降光

 ゼクスルク、そして桃李は見上げていた。彼らの視界に映るのは神話の光景。闇から差し込む幾条もの陽光の柱に燦然と耀く一柱の神の姿だった。


『……黒き君』


 跪く〝魔の時代〟の覇者。魔王グロテスクとまで称される〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟が頭を垂れる相手となると、それは王を超える帝に他ならぬ。


 人像柱や樋嘴が畸嵬像きかいぞうの姿へと裏返る際の光柱とは異なる、淡い黄金のスペクトル光は彼らが眼にしたことのない、恒星イラストリアスが放つ光だ。決して晴れぬ筈の灰色の雲海に楔が穿たれるなど、〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟さえも聞いたことのない奇蹟だった。


 ならば、その中心にるモノは奇蹟の体現者である。墨を落としたような黑に、橙色に奔る描線、神々しさと凶々しさが同居した二律背反的黄金率に支えられた軀。おお、眼に灼きつけよ。これこそ、人から神へと〝踏破〟をたした、歴史に楔を打ち、来るべき次世界への梯を築くもの。いずれ〝相剋の儀〟を経て、終幕へと向かう世界に次なる夜明けを齎す黒い太陽。機神黑燿――。プラメテルダ銀河最後の神話の担い手が一柱である。


 ――やはり、あの方は真に〝黒き君〟だった。


 人の身でありながら〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟を覚醒めさせるに足る厖大なアニマを有する、黒い太陽が如き気配はまさしく彼が仕えるべき〝黒き君〟。今も覚醒時に注がれたアニマが生き生きと活性化しているのが、わかる。


 否、それだけに留まらぬ。発光現象と物質化を起こしたアニマがゼクスルクを覆い、更なる領域へと引き上げていく。黒化していた軀の一部を覆う白い描線が光を伴って粧飾エングレーブとなり、鴉が向かい合う双眼も荘厳さが冴える白で染まる。艶のない黒に染まっていた〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟は今、往年の白亜の姿を思い出したかのように白光の輝きを湛えていた。


 魔王グロテスクの変化は、彼を追いかけていた勇者シメールも、彼の体内に収まる桃李も認めていた。


「ゼクスルク……?」


 首を傾げて呟く桃李。


「何よ、あの魔王グロテスクの姿!」

「あまりいい雰囲気とは思えないわね」

「あいつ、まだがあったのか――」


 驚愕に目を剥く勇者とルード、そして呆れたような笑みを浮かべる白金。だが、致し方あるまい。魔の時代の覇者たるに相応しい圧倒的な姿を見せた〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟が、更にを見せたのだ。元から存在していた隔たりは先ほどよりも深く広くなり、今のゼクスルクならば戯れに剣を振るっただけで彼ら三人を容易く屠り去れるだろう。


 しかし、ゼクスルクにとっては彼女らの存在は今、重要ではなかった。主たるモノの存在力の傍には明らかに敵対する気配があったのだ。今のゼクスルクでさえも敵うかどうか判らぬ、黒き君ほどでないにせよ、強烈な存在力が――それも二つ。しかも、場所は〝緑の玉座〟の中心に近い。


 ゼクスルクは知らぬことだったが、神門とジラの衝突は舞台を駆け回り、今や〝比翼の魔杖ビルヘイムフル〟の坐す付近にまで迫っていた。まさかとは思うが、黒き君にビルヘイムフルが呀を剥くことがあったとしたら……。神門に対する悪意の臭いを発散させている気配が接触したとすれば、全くの杞憂だとも思えぬ。ならば、御君の元へ馳せ参じるのは己の役割と、ゼクスルクは判断した。


『行くぞ。黒き君の元へ急ぐ』


 それだけ告げると、魔の時代の覇者は塵雲薙ぐ己の主へと歩を進め始めた。無論、ゼクスルクと戦っていた久遠らも後を追う。奇しくも、〝魔石貴族〟である〝比翼の魔杖ビルヘイムフル〟の眠る玉座へと、運命の徒は集結する構図だ。誰が決めた定めやら、運命に楔を打つ者は、今は差し込むイラストリアスの直射日光の下。

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