剣風

 例えば、順序が変われば――結果は変わっていたのだろうか。しかし、世界にIFは存在しない以上この回答に意味はなく、また答えそのものも無い。


 〝緑の玉座〟の三者の遭遇は、まず魔王グロテスクと悪魔の申し子から始まった。魔王と行動を共にしている龍神神門を付け狙うジラ・ハドゥにとっては待ち望んでいた展開、そして神門にとっては不運な再会だった。


「…………なんだ?」


 小烏丸のセンサーがホバーブレイド駆動に伴う独特の周波を検知し、しかもそれが接近してきている事実を知らせてきた。この惑星でホバーブレイド――MBを使用する者など同じ銀河人類種以外にはありえぬのだが、神門にはその心当たりが無かった。拉致されたルードはMBを持っていなかった上、そもそも調達そのものが不可能だろう。加えて、ルードの依頼主という可能性も考えられたが、それにしても降下が可能ならばわざわざそれなりの金銭を投じて惑星潜りサルベージャーを雇う意味も無い。


 考えあぐねている間にも反応は強まっていく。接近速度に友好さを感じなかったことから、神門は小烏丸の肩から桃李を降ろした。


「何者かが接近していますね」


 彼の行動の意図を察していたゼクスルクが迫りくる、未だ姿の視えぬ来訪者の方へと視線を向ける。


「頼む」


 言葉短めに告げると、小烏丸は腰を落として〝居合〟の構えを取る。


 MBがこの惑星に顕れる――この有りべからざる事態に、神門は〝結社〟の翳を感じざるを得なかった。確証は、無い。だが、本人よりも聡明にして敏感な戦士の勘が告げている。


 神門の意を汲み取ったゼクスルクが少々乱暴に、だが人像柱の少女を肩に担いで、先へと姿を消した。


 こめかみを撫でる冷ややかな汗の感触に、思わず拭い取ろうとする手の動きを留める。既にここは死地。油断をしては、即座に死につながる羅刹の地だ。深呼吸をして精神を鎮めつつ、緑色に塗りつぶされた奥に潜む脅威を視線で、射抜く勢いで睨みつける。


 ――……来るッ!


 到達を悟ったのは、やはり戦士の勘。それに素直に従って、爆斬鉈ばくざんしゃを抜く。同時に、たいを横に流した。毒々しい爆焔が、蒼いメイサーの輝きが、緑の大気を灼く。爆速の抜刀術は剣尖を蒼い車体に掠めさせ、爪牙クロウバイトの邪悪な呀は虚空を噛んだ。


 一合目は、際どいところで小烏丸に軍配が上がったが、抜き払いの刹那に車体を逃がしておかなったなら、操縦席ごとこそげ落とされていたに違いない。いや、むしろ、手心を加えられていた節が感じられた。


 交錯する車体と車体。ホバーブレイドで旋回――小烏丸と対手が同時に敵機を視覚に収める。


 ――こいつ。


 蒼い車体。巨大な右腕の爪。縦並びの二眼カメラアイ。迸る兇悪な気配。忘れようものか。このMBは、このライダーは、このは……。


『また会ったね、龍神神門?』


 嘲弄するような口調が神門の疑念を確信へと変えた。


 異常なほどの操縦技術の冴えを見せつけ、そして自身の身体も異形へと怪物。なにより養父を殺害した怨敵にして、〝結社〟の一員。


「ジラ……ハドゥか!」


 蘇る映像すがたは、端正な相貌を喜悦に歪ませた金髪の少年。兇悪無比、悪徳を悪徳とも思わぬ、背徳を背徳と認識せぬ、冷酷無慈悲な――人を殺すという点でぎ澄まされたような、悪魔の申し子。


『せいっか~~い!』


 小烏丸の牽制射撃が虚しく宙を穿つ。オドナータは素早い切り返しで射線を躱し、瞬く間に接近すると右の顎門あぎとを振るった。


 刹那の判断を下したのは理性しこうではなく野生からだ。動物的勘が反射的に操作、小烏丸が間合いを詰める。接近と接近が重なり、両者の距離が殺され、必然的に弧を描く軌道の内へと潜り込む形となった。


 両者の衝突。しかし、M級ミディアムMBである小烏丸がL級ラージMBであるオドナータに質量で敵うわけもなく、たいあたりの衝突は後者に軍配が上がった。


「ぐっ」


 ホバーブレイドを巧みに、体勢を整える小烏丸の姿は、無重力の宇宙空間で方向転換を試みてバーニアをふかす、旧時代の宇宙艇にも似た。時間にして秒にも満たぬ立て直しは、神門の持つMB操縦技術の確かさを保証するものだったが、それでも強化された神経を持つジラから視れば隙以外の何物でもない。


 蒼いMBがばら撒く要領で左マニピュレータに握ったライフルを連射する。瞬間を奔る銃弾は狙いこそ甘いが看過できるほど楽観視できるものでもない。ゆり戻りつつあった平衡性バランスを犠牲にして、神門は右のホバーブレイドを瞬間加速させて〝膝蹴り〟を行う。敵のいない空間に伸びた膝は、無為とみせかけてその実、分厚い脚部装甲で操縦席の楯となって、主を致命の銃弾から遮った。


 背後に傾きつつある小烏丸、光熱式融解マニピュレータを戻しにかかるオドナータ。やはり車重の差で、車体からだを残した肉食機械昆虫に天秤が傾く。一対一の構図、誤魔化しの利かぬ強敵という条件が、乱戦では数ある要素にしか過ぎぬ差を致命的な格差の壁としてそそり立たせる。


 ――ならばッ!


 体操作で車体を旋回、同時に爆斬鉈ばくざんしゃの火薬が発火。身を捻りつつ繰り出すのは、対手から視て右から迫る爆速の刃。小烏丸の右マニピュレータからなる右旋回の剣は、元来ならばその距離が仇となりかねぬが、神門はこの一太刀が最善手であると判断していた。


 横殴りの妖光が頭上を掠める。滑走距離がもたらしたものは、爆斬鉈ばくざんしゃの爆発力を利用した体操作術。爆速の薫陶を受けた旋回によるジャイロ効果が車体の均衡性を強引に取り戻させ――同時に、神門は車体を沈ませる。


 氷面削ひもそい。いはである。氷面ひもに添うが如き太刀筋は対手の両脚を横に断ち、加えて身を屈ませることにより、身にかかる脅威を頭上でやり過ごす効果も持つ。


『小細工ッ!』


 武装の設計思想により基本的に〝えぐる〟軌道となるクロウバイトを相手取るに相性のいい剣技だ。しかし、如何なる反射神経を持っているのか、必中必倒の脚切りをオドナータは跳躍により回避せしめた。なまじ、兇悪なマニピュレータをかわさんがために低空を趨った――まさしく氷面削ひもそいの一刀は僅かな宙空に逃れられただけで、その効果を永遠に達せられぬ過去のものとした。


 ならばと空転した刀身をそのまま趨らせて、再度のジャイロ効果による均衡性の獲得で、龍巻の如き横薙ぎ。しかし、驚愕すべき反射神経を持つジラ・ハドゥが対応できぬはずもなく、刃の進む先にはメイサーの光が空間を滲ませて、まさしく口を開けて待ち構えていた。溢れる燐光は獲物にありつける期待から来る涎か、滲む妖光は噛み殺さんと吐かれた気炎か。


 しかし、悪魔の申し子が如何に素晴らしい能力を持っていたとして、連綿と受け継がれた千古の智慧と技術がこうべを垂れるという理由にはならぬ。刃を返して、銃爪を引くトリガー。爆焔が刀身を跳ね上げさせ、小烏丸が大上段に構える構図となる。横に胴を斬る軌道を虚として一転、上下に敵を破断する一刀。剣技としては単純だが、爆斬鉈ばくざんしゃの加速力を巧く制御したならば。反応を許さぬ夢幻の太刀へと転ずる。敵は横から趨ったはずの虚なる一刀を幻として眼に焼き付けて真っ向両断される、必殺の剣技……だったのだが。


「ぐあっ」


 唐突な衝撃に小さく呻く神門は、刹那に垣間見た。爆斬鉈ばくざんしゃを待ち構えていたはずの顎門あぎとが閉じ、巨大な拳となって斬り落としを弾いた瞬間を。


 なるほど、クロウバイトはその設計思想上、えぐる、もしくは引き千切るという攻撃手段となる。これは、メイサーの光熱によって敵車両を融解し、砕くという性質上に起因する、いわば強力かつ獰猛なクロウバイトにとって避けられぬ宿命といっていい。


 〝えぐる〟という軌道は弧を描くものの触れたもの総てを砕き、〝引き千切る〟という攻撃は噛んだものを無慈悲に奪い去る。しかし、前者はという軌道が、そして後者は噛み、引くという二動作が僅かな空隙を招く。勿論、圧倒的強者たるジラにとっては心得て当然の短所であり、これを克服できる者こそがこの肉食機械昆虫を禦する資格であり、非なる者はオドナータに振り落とされて墜落すべきであるとさえ考えていた。


 ならば、対応できぬはずがない。握った拳は点と点を結ぶ最短距離たる直線を往き、そしてその巨大さで剣技を弾いたのだ。前提として、人類の限界を超える反射神経と判断の素早さが条件となるのだが、どちらも兼ね備えたジラ・ハドゥがどうして小烏丸の一刀を甘んじて受け止めようか。結果として、猛る剣鉈は肉厚な鉄拳に弾かれ、火と散る彼岸花が無情な現実に哭く。


『ハハハッ、無駄無駄ァ』


 クロウバイトの鉄拳が最短距離で迸る。最小限の動作モーションで繰り出されるそれは、所詮は点描に過ぎぬのだが、その点のひとつひとつがMBサイズでも極大ともなれば話は別だ。それも、軸をらせば脅威は無為となる単純な突きの反復なのだが、裏を返せば回避不可能なほどにはやい奔流である。剣鉈を頼りにかち合わせるも、ずるずると後退させられ、同時に刀身が悲鳴を上げていることが騎乗ロボット兵器の神経を通じて伝わってくる。


 この数合、尋常の立ち合いではなく、一手一手が非常に過密な情報量を伴っていた。瞬間を征する精神、技術。運、意思、本能……。だが、両者には無視できない隔たりがある。神門が生存本能に根ざした集中力を駆使しているというのに、ジラの減らず口を叩ける余裕が、両者の埋めがたき差を顕していた。


 旋風の横斬り、瀑布の絶ち割り、木枯らしの袈裟斬り、閃光の刺突つき……その総てが肥大した右の鉄拳に遮られて意味を失くす。鏘々たる音色と共に弾き咲き散る彼岸花、矢継ぎ早に展開していく衝突の余波が飃風を呼び、煽りを食って千切れて飛んだ草が大気を碧く染めていく。


 早速遭遇した両者。此度の丁々発止に戦いの女神はどちらに天秤を傾けるのか。順当に言えばジラ・ハドゥ。しかし、もし龍神神門が女神の寵愛を受けていたのだとしたら……。

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