14:招かざる来訪者

「ようこそ、ユジニア王立図書館へ」


 図書館に入ってきたある人物達に、アレナリアはにこっと柔らかい笑みを浮かべた。が、その後ろにいたシィーラをはじめとする他の司書達はあからさまにいい顔をしていない。それが伝わったのか、黒い帽子を被っていた若草色の瞳を持つ青年は、苦笑する。


「どうやら歓迎されてないようですね」

「あまり気になさらないで下さい」


 アレナリアも苦笑して答える。


 すると彼は帽子に手をやった。

 ゆっくりとした動作でそれを外し、漆黒の髪を揺らす。


 そしてシィーラを見ると、にこっと笑った。


「ご挨拶が遅れました。私はジェイソン・アルフ。フォルトニアで司書をしております」


 シィーラにだけ視線を向けたという事は、他の司書達とは面識があるのだろう。しかもフォルトニアといえば、近国にある。確か他の国には珍しく、魔法を使える人種が多いとか。いずれも書物の情報で得たので、どこまでが本当の話かは分からない。


「そして私の後ろにいるのが、」


 手を向ける方を見れば、ジェイソンよりも頭一つ分大きい人物と、これまた頭一つ分小さい人物がいる。一人は茶の髪に意志の強そうな瞳を持つ少年。もう一人は灰色の髪に同じ色の瞳を持っている青年。どこか虚ろな目をしている。なんだか真逆のタイプに見えた。


「彼はパーシー・クラック。歳は十二でまだ若いですが、れっきとしたうちの司書です。そしてもう一人はレイ・フィー。彼も同じく司書ですね」


 ジェイソンは明るく紹介してくれたが、パーシーとレイから出ているオーラ……というか空気は、どこか禍々しく思えた。特にパーシーと呼ばれる少年はこちらを凝視している。シィーラはちらっとこちら側にいる皆を見た。すると、全員険しい表情をしていたのが分かった。まさにお互いの視線の間は火花が散っている。その様子にちょっと戸惑いを覚えつつ、再度視線を戻した。


 こちら側が全く口を開かないからか、ジェイソンはシィーラに話しかけてきた。


「それにしても随分毛色の違う司書が入ってきたのですね。お嬢さんは新人さんですか?」

「あ、はい。シィーラ・ノクターンと申します」

「なるほど、植物学の魔法書を所持しているのですか」

「えっ」


 なぜ分かったのだろう。自分は何もしゃべってないのに。

 目を丸くしていると、後ろ側で声が聞こえてきた。


「――フォルトニアの人間は大概、魔法が使える人が多いの。シーちゃんもそれは知ってるよね?」


 先程までずっと黙っていたセノウが、一歩足を踏み出しながら言う。シィーラは「は、はい」と返事をした。すると彼女はそのままゆっくりと歩き、ジェイソンの前に立つ。


「魔法が使える家系に生まれた者は、魔法の波動を即座に把握できる。だから魔法書の事も、どの人がどんな魔法を使えるのかも分かるの」


 ジェイソンは嬉しそうににこっと笑った。


「久しいね、セノウ」

「できれば二度と会いたくなかったけどね」


 相手が朗らかなのに対し、セノウはドスが利いた声で凄む。


 その姿に、思わずシィーラは息を呑んだ。

 今まで見てきたセノウとはまるで別人のようだ。


「…………ング」


 ぼそっと何か聞こえた。と思った瞬間、急にジェイソンの後ろから稲妻のようなものが飛び出してきた。セノウはすぐに手を出し、何かの波動のようなものを出す。稲妻は反射され、弾かれた。


 っち、と舌打ちをする音が聞こえ見れば、どうやらパーシーが魔法を発動したようだ。先程は呪文だったのか。彼は今でもセノウを睨んでいる。ジェイソンは落ち着いた様子で少しだけ呆れたしぐさを見せた。


「こら、いきなり魔法を使うのは相手に対して失礼だろう?」

「ジェイソンを侮辱した。許さない」

「やめなさい、これでも彼女は私の許嫁なんだから」

「「「「え」」」」


 思わずこぼれた声にはっとして口を押えたが、どうやら驚いた声を上げたのはシィーラだけではなかったらしい。その場にいたヨクやロンド、そしてアレナリアでさえセノウを凝視している。当の本人は忌々しそうな表情でジェイソンを睨む。


「それは親同士の勝手な約束でしょ。今は無効よ」

「ああ、もちろんそうだね。でも私は忘れられないんだ。覚えておくことで、君とのつながりを持てるって信じてるからね」

「そんなつながり、いらない」

家族・・でさえ?」


 ジェイソンの言葉に、セノウは若干動揺するかのように瞳を大きく開く。相手は先程のにこやかな表情とはまた違う、どこか楽しむようににやっと笑った。そして、自身の手を俊敏に動かした。


「っ!」


 手から生まれたジェイソンの青白い魔法に、セノウの動きは遅れた。


 他の司書達が自分の魔法書に手をかざしたが、それも間に合わない。やはり、魔法書を使って魔法を使うのと、自身の持つ魔力で使う魔法とはわけが違う。


 その魔法は、セノウに向かって宙を舞った……が、別の物に邪魔をされた。


「!?」


 ジェイソンは思わず顔を顰めたが、別の方向から飛んできた魔法の先を視線で追う。そして、魔法と魔法がぶつかることで生まれた煙の中から出てきた人物に対して、これまた愉快そうに笑った。


「これはこれは、わざわざあなたが出てくるとは。ご苦労な事ですね」

「――わざわざ出ないといけない状況にさせたのはそっちだろう。うちの司書に手を出したら許さねぇぞ」


 いつもより低い声色で現れたのは、ドッズだった。

 声と様子で、警戒心を出ているのがありありと分かる。


 ドッズがこんな表情をするのも珍しい。

 いつもなら、もう少し飄々とした態度を取っているのに。


 だが、それはドッズだけに限らないようだ。他の皆の様子を見ても、未だぴりぴりとした空気は変わらない。国同士は別段、仲は悪くないだろう。そのような噂は聞いたことがない。だが、国同士はそうでなくとも、同じ職に就く司書同士は何かしら因縁があるのかもしれない。また、この様子だと、セノウとも関係があるようだ。一体何があったのか。


 するとジェイソンは、一度ふうと息を吐く。

 そして再度黒い帽子を頭に被った。


「どうやら本当に契約を結んだようですね。あなたの魔力は以前より強くなっている」


(……契約?)


 思わずシィーラは首を傾げた。


 その間も、ドッズが何も言わないのをいいことに、彼はくすくすと笑いながら話を続ける。


「しかも魔術師並みではないですか。契約がどれほどの効果をもたらすか知りませんでしたが、まさか魔法書を直に使わなくても魔法を使用できるとは」

「余計な事をこれ以上言うなら話は聞かねぇぞ。俺に用があるなら最初からそう言え」


 口調が荒くなった。どうやらドッズもいらいらしているようだ。


 シィーラはその様子を固唾を呑んで見ていたが、少しだけ疑問も浮かんでいた。


 先程ジェイソンは、ドッズが魔法書を使って魔法を使わなかったと言った。確かに、見たところ使った様子はなかった。それに、他の司書では魔法が間に合わなかった。おそらくドッズは別の場所でこちらの様子を見ていたとは思うが、やはり魔法書を使わないで魔法を発動したから間に合ったのだろうか。


 また、今までドッズが魔法を使う姿を見た事がない。


 この図書館の責任者でもあるため使う事は稀な気もするが、魔法書を所持しているのだろうか。ちらっと見れば、ドッズの首には司書の証が見えた。が、その形までは見えなかった。どうやら服の内部に入れているらしい。司書の形は魔法書にも関係している。いいヒントになると思ったのだが。


 シィーラが色々と考えている間も、他の司書はただ黙っていた。

 顔色は少し落ち着いているものの、やはり緊張感は残る。どうやら皆、この状況をちゃんと把握しているようだ。知らないのは、シィーラだけな気もする。

 

 ドッズに毒を吐かれたからか、ジェイソンは契約云々の話をぱっと止める。

 そして嬉しそうににこっと微笑んだ。


「さすが、お話が早いですね」


 周りからすれば、その表情の切り替えの早さに、胡散臭さを感じていた。ドッズは気にせず体を捻って客間に案内する素振りを見せたが、ジェイソンは首を振りながらそれに対して手を振る。


「今日は皆さんの機嫌を損ねてしまいましたらね。また後日、個人であなたにお伺いしましょう」

「え、僕達は?」


 初耳とばかりの勢いでパーシーが聞く。

 すると彼は変わらず柔らかいままの表情だった。


「今日は視察で連れてきただけだ。重要な話になるからな。お留守番を頼むよ」

「え……」

「大丈夫。すぐに帰ってくるから。終わったらこの国を少し観光しよう」


 頭を撫でながら、宥めるような言い方だった。

 するとパーシーは、少しだけ膨れつつも返事をする。ジェイソンに対しては聞き分けがいいようだ。


 そのまま一旦帰るのだろうかと思っていると、ぬっと急にシィーラの前に大きな人物が現れた。


「!?」


 思わずびくっとしていると、長身なレイという青年だった。

 じっとシィーラの方を見ている。いきなり前に現れたため、どう反応していいか分からない。とりあえずそのまま黙っていると、すっと手を出された。


「え?」


 拳を作ったままの手を見せられ唖然としてると、急にぽんっと花が出てきた。

 白い花びらに黄色花弁。とても小さいそれは、マーガレットだった。


「ああ、彼からのプレゼントの様ですよ。受け取ってあげてください、シィーラさん」


 何も言わない彼に、ジェイソンが補足を伝える。

 なぜいきなりくれるのだろうと思いつつ、会釈しながら受け取る。


 小さく、可愛らしい花は、目の前の大柄な青年の手から生まれたとは思えないほど繊細で綺麗だった。思わずじっと顔を見れば、すっと視線を外される。ジェイソンはくすくすとおかしそうに笑った。


「レイは恥ずかしがり屋であまりしゃべらない男です。ですが、どうやらあなたに気を示したようですね」


 スパッ。


 ジェイソンが言い終わらないうちに、花びらが宙を舞う。

 目の前の花が呆気なく散り、音がした方に顔を向ければ、ギルファイが魔法を使ったらしかった。


「……あら、まぁ」


 そう声を漏らしたのはアレナリアだ。

 だがこれにはシィーラも同じ事を言いたくなる。掠れながらも問いかける。


「なんで、」

「怪しい」

「え、たかが花じゃないですかっ! そこまで警戒しなくても……!」

「そうだよ君。私ならまだしも、レイはそんなに悪い奴じゃない。彼の気持ちもこもっているのに、失礼じゃないかい?」


 ジェイソンも苦笑しながら弁解していた。


 ちなみにレイは目に見えて分かりやすく肩を落としていた。言葉をあまり発さない代わりに、分かりやすい人なのかもしれない。シィーラは慌ててどうにかしようとしたが、ギルファイが肩を掴んだ。容易に近づくな、と態度で示してくる。が、今はそんなことどうでもいい。シィーラは遠慮なくその手を振り払った。


「「「「!!」」」」」


 驚いた顔をしたのはギルファイだけでなく他の皆もだ。

 だがシィーラは気にせず、レイに近づく。自分の司書の証に手をかざし、ふっとある物を渡した。


「す、みれ」


 初めてレイが声を発した。

 小さい声だったが、ちゃんと聞こえてきた。


 小さい花弁を持つ可愛らしい花。

 シィーラは種類を選んで彼に渡した。


「菫には、『誠実』という花言葉があります。なんとなくですが、レイさんをイメージしてみました」


 微笑みながら渡すと、レイもふっと笑ってくれた。

 優しい顔をしている。やっぱり菫のような人だと思った。


 が、すぐさまギルファイに手を引っ張られた。

 そして彼に対して言い放つ。


「帰れ」


 棘のある口調に言い返そうとすると、レイが制する。

 そして深くお辞儀をして、ジェイソンの傍に戻った。


「ではドッズ殿、また後日。しばらくこの国に滞在するつもりですから。積もる話もあるでしょうしね?」


 先程からにやにやした顔のまま、ジェイソンはドッズにそう声をかける。

 その時、ちらっとセノウにも視線を向けたように見えた。


 ジェイソンが一度帽子を上げて一礼した後、三人は図書館から出ていった。


 そんなに長い時間ではなかったと思うが、なんだかどっと疲れてしまう。思わずシィーラは息を吐いた。すると、ギルファイが鬼の形相のまま、こちらを見ていた。ぎょっとしつつ、胸を張って先に言う。


「ギルファイさんは警戒心を持ちすぎです」

「お前は警戒心が無さすぎる」

「でも少なくともレイさんは良い方でしたよ?」

「そういう問題じゃない」

「じゃあどういう問題なんですか」


 そう答えれば、ギルファイは埒が明かない、という風に別の方向に顔を動かした。

 思わずシィーラはむっとする。そう言いたいのはこちらのセリフだ。


 すると二人の空気に耐えられなくなったのか、ヨクがぶはっ、と笑い出す。

 いつもはうるさいが、今まで空気を呼んでずっと黙っていたようだ。


「あっはは、ほんとシィーラは面白いなぁ。あれやろギルファイ。相手にシィーラを取られると思って焦ったんやろ? けっこう可愛いとこあるな……ってあたっ!!」


 いつの間にかギルファイが投げた本が、顔に当たったようだ。

 なんだか最近のヨクは、そういう役回りが多くなってきた気がする。


 シィーラが憐れみながらそれを見ていると、ギルファイがすっと手を出してきた。


「?」


 手と顔を交互に向けると、光と共に、先程の花が出てくる。

 思わず何度も瞬きしながらギルファイを見れば、少しだけばつが悪い表情でこう言った。


「……花に罪はない」


 どうやら先程した自分の行為を反省してくれたようだ。

 一瞬ぽかんとしたが、思わずぷっと笑ってしまう。ヨクが言った通り、可愛らしいところもある。


「ありがとうございます」


 受け取れば、ギルファイは軽く頷いただけだった。




「セノウ」


 皆には分からないように、小さくドッズが名を呼ぶ。

 だがセノウはその場から動かず、黙ったままだった。


「気にするな」

「…………何を?」


 長い間を空け、そう聞かれる。

 ドッズは一度ゆっくり目を閉じてから、答えた。


「全部だ」


 すると、セノウはゆっくり振り返る。

 泣いてはいなかった。泣きそうな顔はしていたが。


「……無理だよ。私は、全部受け入れたわけじゃ、ないもん」


 最後の方は消え入りそうな声だった。


 黙って見つめていると、すっとセノウは姿を消す。

 お得意の魔法を使って移動手段を図ったようだ。


 音も聞こえず、周りもセノウがいなくなった事に気づいていない。

 こういう時、魔術師というのは上手く魔法を使うものだ、とドッズは思った。


「でも俺は、後悔してねぇぞ」


 決意を込めて言ったものの、その言葉は、誰にも聞こえる事はなかった。

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