17:彼の想い
契約した事によってそれだけ恩恵は大きかった。
が、契約をしたことでセノウが嬉しそうな顔をした事は一度もない。むしろどこか後ろめたいような表情をするばかりで、それを見るたびにドッズは胸が痛んだ。契約をしたのは六年前。あれからセノウも成長したが、今でも契約を事を考えたりしているだろう。それにさっきも言われた。「全部受け入れたわけじゃない」と。当たり前だ。まだ少女だった彼女は判断ができなかった。契約を促したのは自分だ。自分では後悔がなくとも、相手は後悔しているのかもしれない。
自分の事しか考えていなかったことに、今更になって歯がゆい思いになる。
「分かった、お前の話に乗る。俺はあいつが幸せになる道に進ませてやりたい。何か手伝えることがあれば手伝う。何でも言ってくれ」
これに対してジェイソンは目を丸くした。
どうやらドッズの反応が意外だったようだ。
「随分な変わりようですね。いつもなら他の司書達と同様に私を毛嫌いするのに」
「それはお前が何を考えているのか読めなかったからだ。それに何もないのに相手を挑発してるだろ。セノウの事もあるから、皆お前を警戒してるんだよ」
「それはドッズ殿もでしょう?」
「ああ、正直お前のことはスパイか何かだと思ってた。でも誠意ある眼で語られたからな。それでもう分かった。お前は俺達の敵じゃない」
すると何回か瞬きされた。
ドッズは知っている。人は本心で話す時の顔つきが変わる事に。
色んな人を見てきたため、人を見る目はあるつもりだ。
ドッズは腕を組んで真顔でこう言った。
「お前はただのセノウ大好きっ子だ」
するとぶっ、と声を上げ、その後大声で笑われてしまう。
「ま、間違ってないことに笑ってしまいますね」
「事実だろうが。それだけセノウのことを想ってるんだろ?」
目頭に涙が溜まったからか、目をこすりながら頷く。
顔はまだ笑ったままだった。
「私としても、今のままセノウには幸せになってほしいんです。ここに来てからよく笑うようになったようですしね。それに私は昔から許嫁として共に育ちました。今ではもはや無効ですが、私はセノウとのつながりを失いたくないんです。つながりがあることで、セノウとも、そしてセノウの家族との縁も保つことができる。まぁ言ってしまえばエゴだったりもしますが」
「そうだな。こうしてセノウ抜きで話を進めてること自体、俺達の勝手でしてることだ」
だがドッズもジェイソンも心では思っていた。
彼女がどう言おうと、この話を進める。
ジェイソン曰く、本当に契約を結んだのかどうかを知るために、そしてセノウの今後を心配して、訪問してくれたようだ。ドッズとしても、今回こうして話せてよかったと思った。
「一つだけ先に言いますが、セノウの家族は今すぐに動くことはしません。まだ様子見です。しかし、いつこちらに攻めてくるか分かりません。何せ我が国の中でも強大な力を持つ魔術師の家系、ですからね。魔法書を使って魔法を使うあなた達とは比べ物にならない程の魔力ですから」
「分かってる」
「契約をしているドッズ殿なら、まだ太刀打ちできる魔力はあるかもしれませんが……まぁこの話はまたいずれ。私達も今すぐに動くことは難しいですから。経過を見ながらまた話し合いましょう」
「ああ。――でも、どうして契約をしてるって分かったんだ?」
ドッズは気になった事を聞いてみた。
本来契約の事は誰も知らないはずだ。どこかに漏らした覚えもない。しかしそう聞けば、ジェイソンは愚問だと言うように苦笑した。
「契約については責任者であれば、どの図書館の司書も知っています。それに、私達は魔術師ですよ? 魔力の波動がおかしいからすぐ気づきました。普通の人の目には見えませんが、あなたたちは確かに鎖で結ばれています」
「鎖が見えてるのか?」
「はい。その言葉通り、鎖に繋がれているんですよ。まさに二人で一つ、というようにね」
「…………」
ドッズはそれについて何も言わず、別の質問をした。
「セノウに嫌われるような事をしているのは、双方から怪しまれないためか?」
「その通りです。好意的に接すればセノウも気を許してしまう。そしてセノウの家族からも目をつけられてしまう。ならば嫌われてしまう方がいい。その方が都合がいいですしね」
「でも、それでお前はいいのか?」
昔から知っているのなら、それなりの絆はあるはずだ。
それなのに今の状況のままで辛くはないのだろうか。
するとジェイソンは楽しげに微笑む。
「むしろ新鮮ですよ。怒った顔のセノウも悪くない。成長したなと思いました」
「お前は親か」
思わずツッコんだが、相手は涼しい顔のままだ。
「じゃあ私からも聞きましょう。あなたにとってセノウはどういう存在なんですか?」
「…………」
「大事な事ですからね。あなたの率直な言葉を聞きたいのですよ。兄として? それとも父親として接しているんですか?」
父親、といったのは歳が離れているからだろう。とはいえ十しか違わないが。答えるつもりはなかったが、どうせしつこく聞いてくるだろうと仮定し、ドッズは口を開いた。
「どんな存在でもない」
「……?」
分からないように眉を寄せられた。
だがドッズからしたら本心だ。
セノウの事をどう思うのかなど、今となっては分からない。
「昔は妹のように思ってた。成長してから娘がいたらこんな感じなのか、と思ったこともある。お前みたいに。でも最近じゃ分からねぇ。とりあえず大事なのは分かる」
「……なるほど」
「この答えじゃ不満か」
「いいえ」
どこか嬉しそうにそう言ってくれた。
気恥ずかしくなりそっぽを向けば、ついでとばかりに言葉を足される。
「言い方が親父くさいですねぇ」
「うるせえ」
周りから老け顔だの色々言われるのは癪だが、あながちいい歳なので間違ってない。だが、言われて嬉しいとは思わない。ジェイソンにもそんな事を言われてしまったので、やっぱり小言は出てしまった。ちょっといらついて悪態をついたが、ジェイソンは「安心してください」と再度微笑む。
「セノウにとってもあなたは、大事な存在だと思いますよ」
「…………どうだかな」
今じゃ素直にその言葉は入ってこない。
一番傷つけているのは、自分かもしれないからだ。
「確か、ここのはず……」
シィーラが指定された場所に行けば、そこはとある一室だった。しかもまだ入ったことがない部屋だ。ここで何の秘密を教えてもらえるのだろうか。
扉からしてとても豪華で重厚がある。普通の部屋とは違うのだろう。
そっと開ければ、年季の入ったギイッという音が聞こえた。
そして目の前には、たくさんの本棚が並べられていた。他の言語で書かれたもの、文字の読めないもの、どこか普通でないのが分かる。そっと近寄って背表紙を読めば、シィーラは気づいた。
「この本、」
「全て魔法書だよ」
「!」
声がして振り返れば、見知らぬ人物が立っていた。
温厚そうな笑みを持つ、一人の男性。角ばった眼鏡をかけており、笑い皺が見えていた。五十代……いや、六十代だろうか。かなり年上だ。一瞬利用者なのだろうかと思っていると、するとその男性はゆっくり近づいてきた。
「君が最近入ってきた司書かな」
「は、はい」
「そうか。ギルはこの子を選んだんだね」
「え……?」
一瞬何が何だか分からなかったが、相手の首からぶら下がっている司書の証に気づく。その形は「鍵」で、それを見てシィーラは目を見開いた。
噂で聞いていたのだ。この図書館全体を魔力で守っている人物がいると。
全ての仕事はドッズに任せ、それ以外のことで尽力していると。
だがその人物は常に神出鬼没で、滅多に出会えることができないこの図書館の館長なのだと……。
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