峻険

 ゼクスルクの膨大なアルマは曇天を突き、塵級機械雲ナノマシン・クラウドが柱のを目指して降りてくる。塵級機械ナノマシンが絡みつき、ゼクスルクの身体に保存されている肉体情報に従って、畸嵬像きかいぞうとしての軀を形成した。


 眼前には同じく畸嵬像きかいぞうとして〝裏返った〟勇者シメールの姿がある。バッスルスタイルのドレスに似た黎い装甲を纏い、拡大された〝白き隕石いしの勇者〟を携えた繊麗な戦乙女。レースに似た幾何学的な模様が色を添え、紫水晶アメジスト紋章光ファサードを輝かせるその様は、優美とさえいえた。〝白き隕石いしの勇者〟を構え、ゼクスルクの様子を窺っている。攻めるきっかけを探っているのは明白だが……。


 足元には、心ここに非ずといった白金と桃李。今は呆然とした白金だが、気を取り直した途端、再び桃李に手をかけないとも限らない。黒き君より桃李を任された以上、彼女を傷つけられるわけにもいかぬ――と判断したゼクスルクは、彼女を五指で掴み上げた。


 しかし、それは明らかな空隙。無防備極まる悪手だった。おそらく勇者シメールからはゼクスルクが不意に身をかがませたように見えたのだろう。攻めあぐねいていた勇者シメールがこれを見逃すわけもなく。


 迸る閃光は〝白き隕石いしの勇者〟の連突。逆手で握っていた巨剣を楯に攻撃を防ぐと、連ね撃たれた穂先と刀身が鏘鏘しょうしょうと飛瀑の音色を奏でる。ゼクスルクの武器が幅広の巨剣でなければ、今頃は槍衾とされていてもおかしくはない。炸裂する圧力から桃李を庇うも、このままではいずれ巨剣を避けた飛沫が降りかかる可能性が高い。


 ――致し方ない、か。


 胸部装甲を展開し〝御座〟をせり出す。本来ならば〝主〟たる黒き君が坐すべき〝御座〟だが、事ここに到っては身を護る術のない桃李を護り切るに足る場所は他にない。桃李を胸部から伸びた〝御座〟へと導き――『乗れ』と、短くともはっきりとわかる、不承不承とした声色で石像機の王が告げると、声の主を理解しているのか、桃李は首肯して〝御座〟に坐した。


 瞬く間に〝御座〟が収納され、後顧の憂いをなくした〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟は刀身に絡みつく刺突を一度に払う。ゼクスルク自身と巨剣の質量は勇者シメールと〝白き隕石いしの勇者〟のそれを超えており、単純な差が連打を押し切る一撃が戦場に凪をもたらす。瀑布の連なりが、津波の質量の前に頭を垂れたのだ。


『ウソッ⁉』

「…………ッ、デタラメな!」

『あまり調子に乗らないことだ』


 王たる威光を放つゼクスルクの姿は、なるほど魔の時代の覇者に相応しい出で立ちだ。ただ、その威圧の中に桃李を〝御座〟へと導かなければならなかった悔恨の念が微量含まれていたことを、相対する久遠もルードも知りはしなかったが。


「ゼクスルク……?」


 泳ぐのは輝く粒子。瞬きを見せるそれは、浮遊するアニマのほたるだ。昏闇が支配している空間を仄かに照らす燐光は、幻想的でどこか儚い。回遊するほたるが映し出したのは、瀟洒な装飾が施された黎い椅子。背つかの高いそれに座った桃李は、眼前に顕れた石像機を――もっとも、彼女にとって石像機が既知の存在であるかは知らぬが――眼鏡の青年であると認識していたらしい。小首を傾げながら彼の名をつぶやくと、周囲から青年の声が包み込むように響く。胎児が夢もかくやか、しかし胎盤を経て誕生せぬ人像柱ではかなわぬ喩えだ。


『元来ならば、その〝御座〟は相構えてお前ごときが坐することは許されぬ座だ。しかし、黒き君の命に背くことはできん。おとなしく座っておけ』


 ゼクスルクの声を呼び水に、唐突に桃李の視界が開けた。普段の自分よりも標高が高い。万象を睥睨できると思わせられたのは、畸嵬像きかいぞうとしての本性を曝け出した〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟の視る景色故だ。


 そして、彼女の瞳にはゼクスルクと相対する久遠の姿も映っていた。黎い花嫁か花弁といった印象の畸嵬像きかいぞう。巨大な槍――〝白き隕石いしの勇者〟を構えた戦乙女の紫水晶アメジストの眼光が、桃李を貫かんばかりに閃く。


「〝白き隕石いしの勇者〟?」


 桃李が初めて眼にする長槍の名を口にしたのは、何もその銘が彼女の知識にあったからではない。映し出された外界情報を補足する形で、槍の銘が浮かび上がってきた故だ。その言語は――神門やルードが眼にしたならば瞠目を隠せなかっただろうが、銀河標準文字だった。とうに太古と呼ぶに相応しい間遠あいどおを経て、当時存在していないはずの言語体系からなる文字が表示されていたのだ。尋常ならば考えられぬ符合。しかし、当然ながら桃李には与り知らぬ事柄ではあった。


 瞬間。弾けたと紛う程に鋭い穂先が、曇天の幽い光を照り返した。噴水より出づる透明と虹の曖昧色に染まる水飛礫は瞬間に生ずる芸術じみてはいるが、実のところ殺意の飛礫であり、脱魂の咒いが籠められた波濤でもある。一撃の重きよりも疾きの手数を旨とした刺突の群れは、しかし、一手一手が軽いとはいえ容易く捌けるかといえば逆だ。少しでも仕損じれば、翻って必殺足り得る一手へと転じる、巧妙な攻撃。誘いフェイントの捨札なぞない、看過すれば王に手をかける変幻自在の刺突の群れなのだ。いつになく技に偏った勇者の一手は、魔の時代の覇王になんとしても届かせようとする足掻きだった。


 だが、ゼクスルクも音に聞こえた古強者である。眼前の勇者の槍撃のを即座に見切り、巨剣を扱っているとは思えぬ程に巧みに暴威の飛沫を。剣尖を戦乙女に向け、〝白き隕石いしの勇者〟の刺突を刀身に滑らせ、手首の動きだけで脅威の外側へと払う。転じて頸をとる自在槍も、こうなってしまえばせせらぎに浮かぶ木の葉が流されるに等しい。しかも、驚異的な冴えをみせる技を行使しておきながら、ゼクスルクには危なげな気配など一切感じられない。白い軌跡が〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟を避けて迸り、彼を銀光で飾る。卓越した技倆がみせる脅威の剣技は、殺戮というベクトルに偏っているというのに、どこか荘厳さと蠱惑の気配さえ漂っていた。己を灼く誘蛾灯に引き寄せられる蛾もかくやかと思わせる程に、甘く危険な絶技。


 鮮麗な連ね突きもこうなっては形無しだ。誰が思おうか、必殺の――一手が通じぬならば更に重ね、去る頃には存在すら許さぬ槍技が、王に栄光のヴェールを飾るだけに終始するなど。


 対手から見れば、悪夢としか思えぬ。巨剣を自らの手足同然に繰り、緻密かつ鮮麗な冴えた剣――他の殆どの樋嘴が、質量と膂力に着目した最大火力を導き出す方程式に終始している中、彼はそれにとどまらずに対手を禦する技を磨き上げた。豪快な力技ではなく、繊細な技巧に訴えかけた――これも〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟が魔の時代を征し得た理由の一つだ。


 だが――。高速を誇る点の攻撃から、線に転じてはどうか。疾く急所を穿つ刺突も軌道が読まれていれば、避けられやすく捌きやすい。対して、横の攻撃は動きは捉えられやすいものの、一撃の面積は刺突には及ばぬ制圧力を持つ。ましてや、穂先の連射に慣れたゼクスルクであれば、即座に対応はかなわぬだろう。そう、目論んだ勇者は黎い畸嵬像きかいぞうの存在する空間ごとこそぐ勢いで〝白き隕石いしの勇者〟を薙いだ。

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