16:男たちの会話
相も変わらず机仕事というのは毎日山積みだ。
ドッズは自室に戻っていつもの作業に戻っていた。
本当はセノウの事が気になるのだが、そうもいかない。今自分が一番気にしないといけないのは目の前の仕事だ。昔は仕事と共に一人一人のことを気にかける余裕があったというのに、今ではそれがない。責任者というのは地位から見れば上だが、自由が利かなかったりする。
そしてこのように結局仕事優先になるのは、自分がしなければならない事だからだ。自分の代わりに誰かが出来るなら問題ない。しかし、自分しかできないから結局やるしかない。責任者になり立ての頃はそれでも仕事を楽しんでやっていたつもりだが、今はそうも思えないかもしれない。ドッズはできるだけ無心になって作業を進めた。
「はぁ」
一段落つくとドッズは目の間を揉み、溜息を洩らした。
と、急にある人物が目の前に現れる。
「こんにちは、ドッズ殿。さっきぶりですね」
「…………ジェイソン。約束が違うじゃねぇか」
「何のです?」
「後日来るんじゃなかったのか」
「引いた振りして戻っただけです。時間を無駄にはできないでしょ?」
先程と変わらない胡散臭い笑顔のままだ。
ドッズは心底嫌そうな顔をした。
どの国でも司書同士の交流はあり、フォルトニアではジェイソンがその責任者になっているらしい。話す内容としては互いの図書館の本についてだ。利用者が借りたい本が他国の図書館にしかない場合もあるため、新しく入った本についても連絡を取り合うようになっている。それぞれの図書館で本の管理、借り方なども異なるため、しっかり話し合わなければトラブルの元になるのだ。
そういうわけだが、ジェイソンが来るのはかなり久しぶりだ。
確か半年ぶりに来たのではないだろうか。とはいえ特に本の依頼がない時は、滅多に他国の司書が来ることはない。今回はジェイソン以外の見慣れない司書も来ていたため、挨拶に来た、というのが大きいだろう。にしても、今はいきなりノックもせずに部屋に入ってくる辺り礼儀がなってない。
そう言うと、首をすくめられた。
「だってこの図書館、魔法がかけられているじゃないですか。しかも至る所に。丁度ドッズ殿と話がしたかったので、直接来たんですよ」
「……間違って侵入しようとする奴がいたら、真っ先にここに来るようにしてるからな」
「なるほど、仕様ですか。それにしてもこの魔法、ずっと維持しているのですね。どなたが?」
「魔術師なら分かるんじゃねぇのか」
ドッズは書類を置いたまま、見向きもしない。
腕や足を動かし、ずっと酷使していた身体を伸ばしていた。
ジェイソンは少しだけ考え、お手上げ、というように両手を見せてきた。
「一人は分かりますがもう一人は分かりませんね。かなりの魔力を持っていて、正体が誰なのか分からないようにもしている……なかなかやり手の方のようですが」
「ま、正解だな。そのやり手と呼ぶ奴はかなり賢いぞ。お前みたいなのが嫌いらしい」
「おや。これはなんとも光栄ですね」
皮肉を言いつつ、ジェイソンは勝手にソファに座り出す。
ドッズは慣れた様子でコーヒーを淹れながら、同じく向かいに座った。早速話は開始されると思いきや、相手は寛ぎながら核心を突いたようなことから言い始めた。
「そういえば、なぜ『契約』されたんですか? セノウのためですか?」
「言う必要あるか?」
ドッズはコーヒーカップを回しながら、ゆっくりと口につける。
すると相手はくくっ、とおかしそうに笑う。
「いや、意外だったですよ。あなたは普段豪快ですが、重要な場面では慎重ですからね。契約による恩恵はあるものの、その分リスクは大きい。契約した事で、一生鎖が外れなくなるのですよ? それだけの覚悟ができているのかと」
「――できてるから契約したんだろ」
「ほう?」
なぜか試すような言い方をされる。
居心地が悪くなり、ドッズは早々に内容を変え逆に問いかけた。
「それよりお前はどうなんだ。今だに許嫁とか言ってるが」
するとジェイソンはあっさりと答える。
「もちろん好きですよ。あくまで人としてね。異性としては見てません」
「だろうな」
「ドッズ殿なら分かってくれると思いました」
にっこりと笑われ、ドッズは鼻を鳴らす。
言われなくても見れば分かる。
ジェイソンはセノウをからかって遊んでいるだけだ。
からかうのはそれだけ気にしている証拠。可愛がっている、といってもいい。だが彼の場合は、それが少し度を過ぎている場合もある。ありのままに伝えれば、けらけらと笑う。この男は何種類の笑顔を持つのか。
「子供の頃から知ってますしね。ただ純粋に本が好きな子で……だからこそ、ここの司書になってくれて私は嬉しく思っています。それに私がそこまでセノウにこだわるのは、ちゃんとした理由があるんですよ」「どういう事だ」
すると相手は優雅にコーヒーを飲む。
そして時間をかけてからこちらに真面目な顔を向けた。
「一度、セノウに戻ってきてほしいと思っています」
ドッズは分かりやすく眉間の皺を寄せた。
「渡さねぇぞ」
「まぁまぁ。最後まで話を聞いてください」
ジェイソンはまた胡散臭そうな笑顔に戻る。
そして言葉を続けた。
「ドッズ殿も知っていると思いますが、セノウは今やほぼ家族との縁を切っています」
「…………」
「ですが、それでは根本的な解決にはならない。分かるでしょう? セノウは我が国の中でも強大な力を持つ魔術師の家系。だからこそ今だセノウの家族を含め、他の魔術師もセノウの事を諦めていない。最も、あなたのところの館長殿のおかげで今は平和が保たれていると言っても過言ではないですがね」
ドッズは少しだけ視線を逸らした。
それは薄々感じていた。自分がセノウをここに連れてきた。あの頃のセノウは今では信じられないくらいに壊れていた。純粋に本が好きだった少女が、あの国で幸せに暮らすことは不可能だと思った。だからこそ契約をした。その事に後悔はない。だが、あの時はあの場をやり過ごす事に必死だった。自分も若かった。だからこそ、この先どうなるか考えてもいなかった。
一度目を閉じ、そして再度ジェイソンを見た。
「で、一体お前は何をしようとしてる」
するとにやっと笑われる。
やっと本題に入れる、と言わんばかりの表情だ。
「簡単に言えば家族と和解してほしいのです。というより、セノウがあの家の当主になった方が早い」
「!」
「兄弟の中でもセノウの力はトップです。いずれは今の当主の魔力も抜くでしょう。あの子は成長すればするだけ、力は強くなるタイプのようですからね」
「待て。それなら司書としての仕事はどうなる」
「しばらくは離れないといけないですね。当主になるためにも、なってからも解決しないといけない問題は山積みです。ですが当主になればこちらのもの。全て自分で決めることができますから。それにセノウ自身も家族に対して何かしら思うことはあるのでしょう。問いかけた時に分かりやすく怯んでましたからね」
「…………」
ドッズは少しだけ考えた。
確かに悪くない話だ。ジェイソンが言うように家族の問題を解決させれば、後は自由にできる。何も心配する必要がない。セノウはずっと自由だ。
(それに、もし俺との鎖が邪魔なら、無理やり外せないこともない)
そんな事をふと頭によぎった。
ドッズは無意識のうちに、自分の左手首を掴んでいた。
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