20:不器用な物言い
「……何の用だ」
あからさまに嫌そうな顔をしている。
だがアレナリアは気にせず真正面に立った。こういう時は単刀直入の方がいい。
「シィーラさんに随分ひどい事を言ったみたいね」
「……」
「欠点が多い、ですって。そんな事言われてへこまない人がいると思うの?」
「……」
「セノウなんて眉を寄せていたわよ。それにシィーラさんは泣いてた」
動じずに話を聞いていたが、名前を出した途端ぴくっと身体が動いた。
アレナリアはそれに気づきながらも言葉を続ける。
「けっこう気にするタイプなんですって」
「知ってる」
「……それは即答なのね」
少しだけ呆れてしまう。
知ってるならなぜそんな言い方をするのか。だが、アレナリアは分かっていた。彼の場合はそんな言い方を
これはギルファイ・バルドという男を知っている者なら誰でも分かる。が、残念ながらギルファイをよく知らない者にとってはかなり分かりにくい。どうしてこんなにも不器用なのだろう。
アレナリアは腕を組みながら代弁した。
「ギルファイからしたら、そういうつもりじゃなかったんでしょう?」
「……」
まただんまりか。
黙っていればなんとかなるとでも思っているのやら。
だが、彼がシィーラに言いたかった事は分かる。
自分は下っ端なのにそんな話を聞いてよかったのかと心配したシィーラに、それを聞く価値がある人間だと伝えたかった。が、ギルファイは「お前は真面目すぎる」と返した。それは、そんな風に自分を卑下しなくていい、真面目に考えすぎだ、という事だ。
そして真面目すぎるとはどういう事かと聞き返したシィーラに「欠点が多い」と答えた。これは、そんな風に考える所が欠点である、という事と、それ以外にも自分を卑下したり気にしたり、真面目が何が悪いと言い返すところも欠点だ、と言いたかったのだろう。それなのに全部ひっくるめて一つの言葉を吐いた。それも悪いように。
あまりにばっさり人を切るのがギルファイの性格だ。
が、遠まわしすぎる所もある。本人はあまり自覚がないようだが。
わざわざ細かく相手に伝える事でもないので、アレナリアは簡潔に述べた。
「本当はこう言いたかったんじゃないの? 『俺はお前を信用している。だからお前も俺を信用しろ』って」
するとギルファイは、ぞっとしたように身を引いた。
「何だそのくさいセリフは」
「意味合いとしては合ってるでしょ?」
一言まとめるなら適切な表現だと思うが。
だが相手は眉を寄せる。
本気で嫌がって否定した。
「違う。そんなかっこつけた言い方じゃない」
「意味合いがあってるなら別にいいじゃない」
「いいわけあるか。それに俺が信用してるんじゃない。お前らが信用してるんだろ」
頑なにアレナリアの言い方にしたくないのか、ギルファイは吐き捨てるように言った。思わずこちらは目を丸くしてしまう。まさかそんな風に言い返すなんて。ある意味ギルファイらしいというか、仲間思いというか……だがやはり、ここははっきりさせないといけない。
「確かに私たちはシィーラさんを信用しているわ。でもあなたもそうじゃないの?」
「……」
「ちょっと、だんまりばかりは止めてちょうだい」
「勝手に解釈しろ」
投げやりの口調に、思わず苦笑してしまう。
素直じゃない。本当に不器用だ。いつも自分の思った通りに口を開き、自分の思うままに動いている。それなのに勝手に解釈しろとまで言ってきた。そんなに言いたくないのか。それとも、自分でもよく分かってないのか。ちらっと見れば、明らかにいらだちの表情だ。どうやらこれ以上話を続けたくないらしい。
元々ギルファイは上から何か言われるのは苦手だ。
代わりに自分から言うのを得意としている。自分の考えが正しいと思っているからだろう。仕事の教育ならば不足なしだ。彼はよくやっている。ただ、いくらここの司書としての勤務が長いといえど、後輩の教育はまだ慣れていない。誰かを教育する気もなかっただろうに、なぜかシィーラは自分の傍に置いている。――――ならば、それ相応の責任は取ってもらわないといけない。
アレナリアは優雅に微笑んだ。
「ギルファイ、あなたがどう考えているか知らないけど、私が要求したいのは一つよ」
「……? !!」
胸倉を掴まれた。
そして整った顔立ちが近くに寄る。
アレナリアはまるで女神が微笑んだかのような微笑を浮かべながら、耳元で呟いた。
「さっきの発言を言い直すか謝るかどちらかにして。私の可愛い後輩を今度泣かせたら……許さないから」
低い脅しの声色だった。
ちらっと見れば、笑みなんてものは最早ない。あるのは冷たい真顔だけだ。
その後は返答も聞かずに、乱暴に手を離す。
そしてアレナリアは出て行ってしまった。
ギルファイは、掴まれた服の皺を直しながら深い溜息をつく。
アレナリアは自分より年上であり、それなりに勤務期間も長い方だ。だから自分より先輩と言える所もある。が、敬語を使わなかったり普通に接していても滅多に怒らない。恐怖の顔を見るのは久しぶりかもしれない。
「…………」
アレナリアにああ言われたが、シィーラに対しての接し方はよく分からなかった。どう言い直したらいいのかも分からないし、謝るのもどう謝っていいのか分からない。が、仕事にも支障が出ているらしい。元々分かりやすい性格だ。このままでは色んな所で支障が出るだろう。
ギルファイは思わず目線を下げた。
「
事情を説明すると、ロンドは快く引き受けてくれた。
そして書庫に向かいながら、苦笑する。
「良かった。少しは元気になったんですね」
それを言われて周りにもバレていたのだと少し恥ずかしくなる。
それほどひどい顔をしていたのだろうか。
「シィーラさんは分かりやすいですから」
「え」
それは良い意味なのか、悪い意味なのか。
少し微妙な顔をしていると、慌てて弁解された。
「すみません、そういう意味じゃなくて。常に本音で話してくださる方ですから、それだけ信用できるって事です。利用者の方々も、シィーラさんなら安心して頼めるって思ってくださると思いますよ」
いい具合のフォローに、まんざらでもない気持ちになる。
ギルファイもこのくらいフォローが上手かったらいいのに、と思ってると、はっとして首を振る。今はギルファイの事を考える必要はない。自分にできる事をすればいいのだ。
考えすぎると自分で自滅する事は分かっていたので、シィーラは気を取り直して集中した。
ロンドが案内してくれた書庫は、以前入った事がある書庫だった。
様々な魔法書が敷き詰められている場所で、比較的整理はされているようだ。乱れている本が少ない。思わず辺りを見渡していると、ロンドは本棚を見ながら数冊魔法書を取り出した。
それを近くにある机の上に綺麗に並べてくれる。
「……これは?」
「
「……魔法書全てに現れるというわけではないんですか?」
普通の本と同じくらい、魔法書のジャンルも多いはずだ。
だが、なぜそれらのジャンルだけなのだろうか。
するとロンドは苦笑した。
「
なんでも自叙伝や自分の創作物というのは思いが強いらしい。
また詳しい専門書や歴史書はそれだけ詳しい研究や努力によって書き上げられているため、黒い物体の
「例えば前だったら……戦争で使われた武器とか。人物ではなく武器だけが現れた時は、さすがに肝を冷やしましたね」
武器が一斉に現れてこちらに向かって爆弾が飛んできた時は、さすがに慣れた
「……それなのにヨクときたら、『あ、あの本読んだ事あるやつやん! 実物見たかったんよなぁ!』とか言って喜んでましたからね……。あいつのおかげでどうにかなった点もありますが、全く仕事を何だと思ってるのか」
呆れた物言いはいつもの事だ。
今度はシィーラが苦笑して聞いていた。
二人は同期なのもあるのだろう。性格は反対だが、その分言いたい事は言い合える。自分には同期はいないため、逆に羨ましいのもあった。同期がいれば、きっと悩んだ時も話せるだろうに。
だがすぐに首を振る。
そんなないものねだりな事を考えてる場合じゃない。
「じゃあ、黒い物体だけが現れるわけじゃない、って事ですか?」
「ええ。人が出てくる事もありますよ」
「え。ひ、人?」
「はい。その本の登場人物が出てきたりとか。書いた著者が出てくる時もありますね。もちろん本人ではなく、その本に書かれている著者が、ですが。そういった場合はあまり害はないんです。むしろ話が分からない物体の時が厄介です」
それを聞いて感心する。
まさか人が出てくる場合もあるとは。
もし興味のある魔法書があったら話す事もできるのだろうか。
シィーラは無類の本好きなので、そんな事ができたら夢のようだと考えた。
すると瞳が輝いたのが分かったのだろう。
ロンドは忠告をしてくる。
「魔法書に出てくる人と話したいと考える人は多いですが、基本的に禁止です。なぜならそれも
「わ、分かりました」
少しだけ残念に思ったが、本のためなら仕方ない。
だが一つだけ疑問が浮かぶ。
「でも、魔法書を借りたいと思う人もいますよね。魔術師の人なら」
一般的な利用者は借りる事も、閲覧も禁止されている。それは魔法書がそれなりに危険なものだからだ。だが、魔術師は違う。魔法を使えるため、それなりに魔法書の扱いも分かっているはずだ。
するとロンドは頷いた。
「その通り。フォルトニア図書館はいい例ですね。魔法を使える方が多いので、こちらの図書館に魔法書を借りに来る人もいます」
「じゃあ、」
「ですが、この図書館では持ち出し禁止です」
「……つまり、閲覧だけですか?」
「正確に言えば貸出はできます。ただし、読めるのはこの図書館のみです」
つまり、借りることができてもここの図書館から本を持って出られない、という事か。閲覧だけ、と言ってるようなものだ。図書館以外で魔法書が暴走しない可能性はない、という上からの判断らしい。
「では、フォルトニア図書館も?」
「いえ、そこでは魔法書の貸し出しはできるようになっています。もし何かあっても魔法ですぐ解決できるでしょうし」
フォルトニアの場合は、司書以外で魔法を使える人は大勢いる。
もしものために注意は呼びかけているそうだが、今のところ大きな事件はないようだ。
先程の話を戻せば、他国であろうと読みたいならこの図書館でしか読めないわけか。それはそれで少し面倒くさい制度になっていると思ったが、致し方ないのかもしれない。なぜならこの国は魔法を使える人はいない。司書だって魔法書のおかげで使えているようなものだ。
「……でも、ならどうしてこの国には魔法書があるんですか?」
ここの司書なら一度は抱く疑問かもしれない。
魔法を使わない国が、どうして魔法書を保存する必要があるのか。
しかも一般的に閲覧もできないというのに。
するとロンドは少し微笑んだ。
「全ての書物を一つの図書館で保存する事はできないからです。魔力の強い魔法書を持ち続けるだけで危険が伴う……だから図書館協会は、各国で保存する魔法書の数を定めています」
図書館協会は、各国の図書館の中でも上の立場の者が公平に意見を述べる場でもある。ロンドの言うように、いくら魔法を使う国であれ、それが逆に危ない目に遭う場合もある。だからこそ分散させる事で危険を減らし、図書館の司書一人ひとりに責任を感じてほしいと思ったのかもしれない。
魔法書がどういうのものか、というのはなんとなく知っていたが、まさかこれほどまでに深くて複雑とは。基本的に魔法書の管理は「
「ああ、そうだ」
時計を見ていたのか、ロンドが声を上げる。
「もうすぐ魔法書を借りに来る人がいるんです。常連の方なので、シィーラさんも対応する事があると思います。一緒に挨拶に行きましょう」
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