21:案外似た者同士

「その方は、フォルトニア国の方ですか?」

「ええ、出身は。ただ、ここの図書館の魔法書の方が詳しいという事で、この国に移住されたそうですよ」


 なんでも学者らしく、専門は科学や心理らしい。

 そのため、その分野の本をよく借りに来るそうだ。元々はこちらまでわざわざ借りに来ていたらしいが、ここ最近になって移住したらしい。何度も足を運ぶより、こちらに住んだ方が閲覧しやすい事もあるのだろう。わざわざ魔法が使えない国(図書館内だけ例外)に来るのもどうかと思うが、それだけ研究に熱心な人物なのだと思った。ロンドに聞けば、それなりに名も広まっている人物のようだ。


 丁度魔法書の扱いについて話していたので、実際にどのように貸し出ししているのか興味はあった。するとロンドは、ある閲覧室の前で止まる。場所は魔法書が並んでいる書庫に近い。


 しばらく待っていると、ある男性がこちらに向かって歩いてきた。


 鈍色の髪はふわふわとしているが手入れされており、切れ長の瞳は桔梗色。

 右目の下にはほくろがあり、それがチャームポイントのようだ。


「若い……」

「まだ二十九歳らしいです。確かに学者にしては若いですよね」


 思わず呟いていたのだろう。

 ロンドがこっそり補足説明してくれる。


 男性は気付いていないのか、にっこりと笑った。


「こんにちは。ご無沙汰してます」

「こちらこそ。ようこそいらっしゃいました」


 何度も面識があるからだろう。

 二人は気軽に挨拶をしていた。


 シィーラは失礼にならない程度に相手を観察する。

 研究のためにわざわざ移住までした人物だ。それなりに上の年齢かと思いきや、思ったよりも若い。だがその若さで研究をして、しかもそれなりに名が通っているという事は、相当な実力者なのだろう。


 すると相手と目が合う。

 優しく笑いかけてくれた。


「こちらの方は?」

「新しく入った守護者ガーディアンです」

「へぇ、それは興味深い。確か新しい守護者ガーディアンはここ最近いませんでしたよね?」

「はい。試験管が厳しかったので」


 ロンドが苦々しく答える。


 聞けば今まで三次試験の合格者はいないらしい。試験管がギルファイなので分かる気はするものの、その厳しさは他の守護者ガーディアンも苦々しく思っている事だろう。シィーラでさえ今更ながらよくあの三次試験を乗り切ったと思う。実際はあまり試験っぽくないような気もしたが。


 それにしても、ふと思う。

 なぜ自分は合格できたのだろう。


 あっけなく合格を言い渡されたものの、そういえばギルファイに直接どこを見て合格したのか聞いていない。当たり前のように仕事をさせてもらっているが、それでも一体なぜ……と思ったところで首を振る。また余計な事を考えてしまう。慌てて考えるのを止めた。


 すると相手から手を差し出してくれた。


「ジキル・エドワードです。あの試験を合格したなんて、今回の守護者ガーディアンはかなり優秀なんですね」

「シィーラ・ノクターンと申します。とんでもない。励んでいる最中です」


 期待を込めた言い方をされ、慌てて首を振る。

 挨拶を返しながらも、実力が実ってからそう言ってもらいたいと思った。


 すると小さく笑われる。


「優秀な上に謙虚ですね」

「恐縮です……」

「ジキルさん。いずれ彼女が担当する事もあると思うので、その時はよろしくお願いします」


 ロンドがジキルに軽く頭を下げた。

 すると「もちろん」と笑顔で返してくれる。なかなか人懐こい笑顔だ。


 こういった対応も自分が行うようになるのだ。

 自分の仕事が増えるのを感じながら、シィーラは身を引き締めた。




 三人は閲覧室に入る。


 一般的な利用者が使う閲覧室と中はそう変わらない。

 シキルが座ると、ロンドは机の上に本を並べた。


「今回頼まれていた、レイチェル・キルビル作の『心理学の本』。後はそれに関連する魔法書を持ってきました」

「ありがとうございます。じゃあまた、終わり次第連絡します」

「はい。それではごゆっくり」


 そう言い終わると、ロンドはその部屋から出て行ってしまう。

 シィーラは唖然としながらも、慌ててその後を追った。




「一人きりにさせるんですか?」

「人がいては集中できないでしょう? 閲覧が終われば、合図をして下さいますから」


 思わず目を丸くしてしまう。


 確かに人の目があると気にしてしまうだろう。

 だが、大事な魔法書なのに監視はつけなくていいのだろうか。


 すると苦笑された。


「この図書館は魔法で守られていますから、何かあってもすぐ気付けるようになっています。ですから本を持ち出して外へ出る事はできません。それに、ここには優秀な守護者ガーディアン達がいますからね」

「なるほど……」


 そんな風になっているのか。

 とりあえず納得する。


 するとロンドは「そういえば」と口を開いた。


「シィーラさんは、光になれなかったものシュワーツを見た事がありますか?」

「一度だけです。ヨクさんと一緒に書庫の整理を行った時に」

「そうですか。でしたら裏の仕事をしている守護者ガーディアン達の見学をするのも良い勉強になると思います。ギルファイには私から伝えておきましょう」

「え」

「え?」


 思いきり地声で出したため、ロンドは目をぱちくりさせた。

 相手からすればシィーラのために考えてくれたのだろう。それはとてもありがたいが、今はギルファイに会いたくない。そして自分の話題も出してほしくない。

 

 これは仕事なのだからそんな我儘な事を言っている場合ではないが、それでも嫌なものは嫌だ。が、そんな事が通用するわけないので、シィーラは苦笑いをしながらどうにか誤魔化そうとした。すると、ロンドは方眉を動かしながらそっと聞いてくる。


「……もしかして、シィーラさんの様子がおかしいのはギルファイのせいですか?」

「え、いや、そういうわけじゃないんですけど……」


 言葉を選びながらかわそうとする。

 が、じーっとロンドに真顔で見られたらどうにも誤魔化しきれない。


「そう、です」


 白状した。自分に嘘は無理らしい。

 すると相手は溜息をつく。それはシィーラに、というより同情の溜息だ。


「そうでしたか……無理もないですね。慣れるまでに時間がかかりますから」

「そうですか……」


 こっちまで溜息をついてしまう。

 慣れるのだろうか。あのよく分かってない思考の持ち主に。


 どこかげんなりした口調になったのだろう。

 ロンドは宥めるように言ってくれた。


「ではヨクに伝えておきます。裏の仕事もシフト制です。ギルファイがいない時にお願いしておきますね」

「え、いいんですか」


 そんな事が可能ならぜひお願いしたい。

 すると頷いてくれる。


「ギルファイが原因ならむしろ同情します。それくらい大丈夫ですよ」


 裏の仕事の主な責任者がギルファイだったりするらしいが、他にも責任者クラスの守護者ガーディアンはいるらしい。だがシィーラはまだ話した事がない人達なので(裏の仕事は任された人にしか与えられない。よって会う機会も少ない)、そこはヨクが上手く言ってくれるそうだ。そういった意味ではヨクは面倒見がいいので、安心して任せられる。シィーラは二人に感謝した。


「ではそのようにしておきます。そうだ、ジキルさんの合図があった時に私がいなかった場合は、先に閲覧室に入って下さい。少しお話しを伺ったらいいと思いますよ。ジキルさんは光になれなかったものシュワーツの研究もして下さっているんです」


 それを聞いて驚いた。

 そんな研究までわざわざしてくれているのか。


 するとロンドも感心するように微笑む。


「ご自分の研究もあるのに、いつもお世話になっている図書館の役に立てるなら、と申し出て下さったんです。ありがたい事ですね」


 研究詰めで、大変だったりしないのだろうか。

 シィーラはその辺も含めて、本人に聞いてみたいと思った。







 結局シィーラは一人で閲覧室に向かう事になった。


 本当は途中までロンドと一緒だったのだが、緊急で来てほしいと他の司書に頼まれたのでそちらに向かったのだ。ロンドは他の司書の教育係や指定されている書庫の責任者でもあるため、なかなか多忙だったりする。守護者ガーディアンともなると他の司書以上に仕事も忙しくなるようで、いつか自分もあんな風に任される時が来るのだろうか、なんて思った。


 歩きながら閲覧室が近くなる。


 なんでも合図は守護者ガーディアンの名前らしい。

 閲覧者に担当の名を先に伝えておき、読み終われば合図をくれる。閲覧者がその名を呼べば、担当の司書の証が鈍く光るだという。確かにロンドの司書の証が鈍く青色に光っていた。




 コンコン。


 ノックをして名前を呼ぶ。


「ジキルさん。シィーラです。入ってもよろしいですか」


 だがしばらく経っても返事がない。

 聞こえてなかったのだろうかと、もう一度同じように行う。


 それでも、返事がない。


「……ジキルさん?」


 そっとドアに手をかければ、あっけなく開いた。

 見ればなぜか中が薄暗い。さっきまではちゃんと明かりがあったはずだ。


「ジキルさん……けっほ。なにこれ!?」


 思わず咳き込んでしまう。


 いつの間にか中は暗くなっており、しかも大量の煙で溢れている。

 一体なぜ。なぜこんな事になった。


 だが今は利用者が優先だ。

 中に入ってジキルの姿を探す。


「ジキルさん! ジキルさんはいらっしゃいますか!!」


 暗くて中がよく見えない。


 座っていただろう場所に行けば、床に倒れこんでいる人の姿が見えた。


「ジキルさん!!」

「ん、あ、あなたは……」

「シィーラです。一体何が」

「そ、それよりも、あそこに」

「え?」


 指を向けられた場所を見れば、黒い人影があった。暗くてよく見えないが、手元には何やら赤い………炎が見える。しかもその炎の先には本があった。


「あなた、何してるの!?」


 叫ぶよりも先に手が出る。

 シィーラは無意識に司書の証に手をかけた。


長蔓ロング・バイン!」


 すぐに長い蔓が相手の手元に向かって伸びていく。

 が、相手はそれよりも先にその炎を下に落とした・・・・・・


「!!」


 一斉にその炎が部屋中に広がる。

 燃える赤色を見ながら、熱風が顔に飛んできた。


 炎が燃え広がったせいで、人影の姿も今は見えない。このまま戦うよりも逃げる方が先決だと思い、シィーラは倒れているジキルの手を掴んだ。どうにか肩に担ごうとするが、体格的に差があってなかなか運べない。それでもシィーラは声をかけながら引きずろうとする。


「ジキルさん、とにかくここを出ましょう!」

「まだ、まだ本が」

「今は本より命が大事です! 早く!」


 だが名残惜しそうに本の方を見つめ、手を伸ばしている。

 その気持ちは分かる。本好きは、命よりも本を惜しいと思ってしまう。なぜならその本は今ではどこへ行っても届かない代物だ。それがこの図書館にあるから閲覧していたというのに。


 だがシィーラは厳しく叱責する。


「言う通りにしてください! ここで死んでは皆が困りますっ!」


 するとはっとするようにジキルの顔色が変わる。

 そして素早く頷いた。


 どうにかしてドアに近づきながら進むが、炎は一向に燃えるばかりだ。

 今はまだ距離的に大丈夫だが、いつ巻き込まれるか分かったものじゃない。ジキルは煙を多く吸っているようで、あまり動けない様子だった。それでもどうにかしながら引きずっていると、炎が急に音を立てて迫ってくる。息を呑みつつそれを見れば、「伏せろ!」と声が響いた。


光の道ライト・ユア・ウェイ!」

雨乞いプレイング・フォー・レイン!」


 光は炎に向かって進む。そして炎からシィーラ達を守ったかと思えば、すぐに大量の雨が降ってくる。息を切らしながら自分の前にいるギルファイとロンドの姿に、ようやくシィーラは安心した。二人がいるなら、もう大丈夫だ。


 安堵に思わず笑ってしまう。

 すると運悪くギルファイと目が合った。


 ぎろっと睨まれるように見られ、思わず固まってしまう。


 雨のおかげで炎の威力はなくなり、閲覧室の外まで被害に及ぶ事はなかった。だが先程見た人影の姿はない。もしかしたら逃げられたのかもしれない。ジキルはすぐに医務室に運ばれ、シィーラはさっきまであった事を報告する。報告を聞きながら、ロンドは頷いた。


「それにしても無事でよかった。魔法書も、間一髪燃えていなかったようです」


 そう言いながら本を見せてくれる。煙にさらされて少しだけ色が変色したようにも見えるが、そこまでひどい外傷はない。それを見て安心した。ジキルも喜ぶだろう。


「シィーラさんもお手柄でしたね」

「どこかだ」

「「…………」」


 ばっさり言われ、二人共黙ってしまう。

 だがロンドは落ち着かせるためにギルファイの肩を軽く叩く。


「ちゃんと無事だったんですから」

「そういう問題じゃないだろ」


 腕組みをされながら強く言われてしまう。

 シィーラは黙る事しかできなかった。


 最近叱られたばかりなのに、またこうして叱られる事になるとは。

 なんとも厄介というか面倒というか。ロンドの言う通りとりあえず無事だったのだからいいじゃないか。シィーラの口からそれが今にも飛び出しそうだったが、それは言えない。それを言って二倍三倍に返されるのが嫌だからだ。シィーラは呆れるのを通り越してまた泣きそうになる。どうせ。


「……勝手な事をしてすみませんでした」


 これ以上言われる前に素直に謝った。

 そうすれば穏便に済む。と思いきや、聞き返された。


「何で俺達を呼ばなかった」

「それは……」


 身体が勝手に動いたから、と言って理解してもらえるだろうか。

 でも確かに身体が動いたのだ。早くこの場をどうにかしないといけない。そのためには目の前の人影をどうにかしようと思うし、利用者の安全を考える。それが普通じゃないのか。


 すると黙っていたのが長かったからか、いらいらするように言われる。


「お前はもっと人を頼れ!」


 びっくりして凝視してしまう。

 こんな風に声を荒げられるとは思わなかった。


「なんでも自分でしようとするな。何のために俺達がいるんだ」


(あ)


 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、悲しそうな表情をしたのが分かった。


 その表情を見て、その言葉を聞いて、シィーラは理解する。

 ギルファイが、仲間だから頼ってほしい、と言っている事に。


 今度は素直に声に出た。


「……すみません」


 頭をしっかりと下げる。


 すると今度はギルファイが驚いたように後ずさりをした。

 そして早口で答える。


「いや、俺の方が悪かった」

「え?」

「この前も、きつい言い方になった。悪い」

「そんな事、むしろ正しい事を言われただけで、」

「俺が言ってるんだから素直に受け止めろ」

「……」


 素直じゃないのはどっちだ。

 シィーラは眉を寄せる。こっちの謝罪だってちゃんと受け止めないくせに。


 すると表情で分かったのか、ギルファイは顔を背けながらまた言った。


「悪い」

「……もう、いいですから」

「何だそれは」

「だから、もう言わなくてもいいので」

「人がせっかく」

「人がせっかくってこっちのセリフですけど!?」


 いい加減にしろ、と言わんばかりに言い返してしまう。

 するとまたぎょっとされた。そしてきっと睨まれてしまう。


 そんなの上等だ。シィーラは相手が年上の上司である事を忘れて睨み返す。


 しばらくそのままに睨み合いを続けていると、ぷっと傍から笑い声が聞こえた。

 互いに顔を向ければ、ロンドが笑いを堪えている。


「二人とも、案外似てますね」

「「……似てないっ!!」」


 言い返せば言葉が被ってしまった。

 シィーラは慌ててそっぽを向く。


 だが、前に叱られた時よりは良かったと思う自分がいた。

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