25:準備に向けて

 創立記念日まであと数日、司書達は準備に追われていた。


 元々早い段階から準備は行っていたが、当日に間に合うように準備しないといけない事も多く、今日も今日とて慌ただしく動き回っている。もちろん裏の仕事をしている守護者ガーディアン達も、昼間から準備を手伝っている状態だ。ウィルなどは司書歴も長いため、他の司書と面識がある。年上らしく、激を飛ばしながら指示をしていた。


「こらお前ら! そっちの作業はこっちの大きい道具を運んでからじゃないと無理だろ! 早く来い!」


 昼間からこんな風に激を飛ばす司書は多くないため、なんだか新鮮だ。ドッズでもこんな風に言わない。あくまで淡々と冷静に指示する。同期だしなんとなく雰囲気が似ていると思っていたのだが、やっぱりタイプは異なるのだな、と最近関わる事が増えたシィーラは作業を見ていた。


「シィーラさん、そっちの魔法書の移動お願いします!」

「はーい!」


 なんて、考えるよりも先に動かないといけない現状だ。シィーラも守護者ガーディアンなので、魔法書の移動を手伝う。魔法書は守護者ガーディアンしか触れられないので、ある意味大忙しだ。やってくるお客さんの中には初めてこの図書館に来る人もいる。間違って魔法書がある書庫に迷い込む事がないようにしないといけないし(一応魔法で入れない工作はしているものの)、今回は魔法書のお披露目もあるため(といってもある程度の距離から見れるようになっている)、気が抜けない。一般的に魔法書が普通の人の目に触れる事はないので、魔法書目当てに来る人も多い事だろう。


「それにしても、魔法書のお披露目って今年が初めてなんですよね?」


 去年はそんな物なかった。

 すると一緒に作業をしていたロンドは頷く。


「ええ、今年からだそうです。利用者からも見てみたい、という要望が強くて。色々と話し合いが行われて、今年から実現できるようになりました」

「ま、その分俺らの仕事は増えるってわけやけどなぁ」


 移動式の本棚を動かしながら、傍を通ったヨクが皮肉交じりに言う。


「いいじゃないですか。利用者の希望を叶えるのも、私達司書の仕事です」

「まぁそりゃそうやけど。そんな事よりさぁ、魔法書目当てに他の国の魔術師とか来るんかな?」


 どこかわくわくした様子なので、ロンドは半眼になった。


「……来る可能性はあっても、太刀打ちできませんよ。私達とは魔力の差が歴然ですから」

「まぁたロンドはそんな後ろ向きな事言うんやけん~。俺はただ戦ってみたいんやって」

「結局それが本音ですか」


 いつもの言い合いに、シィーラは苦笑しながら聞いていた。


 すると「シィーラさーん!」と弾んだ声がやってくる。見ればレナだった。確か今回、おすすめの本をお客さんに紹介する役割を担っていたはずだ。彼女の事だから、きっと恋愛小説だろう。


 すると案の定、レナはシィーラにとある本を見せた。


「見て下さいっ! 今回はこの本を紹介する予定なんですっ!」

「へぇ……」

「んもう、そんな興味なさそうな声出さないで下さいよ~。ほらここ、ここが私のお気に入りなんです!」


 頼んでもないのにあるページを見せられる。

 しかもご丁寧に説明してくれた。


「主人公の女性と男性が見つめ合うシーンがあるんですけど、男性の方が行動に出るんです。そっと彼女の頬に手を添えて顔を近づけるんですけど、彼女は思わず『待って』、って言うんです。でも男性は女性の静止を待たずにいきなりキスを……! きゃあああ! もうこれを読んで叫ばずにいられますか!? もう素敵っ。私もこんな風に言われてみたーい!」


(相変わらずのベタ甘だな……)


 自分で叫び出して興奮するレナに対し、シィーラは真顔でそう思った。


「もー、シィーラさんってほんと恋愛小説に興味ないですよねぇ。ここのちょっと強引な所とか、ときめきませんか?」

「ならない。むしろ許可してないのに強引にするとか、寒気が出る」

「さすがシィーラさん、考え方が真面目でぶれないですねぇ。せっかく美形ぞろいの守護者ガーディアンの中にいるのに」


 そう言われ、ちらっと皆の顔を思い浮かべた。


 ……確かに美形率が高い。そういえば試験を受けた時もそんな事を思った気がする。が、何というか、美形が周りにいすぎると、いるのが当たり前のように感じるようになったというか……。とそんな事を言えば、きっと何かしら苦情を言われるだろうと思って曖昧にしておいた。


「それにシィーラさんなんて傍にギルファイさんがいるじゃないですか。一番の美形ですよ? 一緒にいて何も思わないんですか?」

「美形だとは思うけど、怒ると怖いし何考えてるか分からないし。人を見た目で判断してはいけません」


 相手がいないのをいい事に、シィーラは正直に答えた。すると相手は少しだけ憐れむような顔をする。別にそんな顔をしてもらいたいわけではないのだが。あと微妙に真面目という単語を使うのも止めてほしい。するとレナは気を利かせるつもりか、こんな話をしてくれた。


「でもギルファイさん、シィーラさんと一緒にいる時、雰囲気違いますよ?」

「えぇ?」

「ほんとですって。ギルファイさんファンクラブの皆さんが言ってましたもん」


 待て、そんなファンクラブいつの間にできたのか。


 どうやら話を聞くと、ファンクラブは随分前からあるらしい。こっそりとギルファイを観察しているだけのファンクラブのようだ。害がないという事でギルファイも放置しているらしい。だがそうか、自分は最近関わり始めたから分からないだけで、昔から見ている人は分かるのか。


 だがうーんと唸ってしまう。

 そんな事言われても、自分にはまだ分からない。


「きっとこれからもっと、ギルファイさんの事分かるようになりますよ。だってシィーラさんが一番近い距離にいるんですから。ギルファイさんに憧れる人、多いんですよ。仕事もできるしかっこいいし。でも守護者ガーディアンだから、ただの司書である私達と関わる機会なんて少ないし。ある意味シィーラさんはいい位置にいるんですから」


 どこか羨ましそうに言われる。


 今更だが、自分は守護者ガーディアンだ。それだけ普通の司書よりも恵まれた立場にいる。当たり前のように思っていたが、改めてこの位置にいられる事を感謝しないといけないと思った。自分が守護者ガーディアンになれたのは、自分の実力だけじゃない。その分、守護者ガーディアンに落ちた司書がいるおかげでもある。シィーラは初心を忘れべからず、と胸に刻んだ。


「うん」

「それにシィーラさん言いましたもんね、『人を見かけで判断しちゃいけないって』」


 思わず目をぱちくりさせる。

 だが意味が分かって、思わず笑った。


 人を見かけで判断してはいけない……それは相手の見た目だけじゃなく、自分の物差しで図るな、という事だろう。まんまと返されたものだ。


「あ、それと」


 付け足すように言われ、思わず聞き入る。


「さっきの小説の続きですけど、あれはお互いに気になってる状態で起きた出来事ですから、女性も嫌がってはないんですよ? 照れてただけですから」

「……わざわざ言わなくてもそれくらいは分かるよ」


 本当に嫌なら何があっても抵抗するだろう。

 それをしないで話が進んでいるなら、女性も男性に好意を持っているに違いない。とはいえ、これは小説の中の話だ。いくらそんなベタベタな恋愛小説を頻繁に読まないとはいえ、それくらいの事は分かる。


 するとレナは嬉しそうに微笑んだ。


「ですよね。相手に好意的でないと、気安く触れたりできませんもんね」

「え」


 素で返した言葉に、相手は目を丸くする。


「だって普通、気安く触れたりしないじゃないですか。もし触れられても、好意的じゃない人だったらちょっと嫌だな、って思いません?」

「…………確かに」

「ちょっとシィーラさん、なんですかその間」

「いや、別に。じゃあもう行くから」

「え、シィーラさんっ!」


 後ろから抗議の声が聞こえてくるが、シィーラは気にしない振りをして歩くスピードを上げた。それに今から衣装合わせもする予定なのだ。本番に向けて演劇の練習はだいぶしていたが、今日は衣装を着た上で行う。時計を見れば集合の時間は差し迫っているし、いつまでも話をしている場合じゃない。


 が、自分にしては珍しくレナの言葉に動揺した。

 それもこれも、ギルファイの行為が原因だろう。


(……忘れてたのに、思い出した)


 不意に触れられ、顔を近づけられた。もちろんあれはただの演劇の練習だ。深い意味はない。……だが、普通ああいう事をするだろうか。練習の場であればするだろう。でもあれはそういう場じゃなかった(しかも利用者の目もあったというのに)。それなのに急に触れてきた。あの時は気にしていなかったのに、レナの言葉で妙に引っかかる。


『好意的じゃないと触れたりしない』


 じゃああれか、一応ギルファイの中では触れてもいいと思ってもらえる位置にはいるという事だろうか。一応一番近い距離にいる部下だし。だがシィーラは、まだギルファイの事を信用しきっていない。それにも関わらず、ギルファイは少しは信用を寄せてくれているのか。前にあんなに叱られたのに? 無事謝って和解したけど結局口論になったりもしたのに? 何よりまだそんなに仲良くなってないというのに?


 いや、人との距離感が普通と違うのかもしれない。それにギルファイはいつも黒い革の手袋をしている。だから実質肌が触れ合ったわけじゃない。手袋をしている事で、距離を置いている意味もあるのかもしれない、と思ったところではっとした。


 ――あの時は手袋をしていなかった。


 だからか、肌にも少しざらついた皮膚の感触があった。


(…………ああああなんでっ?)


 頭を抱えたくなる。


 なぜあの時は手袋をしていなかった。

 いつも律儀にしているくせに。


 手袋をしていたら、これ以上悩まずにこれで距離感を保っていたんだなと思えるのに、どうしてあの時はしていなかったのか。余計に気になって考え込んでしまう。


 だが今から稽古なので、慌ててその考えを捨てる。


 これ以上考えても埒は明かない。それに集中しないと怪我にもつながる。どうにか違う事を考えるようにして舞台に向かっていると、急に大きい声が聞こえてきた。


「もういやっ! やりたくないっ! いやだいやだいやだいやだいやだ~!!」


 その喚く声には聞き覚えがあった。

 そっと騒ぎにある場所まで近づけば、なんとセノウだ。


「おー、シィーラも来たんか」


 見ればヨクもおり、珍しく困ったような顔をしていた。それにしても、セノウの様子も珍しい。こんなに駄々をこねている姿は見た事もない。何があったのかと聞けば、ヨクが答えてくれた。


「準備が忙しいけん、誰もが猫の手も借りたいって思っとるんよ。で、図書館内なら魔法は使っていいから、自然と魔術師であるセノウに皆頼りたくなるわけ。セノウはセノウで、魔法を使える事に満足して頼まれた事をこなそうとするけど、度が超えたらキャパオーバーになるんよな。で、今その状態」


 断れなくて全部受け持ったら、あまりに仕事が多すぎて一気に爆発したパターンか。セノウの周りには多くの司書の姿があり、どうやら人数の分だけ頼まれた仕事も多そうだ。皆はどうにかなだめようとするが、セノウは荒れて騒いでいる。薄っすら涙まで浮かべているので、かなり重症だろう。


「これ毎年なんよなぁ」


 どこか呆れた物言いだ。

 見てる側からすれば、またか、という事だろうか。


 シィーラも見ていて痛々しかったので傍に寄るが、セノウは首を振って拒否するだけだ。とりあえずこのままにしておけないので休憩させようと考えていると、ある人物がその横を通った。


「……お前ら何してんだ?」

「ドッズさん!」


 肩になぜか木材を乗せて運んでいたドッズが、半眼でその状況を見ていた。そしてセノウを見て瞬時に判断し、はぁと深い溜息をつく。木材をその場に置いて、こちらに近付いてきた。セノウが持っている仕事内容が書かれている紙を取り上げ、目を動かす。そして指示を出した。


「とりあえず書庫の移動は男手でなんとかいけるだろ。あとこのレイアウトは別の部署にも指示もらった方がいい。魔法書関係は誰でもいいから守護者ガーディアンに聞け。セノウじゃなくても処理できる」


 てきぱきと指示を受け、その場にいた司書達は動き出した。他の仕事も全部司書達に任せ、セノウの仕事がなくなる。どうやらセノウじゃないといけない仕事はなかったようだ。ヨクはけらけらと笑っていた。


「さっすが。今年も華麗な仕事さばきっ!」

「ったく、自分らでやればいいものを。セノウに任せすぎなんだよ」


 そういって紙をセノウに返す。

 そしてその場にへたり込んでいるセノウに目線を合わせた。


「お前もだ。頼られるのが嬉しいのは分かるが、限度を考えろ。相変わらず極端な奴だな」


 喚くのを止めたセノウは、ドッズに顔を向ける。

 そしてすぐに顔をくしゃくしゃにした。


「わぁあドッズ~! ありがとうー!!」

「ばっ、お前抱き着く前に仕事しろっ」


 今度は嬉しさで泣き出したセノウに対し、ドッズは慌てて頭を小突いていた。


 その様子に、シィーラもほっとする。

 そしていつの間にか集合時間が過ぎていたため、慌てて舞台に向かった。


 出演者達は集まっており、アレナリアもいた。

 ギルファイは遅れるそうで、先に衣装合わせを行う。


 着替えを済まし、素早く髪を結われ、化粧もされる。本番と近い形で練習しないといけないためだ。この時ばかりはギルファイがいなくて良かったと思った。なんとなく顔を合わせづらい。


 そして全てが終わると、一旦出演者に見せる。


「わぁあ……!」

「素敵よ、シィーラさん」


 アレナリアも微笑んでそう言ってくれた。


 着ているドレスは白が基調だ。首元は大きく開いており、首元と袖にはフリルが惜しみなく使われている。白いレースも上質なデザインだ。長いスカートは特に装飾されていないにも関わらず、上品な仕上がりになっていた。


 そして髪型もいつもと違う。全体的にゆるく巻き、お姫様らしさを出している。後ろ側は編み込みもしており、そこがまた気品を生み出していた。薄く化粧もして、睫毛もいつもより上に上がっている。鏡で見た時、シィーラ自身も一瞬誰だろうと思うほど、美しくなっていた。


「すごい、シィーラさんすごい綺麗……」

「ほんとにお姫様みたいだ」


 皆が口々に褒めてくれる。

 シィーラは何とも言えない顔をしつつ、小さく会釈をした。


「あ、ギルファイさん!」


 名前が出た瞬間、どきっとした。

 そして見れば、ギルファイも衣装を着ていた。


 物語の王子がよく着ている、前にボタンが多くあるデザイン。全体的にスカイブルーの色で、それがギルファイの髪色や瞳の色によく合っていた。白いケープも羽織っており、丁寧に金の刺繍が施されている。細かい装飾がまた見事だ。また裾が二つに分かれた燕尾服のようになっており、白いズボンをはいた長い脚がすらっと見える。まさに王子という名に相応しく、着こなしていた。


「わぁっ! ギルファイさんかっこいい……!」

「ねね、二人共並んで並んで!」


 なぜか並ぶ形になり、背中を押されながらギルファイの横に移動する。


「やっぱりお似合いだな」

「この二人でよかったですね!」


 交互に見ながら、皆が満足げに頷く。


 その様子を見て、シィーラは少しほっとした。皆の反応も悪くないので、お客さんからもとりあえず苦情なくヒロインをやる事ができると思ったのだ。自分の容姿に自信はないし、それに王子役がギルファイだ。演劇中に何かしら不満や恨みを持たれるのは怖い。それにしても、と思いながら横をちらっと見る。


 いつもの無表情だが、立っているだけで様になっている。本当によく似合うものだ。このまま他国の王子です、と言っても通用するかもしれない。元々綺麗な顔立ちなので、余計に衣装が際立つ。何より衣装よりも見劣りしてない。自分はどうにかドレスに見劣りしないようにするだけで精一杯なのに。


 そんな事を思いながら自分の腕をさする。というのも、隣からの視線がすごいのだ。じーっと見られ、居たたまれなくなる。先程チラ見したのが気に食わなかったのだろうか。


 根負けして、思わず聞いてしまった。


「あの、なんですか」

「?」

「……その、見てきたので」

「ああ、見とれた」


 ぎょっとしてしまう。そんなにストレートに言われるとは思わなかったのだ。が、すぐ首を振る。見とれたのはきっと衣装だ。自分じゃない。何を勘違いしていたのか。勘違いしていた自分が恥ずかしいと思いつつ冷静を取り戻していると、すっと髪に触れられる。


「似合うな、髪も衣装も」


 真っ直ぐ顔を見て言われた。


 なぜストレートに褒めるのか。しかも髪に触れながら。しかも目も合わせながら。なぜそんな風にしながらそんな事を平然と言えるのか。これがもし彼の「普通」だというのなら、自分はきっと理解なんてできない。でも本心で言ってくれているのは分かる。だから余計に困る。


 そんなに素直に褒められたら、こっちはどんな顔をすればいいんだ。


 シィーラは視線を下げた。

 目も合わせないように。


「あり……がとう、ござい、ます」


 ちゃんとお礼を言いたかったのに、声も小さくなってしまう。駄目だ。今は顔を上げられない。きっと顔が赤くなっている。例え他の誰かに褒められたとしても、こんな風にはならなかっただろう。だが今の自分は、普段見せないような反応をしてしまっている。なぜこんなにも顔に熱を帯び、そして心臓がうるさいのか。シィーラはそれを考える前に、早く静まってほしいと本気で思った。

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