22:人生は物語のように

「で、一体何が原因でこんな事になったんだ?」


 そう口を開いたのはドッズだ。


 議題にしているのは先程起こった事件。いつものメンバーが揃っている。あの後怪我人や被害は広がっていないが、もしかしたら他の利用者にも影響が出るかもしれないものだった。細かい事はシィーラが説明したが、どうにも皆、納得しない表情をしている。


「魔力の波動なら私が絶対分かるはず。それなのに分からなかったなんて……」


 セノウも悔しそうに顔を歪ませている。


 彼女は唯一守護者ガーディアンの中でも魔術師だ。だから一番に分かるはずであるが、今回このような事件が起こった事すら知らなかった。セノウの実力は皆分かっている。彼女が見逃すはずはない。


「ジキルさんも、相手がどんな人物なのかは分からなかったそうです」


 ロンドとシィーラはジキルに話を聞きに行った。煙を多く吸い込んだだけで、命に別状はないらしい。本に夢中で何がどうなったのかよく分からず、いつの間にか発生した煙で気を失っていたようだ。


 それを聞いて、ドッズは腕組みをしながら頷く。


「今後魔法書を貸し出す場合、閲覧室の傍で待機するようにしろ。利用者に何かあってからじゃ遅い」


 一斉に返事をする。

 今自分達にできる事は、それくらいしかない。




 しばらくしてから通常業務に戻る事になった。

 自分も関わっていた手前、すぐに気持ちを切り替えるのは難しそうだ。


 そんな事を思っていると、アレナリアがそっと近づいてきた。


「シィーラさん、ギルファイとは仲直りできたの?」


 三人で一緒に会議室に来たからだろう。

 シィーラは苦笑しながら答えた。


「はい、まぁ」

「そう、それならよかった」


 花が咲いたかのように微笑んでくれる。アレナリアは歌声もだが、笑顔も素敵だ。そんな事を思いながら、少しだけ間を空けて言葉を続けた。


「……あと、ギルファイさんがとても面倒くさい方だという事が分かりました」

「あら、それは良い一歩ね」


 小声で小さい毒を吐けば、相手は微笑んでくれる。

 なるほど。どうやら面倒くさいのは当たっているようだ。ならばこれからの接し方にも響きそうな気がする。最も、それだけ知れただけでも良い進歩なのか。


 アレナリアと別れると、今度はロンドに呼ばれる。

 この後の仕事について軽く指示をもらった。いつも通りの自分の仕事に戻っていいと言われた後、シィーラは先程ジキルと話した内容で気になっていた事を聞いた。


『魔術師なのに、本当に情けないばかりです。魔法の感知くらいできるはずなのに、それさえも気付かなかったなんて……』


 どこか申し訳なさそうに謝ってくれた。

 むしろ被害に合わせたのはこちらの方なのに。


 すると分かったのか、ロンドは「ああ」と言いながら答えてくれる。


「魔術師といっても、全員魔力が強いわけじゃないんです。生活していて不便な時に使う人とか、魔法を使うのが苦手で、使わない人もいたりとか。その辺はきっとセノウの方が詳しいでしょうけど。ジキルさんは率先して魔法を使うというよりも、魔法の知識を研究に生かしているタイプですね」


 だから実際危ない目に遭った時も、即座に対応できなかったのか。

 あの時は必死だったから気付かなかったが、もしシィーラが間に合わなくても、ジキル自身が魔法を使って逃げる事もできたのではないかと思ったのだ。最も、煙を吸い込んで危険な状態にいたわけだが。


「おーいシィーラ、裏の仕事の見学に来るんよな?」


 話が終わる頃に丁度よくヨクが現れた。

 ロンドから話を聞いていたのだろう。


「はい」

「じゃあ今日見においでや。丁度俺シフト入っとるし」

「え、今日ですか?」


 かなり急だなと思っていると、ちっちっち、と指を振られる。


「今日はギルファイもおらんのや。こーゆーのは早いのに越した事ないんやけん」


 確かにそれもそうか、と納得する。


 ギルファイととりあえず仲直りらしきものはしたが、それでもあれからまた関わろうとは思えなかった。なぜなら人の話を聞いてくれない。そのくせ自分の話を聞けという。それが繰り返されるならこちらもうんざりだ。面倒くさい性格というのは分かった。今はそれだけで十分である。


「シィーラ」


 すると後ろから声をかけられる。


 まさに今自分が関わりたくないと思っていた相手なだけに、思わず身体がびくつく。だがもちろん相手が上司なわけなので、振り返らないわけにもいかない。にしても今日は声をかけられるのが多い日だ。全員集合したのだから、丁度とばかりに皆が話しかけてくるのだろう。


 微妙に顔を引きつらせながらも、シィーラは返事をした。


「はい」

「そういえば、魔法を使ったのか」

「あー……」


 ギルファイにまだ魔法を使うなとは言われていたが、あの時は非常事態だと判断して使った。というより、無意識に使ったようなものだが。だが業務中も合間合間に魔法の特訓は続けてきた。今では急に倒れる事も少なくなったし、実践を兼ねて使えて良かったと思う。すでに魔法を使った事は報告しているので、今さら嘘など言えない。曖昧ではあるが、頷いておいた。


 すると相手はあっさりこう言ってくる。


「そうか。じゃあこれからは使うようにしろ」

「え」


 むしろ使ってよかったのか。そんな顔をしてしまったが、ギルファイは何食わぬ顔で行ってしまった。本当に勝手な人だ。思えば自分の教育係な感じだが、それらしい事は最初しか教わってない。今じゃ完全に放置みたいなものだ。これはいちいち自分で聞きにいかないといけないのか。それとも逆に聞かずに自分で考えろ、という事なのか。他の先輩達と違って本当に接しにくい。


「分からない人だなぁ……」


 思わず遠のいた高い背に向かって呟いてしまう。

 するとヨクは傍で見ていたのか、おかしそうにくくっ、と笑った。


「そりゃあな。でも一度分かるとほんと面白い奴やで。シィーラにも馴染んできたんやない?」

「え、そうですか?」

「だってあいつ、シィーラの名前呼んだやん」

「あ、」


 確かにそうだ。


 今まではフルネームか「おい」とかでしか呼ばれた事がなかった。

 それなのに先程は名前で呼んでくれた。なんだか新鮮だ。


「ギルファイが名前呼びするって少しは気を許しとる証拠やで?」

「……でも、私からすればまだ気は許せないです」

「あっはっは、相変わらずの辛辣やなぁ」


 遠慮なくヨクは大笑いする。


 だがこっちは笑えない。自分でも容赦ない言い方になったのは認めるが、でも事実だ。本当に信頼できる人だと見極めるには早過ぎる。シィーラは神妙な面持ちでそう思った。







「今日は三名で警備をする。そこに見学者が一名。新しく守護者ガーディアンとして入ったシィーラや」


 ヨクがそう挨拶してくれて、シィーラは皆に頭を下げる。


「シィーラ・ノクターンです。よろしくお願いします」

「よっ! 期待の新人!」


 そう声を上げたのは同じ守護者ガーディアンのアレックス・レムロだ。

 臨時の司書の時も一緒に仕事をした事がある。なかなかのお調子者だが、気さくな先輩だ。


「んで、こっちが裏の仕事の責任者もしとるウィル・ニコラス」

「優秀だと聞いてる。よろしく」


 白銀の短髪に眼光鋭い琥珀色の瞳の青年だ。目つきがどことなく怖くも見える。それに身体も鍛え上げられているのか、他の二人より横にも縦にも大きい。


「こいつはなー、顔は怖いけど中身は穏やかやけん安心しいや」

「顔が怖いは余計な世話だ」

「あと実はアレナリアさんに憧れてぐはっ!」

「おま、余計な事言うなっ」


 最後まで言わさないためか、思いきりお腹に拳を入れていた。

 それを見てシィーラは苦笑する。


 まさかの余計な情報まで聞いてしまったが、アレナリアに憧れる人は多いだろう。なんせ元は歌姫だ。見た目だけでなくその歌声まで皆を虜にしているに違いない。確かに話すだけで心穏やかになれそうな気がする。ちらっとウィルを見るが、二人を比べるとまさに「美女と野獣」だ。


 が、それはそれで案外お似合いだとも思う。


「でもなぁ、こいつ見た目に反して初心で。だからなかなかアタックできてな」

「うるせぇ」


 今度は蹴りまで入っていた。


 ヨクの悲痛な叫びを聞くが、なんだかこれが恒例化してきた。おそらくヨクはヨクで、人をからかうのが好きなのだろう。……たとえ自分の身がどうなろうとも。


「じゃあ気を取り直してやろか。俺はアレックスと一緒に動く。ウィルはいつもの書庫から回ってくれ。シィーラの事を頼むな」

「「了解」」


 若干ボロボロになったヨクに誰もツッコまないまま、仕事が開始された。


「行こう」


 ウィルに言われ、シィーラは頷いてついていく。


 いつもこのようにシフト制で組まれており、それぞれの持ち場で仕事をしているようだ。最も、いつも光になれなかったものシュワーツが現れるとは限らないらしい。現れる魔法書も特に決まっているわけではないらしく、この巨大な図書館を数人の守護者ガーディアンで回しているようだ。今の時間帯は深夜零時を過ぎている。こんな夜中まで仕事をするなんて大変だ。


「昼間と夜とで、シフトは分かれてる。ヨクやアレックスみたいに昼間も仕事してる奴らもいるけどな。まぁあいつらは体力が人の二倍はあるし」


 確かにお調子者な二人は、その分いつも動き回っているイメージがある。病気になった姿も想像できないし、実際滅多に倒れないらしい。それはそれですごいと思うが、ウィルの言葉に納得する。働く時間を分けないと、一般的には身体が持たないだろう。


 歩きながら、シィーラは相手が持っている黒い物体に目がいく。


「あの、それって……」

「ああ、拳銃だ」


 あっさりと答え、しかも渡してくれた。


 見れば小ぶりな拳銃だ。拳銃の種類はよく知らないが、案外重い。落としただけでどうにかなりそうだと思い、慌てて返す。するとウィルは小さく笑った。


「本物だと思ったか?」

「え、本物じゃないんですか?」

「正確に言えば少し違うな。俺の魔法書は『火器』に関する物なんだ。元々鍛治屋で働いてた経験があるからな。だから、魔法も手で使うんじゃなくて、拳銃にした。そっちの方が俺は使いやすいから」

「え、じゃあこれが魔法書ですか?」

「ああ。普段は司書の証の形をしてるが、裏の仕事をしてる時は形が変わる。今は使いやすいから拳銃にしてるが、他の物にも変えられるぞ」


 思わず息を深く吐いてしまう。

 こんなにも自由自在なんて、本当に魔法とは便利なものだ。


 もちろん魔法書の種類にもよるだろうが、本当にその人に合った、もしくはその人が扱いやすい魔法書が渡されているのだと思った。シィーラの場合は植物学だが、それは得意だからというよりは、どれも同じくらいの知識があるので、最終的に自分の瞳の色で魔法書を選んだようなものだ。やはり、自分の専門分野がちゃんと分かっている司書の方が、守護者ガーディアンとしても役に立つように思う。


 はぁ、と少しだけ落ち込んでしまう。


 今更だが、自分の得意分野はない。これは本格的に自分の得意分野を見つけるべきだろうか。それとも、植物学をもっと極めて勉強した方がいいのだろうか。自分で考えてもどっちもどっちだ。だがきっと他の人に聞いてもどっちもどっちだと思ってしまうのだろう。


 するとそんなシィーラの様子を知ってか知らずか、ウィルが質問してきた。


「どうだ、そっちは。臨時として働いてたと思うが、仕事には慣れたか?」

「はい、まぁ。仕事内容は似てますから。守護者ガーディアンとしてはまだまだですけど」

「そうか。まぁそうだな、守護者ガーディアンとしての仕事は徐々でいい。皆、」

「あの、アレナリアさんに憧れてるって話は本当ですか?」

「…………」


 暗闇の中で見えるのは互いに持ってるランプの光程度だ。

 書庫もわざわざ明るくはしないようで、自分達のランプが目印になる。今は足元が照らされている状態なのだが、急に光の一つが立ち止まった。シィーラの質問で固まったのだろう。


「……真面目だと聞いたんだが」

「それとこれとは別です」


 きっぱり答えてあげた。


 どうせ他の守護者ガーディアンにも真面目だと伝わっているのだろう。そんなの予想済みだ。だが本来の自分ならこんな質問はしない。なぜならウィルは自分よりもこの図書館の勤務期間が長い。故に自分より先輩の立場だ。今日出会った先輩に対して聞くような質問でもないと思ったが、ちょっと気になったのだ。あの歌姫のどこを好いたのだろうと。まだ若いため好奇心の方が勝ってしまう、というのは許してほしい。


 すると相手は少し迷ったような素振りを見せた。

 だがずっと黙っていたせいか、諦めたように話してくれる。


「まぁ、そう、だな」

「いつ気になりだしたんですか? どこが好きなんですか?」

「……けっこうぐいぐい聞くんだな」

「若いもので」


 またきっぱり答えれば苦笑いをされる。

 ちょっと調子に乗りすぎたかと思ったが、一つだけ案を出された。


「他の奴らには言わないって約束してくれるか?」

「それならもちろん。守ります」

「恐ろしいほどはっきりしてるな。……好きになったのはだいぶ前だ。俺が司書として慣れた頃に、彼女が司書になったんだ。その時くらいかな」


 アレナリアよりも司書歴が長いのか。

 ならばけっこう前から好いているという事になる。


「彼女は元々歌姫だったからな。最初からかなり注目を集めていたよ。でも、自分らしさはいつだって失ってなかった。周りにどんなにもてはやされても、ただ微笑んでいた。いつも凛として仕事をしてる姿を見て、この人は本当に本が好きなんだなと思った」

「……だから、好きになったんですか?」


 すると小さく笑われる。


「多分な。その頃は一緒に仕事をする時もあったけど、今じゃ俺は裏専門で夜勤ばかりだ。会う事も接する事もなくなったけど、あの姿は忘れられない。そう言って早何年経った事か……」

 

 遠い目をしているので、その年数はかなり長いのだろう。

 それでも忘れられないなんて、まるで本の物語のようだ。それに、ウィルはアレナリアの容姿ではなく中身に惹かれている。よく見た目で好む人もいたりするが、ちゃんとその人を見た上で好きになっているのは素直に素敵だと思った。思わず余計な事を言ってしまう。


「アレナリアさんはどうなんですか? ウィルさんに対して」

「いや、ただの仕事仲間としか見てないだろう。それに挨拶する事はあるが、話す事は滅多にない。顔も忘れられてると思うぞ」

「でも守護者ガーディアンですから、印象には」

「そうだな、外見が怖い印象は持たれてるかもな」


 ははっ、とおかしそうに笑う。そして「もうこの話は終わりだ」と話を切り上げられてしまった。シィーラもそれ以上言えないので、そのまま一緒に長い廊下を歩く。


 こんなにも想われていて、アレナリアは気付いてないのだろうか。ヨクが知っているくらいだから、案外周りにも分かられているような気もするが。その辺も本人に少し聞いてみたい。本来ならそんな世話をする義理もないし、二人ともいい大人だから余計な世話だと言われるだろう。


 だがなぜか、この二人の物語ストーリーを見てみたいと思ったのだ。

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