03:彼が妥協するはずがない

「あら、信じてないの?」


 アレナリアはちょっと心外、というように聞き返す。


 するとセノウは両手を上げ、伸びをする。

 どこかあっけらかんとした態度で答えた。


「そうだねぇ。一次二次はよゆーだと思うよ。でも三次は厳しそう」

「三次の試験官は……」


 思い出していると、ふっふっふ、とわざとらしくセノウが笑いだす。

 そして人差し指を天に向け、良い笑顔を見せてきた。


「決まってるじゃん。毎度ながら、ギルがやるでしょ」

「あら……」


 同じ司書である仲間の名を出され、眉を八の字にして困ったような顔になってしまう。だがそうなるのも無理はない。試験官が別なら、まだ可能性はあるかもしれないのに。


「最近ギルファイばかりね。あの子が絡んだら、誰も受からないわよ?」

「しょうがないんじゃない? こればっかりはねー。それにギル、人を見る目はあるよ」

「あらまぁ。人間不信のくせに?」


 くすくす笑いながら思わず毒を吐いてしまう。

 だがアレナリアは、花のように可憐に微笑んだ。


「でもシィーラさんだって、心に持っている本に対する『想い』はきっと強いと思うわよ」


 これに対し、セノウも頷く。

 そして遠慮なく思い出し笑いをした。


あの時・・・はすごかったよねぇ。だって大人しそうな顔してるのに、シーちゃん言う時は言うんだもん」


 アレナリアも同じように頷いた。


 そしてちらっと二階を見たのだが、いつの間にか彼はいなくなっていた。すれ違いで目を合わせた時は何でもない顔をしていたが、まさか盗み見と盗み聞きをするとは。一体どこまで話を聞いていたのか。しかも普段人に関心を持たないくせに、随分と熱心にシィーラを見ていたような気がする。もしや彼女の司書としての可能性を見出していたのか。


 そんな風に思ったが、小さな溜息は無意識に出てしまう。

 どうせギルファイの事だ。試験自体は厳しく仕掛けるつもりだろう。







 図書館には入りきらない本を保管する巨大な書庫がいくつか用意されている。そして本のみならず、当然司書が休む部屋もいくつかある。


 この王立図書館の責任者である、ドッズ・ジニーの部屋もその一つだ。


「うう……」


 唸りながら、机に溜まる膨大な量の資料を読み漁る。


 深緑色の短髪をがりがり掻きながら、資料を見ては机の横に置き、見てはまた置く、と同じ動作を繰り返していた。それは全て、ユジニア王立図書館の司書になりたいという願書だ。


 あまりの量で一日では終わらないだろう。

 目と肩が痛くなり、思わず座っているイスに背中をつけて顔を上げる。


「今回も応募が多いな。まぁ人手不足だからありがたいっちゃありがたいがな」


 ぼやきながら伸びをして、身体を解した。


 ドッズは今年で三十路になるが、まだまだ若い(と自分では思っている)。

 のに、最近では働いてる司書達におじさん呼ばわりされるのだ。あまりに失礼極まりない。大体、元々老け顔なのだ。致し方ない部分もあるだろう。悲しみと怒りを混ぜた感情を、ドッズは仕事にぶつける。書類審査でももちろん合否をつけるため、目と頭を使って候補を分けていた。


「一次二次は他の奴に手伝わせるとして……」


 試験を一人で全て見るのは酷な話だ。働く司書達を使って判断させる。口では色々と文句や愚痴を言ってくるが、しっかりしていて優秀な人材が多い。任せても問題ないだろう。


 と、ドッズはちらっと部屋にある赤いソファに目を動かす。

 そこには額の上に新聞をかけて寝ている青年の姿がある。


 ここは一応ドッズ部屋だ。許可なく使う事は控えてもらっている。なぜなら私室というよりは仕事部屋だからだ。だがこの寝ている男は人が注意しても聞く気がない。このよう事はこれまで何度もあった。毎度の事ながらいらつく気持ちをどうにか抑え、音量を上げて声をかける。


「で、三次はお前がやるのか?」


 するとのそっと相手が身じろぎした。


 乗っていた新聞は床に落ち、相手は群青色の瞳をゆっくり開ける。こちらに顔が向けられ、ドッズは相変わらず彫刻のように容姿が整っているな、と皮肉交じりに思った。ようやく起きたギルファイ・バルドは、頭を揺らしながら手足の長い身体をぽきぽきと鳴らす。実は百九十もある長身の持ち主で、その体型は余裕で座れるソファも役目を果たさないだろう。黙っていればただの美青年。だが残念ながらこの男、良いのは本当に見た目だけだ。


 今回も熟睡していたのか、欠伸をしながら横目でこちらを見てくる。


「なんだ」

「だから、三次はお前がするのかって聞いたんだよっ!」


 やはり怒りは声に表れてしまう。

 刺々しく教えると、相手は「ああ」としれっと言った。


「当たり前だ」

「ほーお? 随分でかい口たたくな」


 額には既に怒りマークがついているのだが、どうにか笑みを持ってそう返した。冷やかしも込めておく。言っておくが、自分の方が上の立場だ。年上に対して敬意ある態度を取ってほしいのだが。しかしギルファイは、そんな事おかまいなしに無表情で答える。


「俺はよっぽどでないと王立図書館の『司書』とは認めない」

「……だからって今回も合格者なしとかは止めてくれよ」


 ドッズは苦々しい顔をしながら注意した。


 三次の試験官はギルファイが主に行っている。それは人を見る目がある適任者でありながらも、かなり採点が厳しいだからだ。確かに甘く判断して役に立たない司書を入れられるよりはいい。だが、実は前回、司書として合格した者は数名いたが、守護者ガーディアンとして合格した者は一人もいなかった。それはもちろん、ギルファイが合格者を出さなかったからである。


「司書として雇われるだけマシだろ。試験の時だけ得意ぶってぺらぺらと上手い事を言いやがって。どうせその場を乗り切るために適当な事を言ってるんだ。そんなんじゃ、この先やっていけない。だからこそ守護者ガーディアンには相応しくない」


 確かに言っている事は正論だ。しかも五人の合格者のうち、実は二人ほど逃げ出している。それはギルファイの接し方も関係していると思うのだが、結局は合格者の心が弱かったのだ。


 ギルファイは淡々と、それでいてかなり饒舌に言葉を続けた。


「向いてもない奴に任せる必要はない。人数じゃなくて資質があるかどうかを見て決めろ」


 言いたい事は分かる。

 だがドッズは、思わず口調が荒くなった。


「あのなぁ、誰もがお前みたいな考え持ってねぇんだよ。そうはいっても人手はいる。実際こんなに広くてしかも魔法書の数も半端ないのに少数の守護者ガーディアンで回せると思ってんのか?」


 本当にこの図書館は、他のどこよりも人手が足りない。一人でも多くの司書が欲しい。そのためなら多少の妥協も必要になる。ドッズはその事が言いたかったのだが、相手の意志は固かった。


「その時はその時だろう。これまで通り、三次は俺にやらせろよ。それと、何があっても本気で潰すからな。男だろうが女だろうが関係ない」


 そう言ってすっと立ち上がり、部屋から出て行こうとする。

 ドッズは名前を呼んで止めようとしたが、精神的に疲れていたので敢えて止めておいた。むしろ話し合う時間さえもったいない。そんな暇があったら試験のためにじっくり資料を読み込む。


 再度書類に目を戻していると、急にギルファイの足が止まった。


「どうした」


 いつもの彼らしくないと思いつつ、怒りを含ませた声色で聞く。

 するとこんな事を聞かれた。


「臨時で司書をしているのは、今のところ何人なんだ」

「? 多めに取ったから二桁はいるぞ」


 ドッズは思わず目をぱちくりさせてしまう。

 そんな事を聞いてきたのは、今回が初めてだ。


 様子がいつもと違うと思えば……少しだけ笑いがこみ上げてくる。


「なんだよ、その中で気になる奴でもいるのか?」


 するとギルファイは少しだけ黙った後、素っ気なく答えた。


「別に」


 そのまま結局出て行かれ、少しは手伝ってくれないのかと内心むっとなる。だが彼の性格はこれまで一緒に過ごしてきて、分かっている。だからこそ、少しは直ってくれたらいいのに。


「ったく、面倒くせぇガキだな」


 舌打ち交じりにそう呟いたが、間違いなく彼の相手を見極める目は信頼できる。ただ性格が歪んでいるだけで。そしてまったくこちらの言う事を聞かない、我儘放題の奴だが。


 どうしたもんだと少し悩んでいると、急にノックされる。

 司書が一人入ってきた。


「追加の登録資料、持ってきました」

「おー。ごくろうさん」


 ドッズはまた増えたか、と言いながら受け取る。


 このようにまだまだ登録者は増える事だろう。前回よりも数が多いため、より良い人材が見つかる事を祈る。誰かあのギルファイをぎゃふんと言える者はいないのだろうか。


 何の気なしにページをめくって見れば、気になる人物がいた。


「シィーラ・ノクターン……」


 この書類には写真も貼るようになっているのだが、彼女の顔が若干歪んでいた。

 これはもしや無理やり書かされたのではないだろうか。なぜならセノウの服の裾が写真に写っている。気に入った奴にはとことん付き合うセノウの性格だ。見込みはあるのかもしれない。そういえば、アレナリアもどこか嬉しそうに彼女の事を話していた時があった。


 ドッジは少しだけ含み笑いをする。

 実は彼も、シィーラが関係していたあの事件を目撃していたのだ。

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