19:欠点の指摘

「…………」


 その様子を見ながら、シィーラは黙っていた。

 そして、やはり分からない、と思った。


 なぜこんな重要な内容を、自分ごときの下っ端が教えてもらえるのだろう。


 臨時で働いていた時期があったとはいえ、自分はここの正式な司書になったばかり。まだまだ下の立場であるのに、こんな誰にでも言えないような事を知っていいのだろうか。先程館長がフォローしてくれたが、それでもまだ納得できていない自分がいた。


「何を考えてる」


 急に低い声でそう言われ、思わずはっとする。

 見上げれば、無表情な顔を向けられていた。


 なぜか急に背筋がぞっとする。

 言っていいのか迷いながらも、思っていた事を口にする。


「……自分が、知っていい内容だったのかと思いまして」


 すると分かりやすく眉を寄せられた。

 しかも思いのほか、厳しい言葉が返ってくる。


「なぜお前がそれを決める」

「…………え」

「伝える伝えないの判断をするのは俺達だ。お前じゃない。お前の考えだけでものを言うな」


 シィーラは思わず頬が熱くなった。


 相手の言い分はかなりきついが、的は得ている。


 確かに判断するのは上司達だ。自分は心配したような口調になっていたが、結局は相手の言葉を信用していなかっただけだ。館長はあんなにも真っすぐに「伝えるべき相手だから話した」と、言ってくれたのに。それなのに自分は、自分の意見が正しいと思ってしまった。


 思わず下を向いてしまう。

 無意識に唇を噛んでいた。


 するとギルファイは、静かな口調でこう言った。


「お前は真面目すぎる」


 その一言に、シィーラはぷつんと何かが切れた。


「……真面目真面目って、真面目の何がいけないんですか?」


 上司に対して言っていい口調じゃない。

 それは分かっていたが、それでも口は止まらなかった。


「散々周りに言われてきて、じゃあ私はどうしたらいいんですか?」


 見上げるようにすれば、互いの目線が合う。

 相手の表情が全く掴めない。


 だが少し経った後、ギルファイの口が開いた。


「それが知りたいなら自分で探せ。お前は欠点が多い」


 吐き捨てるような言い方だった。

 シィーラは一人、その場に取り残される。


「…………何よそれ」


 胸に重りがのしかかったような気分だった。

 そして、息を思いきり吐く。


 欠点が多いなど、そんなの自分が一番良く分かっていた。







「わぁ~……なんやあれ」


 そう言い放ったのはヨクだ。


 今日は珍しく、利用者がいる方の本棚の整理をしている。

 それに対し、近くで作業をしていたロンドも心配そうにそちらを見た。


「仕事に支障が出てないだけ、いいんですが……」


 するとヨクはおかしそうに鼻で笑う。


「支障がない? いやあれは大ありやろ。どんだけ重い空気放っとるんや」


 二人が言っているのは、シィーラのことだ。

 見れば今日も黙々と言われた作業をこなしている。


 てきぱきと本を本棚に戻している作業はいつものようにしっかりしているし、歩いてくる利用者に対しても穏やかな笑みを見せている。そこまでは普段と変わらない。が、一人の時にその暗い雰囲気が一瞬にしてシィーラを包み込むのだ。いつもと違う点で、司書はおそらく全員気付いている。利用者はそこまで分からなくとも、空気が違うのはなんとなく分かるだろう。


「一人の時とか真顔やん。あれはなんかあったな」


 さすがに哀れに思ったのか、ヨクは苦笑した。




 そんな事を言われてるとは知らないシィーラだが、今の自分が色んな意味で周りに影響を与えている事はちゃんと自覚していた。が、どうにもできない。昨日もあれから少しは気分を変えるために好きなシリーズの本を読もうとしたのだが、全く手につかなかった。


 その原因は自分でよく分かっている。

 ギルファイの言葉だ。


『欠点が多い』


 あまりにはっきりと言われてしまった。

 自分で薄々感じていた時に言われたから余計だ。


 思わず顔が歪む。


「そんなの分かってる……」


 誰に言ったわけでもなく、思わず口に出してしまう。

 と、後ろからテンポの良い足音が聞こえてきた。


「シーちゃん! どしたのー?」


 元気よく声をかけてくれたのはセノウだ。

 いつもと変わらないその様子に、ちょっとだけ気が紛れる。


 が、先日許嫁を名乗る男性の来訪者があった時と打って変わって元気に見える。あの時のセノウは本当に別人のようだった。あの後館長やギルファイによってドッズとの秘密も知ったし、なんだかこっちばかり無駄に意識している気がする。あまりにあっけらかんとした態度が、シィーラからすれば信じられなかった。思わずぽろっと言葉が出る。


「……あんな後なのに、思ったより元気そうですね」

「え」


 聞き返されて、はっとして口を押える。

 今自分は、何て失礼な事を言ってしまったのだろう。


 言い訳することもできず、すぐさま謝った。


「すみません、口が滑りました」

「口が滑ったって、シーちゃんも正直だね……」


 苦笑されてしまう。


 墓穴を掘るような事をまた言ってしまった。

 どうしてか今日は口が軽いようだ。いや、態度も軽い。


 シィーラは深々と頭を下げた。


 するとセノウは慌てて顔を上げるように言ってくれる。

 見れば少し恥ずかしそうに顔を赤くしていた。


「まぁ、気にしても仕方ない事だしね。今回はけっこう期間を空けて来たの。だからもう来ないかなって期待してた部分もあって……。今回の来訪で面食らったのと、嫌気が差したんだよね。……シーちゃんにも驚かせちゃったよね。ごめんね」

「そんな、謝らないでください。大丈夫です」


 慌ててそう答えた。


 するとくすっと笑われた。

 やっぱりセノウは笑顔の方がよく似合う。


 シィーラは心の中ですごいと思った。


 あんな事があった後なのに気持ちの切り替えはできるし、いつもセノウは明るく元気だ。それにドッズと契約関係であるが、それに対して嘆く様子もない。もしかしたら見せてないだけかもしれないが、それにしてもほぼ毎日笑顔を見せている。一体どうすればそんなに明るくなるのだろう。思わず溜息が漏れた。


「で、シーちゃんは何をそんなに悩んでるのかな?」

「え?」

「その仕事終わったら、ちょっと部屋に来て」


 セノウは優しく微笑んでくれた。







「さて、一体何があったの?」


 一通り仕事が終わり、部屋に案内される。

 そこにはセノウだけでなく、アレナリアの姿もあった。


「…………」


 シィーラは黙ったままだった。


 なかなか言いづらい。それに、ギルファイから厳しく言われただけで落ち込んでる、なんて、少し情けないと思ったのだ。誰だって日々色んな目に遭って仕事をしている。シィーラよりも苦労している司書もいるだろう。だからこそ、自分の悩みなどちっぽけに見える。


 二人も黙って待ってくれているが、このままでは埒が明かない。

 他の仕事もあるだろうし、ここで時間だけ過ぎるのは無駄だ。


 早く言った方がいい、と思いながらも、シィーラは浅い呼吸を繰り返していた。なかなか口が開かない。言いたくない、という自分の正直な気持ちが表れていた。


 するとすっとアレナリアが立ち上がり、傍に寄ってくれた。

 そしていつものように優しく微笑む。


「シィーラさん、私の歌を聞いた事がなかったわよね。良ければ聞いてくれる?」

「え、」

「わ、アナさんの歌久しぶり! 聞きたい聞きたい!」


 セノウは嬉しそうにはしゃいだ。


 するとアレナリアは頷いて、二人の目の前に立つ。

 そして胸に手を置き、ゆっくり息を吸った。


「『癒しの歌フィーリング・ソング』」


 そしてすぐに美しい歌声が響き渡る。


 音楽もない、歌声だけが響きながら、シィーラはなぜか自然に涙が出てきた。なぜだろう、アレナリアの歌声が綺麗で心に響くからだろうか。とても心地よいのに。とても落ち着ける歌声なのに。なぜ涙が出てくるのだろう。感動の涙じゃない。まるで、自分が泣きたいのを堪えていたかのようだ。


 どうにか涙を止めようと手を動かすが、涙は自然に流れてくる。

 それを止めることができない。シィーラは次第に抑えきれないほどの涙を瞳からこぼした。


 するとそれに気付いたのか、セノウが慌ててハンカチを渡してくれる。

 アレナリアはそれを見ながらゆっくりと歌を終え、そしてまたシィーラに近づいてきた。


「シィーラさん、涙を堪える必要なんてないわ。それに、人の悩みは人それぞれよ。私達はシィーラさんの悩みを馬鹿になんてしない。よかったら何かあったか、教えてくれる?」


 その言葉に、シィーラはまた涙が出てきた。ゆっくり頷く。

 涙が乾くまで、二人はずっと傍にいてくれた。




「……欠点が多いぃ?」


 セノウがあまりに不服、というような声を出す。


「なにそれ、ひど過ぎない?」

「ギルファイの口の悪さは、今に限った話ではないわ」


 といいつつも、アレナリアも眉を八の字にしている。

 同情してくれているのだろう。


 シィーラは涙を拭きながら、鼻をすすった。


「でも、ギルファイさんが言った事は正しいです。自分でも分かってたから、逆に言ってもらえてよかったなって」

「……シーちゃん優しすぎるよ。あんまり自分で背負っちゃだめだよ?」

「ありがとうございます」


 笑いながらお礼を言えるまでになった。

 二人に話して、少しは楽になったのかもしれない。


 するとアレナリアは尋ねる。


「シィーラさん、さっき自分でも自覚してるって言ってたけど……自分で欠点が多いと思っているの?」

「え、そりゃあ……。私、この通り小さい事でよく悩んだり考えたりするんです。細かい事を気にしすぎたりとか。だから、ギルファイさんにもその事を言われたのかなって」


 すると二人共が顔を見合わせる。

 そしてなぜか納得するように頷きあった。


「アナさん、もしかして」

「私も同じ事を考えたわ」


 そしてシィーラに向き直る。


「シィーラさん、これは私達からも詫びるわ」

「え?」


 アレナリアの言葉を、セノウが引き継ぐ。

 微妙に苦笑していた。


「分かる人には分かるけど、分からない人には分からないギルの言いたかった事、って感じかな」


 そう言われても、ますます分からない。

 首を傾げれば、二人に苦笑された。


 そしてアレナリアが優雅に微笑む。


「まぁ待ってて。それまでシィーラさんは、しばらくロンドと一緒に仕事をしてほしいわ。ロンドに話したい内容もあるんでしょう?」


 話したい内容と聞いて、シィーラはピンと来た。


 セノウの来訪者の事ですっかり頭に飛んでいたが、「光になれなかったものシュワーツ」について色々と聞きたい事があったのだ。するとアレナリアは頷く。聞けば既にギルファイから話を聞いていたらしい。いつの間にと思ったが、ありがたいとも思った。今は自分の欠点を嘆くのではなく、逆に使うべきだ。あの時のギルファイは前向きな事を言ってくれたし、きっとそれがいいだろう。


 休憩が終わった後、シィーラは言われた通りロンドの所に向かった。


 それを見送った後、セノウはちらっと隣を見る。


「で、アナさんが行くの?」

「ええ。私が行った方がいいと思うから」


 セノウは盛大に頷きながら、瞬間移動をした。

 彼女は彼女で、残っている仕事を片付けに行ったのだ。


 アレナリアはにこっと微笑み、とある場所に足を進める。

 それはもちろん、彼の所に行くためだ。




 ドアをノックし、ゆっくりとドアを開ける。


「入るわよ」


 言いながら見れば、そこには不機嫌そうな顔をしたギルファイがいた。

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