11:隠された魔法書の秘密
司書の皆がしてくれたサプライズはあっという間に終わり、すぐさま開館の準備を行う。といってもほぼ事前にしていたようで、そこまで作業はなかった。
正式な司書となっても、やる仕事というのはそこまで変わらない。
いつものようにシィーラは返却された本を片付けていた。
ふと窓を見れば、朝から雨が一向に止まない。
「よく降るなぁ……」
雨を嫌がる人は多いが、部屋の中にいて眺めるのは好きだ。ただ景色を見るだけでも、十分癒しになる。少しだけぼうっとしてしていると、一緒に作業をしていたセノウも同じ目線になっていた。
「雨だねー。利用者があんまり来ないからつまらないんだよねー」
「……え、 逆じゃないんですか?」
雨だからこそ、外に出たがる人は少ないだろう。
やる事もないため、家で本を読むとか、この季節こそ図書館に通う利用者が増えそうな気がする。
だがセノウは大袈裟に首を降った。
「それが、逆なの。事前に雨が降るってなんとなくでも分かってた人は、晴れてた時に一気に本を借りるの。で、雨が降ったら降ったで家でのんびり本を楽しむってわけ」
「なるほど」
億劫な大雨の時にわざわざ出歩きたくはない、という事か。
確かにその方が効率もいい。ちらと周りを見渡せば、開館したばかりだからか、そこまで人の姿はなかった。案外セノウの言い分は正しいと言える。
と、上の階にいる人物と目が合った。
透き通るような肌は、この距離でも美しく見える。男なのに羨ましい。
「セノウさん、私少し行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
様子を見ていたのだろう。
セノウはくすっと笑って見送ってくれた。
上の階に着くと、ギルファイは何も言わずにその場から歩き出した。相変わらず口数が少ない人だと思いつつ、シィーラはそのまま後を追う。案内されたのはあるドアの前。頑丈に周りは柵のような物で囲ってあり、一般人が入れる雰囲気はない。
「ここが魔法書が保管されている場所だ」
魔法書は普通の書物とは異なり、保存場所も違う場所に指定されている。しかも借りられるのは魔法を使える者、よくても守護者だ。取り扱うのが難しいのはもちろん、魔法が使える書物だからこそ、危険だったりする。だからこのように分けられているのだろう。ちなみに「関係者以外立ち入り禁止」と書かれている看板がある。しかも結界も張られているようで、間違っても一般人が入ることはないそうだ。
「今日はここで仕事をしてもらう」
「ど、どのような」
「行けば分かる」
あっさりそう返し、また足を動かした。
この場所に入る際、自分の司書である証明書をドアに向けなければならない。そうすると、結界の役割を果たしている魔法に関係者であることを示す事ができ、入れるらしい。
正式な司書になり、シィーラもようやく名前入りの証明書をもらった。そっとかざすと、ドアがひとりでに開いた。少し驚きつつ、魔法が飛び交う世界なのだからこれくらい普通か、と考え直した。
暗闇が残る道を、二人で進んでいく。
割と中は普通で、館内のように壁一面に書物がずらっと並んでいた。当たり前だが入った事がないので、物珍しげに見てしまう。
と、急にギルファイが止まった。
そしていつの間にあった部屋の一つを選び、ドアノブに手をかけた。
「わぁ……!」
部屋に踏み入れると、思わず歓喜の声が漏れた。
一面に書物があるのは変わりないが、どこか古風で存在感を見せる美しい背表紙の本が揃っている。かなり年数が経っているだろうと思われるものでも、新品同様に輝いて見えた。
シィーラはギルファイがいるにも関わらず、すぐさま本棚まで走り、思わず手で触れる。しっとりとした本の質に、上質な皮が使われていることを知る。いつの間にか、笑みもこぼれていた。するとそれを見ていたギルファイは、少しだけ息を吐く。
「本当に本の虫だな」
「え。あ、す、すみません」
少しはしゃぎ過ぎてしまった。
慌てて傍から離れようとしたが、「いい」と手で止められる。
「今日はここで書物の整理だ。かなりある。知識はあるから、他の者よりは早く終わらせるだろ」
少しだけ期待を含ませた言い方が、逆にプレッシャーを感じる。
だが、なるほど。確かに整理されているようで、本棚に入っている本の順番やジャンルはバラバラのようだ。ただ入れっぱなし、というわけか。作業自体は少し骨が折れそうだと思いつつ、憧れの司書になって最初の仕事だ。自然と気合いが入る。
「それと、」
「はい?」
顔を見ながら聞き返すと、相手は少しだけ黙る。
相変わらず何を考えているのか分からない平坦な表情だ。もしやこのまま何の返事ももらえないのかと思っていると、こう言われた。
「魔法書は危険なものだ。扱いだけは気をつけろ」
それだけ言うと、ギルファイはそのまま部屋から出て行ってしまった。
「…………」
何とも当たり前な基本知識を教えられ、シィーラは首を傾げた。
だが、すぐに気を取り直す。ともかく仕事を任された。自分の力量も試されるだろう。考えないで身体を動かした方が早い。本棚をざっと見て、どこが一番手をつけないといけないのかを確認する。見れば、二階の方がより書物が乱れているのが分かる。気合いを入れてすぐさま階段で登ろうと考えていると、また急にドアが開いた。
驚いて顔を向ければ、明るい赤色の目がこちらを覗く。
「お、シィーラやん」
「ヨクさん」
二次試験で試験管として接したヨクが、楽しげな表情でこちらを見ていた。
「今日はシィーラと作業なんやな。こりゃ仕事がはかどりそうでいいわー」
「え。ヨクさんもここなんですか?」
「あれ、ギルファイから聞いてないんか……」
相手はどこか苦笑気味に言った。
なんでもここでは一人ではなく、二人一組で仕事を行うらしい。確かに一人だと重荷になるだろうし、慎重に扱わないといけない魔性書だ。一人でいると何かあった時に対処できない可能性がある。
それにしても、なぜギルファイはそんな大事なことを教えてくれなかったのか。単純に忘れていただけかと思ったが、どうも食えない感じがするので、ただ単に言わなかっただけのような気もする。やはり、何を考えているのか掴めない人物だ。
シィーラがそんな事を悶々と考えていると、ヨクは見上げて呆れたような声を出した。
「なんや、窓開いとるやん」
同じく目を動かせば、確かに上の階の小窓が薄っすら開いていた。小窓なので人が通れる大きさもない。おそらく、少しでも風通しを良くしようと設計されたのだろう。
ヨクが歩き出したので、自然にシィーラも階段を上がる。見れば下の階と同様、本棚には大量の書物が敷き詰められている。思った通り、所々乱れが目立った。
小窓に近づくと、雨で床がかなり水浸しになっていた。
しかも、一冊の本が床に落ちており、雨の餌食になってしまっている。
「何や、これ」
「赤ずきん、ですね」
表紙に赤い頭巾を被った女の子と狼。
なぜこんな所に一冊だけ、しかも童話があるのだろう。
ちらと本棚を見れば、童話らしき本も並んでいた。空いているスペースも見つけ、そこに元々入っていたようだ。しかも童話のスペースは書物の数がないのか、すかすか。なるほど、これならばちょっとした衝撃で落ちるのも否定はできない。シィーラは一人で納得した。
すると、濡れた本を拭っていたヨクがくすっと笑った。
「赤ずきんやったら、シィーラが似合いそうやな」
「……そうですか?」
「だって赤ずきんはそれなりに聡いやろ? 狼がおばあさんと違うってちゃんと言っとるやん」
するとシィーラはあからさまに顔を歪めた。
「物語上の赤ずきんは全然いい子じゃありません。狼にそそのかされて寄り道したり、結局おばあさんと一緒に食べられてるじゃないですか。私だったら寄り道もしないし、狼と分かった途端その場から逃げ出して狩人を呼びます」
「ぷっ! シィーラらしー!」
ヨクは遠慮なくげらげらと笑い出した。
と、不意に雷が落ちたのか、その場全体が大きな光に包まれる。
直後、大きな音が鳴る。
シィーラは思わず目を閉じたが、カチッという音で気づいた。
一気に先程とは真逆の、真っ暗な世界。どうやら停電したようだ。
「あちゃー、まじか。なかなかないんやけどな」
ヨクはあまり気にしない声色でそう言い、続けざまに「
「へぇ。こんな風に魔法を使う事もあるんですね」
「なかなか便利やで。明かりは――誰かが気づくやろ。とりあえず作業しよか」
「あ、じゃあ私が本棚に戻します。そのまま光を当ててもらえますか?」
ヨクの手から童話を受け取ろうとしたが、相手は手を離してくれなかった。シィーラは不審に思って顔を見ると、なぜかヨクは後ろに目線を向けている。
そしてそのままこう問うてきた。
「シィーラ」
「……なんですか」
「魔法書がどんなもんか、全部知っとるわけやないよね」
「それは、まぁ」
「ギルファイには、その恐ろしさも教えとけって言われとったんよ」
「……つまり?」
「俺は口で言うより実践派や。よう見とけよ」
そう言いながら、ヨクは童話に手をかけた。
何の呪文も言わないまま、急に本は光り出す。
そしてその中から、ゆっくりと細長い物が取り出された。
「!?」
シィーラは目を見開く。
それは銃だった。
一体なぜ、と思う暇もなく、ヨクは銃を構える。
そして一瞬のうち、ダンッダンッダンと何発も弾を放った。
自分の横を通り過ぎる弾を見て、シィーラは一気に肝が冷える。
そしてそっと後ろを見れば、黒くゆらゆらと動く物体が、起き上がろうとしているところだった。今度は身体が硬直する。あれは一体なんだ。
「あれは色んな魔法書から出てきた『思い』の部分が形となって現れたものや。詳しい事は俺らにも分からん。けど著者の何かしらの願いの元、生まれたものやと思っとる」
「な、なんであんなのが」
「本来なら夜に出てくる。そんでもってこれはギルファイや他の優秀な
「! ギルファイさん達が? だから普段は館内にいないんですね」
いつもなぜいないのかと思っていたが、仕事の割り振りをされていたのだと分かった。シィーラの冷静な分析に、「……さっきまでビビッとったのに、気になるポイントそこなんやな」とヨクは半眼でツッコんだ。そして一度咳払いをする。
「まぁそういうことや。俺もこっち専門ではあるけど、この展開は予想してなかったで……。まさか停電になるなんてな。しかも薄暗いせいか朝でも魔法書の力が発動するとか、ほんとなんやねんこの天気」
荒々しい口調を聞けば、いらだっているのが分かる。
おそらく、一人ではこの量を太刀打ちできないのだろう。シィーラはシィーラで魔法書は扱えるが、初めてここへ来ていきなりこのような対戦は無理だ。ヨクの邪魔をしかねない。だが持っている銃を見て、思わず質問してしまった。
「もしかして、魔法書に書かれているものなら、何でも取り出す事が可能なんですか?」
「お、よう分かったな。その通り。今回は狩人の銃を取り出したんや」
新品のように光る長い銃を見て、シィーラは息を吐く。
こう見ると、魔法書というのは本当に何でもありな気がしてきた。確かに一般人に簡単に貸せるものではない。変な兵器などを使われでもしたら、あっという間に戦争になってしまう代物だ。むしろ。
シィーラはちらっと前に視線を戻す。
相も変わらず、黒い物体はこちらに向かってゆっくり近づく。
しかもゆらゆら左右に動いているので、少しだけ薄気味悪い。
一般人が仮に魔法書を借りる事ができたとしても、扱う前にこの物体に悲鳴を上げるだろう。色んな意味で扱いが難しい。
「仕方ない」
ぼそっと吐き出した言葉に、シィーラは「え?」と聞き返した。
するとヨクは額に汗をにじませながら、どこかおかしそうに口元を歪ませた。
「もう一つの魔法書の秘密を教えとく。行くでシィーラ」
「え。い、行くってどこに……」
言い終わらないうちに、腕を取られる。
ヨクは童話のあるページを開き、そしてそっと床に置いた。
「……ヨクさん、一体なにを」
「んじゃあレッツゴー!」
「はぁ!?」
急に童話が再度光り始め、そして身体が吸い込まれる。
風など吹いていないのに、抵抗する間もなく、二人は書物の中に、入った。
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