23:一人で対処してみれば

 書庫を次々見て回るが、特に変わった様子はない。


 光になれなかったものシュワーツの姿も見えないし、こんなものなのだろうか。夜の図書館と聞くと少し不気味な感じもするが、それはそれでなんとなく楽しい。いつも見ている景色が違って見える。


「こうただ回ってると、退屈じゃないか?」

「いえ、新鮮です」


 ウィルに聞かれて素直に答えると、苦笑される。

 変わっているな、とまで言われてしまった。


 本好きなのだからむしろずっと図書館にいられるだけ幸せだと思わないのだろうか。自分だったら思うのに、と心の中で呟いていると、ウィルは正直な感想を言う。


「毎日光になれなかったものシュワーツの退治だから、こっちとしてはうんざりみたいなもんだ。仕事内容は変わらないし、一体いつになったらこれらがなくなるのかって考えるな」


 どことなく疲れた物言いだった。


 だが、ウィルからすればそうなのだろう。聞けばかなり前から光になれなかったものシュワーツが現れ出したというし、今でこそ増えたがその当時の守護者ガーディアンは数が少なかった。同じメンバーが繰り返し退治しているのだ。確かに飽きてしまうかもしれない。自分がもしこの仕事をしろと言われたら、退治するよりも本と触れ合う方がいいな、と本気で思った。


「いた」


 急に低い声が聞こえた。


 はっとして見れば、目の前にゆっくりと動く物体が見える。久しぶりに見たが間違いない。光になれなかったものシュワーツだ。相変わらず黒い物体でゆらゆら動いている。何なのか分からない上に若干気持ち悪い。今更だが、あれなら何かの形になっている方がましだ。シィーラが見ていると、ウィルはその場から動き、近づいた。そして容赦なく両手で拳銃を向け、大きい発砲音を鳴らす。


 ダンッダンッダンッ。


 容赦なく打ちながら光になれなかったものシュワーツに直接命中する。しかも中央を狙って打っている。さすがというか慣れているというか、真っ直ぐ命中させている様子は実力を感じる。しばらくすれば跡形もなく消え、シィーラが出る幕もなかった。


 ウィルはふうと息を吐く。


「まぁいつもこんな感じだな」


 以前見た光になれなかったものシュワーツと同じだ。そういった意味ではそんなに代わり映えしない。が、自分が見学に来たのはただ見たかったわけでも、退治しにきたわけでもない。どうすれば数を減らせるか、むしろどうすれば現れないようになるのか、だ。シィーラはウィルに聞いた。


「この黒い物体って、倒したら消えますよね? でもどの魔法書から出てきたのか、っていうのは分かるんですか?」

「いや、分からないな。魔法書から出てきてそのまま動き回っているから。ただ、物体じゃなくて人だったりそれ以外の場合は分かる。大抵それらは魔法書から出たままその場にいる事が多いんだ」

「! じゃあ、それだけでも記録する事はできますよね?」

「そうだな……だが、いちいち覚えてないぞ? 今までの分は分からない。それに裏の仕事の守護者ガーディアンは喧嘩っ早い奴が大半だ。そのまま倒して次に行く事が多い」


 それはなんとなくシィーラも分かっていた。元々夜勤なので女性よりも男性が率先してする仕事だ。しかも光になれなかったものシュワーツがどのタイミングで、しかもどれくらいの数が出てくるのかも分からない。出てきた場合も迅速に対応しないといけないし、いちいち記録している場合でもないだろう。


「はい。だから、私が記録します」


 すると目を丸くされる。


 元々調べたり記録するのは得意だ。それにこのままやみくもに倒してもきっと埒は明かない。それなら少しでもやり方を変える必要がある。光になれなかったものシュワーツの数を減らすためには、まず現状がどうなっているのかを調べるべきだ。そしてそれから対策を練ってみる。原因が変わればそれらの解決策もおのずと浮かぶだろう。


 だが、これは誰でもできる事ではない。守護者ガーディアンでなければ裏の仕事はできない。だからといって、守護者ガーディアンの人員を割くわけにもいかない。だったら、自分がすれがいいのだ。幸い自分はまだ下っ端。そこまで仕事が与えられているわけではないし、これくらいならばきっとギルファイも許可してくれるだろう。


「それは助かるが……いいのか? 昼間も仕事をしているから大変だろう」

「大丈夫です。むしろ仕事が少ないと思っていましたから」


 自分が今与えられている仕事は臨時の時にしていた仕事と同じ事が多い。そう言った意味では少し物足りなかったりする。それに今日だって、ヨクに急に言われて夜に出勤している。さすがに深夜なので若干眠いが、まだ大丈夫だ。


「そうか、それなら――――こちらウィル。どうした」


 急に耳に手を当てて話し始めた。話している相手はおそらくヨクだろう。このように、裏の仕事の場合は守護者ガーディアン同士で連絡を取るようにしているらしい。多分これも魔法だろうが、どうやって会話できる構造になっているのだろうと、思わず見てしまう。すると、ウィルは眉を寄せた。


「な、応戦しろだと!? お前らの書庫がどれだけ遠いか知って、っておい、待てまだ話は……ったく」


 相手から切られたようで少し苛立っていたが、ウィルはこう言った。


「ヨク達のところに行く。どうやら光になれなかったものシュワーツに手こずってるみたいだ」


 そう言ってウィルは走り出した。

 慌ててシィーラも追い始める。


「手こずってるって、それほど数が多いって事ですか?」

「その可能性もあるが……あの二人だからな」


 どこか諦めに似たような言い方をされた。


 もしかすると、こんな目に遭うのも一度や二度ではないのかもしれない。なんとなくヨクとアレックスの顔を思い浮かべると、確かに何かしらあったのだろうな、という事だけは想像できる。思わず苦笑しながら走っていると、急に見えたある書庫に目がいった。……誰かいる。


「ウィルさん、先に行っててもらえませんか」

「どうした」

「少し気になる事があって」

「……一人にはできない」

「大丈夫です。何かあったら連絡します」

「だが、」

「私も守護者ガーディアンの一人です! 少しは任せて下さい」


 しばらくウィルは渋っていたが、最後の一言が利いたのか、頷いてくれた。


「何かあったら必ず連絡しろ。魔法で太刀打ちできなくなったら逃げてもいい」

「はい」


 そう言って風のように走り去ってしまった。かなり早い。さっきまではシィーラに合わせて走ってくれたのだろう。気配りもできる頼りになる先輩だ。しばらくその様子を見た後、ちらっと先程の書庫に目線を戻す。やはり、人影のようなものがあった。


 シィーラはそれに、ゆっくりと近付いて行く。


 本棚の間はそれぞれ人が通るスペースがある。それは本棚に挟まっている本を取るためのものだ。そして、そのスペースの一つに、誰かが立っていた。


 距離が近くなると、その存在がより目に焼き付く。そして最初に見た時に感じた通り、そこにいたのはではなかった。いや、人と言えば人だが、本物ではない。おそらく、魔法書から出てきた光になれなかったものシュワーツだろう。その存在が薄っすら光っているように見える。明らかに普通の人とは違う。


 そしてその人物の真正面に立つ。

 距離としてはまだ離れているが、姿ははっきりと分かる。


 その人物は髪の長い女性だった。


 髪が長すぎて顔まで見えない。服も白いワンピースで、青白い腕しか見えなかった。といっても、書庫の数か所に非常用の暗めのランプはついているため、若干見える程度だ。が、自分の持っているランプをそっと持ち上げる。その人物の格好を見て、シィーラは少しだけ顔を歪ませた。


(この展開、なんだか想像できるな……)


 相手の姿からして嫌な予感しかしない。場所的に遠かったので見えにくく、まさか髪の長い女性に出会うとは思ってなかったのだ。もし相手が分かっていたら、ウィルを呼ぶかスルーしていたかもしれない。が、きっと今後も出てくる可能性はある。ここは一つ、自分でも経験しといた方がいい。最も、先走った感はある。この場合の時を聞いておけばよかった。その場の勢いでウィルにああ言ってしまったようなものだ。


 が、シィーラはとりあえず息を吐いた。

 今更後悔しても仕方ない。自分でやれるだけの事をやるだけだ。


 そしてそっと近付いて行く。


「あの、」


 声をかけたのは相手に気付いてもらうため。

 ……自分の気を紛らわす意味もあったりするが。


 するとシィーラの一言だけでもぴくっと反応を示す。

 少しだけ首が上がったように見えた。


「あなたは、だ……ひっ!」


 誰ですか、と聞く前に相手が動き出した。


 急に勢いよくシィーラの目の前まで来る。

 無意識のうちにランプを持ち上げてしまい、相手と目線が合った。


 そこには顔中がただれた女性の姿がある。もはやその顔は元がどんな顔なのかも分からない。だが彼女はほんの一瞬の間、にた、と笑った。シィーラは顔が凍り付く。そしてすごい力で身体が引きずり込まれる。見れば動いてないのに、足が引きずられて床が擦れていた。思わず奥を見れば、一冊の本が開きっぱなしになっている。間違いない、あれがきっと魔法書だ。あの魔法書からこの女性が出てきたのだ。


(結局お約束通りの展開……!)


 きっと何かしら仕掛けられるだろうとは思っていたが、やっぱりそうなった。大体こういうのは必ず起きるのだ。本人が起きてほしくないと思っても、関わる以上何かしら起きる。それが分かった上でこの状況になっているのだから、シィーラとしては憤慨したくなる。


 だが相手の魔法のせいか、どんなに力を入れても身体が思うように動かない。きっとこのまま魔法書に取り込もうとしているのだろう。最初は恐怖で固まっていたが、正直今は、怒りの方が勝っていた。展開が分かっていたのにこのまま負けるだなんて、自分が許せない。ウィルにも大きい口を叩いた手前だ。


 どこかやけくそな気持ちのまま、シィーラは叫んだ。


白百合の花ホワイトリリイ・フラワーズ!!」


 するとシィーラの魔法で、大量の百合の花が出始めた。

 その花はすぐに女性を囲み、出て来たであろう魔法書まで、力の限り押していく。


 しばらくして女性は百合の花に気付いたのか、「うう、ううああああ……!!」とうめき声を上げ始めた。そしてなぜか、自ら魔法書に向かって飛び込んでしまう。あっという間にその姿は消え、魔法書は閉じられた。辺り一面に広がったのは、シィーラが出し過ぎた百合の花々と静寂だけだ。


「……はぁ」


 思わず深い溜息が出て、その場に座り込む。

 強気で魔法を使ったものの、どっと疲れた。若干の恐怖はまだ残っていたようだ。


 ちらっと魔法書を見れば、それは自分でも見覚えがある本だった。確か有名なホラー小説だ。最後は百合の花が大量に入っている棺桶で女性が最期を迎える、というものだった。多分、シィーラの前に出てきた女性はこの本の主人公だろう。あんなに百合の花を嫌がっていたのだから、間違いない。勢いで花を大量に出して乗り切ろうと考えたのだが、百合を選んで正解だった。


 だが、ほっとすると同時にシィーラは目を丸くする。この本は他の図書館でも見た。でも今目の前にあるこれは、魔法書・・・だ。一般的に貸し出しはされない。


 じゃあ今まで図書館で貸し出しされていた本と違うという事なのか。だが本の後ろのページを見れば、この小説の著者はやはり見覚えのある人物だ。魔術師じゃない。ただの一般人のはず。


「どういう事……」


 なんで魔法書じゃない本がここにある。

 いや、もしかして魔法書になった・・、のか?


 もしそうだとしても、他の図書館でもこの本は置かれていたはずだ。回収はどうなっているのか。ちゃんと魔法書として保管されているのか。そしてこのような本は他にもあるのか。


 シィーラは頭が痛くなった。

 こんなにも複雑で面倒だとは。


「もう、疲れた――」


 思わずそのまま後ろに倒れ込む。自分が出した百合の花が辺り一面にあったため、いいクッション替わりになってくれた。本当はすぐにでもウィルに報告して、自分の疑問に感じている事を聞いた方がいいのだろう。が、今はもうそんな事をする元気はなかった。朝からバタバタしたし、夜も結局バタバタしたし、そしてさらに疑問は生まれるし。


 きっと今後とも守護者ガーディアンの仕事というのは大変なのだろう。なぜか先行きが目に見えるように分かった。が、シィーラはふっと笑う。上等だ。面倒くさかろうと最後まで付き合うくらいの覚悟はある。ただじっとしているよりも、自分で考えて動く方が性に合っているからだ。


 ふと、傍にある百合の香りが鼻孔をくすぐった。

 甘くて優しくて、ほっとするような香りだ。


(そういえば、大量の百合で眠ったように死ぬ事ができるって話があったっけ……)


 何かの本に書かれていた話だった。


 大量の百合に含まれる毒を吸って眠るように死ぬ事ができる、と書かれてあったが、それはあくまでも物語の表現であって、本当ではない。それは百合ではなく別の花だと聞いた。しかも百合は香りではなく、別の部位に毒がある。だが食べなければ人体に影響はない。確かそうだったはずだ。


 あくまで百合のイメージで書いた内容だったのだろうと思うが、それはそれで確かに魅力的にも感じるだろう。実際今シィーラも、たくさんの百合の中で横たわっている。可憐な花に囲まれ、華やかな香りの中にれば、この中で眠りたくもなる。そのまま目を閉じていると、本当に眠気が襲ってきた。







「…………?」


 シィーラが目を開ければ、そこは書庫ではなく休憩室だった。


 起きた瞬間はぼうっとしていたが、すぐにはっとする。

 いつの間に移動したのだろう。


 丁寧に毛布がかけられており、今部屋には誰もいない。

 自分でこの場所に来た事も思い出せずに、シィーラは頭を抱えた。


(……まさかほんとにあのまま寝たなんて)


 自分ではちょっと休む程度だったのだ。それなのにすでに朝を迎えていただなんて、信じられない。しかもウィル達はまだ仕事をしていたはずだ。それなのに自分は寝てしまった。穴があったら入りたい。


 しばらく後悔で悶絶していると、ドアがノックされた。

 小さく返事をすれば、アレナリアが入ってくる。


「あら良かった、目が覚めたのね」

「……すみません」


 するとシィーラの様子で分かったのか、苦笑して首を振る。


「シィーラさんは何も悪くないわ。朝から働きづめで疲れたんだろう、ってウィルさんも言っていたし。むしろ急に裏の仕事の見学をするって事は聞いてなかったみたいでね、ヨクはこっぴどく叱られていたわ」


 その姿が目に浮かぶ。思わずシィーラも苦笑した。

 おそらくウィルは、その日の見学だけで仕事が終わると思っていたのだろう。


「でも光になれなかったものシュワーツを倒したのよね? 百合の中で寝ているシィーラさんを見た時は驚いたみたいだけど、すごいって褒めていたわ」

「あ、ありがとうございます……って、アレナリアさん、ウィルさんに会ったんですか?」

「? ええ。シィーラさんが大変だって、連絡があったの。朝から来れるのは私くらいだったから」


 そうだったのか。確かにアレナリアなら俊敏に対応してくれると思った。それにしても、あっさりウィルはアレナリアと会えたようだ。きっと久々だろうし、どんな話をしたのだろう。だがアレナリアの様子が普通なので、もしかして普通に対応して終わったのだろうか。ちらっとだけ気になり、質問してみた。


「あの、ウィルさんってどんな方なんですか?」

「え?」


 あまりに露骨だったのか、きょとんとした顔をされる。

 いきなり聞く質問でもなかった、と顔を硬直させていると、ふっと笑われる。


「とても頼りになる方よ」


 無難な返しだったので、とりあえず頷いた。

 アレナリアがそう言うくらいだから、信用はされているだろう。


 ……が、シィーラにとってはそれどころではなかった。







「なっ!?」


 大声がそこで止まったのは館内だったからだ。

 それでも、本当は叫びたかった。そりゃあ叫びたくもなるだろう。


 なぜ館内の中央スペースに、百合に囲まれた自分の写真があるのか。


「いやーあの時のシィーラ、いい写真になると思ったんよね! という事で撮らせてもらったんよ」


 図書館には、その時の季節に合わせて写真を飾るスペースがある。

 写真の種類は問わず、利用者が撮った写真が飾られる場合もあるのだ。


 シィーラの写真は堂々と真ん中にある。

 百合の花は確かに綺麗に撮れているが、自分の寝顔だ。そんな写真嬉しくない。


「何勝手な事してるんですかっ! しかも本人の許可取ってないですよね!?」

「えー? 別にいいやんこれくらい。それに俺、シィーラより先輩やし」

「それどう考えても職権乱用ですっ! すぐに外してください!」


 するといつものお茶目な笑顔でヨクに言われる。


「む・り☆」


 するとぷちっと何かが切れた。


 写真の少女は怒ると怖いと浸透してしまったのは、また別の話だ。

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