04:真面目なだけで何故こうも

 それはある午後の天気が良い日。


 暖かい気候が関係してか、利用者の数も多かった。

 そしてたまたま、シィーラがある事件に関わったのだ。


 返された本を戻そうと図書館の二階に上がれば、一番奥の本棚の隅で何かしている男性の姿があった。ゆっくり近づけば、何かぶつぶつ言っている。しかも頭は隅に向け、こちらから見ればお尻を突き出しているような感じだ。これは子供はおろか、大人でさえ近づきたくない。気持ち悪いと素直に思いながらも、シィーラはそっと声をかけた。


「あの、すみません。そこで何を……。!?」


 男が手に持っている物を見て、言葉が止まってしまう。

 なぜか右手にはナイフ、そして左手にはびりびりに破れている本があった。


「あ、なた……。何をしているんですかっ!」


 思わず大声になったせいか、周りにいた者がこちらを振り返る。

 すると男は慌てて本をその場に投げ捨て、両手でナイフを向けてきた。


「きゃあっ!」

「なに!?」


 慌てて逃げ惑う人々が出てきて、周りも何事かと騒ぎを聞きつける。

 そして二階にいた者はその場から逃げだし、逆に一階や三階以上にいる者はギャラリーと化した。


「本になんて事をっ。その本はあなたの所有物ではありません。公共の物ですよ!」

「うるせぇっ!!」


 注意をしたシィーラに対し、男の方が数倍も大きな声で怒鳴った。

 思わず近くにいた者はびくっとする。男はにたりと笑った。


「ようやく、ようやく手に入ったんだこのレアカードをよぉ……!」


 そう言ってポケットから出してきたのは、きらきらと光る黄金のカードだ。確か、子供達が集めている虫のコレクションカードではないだろうか。カードゲームに使われるもので、レアで攻撃力が高い物はきらきら光る素材になっているはずだ。子供だけに限らす、コレクターにも人気がある物だった。


「あなたの望みはそれですか」


 シィーラは険しい顔になる。

 するとあっさり相手は頷いた。


「ああ。街にある書店で漁っても滅多にレアカードなんて出てこない。だから頭の良い俺は考えたのさ。図書館に入ってる本に、もしかしてレアが紛れ込んでいるかもしれないってね……!」


 やり方は卑屈だか、確かにその可能性はある。

 だがそんな事はどうでもいい。


「それで、今あなたが放り投げた本はどうするんですか」


 見るも無残な姿で床に放置されている。袋とじ式だったのでその袋だけナイフで切ったのだろう。だが、本自体も傷ついている。カードだけ欲しいなら、本は関係ないはずだ。


 すると男は豪快に笑い出した。


「破くつもりだったさ。だって証拠があったら誰かにバレるだろう? これが手に入ったんだ。後はどうでもいい」

「…………つまり、本は持ち去る価値がないと?」

「当たり前だろう? 俺達コレクターが欲しいのはカードだけだ。それにガキだってカード狙いで買ったりしてると思うぜ? 虫についての本なんて、誰が読むと……んがぁっ!」


 最後まで話す事なく、シィーラはすぐに足を上げて相手の顔に御見舞いした。動きやすい服装だったからか、綺麗に命中する。自分の理念を優雅に語る男からすればそれは、かなり素早く認識すらできなかっただろう。周りは「おおっ……!」とどよめいた。


 逆光を有効活用して、倒れた男を鬼の形相で睨む。

 ゆっくり近づいていけば、男は先ほどと様子が違う事にようやく気付いたようだ。シィーラは相手の胸倉を掴み、すらすらと言葉を吐く。


「購入した本をどうしようとあなたの勝手ですが、この本は図書館の物です。言っておきますが、この『昆虫日記シリーズ』は子供だけでなく理系の科学者達も読んでいます。一体年間で何回借りられているか分かりますか? 一人だけ読んでいるわけじゃない、多くの方が読んでいるんです。本に何の罪もないのにこんな事をして……。そんなにカード欲しいなら買って処理しろっ! 図書館で人に迷惑かけるなぁっ!!」


 荒い口調で最後に叫べば、相手は呆気にとられたように固まる。


 しかも周囲から一斉に拍手が沸き起こり、駆けつけた警備隊によって男は拘束された、というわけだ。それから数日間、見た目は可憐なのにかなり熱い女性の司書がいる、という噂は利用者の耳に駆け回っていた。







「にしてもすごかったなぁ」

「本当ですね。あの時は足技ができるなんて、知らなかったですわ」

「不審者から利用者を守るために、隣国で司書してた時から格闘技習ってたんだって! 前に館長さんが挨拶に来てくれた時に教えてくれたよ」

「あー、だから咄嗟でも動けたのか」


 ぺらぺらと好き勝手にあの時の事を話され、イスに座っているシィーラは居たたまれない気持ちでいっぱいになる。今いるのは一次試験で用意された部屋。ここで試験内容である「面接」を行うようになっていたのだ。だがまさかその試験官が司書の中でもトップの位置にいるドッズ、そして散々お世話になっているセノウにアレナリアだなんて誰が思うだろうか。ちなみに三人も間近でシィーラの勇姿を見ていたらしい。


 あの時は周りが見えていなかったが、改めて皆に拍手された時は恥ずかしくて仕方なかったものだ。その後しばらくの間、司書で働く仲間から尊敬の眼差しで見られたりネタにされたりもした。


「それにあそこまで本について熱く語れる奴はそういない」


 ドッズはにやっと笑った。

 逆にシィーラは苦笑いしかできない。

 

 まさか、一次試験でドッズにお目にかかれるとは思わなかった。自分の黒歴史になりつつあるこの事件について話されたのは精神的に辛いが、意外と良い評価をくれている。あながちあの時の自分の行いは間違ってなかったようだ。……本の内容や詳しい事まで喋ったのは、正直自分でもやり過ぎだったと思うが。


「あ、あの。私は、」

「それでいて本の内容、そして利用者の数まで把握済みねぇ。なかなかやるな」


 机に置かれている資料を読みながらそう言われる。

 何か話そうとしたのだがタイミングを逃し、とりあえずシィーラは「はぁ」と答えた。


 するとセノウが付け足して言葉を続ける。


「それだけじゃないよー? シーちゃんはあんまり感情が出なかったりするけど、好奇心旺盛でどんな本でも読みこんでしかも覚えちゃうんです!!」


 褒めてくれているのだろうが、感情がないという表現はちょっと失礼だと思う。


「人に勧める本を選ぶのも上手いですし、利用者には素敵な笑顔を見せてくれるんですよ。普段真面目な顔ばかりしているのがもったいないくらい」


 アレナリアにまで素で言われてしまった。

 若干へこんでしまう。


「うーむ、つまりは真面目でしっかり者で頼りになる。だけど真面目過ぎるのがたまに傷、ってとこか?」

「お、そんな感じ!」

「どう成長するか楽しみですね」

「…………」


 この三人は人の話を聞く気があるのだろうか。いい加減に色々と突っ込みたくなってきたのでシィーラが口を開こうとすると、ドッズがあっさりこう言い放った。


「よし、じゃあ一次は終了だ。次は二次だな」

「……………はい!?」


 思わず聞き返す。シィーラは焦った。


「ちょ、ちょっと待ってください。一次試験は面接のはずです。私はまだ、何もしゃべってないんですが」

「ああ、働いている様子で大体理解できた。合格だ。次は二次を受けてくれ。セノウ、会場に案内してやれ」

「りょーかい!」


 そそくさとセノウが近づき、腕を引っ張ってくる。

 一瞬唖然としたが、シィーラははっとして声を張り上げた。


「待ってください、それじゃあ公平ではありません! 確かに客観的に見ていただけて合格にして下さったのは嬉しいですが、でもそれとこれとは別ですっ! 私の話も聞いてくださいっ!」


 すると皆、一瞬で目を丸くする。


 シィーラも思わず余計な事を言ったのかと思って口を閉じたが、どうやらそうではないらしい。三人は頬を緩めて、息ぴったりに声を揃えた。


「「「真面目だねー」」」

「ち、ちがーう!!」


 思わず反論して大声を上げる。

 だがいつまでも経っても、目の前の人達は愉快そうに笑うだけだった。

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