15:彼女の願い
「とりあえずひとなん去ったなぁ」
丁度お昼だったこともあって、皆で食事を取っていた。その時ふとヨクが声を漏らした。それを聞いた皆が一斉に顔を上げたが、微妙な空気になる。ヨクは「?」となりながらも気にせず口に食事を運んでいたが、隣に座っていたロンドはふうとため息交じりにこう言った。
「それを言うなら
最もだ。だがヨクはけろっとしていた。
「別に、これが間違いやけん気をつけなよ、って言えるやん。それに俺、そんなに利用者と接する機会ないし。裏の仕事ばっかりやもん」
するとロンドは顔を歪ませた。
上手い機転の返しに、何も言えないようだ。
確かにヨクは図書館内にいるというよりは、「
シィーラは休憩時間にヨクが読書をしている姿を見た事があったが、そのジャンルはほぼ戦闘系であったり冒険ものだった。読むジャンルは人によって異なる。そして、大体はその人の好みを表す。ヨクの場合は分かりやすく当たっている気がした。
しばらくロンドは黙っていたが、声を荒げた。
「あなたはもう少し司書としての自覚はあるんですか? 大体利用者に本の紹介ができないでは、司書とはいえないでしょうが」
「どうどう。別に他に司書おるし、そいつに頼んだら」
「そうやっていつも私に仕事を押し付けるじゃないですか!」
ぎゃあぎゃあと言い合いが始まり、周りにいた他の司書達はまたか、というように素通りしていく。どうやらこの場面に慣れているようだ。いつもは落ち着いているロンドだが、ヨクの事になると本気で怒る。シィーラはこれまで相当苦労してきたのだろうなと思いつつ、試験の時を思い出した。あの時もヨクに対してイライラしていたように思う。くすっ、と笑い声が聞こえそちらを見れば、アレナリアは愉快そうに表情を緩めている。……どうやら見る分には楽しんでいる人もいるらしい。
隣を見れば、ギルファイはもう食事が終わりそうだった。ギルファイが食堂にいる姿をあんまり見た事がなかったため、なんだか新鮮に感じる。じっと見ていると、群青色の瞳とかち合う。
「なんだ」
「ええと、ギルファイさんって普段はどこで食べてるんですか?」
「自室」
「え、家ですか?」
「ここの」
「ここ?」
「図書館にいくつも部屋はある。俺はそこで寝泊まりしてる」
そんな事は初耳だ。
だが確か三次試験の時も広い廊下が続き、同じような部屋が並んでいた。
自分が知らないだけで、この図書館にはたくさんの部屋があるのだろう。今でも思い出す、淡々とした廊下。気味の悪さは今でも思い出せる。思い出しかけて少しだけ気分が悪くなったが、慌てて首を振った。そしていい機会だと思い、聞いてみた。
「そういえば三次試験を行う部屋までの道のりって、ちょっとおかしいですよね?」
「魔法がかけられてる」
「魔法が?」
「さっきみたいに魔法を使える人間が図書館に来る場合もある。ここの図書館は貴重な本や魔法書が特に多く所蔵されている。それを狙う奴もいるから、たどり着けないように細工してある」
「だから……ってあれ。でもなんであそこの部屋で試験をしたんですか?」
つまりあそこ付近は貴重な本が眠っている。だが試験をするのにわざわざあの場所に行く必要はあったのだろうか。試験内容も面接と魔法の講座のようなものだったし、特に意味はないと思ったが。
すると相手は平然と答えた。
「あそこは俺の部屋だ」
「え」
「動くのが面倒だったからな」
だから自ら出向いて来い、というわけか。
謎は解けたが知りたくなかったような知りたかったような。どうやらギルファイは面倒くさがり屋なところがあるようだ。そういえばヨクもそれについて声を張り上げていた時があった。
それにしても、と少し記憶を遡る。かなり殺風景な部屋だったと思った。
今では試験に集中していたため、あんまり部屋の構図は覚えてない。
シィーラが考えるように首を傾げていると、ギルファイは席を立った。そしてぼそっとシィーラに何か耳打ちすると、そのまますたすたと歩いて行ってしまう。
「……?」
言われた内容に少し疑問を感じていると、一斉の視線を感じる。目の前の三人がじっとこちらを見ており、シィーラが少しだけぎょっとした。
「な、なんですか」
「いや、ギルファイの扱い上手いなぁと思ってな」
「え?」
「手を叩いた時も面白かったわね」
アレナリアまでもが楽しんでいるようにそう言った。
あの時は、とっさの判断だった。シィーラとしてもギルファイと接する時に迷うのだが、考えるよりも先に口や手が出てしまうのだ。その話ばかりされるのは癪なので、話題を変えようと口を開く。
「そういえば、ジェイソンさんが言ってた」
「ああああああ!!」
急にヨクが声を荒げたので、思わずびくっとしてしまう。
「いきなりなんですか! 周りの方の迷惑になる騒音を出さないで下さい」
「辛辣やなロンド! てか俺の楽しみにしとったカップケーキは!? なくなっとるんやけど!」
見ればヨクが食後に食べようとしていた小ぶりのカップケーキがない。色んな種類がある可愛らしいもので、シィーラも一つ食べようと思っていた。
だが、皆は一斉に「?」という顔になる。
なぜなら誰もそのお皿に手を付けていない。
「どうせ自分で食べたんでしょう。そんなことも忘れるくらい食い意地張ってるんですか?」
「いやほんとやって! 俺、最後に大事に食べようと思ったんやで!? やのにすっからかんになくなっとる!」
ロンドは面倒くさそうに「またもらえばいいじゃないですか」とだけ言ってスープを飲み干す。先程の事を根に持っているのだろう。アレナリアも気にせず食事を続ける。最後にすがるような目でこちらを見られたが、生憎そんなことに付き合うほど暇じゃない。シィーラもそそくさと自分の食事を終わらせた。
そしてここにはいない、セノウとドッズの事を少しだけ気にした。
先程から二人の事は誰も口にしていない。きっと、触れてはいけないのだろう。いつもの好奇心で聞きそうになっていたが、あそこでヨクに邪魔されてよかったのかもしれない、と思った。
そして、ギルファイに言われた言葉も気になる。
『秘密を教える。後で来い』
秘密とは、何なのだろう。一体どの秘密なのだろう。
自分の身長では届きそうもない高い天井を見上げながら、シィーラは考える。そして一つだけ、確かな事があった。それは、この巨大な図書館にはきっとこの広さ以上に、秘密があるという事だ。
はふっ、と何かにかぶりつく音が聞こえる。
とある部屋の端で縮こまっていたセノウは、頭を軽く上げた。
そこにいたのは、背丈が自分よりも半分しかない少年だ。白いシャツに首元には少し暗い赤色のリボンをしていたが、セノウの潤んだ瞳にはぼんやりしか映らなかった。
「あ、ようやく顔上げた。食べる?」
「……何してるの」
「それはこっちのセリフだよ。久々に来たね。ここに来ても何もいいことないのに」
「図書館内は、飲食禁止だよ」
どうにかそれだけ言った。
だが少年は黒髪を揺らしながら、にやっと怪しく笑う。リボンよりももっと鮮やかな赤い瞳を向けられ、その表情と共に少しだけ不気味に思った。
少年は手に大量のカップケーキを持っていた。
それを持ってはもてあそんでいる。
「食堂にあったんだ。ここの司書が大量に食べようとしていたから、欲しくなっちゃって」
「…………」
彼の力をすればそれは簡単な事だろう。
にしても食べようとしていたものが奪われるなんて。奪われた人は少し不憫だ。
少年はセノウが食べないのが分かったからか、さっきから遠慮なくかぶりついている。食べるごとに広がるフルーツの甘い香りがしたが、セノウは膝に自分の顎を乗せ、ぼうっとする。
「また逃げてきたの?」
「……」
「俺が言うのもなんだけど、あいつ本気だよ。それともなに、信じられないの? もう契約してるんだよ?」
「……やめて」
「無駄だって分かってるんでしょ? 鎖は一生外れない」
「やめてって言ってるでしょ!!」
怒鳴るような口調と共に、部屋に声が響いた。
ピシッ、と一つのガラス窓にひびが入る。
それが声の大きさではなく、セノウの魔法によることを少年は分かっていたが、さして気にせず薄ら笑いを浮かべる。そして、くっくっくと喉の奥を鳴らすような声を出した。
「今更後悔してるの?」
セノウは苦虫をつぶすような表情になる。
自分でも分かっていた。こうなるから、契約なんてしたくなかったんだ。それなのに、結局こうなってしまった。あの時、契約を願った自分を呪いたい。またこんな思いになるなんて。
「どうせまた契約解消の事でしょ。方法なんてないよ」
「……ある」
「そうだね、
「…………」
それはセノウにも安易に予想はついた。だが、このままの方が嫌だった。このまま鎖に繋がれて、自由のない人生なんて、相手に申し訳なさすぎる。自分の身勝手のせいで。
セノウはすがるように相手の名を呼んだ。
「アッシュ」
名前を呼ばれた少年は、しばし黙る。
そして軽やかな足取りでステップを踏む。本棚がたくさんある場所まで、まるで飛ぶように向かった。ふわっとまるで宙に浮くかのように身体が上がり、振り向きざまにセノウに舌を見せる。
「やだね」
「っ! どうして……契約の時は言うこと聞いてくれたじゃない!」
「館長からの許可がないと無理だから。契約自体は自由にしていいって言われたけどね。解消までは俺の勝手じゃできない」
「そんな、」
「忘れないでよね、セノウ。俺は
そしてそのまま自分の本の中に戻ってしまった。
セノウは思わず下を向いて唇を噛む。
しんとした本が並ぶ部屋の中、また同じ姿勢に戻った。
(……じゃあ、無理だ)
契約解消など、許可してくれないだろう。それに館長はいつも神出鬼没だ。今だってどこにいるのか分からない。だからこそ、願いは叶わない可能性が高い。
「どうせまた一人になるのに」
セノウは思わず小さく呟いた。
「一人になるくらいなら……」
過去の出来事を思い出しながら、また涙が溢れてきた。
だがその涙に負けないくらい、セノウは歯を食いしばった。
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