 どこか居たたまれなくなりながらも、答える。


「……そう、です」


 アレナリアはにこにこしたまま頷いてくれる。

 なんでも受け止めてくれる先輩には、やっぱり頭が上がらないと思った。







 当日。皆が急いで準備を終えたおかげで、スムーズに利用者達が図書館に入っていく。それにしても人、人、人……見渡す限り人でいっぱいだ。いつも本を借りに利用者が訪れるが、それをはるかに凌ぐ数だ。やっぱりいつもと違うなと思いながら、シィーラを含め司書達は大忙しで走り回っていた。


「ちょっと、このおすすめの本まだ借りられないの?」

「か、かしこまりました。すぐにお持ちします!」


「魔法書ってどういうものなんだ?」

「はい、魔法書は魔力が込められている本の事で」


「絵本の読み聞かせってどこかしら」

「こちらです。ご案内します」


 司書に対してやってくる人の数の方が多いので、司書一人に対して何組ものお客さんを対応しているような状態だ。もちろん守護者ガーディアン守護者ガーディアンで、他国から来た魔術師や魔法関連の来訪者の担当をしている。シィーラも自分で分かる範囲で対応していると、ドッズが探していたのか手招きしてきた。対応が終わると、すぐにドッズの傍に寄る。


「どうしました?」

「もうすぐフォルトニアからお得意様が来る。シィーラとギルファイにお願いしたい」

「分かりました。でもギルファイさんが対応したので大丈夫なんですか?」


 ギルファイは魔法書を運んだり探したり、雑用をしている状態だ。というのも外見でかなり騒がれるので、奥に引っ込めた方がいいという判断でそうなった。本人もそっちの方がいいと言ったのだ。


「あっちがギルファイ指名なんだよ。何度も来てるし、ギルファイも面識はある。ただし、あいつも機嫌悪くなる時があるからな。シィーラはそれのフォローをしろ。相手は魔術師でしかも他国の貴族だ。色々大変だろうが、頼むな」


 早口で言い終わると、ドッズはすぐに別の場所に向かう。


 向かう途中で顔見知りと会い、少し話したらまた先に進む。が、多分顔見知りが多いのだろう。進んでは止まり、進んでは止まっている。だがてきぱき動いているのはさすがだ。館長に代わって責任者をしているのだ。ドッズはドッズで忙しいのだろう。その様子を見て大変だと思いつつ、シィーラは急いで書庫まで走る。書庫にはギルファイがおり、事情を説明すると、少し渋い顔をしながらも頷いてくれた。


 ギルファイが完全に拒否しないという事は、相手もただものではないのだろう。それはそれで見てみたいと思いながら、ギルファイと共にそのお得意様が来るであろう場所まで向かう。司書のみの通路だけでなく利用者も通る道も使うため、時々人込みの中をかき分けて進まないといけない。


 人込みに巻き込まれそうになるが、ギルファイの背が高いのでどうにかそれを目印にしていた。が、何度もこんな目に遭うとその距離はどんどん遠くなる。このままじゃ見失うと思っていると、ギルファイが不意に振り返った。そしてこちらまで戻ってきてくれる。


「何してるんだ、遅い」

「す、すみません」

「行くぞ」


 腕を掴まれ、そのまま引っ張られた。


 だがおかげで人込みの中でもはぐれずに済んだ。行く先行く先人が多く、しかもやっぱりギルファイが目につくのだろう。背は高いし外見はいいし、注目の的だ。そして今度はギルファイについて行こうとするギャラリーも増え始め、さらに人が込み合う。でもギルファイは止まらず進み続けるため、シィーラが頑張ってついて行っている状態だ。


 が、今まで以上に人の込みようがある場所に出てしまい、ギルファイとシィーラの間にまた距離が出始めた。ギルファイが腕を掴んでくれているが、どんどん離れていく。そして急に割り込んできた利用者によって、手と腕が離れた。


「あ」


 と慌てて手を伸ばすと、今度は手を掴まれた。


 ギルファイがシィーラの姿を見て安心するような表情になる。そしてまた前を向いて歩き始めた。シィーラもほっとしてそのままついていく。が、自分の手を見てぎょっとする。さっきまでは腕と手だったのに、今は手と手がつながっている。この状態は……地味に恥ずかしくないだろうか。


 しかもギルファイ目当てに見ていた人達は、シィーラとつながっている手を交互に見てくる。そしてなぜか道を空けてくれる人まで出てきた。ありがたいが、こちらを見てくる表情がどこか微笑ましい。


 普通司書同士で手をつないだりしない。当たり前だが、今は非常事態なのだ。仕方ない。そう、仕方ない。が、人込みもなくなったのにギルファイはずっと手とつないでいた。シィーラはいよいよ居たたまれなくなる。これは自分で言うべきなのか。


 だが恥ずかしい気持ちの方が耐えられなかったので、思わず言葉に出した。


「あの、ギルファイさん」

「なんだ」

「もう手はいいんじゃ」

「ああ」


 そう言って手を離してくれた。

 ほっとしていると、今度は腕を掴んでくる。


「え!?」


 遠慮なく声を出すと、どこかむっとされた。


「着くまでだ。お前はすぐ見失う」

「……私、そんなに背は低くないですけど」

「目が離せなくなるのは困る」

「わ、私は子供ですか!? 子供みたいにうろちょろするような事はしませんっ!」


 だがギルファイは無視してそのまま進んでしまう。

 シィーラはむっとしたが、相手が離してくれないのでそのままにした。


 ちらっと掴まれている手を見る。


 今日も手袋はしていない。

 そしてギルファイの手は大きくて温かい。


 口ではなんだかんだ言われたが、心配してくれているのだろう。それに手をつなぐとなるとシィーラも疲れてしまう。だからギルファイだけが掴むようにしてくれたのだ。今日は珍しく相手の言動が分かってしまい、自分でもちょっと戸惑う。頭が冷静だからだろうか。だがぶっきらぼうでも優しいところがあるのがギルファイだ。それだけ分かっただけいいのかもしれない、と思った。




「いた」


 そう言われ前を見れば、静かに佇んでいる人物がいた。


 貴族の令嬢が着ているような少しフリルがついたドレス調の洋服。首元に同じ深緑色のリボンをしているが、それ以外は比較的落ち着いたデザインだ。しかもその服を着ている人物は、茶色のふわふわとした長い髪をなびかせている。青緑色の瞳も大きく、かなりの美少女だ。


 傍にお付きらしい人が何人かいた。

 ギルファイの姿を見つけ、彼女は優雅に微笑む。


「久しぶりだな、ギルファイ」


 鈴が鳴ったかのような綺麗な声だ。

 だがギルファイはすぐに眉を寄せた。


(あ、これ嫌がってるな……)


 シィーラは表情だけですぐに悟ってしまった。 

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