05:魔法書の選択

「シーちゃん、機嫌直してよ~」


 眉を八の字にしながらセノウがこちらに縋ってくる。

 だがシィーラはむすっとした顔のままだ。面接の時はどうにか顔色を変えないようにした(つもりだ)が、セノウと二人きりの状態で笑顔を向けられるほどの余裕はない。思わず横目で睨んだ。


「お三方ともひどいです。私は至って真面目な話をしていたのに」

「シーちゃんは真面目過ぎてちょっと頭固いよ~。合格したんだから良かったじゃない」

「だからっ! 結果よりも私は過程を大事にするんですっ! それにこれじゃあ、フェアじゃないでしょ!?」


 通過した事は嬉しく思っている。が、どこか腑に落ちない。なぜなら各国でも有名で司書になれる可能性が限りなく低いと言われるユジニア王立図書館だ。あまりにもあっさりしすぎではないだろうか。これでは公平じゃない。自分と同じく必死になって試験を受けに来ている人は大勢いるのに。


 険しい表情を見て分かったのか、セノウは苦笑して弁解した。


「一次試験なんてこんなもんだよ。臨時で司書をしている人達も元々評価いいから受かってるし。人柄を知る試験だから、むしろ落ちる人の方が少ないの」


 思わず目が点になる。

 動揺してか、声も上擦ってしまった。


「……そ、そうなんですか?」

「うん。シーちゃんみたいに早々と一次試験が終わった人なんて何人もいるよー?」


 それを聞き、今度は羞恥で顔が熱くなる。そうならそうと先に言ってほしい。一人で勝手に勘違いして、これでは自画自賛してしまったようなものじゃないか。


 すると相手は小さく笑いながら呟いた。


「シーちゃんは面白いなぁ」

「……どういう意味ですか。まさかさっきの話は嘘、」

「そ、それはないない! 本当の事だよ!」


 慌てて首を左右に振られる。


 一瞬本気で嘘をつかれたのかと思ったが、ただ反応が面白かっただけのようだ。からかわれた事に対しても少し不服だったが、まだ二次と三次が残っている。それ以上は何も言わないでおいた。




 シィーラは腕を取られたまま、廊下を歩いていく。


 王立図書館自体かなり広くて大きいが、どうやら思っていた以上のようだ。長く赤い絨毯が敷かれてある廊下にいくつもある部屋。まるで迷路に迷い込んだ気さえした。セノウが「他の部屋でも同じように試験してるんだー」と教えてくれたが、それよりも周りばかりに目がいってしまう。


「はい、着いたよ」


 案内された部屋は大広間のようだった。

 そして中に入れば、すでに多くの人で賑わっている。


 思わず呆けて眺めると、皆それぞれ本をじっくり見た上で手に持っていた。中には知り合いもおり、やはり試験を受けに来た人は大勢いるのだと痛感してしまう。


「ほら、シーちゃんも自分の『魔法書』を見つけて?」

「魔法書?」

「そう。前にアナさんが守護者ガーディアンについて説明したでしょ? 二次試験は自分の魔法書を選んで、魔法を使えるセンスがあるかを試されるの。頑張ってね!」


 そう言い残すと、セノウはその場から出て行ってしまう。

 一次試験の試験官として今日は雇われており、他の応募者の面接がまだ残っているそうだ。とりあえずシィーラは、その場にいる人達に紛れて本を見て回った。


 その間、試験官と思われる司書がメガホンを持って説明してくれる。


「ここにある本は全て『魔法書』となっています。魔法書を選ぶポイントはただ一つ。自分の好きなジャンルの本、または興味のある本を選ぶ事です」


 耳で聞きつつ見ていくと、確かにジャンルに分かれて本が机の上に並んでいた。


 文庫、文芸、人文、教養、新書、教育、芸術、法律、経済…………。


 本当に様々なジャンルが並んでいる。当たり前だが、さすがは図書館。ジャンルの種類は豊富で、その中でもまたカテゴリーごとに分かれている。こんなに種類があれば、他の人と被る心配がないのかもしれない。だがシィーラは、思わず唸りながら考え込んでしまう。


 実は、好きなジャンルがない。というか、どの本もそれぞれ同じくらい読み、しかも読んだらそれなりにはまってしまうくらいに好奇心旺盛なのだ。色んな本を読んで知識をつけたいという思いがあるからこそ、敢えてこだわりがない。それは長所といえるが、どうやらこの場では短所かもしれない。


(一つのジャンルに偏りたくなかったって事もあるけど……、守護者ガーディアンになるならやっぱり自分の得意分野くらいいるって事よね)


 とりあえず色んな本を見てみる。


 だが、なかなか自分に合いそうなものがない。

 むしろ選ぶだけで時間がかかりそうだ。


(ああ、どうしよう。この際どれでもいいのかな。いや、でも自分の魔法書ってぐらいだから間違って選んだら取り返しがつかなくなるかも……)


 そう考えてしまうと、プレッシャーが一気に襲ってくる。

 しかもこの後、実際に魔法を使う事になるのだ。


(……もし自分だけ、使えなかったら)


 不安と緊張で汗が流れ、唾をのみ込む。


「シィーラ・ノクターンさん?」


 すると、急に声をかけられた。


 驚いて振り返れば、先ほど台に乗って説明をしていた試験官だ。


 淡いミッドナイトブルーの長い髪を横で軽く縛り、毛先の方は三つ編みになっている。髪色も関係してか、落ち着いた風貌を持っていた。どことなく目元が涼しげで、大人の品格が漂う。なんだか空気でさえ穏やかにさせてしまう低いバリトンの声色は心地いいが、残念ながら今のシィーラの状態では全く癒されない。


「そうですが、何か」


 自分の魔法書を選ぶ時間が惜しいので、思わず早口で聞いてしまう。だが相手はにこやかにこう言ってくれた。


「君の噂はかねがね。魔法書を選ぶのに苦戦しているようですね」


 もしやそれで声をかけてくれたのだろうか。

 シィーラは天にも縋るつもりで大きく頷いた。


「特に好きなジャンルがないんです。どの本もそれなりに読んでいるので。そういった場合は、どうしたらいいですか?」

「それはなかなか珍しいですね。だったら……」


 少しだけ顎に手を添える。

 辛抱して待てば、相手はにっこりと笑った。


「直感しかありませんね」


 あまりにもあっさりそんな事を言われ、シィーラは思わず不審な顔になる。


「そんな。そんなので選んで大丈夫なんですか?」


 失礼ながら、思った事を口にしてみた。


 すると試験官は、真面目な顔になって頬を緩める。

 勿忘草色の瞳がどこか光ったように見えた。


「直感は侮れませんよ。それにどれを選んだとしても、結局それはあなた自身が選ぶ事・・・になっていたというわけですから」

「……? どういう、意味ですか」


 なんだか難しいので、少しだけ首を傾げてしまう。

 するとまた朗らかに笑った。


「そこまで深く考えなくて大丈夫、という事です。むしろ色んな本を読んでいるなら、どの魔法書を選んでもあなたなら扱えるのではないでしょうか」


 そう言われると、少しだけ心が軽くなった気がした。


 確かにどれを選んだとしても、きっと自分なら大丈夫だろう。

 伊達に本の読み込みはしていないし、それなりに知識も入っている。もし何かあっても、またそこから頑張ればいいだけだ。なんでも完璧にする必要はない。


 少しだけ落ち着いたところでふと、ある本が目に留まる。

 自分の瞳と同じ色の背表紙だ。


 思わず本を手に取ると、試験官はこちらを見ながらすっと手を奥に向けた。


「二次試験は個別ではなく、全体で行います。さぁ、こちらへ」


 シィーラは一度だけ呼吸を整えて、言われるままに足を動かした。

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