24:選んだら選ばれる

 色々あったものの、シィーラは記録係として裏の仕事にも関わるようになった。もちろん、基本は昼間の仕事優先だが、シィーラの仕事として全面的に任せてもらえる事になったのだ。また、シィーラが記録できない時や何かあった時は、ロンドも手伝ってくれる事になった。


 そうして毎日記録を取る作業を続ける。

 そのおかげか、最近では統計的に数値を出せるくらいになった。


光になれなかったものシュワーツの発生率は一日で約二、三回。そのうちほとんどが黒い物体ですが、人やそれ以外の形で出てくる場合は大体一週間で約二回ほど。正確な数はまだまばらですが、だいぶ分かるようになってきましたね」


 記録用紙を見ながらロンドが言う。

 それに対して、ジキルも数値を報告してくれた。


「魔法書の魔力の高さから言えば、黒い物体の場合は比較的魔力が低い本。人やそれ以外の場合は魔力が少し高めです」


 実は月に一度このように報告会を開く事にしたのだが、そこにジキルも参加してもらう事になった。元々光になれなかったものシュワーツについて研究してくれているため、このように分かった事を報告してもらう場を設けようと考えたのだ。


 ジキルはあの事件があったにも関わらず、いつものように図書館に来てくれる。あれ以来何も起きていないが、いつまた発生するか気が気でない。結局あの事件で分かった事はなく、上からもとりあえず様子を見る、という形になった。


 報告会が無事に終わり、シィーラはジキルに頭を下げた。


「今日もありがとうございました」

「いえいえ、いつもお世話になってるのはこちらの方ですから。いつでも頼ってください」


 微笑みながらジキルも頭を下げてくれた。


 今日はわざわざ報告会のためだけに来てくれ、そのまま帰る姿をロンドと見送る。それが終わると、もう時間は昼前だ。いつものように食堂に向かう。歩きながら、話は別の話題になった。


「そういえば、もうすぐ王立図書館の創立記念日ですね」

「ええ。毎年他国からも、多くの方が来られたりするんですよ」


 このユジニア王立図書館ができて、今年で百年近く経つ。


 創立記念日では、それを祝って色んな催し物を行うのだ。本の読み聞かせやおすすめの本の紹介。見るだけではあるが、魔法書の展示も行ったりする。そしてなんといっても一番の目玉は、毎年行われる童話を中心とした「演劇」だろう。毎年クオリティーの高いキャストと内容で、それを目当てに来る人も多い。実はシィーラも、臨時の司書として来る前に見た事があった。


「確か昨年は『シンデレラ』でしたよね? アレナリアさんもロンドさんも、とても素敵でした」


 シンデレラ役がアレナリア、王子役がロンドだった。元々見た目からして人から注目を集める二人だが、本当に適役だったと思う。健気でどんな困難にも負けないシンデレラと、そんな彼女に対して優しく微笑む王子の演技は感動ものだった。きっと老若男女問わず、皆が引き込まれた事だろう。


 するとロンドはどこか恥ずかしそうに笑う。


「シィーラさんもいらしてたんですか。お恥ずかしい。私は演技などは苦手なんですが、やってほしいと言われてしまって……でももう王子はこりごりですね」

「え、そうですか? 今年もロンドさんがすると思ってたんですけど」

「いや、さすがにもう王子はやりません。それに今年は二作品やるそうですよ」


 そう言われ、思わず歓声を上げてしまう。


 あんな素晴らしい演劇を二つも見られるのだ。聞けば今年は創立百年に近いので、大々的にやるらしい。見る側としては嬉しい限りだ。今年は準備の段階で手伝いをするので、より舞台に近いところで見る事ができる。今から楽しみで仕方ない。するとロンドが不思議そうな目で見てきた。


「少し意外でした。シィーラさんは演劇がお好きなんですね」

「あ……演劇というより、童話が好きで」


 自分でも柄になくはしゃいだと思い、苦笑してしまう。

 すると興味深そうに「へぇ」と声を上げられてしまった。


「昔から読まれていたんですか?」

「はい」


 思えば昔から家族に童話の本をプレゼントされ、よく読んでいたものだ。今考えたら母が幸せな結末を迎えるお姫様と王子様に憧れていた節があったからだとも言えよう。シィーラは母のように夢見がちになりすぎる事もなく現実的に考える少女に成長したが、ハッピーエンドの作品は好きだ。どんなに困難があろうとも、最後は幸せそうな姿を見るとこちらまで幸せになる。


 するとロンドは微笑んだ。


「なるほど。それなら良かった、シィーラさんが童話好きというのなら、きっと大丈夫ですね」

「? 大丈夫というのは、」

「ロンドさーん!!」


 急に大声で呼ばれ、二人は振り返る。


 すると図書館の広報部を担当している司書二人組が、慌てたようにやってきた。一人は短髪の女性だ。もう一人は黒縁メガネをしており、走ってきたのかメガネをかけ直していた。


「どうされました?」

「今回の演劇についてです。一つは『美女と野獣』で、いつものようにアレナリアさんにヒロインをやってもらう予定なんですけど、相手役がいなくて」

守護者ガーディアンの中で誰かそれらしい人とかいませんか?」


 ちなみに守護者ガーディアンが率先して演劇は出るようになっている。というのも、魔法書で魔法が使えるので、それなりに舞台でも花を添えられるのだ。それはキャストでも裏方でも同じ事。その中でもヒロインとその相手役は守護者ガーディアンがいい、というのは広報側の願いだろう。確かにもし何かあった時も対処しやすい。


 誰か思い出そうとロンドも考えるが、すぐには浮かばないようだ。確かにロンドは美青年だが、今回は「美女と野獣」なのだから、野獣役に適した人がいいという話だろう。シィーラは話を聞きながら、少しだけ首を捻る。確か最近、野獣のようだと思った人物がいたような気がしたが……。


「あ!」


 すると一斉に見られる。

 シィーラは大きく頷いた。







「……シィーラっ!」


 魔法書の整理をしていると、勢いよくドアが開いた。だが一般の利用者は入らないため、大きい音を立てても問題ない。入ってきた人物を見て、シィーラは特に驚きもせずに挨拶をした。


「あれ、ウィルさん。お疲れ様です」

「お疲れ、じゃなくてな!」

「今日も夜勤ですよね。どうして図書館に?」

「いきなり広報部から連絡が来たからな……お前が首謀者と聞いたんだが」


 それを聞いて思わず笑ってしまう。


「首謀者って……」

「笑ってる場合かっ! なんで、」


 一瞬ためらう様子が窺えた。

 が、すぐに早口で言われる。


「なんで俺が相手役なんだよ!」


 だがシィーラはおかしそうに頬を緩ませた。


 そう、実はシィーラがウィルを推薦したのだ。元々ウィルは怖い顔をしているものの、よく見れば端正な顔立ちだ。よくヨクに怒鳴っていたりもするし、野獣役にぴったりである。実際ロンドも頷きながら「確かに、ウィルさんなら」と言ってくれた。広報部の二人も納得してくれ、そのまま相手役に決定したのだ。


「しかも本人に許可もなく……! よくも勝手に決めてくれたな」

「でも、やっぱりぴったりだと思いますよ? それにお二人共、並ぶとお似合いですし」

「っ、あのな、俺は演技とか柄じゃないんだ。できるわけがないだろう?」

「大丈夫ですよ。ロンドさんだって、苦手だったけどアレナリアさんの特訓のおかげで大丈夫だったって言ってましたし」


 するとぐぐぐ、と言葉を詰まらせていた。


 それに対してシィーラは息を吐く。ウィルからすれば、人前で演技をするよりもアレナリアの相手役なのが特に気に食わないのだろう。その気持ちは分からなくもないが、なぜここまで嫌がるのか。


「別にいいじゃないですか、仕事だと思ったら」

「そんな事はお前に言われなくても分かってるよっ! でも俺なんかより適任いるだろ!」

「あのですね、上からの決定なら拒否権はないと思いますが?」

「シィーラお前、そうやって真面目に言ったら納得すると思うなよ!?」


 どうやら全くやってくれる気はないようだ。

 意固地だなと思っていると、タイミングよくドアが開く。


「……お前ら、人が通らないからって声でかいぞ」


 見ればドッズだった。


 書庫に来るなんて珍しい。

 だがドッズはすたすたと入ってきて、ウィルの肩を叩いた。


「お前、今年相手役だろ。頑張れよ」

「な、出るわけないだろ!? お前からも何とか言ってくれよ!」


 どこか懇願するように言っていた。

 だがドッズは「あー……」と少し面倒くさそうな顔をした。


「でも決まった事だ。仕事だと思ってちゃんとやれ。あとウィル、俺は前々から言いたかったんだが、」


 後半から急に真面目なトーンになる。

 一体何を言われるのだろう、とじっと見ていると、ドッズは憐れむような顔をした。


「お前、正直言って片思いの期間が長すぎる」

「…………は?」

「俺達昔からの連中からすれば、いつお前がアレナリアにアプローチするのか待ち続けて早数年……。見守る側としては長すぎてもはや欠伸しながら待ってる状態だ。だからこれを好機と思って早く言え」

「おま、それを同期の俺に言うか!? 見境ねぇな! そういうお前だって」


 言い返そうとすると、大きい音が机から響いた。

 見れば思いきり手を当てて机を鳴らしたようだ。


 そしてドッズはにっこり笑いながら、ウィルの耳元で呟く。


「名前出したらここで吹っ飛ばすぞ」


 すると悔しそうに顔を歪ませながら黙る。

 ドッズはふっと笑い、帰りながらこう言った。


「早くお前の幸せな姿を見たいんだよ」

「……それを言うならお前の方だろ」

「俺の場合は複雑だ」


 どこか苦々しい顔をした後、ドッズは行ってしまった。

 ウィルはどっと疲れたような顔をしながら、シィーラを見る。


「……やるよ。やればいいんだろ」


 そうやけになる感じで部屋から出てしまう。


 シィーラは先程の会話を聞きながら、二人が同期である事を知った。また、どこかドッズにも秘密がありそうだった。二人がこそこそと話していた内容は聞こえなかったが、何かに対して怒っていたし。だが、気になってもきっとすぐには教えてもらえないだろう。


 最近知った事が多すぎて、頭の中で処理するだけで精いっぱいだ。それに、今は楽しみしかない。あの素晴らしい演劇を間近で見る事ができる。それ以上に楽しみな事はなかった。







「シィーラさーん!」


 館内の方を歩いていると、甲高い声に呼ばれた。

 見れば司書として働いているレナ・アンブレロだ。


 長い金髪を一つに括っており、同じ金色の瞳を輝かせてやってくる。臨時で働いた時からの仲で、歳は自分より一つ下。とにかく恋愛小説が大好きな子だ。会う度に彼女のおすすめの恋愛小説を押し付けられたりする。シィーラも読もうと思えば読んだりするが、彼女が薦めるのはどこかベタ甘な内容が多くてあまり受け付けない。


「どうしたの?」


 またおすすめの小説でも見つけたのかと思っていたら、それ以上の爆弾を落とされた。


「今年のもう一つの作品、ヒロインで出るんですよね!?」

「……は?」


 素で聞き返す。

 そんな話は全く聞いていないのだが。


 だが、確かに「美女と野獣」意外の事は聞いていない。しかも誰が出るのかも聞いてない。だが、ヒロインはアレナリアだと思っていた。作品が二つといえど、ヒロイン役はアレナリアが適任だ。誰だって思う事だろう。なぜそんな話になっているのだろうと思っていると、もう一つ爆弾を落とされる。


「しかも相手役、あのギルファイさんでしょ!? ロマンスじゃないですかぁ!」

「…………はぁあ!?」







 館内中を探し回り、ようやく自分が探していた人物を見つける。相手は「あら?」といつものようにおっとりとした笑みを浮かべていたが、シィーラはすぐに別の部屋に連れて行った。


「シィーラさん、どうしたの?」

「……あの、もう一つの作品って」

「ああ、『眠れる森の美女』よ。シィーラさんにヒロイン役をしてもらう事になったわ」


 アレナリアは嘘は言わない。

 あまりにあっさり言われ、思った以上のダメージがやってきた。


「前に百合の花で寝ている姿がとても素敵だったから、思わず推薦してしまったの。そしたら他の人も写真を見てたらしくて、ぴったりって。さすがにヒロインを二つも同時にはできないし、シィーラさんなら大丈夫だと思ったから」


 きらきらと輝く笑顔で言われる。

 どこか憎めないのがアレナリアの良さなのだろうか。

 

 思わず唸りたくなったが、ウィルだって引き受ける事にしたのだ。ここで自分はしたくない、などと駄々をこねてはいけないだろう。それにこれは仕事だ。そう、仕事だと思ってすれば何も問題ない。それにしても、ギルファイが相手役だなんて、ギルファイ自身は何か思ったりしてないのだろうか。


「あの、相手役ってギルファイさんですよね?」

「ええ。あら、もう聞いていたのね」


 おかげさまでそれに食いついた司書がいたおかげだ。

 シィーラは戸惑いながらも聞いた。


「……ギルファイさんは、嫌がらなかったんですか?」


 すると意外な事を言われる。


「ギルファイは嫌がったりしないわ。仕事だと思って割り切れるから」

「え」


 イメージでは自分はしない、くらい言いそうだと思ったのだが。


「分かりにくいでしょ。でも仕事ならしっかりやるのよ」

「そうなんですか……」


 そうか、相手は仕事と思って割り切れるのか。なんだか拍子抜けする。だったらそんなに気にする必要はないだろう。自分も同じように仕事と思ってやればいいだけだ。


 先程の焦った気持ちは消え、どこか落ち着きを取り戻した。


「それに、シィーラさんがギルファイと絡む場面も少ないわ。それぞれの役割をきちんと果たせたら大丈夫」


 確かに「眠れる美女」とつくくらいだから、寝ている事の方が多いのだろう。そう思うとなんだかそこまで難しくない事のように思えた。シィーラは頷く。だが、一つだけ聞いた。


「あの、アレナリアさんが演技をする上で心がけている事とかってありますか?」


 アレナリアは舞台慣れしている。だからこそ、きっといいアドバイスをもらえるだろうと思ったのだ。すると少しだけ考えるような素振りを見せた後、微笑んだ。


「その役になりきるの。私がその人だと思って演技するのよ」


 それが一番難しいのではないだろうか。

 どこか微妙な顔をしていれば、笑われる。


「ただの演技は、嘘に見えるわ。相手を愛する場面なら、本当に相手を愛するの。物語の主人公が感じる気持ちを持って、それをお客さんにも伝える。それが一番大事なのよ」







 シィーラは歩きながら、アレナリアの言葉を考えていた。


 確かに演技だからといってただの演技をしたのではいけない。お客さんは童話の世界を求めて見に来るのだ。だったら、それを楽しませてあげるのも自分の役目だ。ただ仕事だと思ってするのではなく、その人物になりきって気持ちを作る事が大事なのだと分かった。どうにもシィーラの場合、淡々と演技をしそうで怖い。そこはアレナリアに稽古をつけてもらおうと思った。


 そのまま進んでいると、前から長身の青年が歩いてくる。


「お疲れ」

「お疲れ様です」


 挨拶されたので、シィーラも返した。


 それにしても、こう正面で見れば本当に背が高い。横に並んでも差は歴然だろう。ギルファイは容姿がいいが、自分が並んでも見劣りしないだろうか。急に不安が出てきた。ギルファイが演劇に出るなら、きっと黄色い歓声が上がる事だろう。相手役がアレナリアならば誰も文句はないだろうが、自分だったら不満に思う人もいるかもしれない。


 また考えすぎて思わず渋い顔をしていると、ギルファイが口を開いた。


「どうした」


 見上げれば、いつもの無表情な顔だ。

 そしてやっぱり整っている。いっそ羨ましい。


「いえ……」


 余計な事を言ってまた何か叱られるのは御免だ。

 なので黙っていると、すっとギルファイが近づいてきた。


 右手をシィーラの左頬に触れ、顔を近づける。


(え)


 見れば長い睫毛が目の前にある。

 群青色の瞳は、まるで宇宙のように引き込まれそうだ。


(綺麗)


 初めて会った時と同じ感想を持った。 

 しばらくそのまま見つめていると、小さく呟かれる。


「こんな感じか」

「?」


 訳が分からずきょとんとしていると、ギルファイが離れた。


「最後」


 そう言い残すと、すたすたと歩いて行ってしまう。


 ぽかんとしながらその様子を見つつ、首を傾げた。

 一体何がしたかったのだろうか。


 溜息をしつつ自分も前に進むと、なぜかその場にいた利用者達から注目を浴びていた。唖然としてその様子を見ると、視線を外されたりひそひそ話をされる。一体なんだ? と思っている時に、先程の言動を理解した。そして思わず振り返る。だがもう相手の背中はない。


 シィーラは顔を紅潮させる。


(公衆の面前で……!)


 ギルファイが言ったのは最後の口づけの事だろう。


 大体立ったままするわけがないのに。いつの間にそんなに近い距離にいたのか、瞳に引き付けられて気づかなかった。そしてそんな距離でも自分は嫌じゃなかったのか、と気付いた時点で、シィーラは思考を放棄した。 

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