13:光になれなかったもの
「ありがとう、ございます」
あの時と一緒だ、と思うのと同時に、また助けられた事に少しだけ不甲斐なさを感じた。相手は何も言わずに手を貸し、ちらっと後ろにいるヨクを見る。ギルファイの魔法をもろに食らったからか、地面に伸びてしまっていた。しかも爆発したように身体中が真っ黒になっている。可愛らしかった狼の着ぐるみもこれでは台無しだ。
そんな事を思っていると、ギルファイは小さく溜息をついた。
ゆっくりヨクに近づく。
「何さぼってる。仕事もせずに遊びやがって」
そして遠慮なく足でヨクを何度か足蹴にしていた。
なんだか珍しい行動に、シィーラは少しだけおかしくなる。ギルファイのような何を考えているのか分からない人でも、こんな事をするのか。なんだか新鮮だ。
思わずぷっ、と笑ってしまうと、ギルファイは少しだけ怪訝そうな顔でこちらを見た。
「あ、す、すみません」
視線を外しながら謝る。
すると鼻でふん、と笑われた。
「珍しい格好をしてるな」
思わず顔を二度見し、そして自分の格好を思い出す。
だがシィーラは、澄ました顔で答えた。
「ギルファイさんだっていつもと格好が違いますよ?」
いつもと違う白いシャツの上に袖のない灰色のベスト。
しかも頭に帽子を被っているのなら、狩人であることは明白だろう。……しかし、何を着てもよく似合う。もしこれで「私服だ」と答えられてもそう違和感はない。
するとギルファイは話題を逸らした。
「早くここから出るぞ。書庫にまだ奴らがいる」
「! ……奴らって、あの、黒いのですよね?」
「ああ」
そう短く答えた後、ギルファイは手を広げて魔法で光を出し始めた。
シィーラは意図が読めず、思わず焦る。
「ギルファイさん? この世界って、確か物語の順じゃ」
「魔法を発動して一気に出る方法もある」
そう短く言ったと同時に、光の量がどんどん増え、そして一気に弾かれた。
シィーラは眩しさに目を閉じていると、この世界に来た時と同じように吸い込まれるような感覚を味わう。そして、一瞬のうちに何事もなかったように、暗い場所へと戻っていた。
「わっ! ……たたた」
お尻から地面に叩き付けられたため、思わず声が出た。
シィーラはすぐにここが書庫である事は理解できたが、童話の世界に入る前より黒い物体の数が増えている気がして、少し立ちすくんだ。暗闇になると増えるらしいが、そんなにも著者の思いというのは強いものなのだろうか。
そう思っていると、急に耳元でささやかれた。
「気をつけろ。あいつらは魔法を使う奴を襲ってくる」
「え、どうして魔法を使う人だけ……」
「あの黒い物体を俺達は『
思わず唾を飲みこんでしまう。
まだあの「
「そういえば、私魔法を使っていいんですか?」
「駄目だ」
「え」
即答だったため、思わず眉を寄せる。
シェラウドはあっさりと付け足した。
「俺がやる。見てろ」
「…………はい」
そういう事なら最初から言ってほしい。
余分な期待を持ってしまったじゃないか。
ギルファイはそんなシィーラには目も留めず、左手を前に出しながらすぐに肘を曲げた。前に助けてくれた時にやっていた行為だ。じっと見ながら、シィーラは少し首を捻る。よく見れば、ギルファイは司書の証をつけていない。確かそこに魔法書がついているはずだ。そういえば、彼が魔法書に手を当てている姿を見た事がない。なら一体どうやって魔法を使っているのだろう。
そんな事を考えながらも、ギルファイは呪文を口にしようとした。
と、その瞬間急に手が出てきた。
「おいおいおい! 俺の事完璧忘れとったやろ!」
「ヨクさん」
そういえば今の今まですっかり忘れていた。
ギルファイは一度止め、思い切り嫌な顔をする。
「そのまま寝てろ」
「いや待てやっ! そこは俺にもさせよやっ!」
「お前がすると自体がややこしくなる」
「シィーラに続きギルファイもそんな冷たいこと言って……!」
歪んだ顔をし始めたヨクが、ちょっと可哀相に思えてきた。
するとギルファイは面倒くさくなったのか、こう言い出した。
「一気にやるぞ。こっちに合わせろ」
「……任せい!」
ヨクの表情が引き締まった。どうやら機嫌が直ったようだ。
扱いが上手いなぁ、とシィーラはちらと思った。
二人は横に並び、そして
ギルファイは手を出し、ヨクは証に手を当てながらタイミングを見計らう。
しんと静まり返った書庫の中、ただシィーラの鼓動だけが聞こえた気がした。
そして、こちらに向かって一気に向かってきた時、二人は声を合わせる。
「
「
二人の手から無数の光と炎が溢れ、一気に「
シィーラはまた唾を飲みこんだ。
改めて二人との力量の差を感じてしまう。
そして全部終わった途端に、書庫の明かりもつき始めた。
どうやら停電も治ったようだ。
「いやぁ、終わった終わった! やっぱ二人でやると早よ終わるなぁギルファイ♪」
「調子に乗るな」
パシッと軽く頭をはたかれ、ヨクはいてて、と少しだけ苦笑する。
何も言わないシィーラにどう思ったのか、ギルファイは少し眉を寄せる。
「どうした」
「え? あ、いえ……。それより、あの『
「いや、また出てくる」
「え」
これで終わりかと思いきや、終わらないのか。
目をぱちくりさせると、ヨクが補足説明した。
「あれは一時的なものや。解明できてない部分が多いけん、どうしようもないんよね」
「それじゃあずっと……?」
「そ。ずっと退治し続けないかんってわけやな。裏の仕事の連中は毎日大変なんや」
「自分がやってるみたいに言うな。最近はサボッてばかりだろうが」
さっきよりも鈍い音がヨクの頭に響く。
「いたあっ! ちょギルファイ! しょうがないやんか! だって深夜やで!? 眠い中を起きてこいっていうほうが無茶な話やんっ!」
「言い訳するな」
「そういうギルファイだって上手くサボッとったりするやんかー!」
ヨクがぎゃあぎゃあ言っている間に、シィーラは少し考えた。
確かに筆者の思いが形になって現れているのだ。本が実在している限り、その思いを消す事は困難だろう。だが、果たして魔法書が全てそうなのだろうか? 思いとして、「
著者がどういう気持ちで、そしてどういった意図でその本を制作したのか。
それを考えるだけでも、何か変わるような気がした。
じっと考えているシィーラに、ギルファイはぼそっとこう言った。
「何か気になる事があるなら、ロンドに相談しろ。あいつは魔法書に詳しい。解決する手口があるなら、こっちも知りたい」
思わず顔を上げ、少しだけ目を丸くする。
まさかギルファイにそうやって気遣われるとは思わなかった。
じっと見ていると、相手は少しだけ居心地悪そうに目線を逸らす。
「……それより、一体いつになったらその格好は戻るんだ?」
「え?」
思わず下を見ていれば、変わらないフリルのスカート。
シィーラは思わず自分の頭に手をやる。すっぽりと被ったものを見れば、赤い頭巾。
「え、な、なんで!? ヨクさんっ! 元に戻るって…!」
見ればヨクもギルファイも元の格好に戻っている。
それなのにシィーラだけ赤ずきんのままだ。
これにはヨクも苦笑していた。
「シィーラは元に戻るんに時間かかっとるんやなぁ。まぁ心配せんでももうちょいしたら戻ると思うで?」
「……その発言、もし適当だったら許しませんからね」
「てええっ!? そんな物騒な事言わんといてっ!」
シィーラの形相に怖気づいたのか、ヨクは思わずギルファイの後ろに隠れようとした。
と、その時、書庫のドアが開く。
「あれ、三人ともこんなとこにいたの? よかったー。こっちも終わったんだね」
見ればセノウだ。まさか彼女も退治の方に向かっていたのだろうか。
確か表で本の整理をしていたはずなのだが。
すると疑問を述べたシィーラにセノウが笑った。
「あはは、だって私は魔術師だしね。魔法書使って魔法を使う司書よりも確実に早く終わるからって手伝ってたの。で、終わったからシーちゃん迎えに行こうと思って」
「そうだったんですか。お疲れ様です」
「ありがとう。にしてもシーちゃん、赤ずきんの世界に行ったの? すごい可愛いっ! 似合ってるよー!」
「……あ、えと、これは」
「アナさんが見たら舞台に上がろうって言われちゃうかもしれないねぇ」
「っ! そ、それは嫌です!」
アレナリアは特に文化面で力を発揮しているため、舞台にも出演したりする。いかにも「一緒にやりましょう」と言われそうなので、人前で目立ちたくないシィーラは思い切り首を振った。
と、軽いノックの音が聞こえ、勢いよくまたドアが開く。
「入りますよ」
噂をすれば何とやらか、アレナリアが入ってきた。
さっと顔を引きつらせてしまったシィーラだったが、アレナリアの様子がいつもと違うのに気づく。
それは他の三人も分かったのか、一番近くにいたセノウが声をかけた。
「アナさん? どうかしたの?」
するとアレナリアはセノウを見た途端に少し表情を曇らせた。
そして皆に聞こえるようにこう言う。
「……来訪者が来たの。皆、すぐ来れる?」
「来訪者?」
シィーラがゆっくり繰り返すと、どこかぴんと糸を貼るように周りの雰囲気が変わった。さっと皆を見てみれば、あまり嬉しそうではない。どうやら、招かざる来訪者のようだ。
「また来たんだ。あいつ」
ぼそっとセノウが吐いた言葉に、思わずびくっとする。
いつも笑顔で元気なセノウには珍しい、どこか棘のある言い方だった。
「――雨、か。まぁこんな日も悪くない」
「ていうかどうしてこの国は魔法使うの図書館内限定なわけ? 僕達に不公平だと思わない?」
傘も差さずに空を仰ぎ見ていた青年に対し、ぐちぐちと傍に居た少年は文句を言っている。「ねぇ! そう思うよね!」とその隣にいた寡黙で背の高い青年に同意を求め、その人物はただゆっくり頷いた。
すると若草色の瞳を持つ先程の青年は、一度息を吐いた。
「こらパーシー。文句を言うなら次から連れて行かないぞ?」
「うっ……。分かったよ。ごめんなさい、ジェイソン」
するとジェイソンと呼ばれた青年はふっと笑い、素直に謝った少年の頭を撫でる。
そして再度、目の前にある国内のシンボルでもある図書館に目を向けた。
「さて、久々の再会だね。セノウ」
端整な顔立ちでありながら、にやっと口元で笑みを作る。
その表情で何を思うのか、それは被っていた帽子によって隠されていた。
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