06:実践で見る魔法の使い方

「始めに自己紹介を。ユジニア王立図書館の司書、兼守護者ガーディアンをしていますロンド・フランシスと申します。以後お見知りおきを」


 先ほどの試験官は、まるで執事のような優雅さでそう挨拶をした。


 二次試験は全体で行うとついさっき知ったが、ちらと見れば部屋には数えきれないほどの人数がいる。大広間自体にも多くの部屋があったので、別でも同じように試験をしているのだろう。にしても、この数だ。勝ち残るのは厳しい。やはり甘くはなかったと、シィーラは嘆息した。


「では魔法書の基礎からお伝えします。魔法書とはその名の通り魔力が込められている本の事です。魔法書を書いたのは魔力のある者、つまり魔術師の可能性が高く、一般の方は借りる事も閲覧する事もできない規定になっています」


 ロンドが説明しだすと、女性陣が少しざわついた。

 礼儀正しく、それでいて麗しい容姿だからだろう。


 確かに見た時から甘いマスクに色気のある声色だ。女性に対して気遣える優しさもあるだろうし、全てにおいてパーフェクトな感じがする。しかしシィーラはそんな事に興味はないので、真剣にロンドの言葉に耳を傾ける。少しでも知識を入れるためだ。


 と、そこで急に視界に映ってきた青年と目が合った。


「!?」


 驚いたシィーラに対し、相手はどこか面白げな顔をしていた。焦げ茶のはねている髪に、真っ赤な瞳はかなり印象に残る。どこかあどけなさも残っている青年だ。


「随分熱心やなぁ。そんなに必死に聞かんでも、実践でやって身体で覚えたらあっという間やで?」


 いきなりそんな事を言われ、ちょっとだけ不愉快になる。

 周りだってメモを取っている人はいる。なぜ自分だけ言われるのだろうか。一番前にはいるが、端っこなのに。しかも首にしている司書の証を見れば、彼はここの正式な司書のようだ。若く見えたのでちょっと意外に思ったが、ただ童顔なだけなのかもしれない。


 臨時でも銀色の四角いペンダントは、利用者と区別するために配布される。

 だが正式な司書のペンダントには、自分の名が彫られるのだ。完全に司書の「証」である。だが青年のペンダントには、他にも何かついていた。炎の形をしたチャームのようだ。そういえば、アレナリアやセノウにもついていた気がする。確か一人ひとり形が違っていた。どういった意味があるのだろう。


 考えていると、こちらの様子に気づいたのかロンドが渋い顔をした。


「ヨク、話の途中ですよ。後にしてもらえませんかね」


 すると青年は、あからさまに不服そうな顔になる。


「ロンドは話が長い。説明するより実践の方が分かりやすいやん。ほら、百聞はしっけんにしかずって言うし」

「……それを言うなら百聞は一見にしかず、です。間違えて覚えないでくださいよ」


 どこか憐れむように訂正する。


 先程も思ったが、あまり聞かない言葉遣いをするようだ。珍しい。

 司書であるのにことわざを言い間違えるのは少し残念だが。


 だがヨクと呼ばれた青年は鼻を鳴らした。


「あんたらも長々説明聞くより早く見たいやろ? 『魔法書』の力」


 すると周りの司書達が再度、ざわついた。

 確かに守護者ガーディアンが魔法書を使う様子は見たい。そういった機会は滅多にないだろうし、説明もいいが実践で見せてくれた方がイメージもつきやすい。


 するとロンドは一度溜息をつき、まず青年の紹介をした。


「彼の名はヨク・セドリック。私と同じくユジニア王立図書館の司書、兼守護者ガーディアンです」

「司書になったら色々お世話になると思うけん、覚えてや。よろしくな」


 屈託のない笑顔を向ける。

 ロンドとはまたタイプが逆だ。


 するとまた、女性陣から黄色い歓声が上がり出した。

 今更だが、王立図書館の司書は美形が多いと思うのは自分だけだろうか。しかも騒ぎたくなる気持ちは分かるが、今この場にいる現状を理解しているのか疑問に思う。今は試験中だ。そんな風に浮かれている場合ではない。シィーラはどこか呆れるように眉を寄せた。


「で、早くやろや」


 ヨクは急かすようにそう言う。


 促すという事は、どうやら選択肢はないらしい。ロンドはどこか諦めに似た顔になった。しばらく迷っていたが、すっと自分のペンダントに手をかける。


 そして空いた右手を胸の前に出し、パチンッと指を鳴らした。

 すると急に、彼の周りから無数の水が飛び出してくる。


「「「「!?」」」」


 皆は驚いて立ちすくむ。


 溢れるばかりの水の量は、まるで噴水が吹き上がるくらいだ。

 一体どこから。それよりもどうやって生み出したのか。水はロンドの周りを囲み、まるで滝のように流れている。だが、ロンドは一向に濡れていない。それだけでなく、床も、どこも濡れていないのだ。その事にも目を丸くしてしまう。


「そうこなくっちゃなー」


 ヨクは嬉しそうに小さく笑う。

 そして全く同じ動作をした。


 今度はヨクの周りに無数の炎が現れる。火がゆらゆら舞っているのに、熱そうな素振りはない。炎はどこにも触れずに浮いているようにさえ見える。ともかく二人の力は炎と水。まさに対照的だ。


「説明しとくと、守護者ガーディアンである俺らはチャームが『魔法書』になっとるんや。魔法書は形を自由自在に変える事ができる。ここ、よう覚えときよ」


 ペンダントをひらひらとこちらに見せてくる。

 ロンドの方を見れば、彼も滴のチャームを付けていた。


「そして、私の魔法書は『海』に関するもの。そしてヨクは『太陽』に関するものです」

「やけん、ロンドなら水を操れるし、俺は炎、つまりは火が操れるってわけやな」


 つまり、魔法書自体が魔法みたいなものなのだろう。

 簡単に言えば器だ。魔力が込められている魔法書を使うという事は、魔術師になったも同然。それに彼らの魔法書は「海」と「太陽」という場所や恒星が中心になっているようだが、それに通ずる「水」や「炎」といった魔法が使えるという事か。


 シィーラは最初に入った部屋を思い出す。

 あれだけ魔法書の数があれば、魔法もなんでもありな気がしてきた。


 しばし静かになっている中で、ロンドは口角を上げて目の前の人物に聞く。


「さて。いかが致しますか?」

「そちらからどーぞー」

「……全く、少しは頭を冷やしてもらいたいものですね。水の球ウォーター・ボール!」


 呪文のようなものを言い放った後、ロンドを囲っていた水が一つ一つの大きな球のようになり、一斉にヨクの方に走っていった。だがヨクは、すぐさま手を前に出す。


弾ける炎ポップ・ブレイズ!」


 そう叫べば大きな炎がいくつか弾け、水の球を覆い尽くしてしまう。消える瞬間にパシャーと蒸発するような音が聞こえたのは、やはり炎自体が本物だからだろう。誰かの息を飲み込む音も聞こえた。


 ひとまずロンドはすっと手を元の位置に戻す。

 自分の魔法が呆気なく炎に取り込まれたからか、苦笑していた。


「威力だけは達者ですね。見本を見せるにしても、力を使いすぎですよ」

「まぁ性格も炎と同じで燃えやすいけんなぁ」


 やり過ぎた事は分かっていたのか、ヨクも微妙な顔をしていた。

 だがこちらからすれば、本気で魔法を使った時の力がどれほどの物か想像もつかない。それが分かるのも、守護者ガーディアンだからだろうか。


「いかがですか。これが魔法書の力です。上手くコントロールできれば、誰でもあのように使えます」

「そゆこと。ようは慣れや。今は驚いとるけど、守護者ガーディアンになったらあれくらい普通やで?」


 なんでもないように言われたが、初めて見た者にとってはすごい力だ。


 ちらっと見れば皆、一斉に引いてしまっている。しかもこの後は実践だ。守護者ガーディアンの二人の魔法を見てからとなると、こちらがより劣って見えてむしろやりづらい。それは周りも思ったのだろう。ひそひそ話していたり、その場から後ろに下がろうと移動している人もいた。


「ではこれから始めていきます。最初にやりたい方はいらっしゃいますか?」


 ロンドがそう聞くと、またもやその場は静かになる。

 むしろいないのではないだろうか、と思っていると、一人だけ手が挙がった。


「は、はい! 私やりたいですっ!」


 見れば背中に流れる蜂蜜色の髪をリボンのバレッタで留めている、小柄な少女が立候補した。彼女の魔法書は青色で、表紙には竜の絵が描かれている。横から見てもかなり分厚い。身体が小さい事もあってか、本自体が大きく見える。


 ロンドは微笑んで誘導し、基礎的なレクチャーをし始めた。


 シィーラは周りと同じように前を見ていたのだが、すっとヨクが近づいてくるのに気づいた。しかも相手はなぜかにやにやと笑っている。……嫌な予感がする。


 そしてその予感は的中するようだ。

 呟くような声で耳打ちされる。


「あんた、前に不審者の男を捕まえたやろ。可憐な見た目とは裏腹に、ガッツある女性司書がおるって言よったわ」


 …………結局ここでもそれを言われるか。


 いよいよシィーラは頭が痛くなった。 

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