集結
天空に浮かぶ黒き震狼が〝緑の玉座〟を眼下に据える。その肩に立つ、乗機とは対象的な白い甲冑を纏っている翳は、言わずもがな
彼の千里眼めいた炯眼は、三方向からこの地に眠る〝魔石貴族〟へと迫ってくる勢力を捉えていた。勇者――久遠、ルード、白金からなる〝柱の時代〟の代表者。魔王――ゼクスルク、龍神神門、桃李という
三者三様の思惑を胸に、舞台に役者が揃おうとしている。その行方はまだ誰も知らない。人狼の靡く軍用コートが示すは風の行方。ならば、彼らの運命もまた示す何かがあるのだろうか。或いは、
――しかし、だ。舞台は此処よりももっと劇的でなければいけない……と思うのは、彼の影響か。
闇の中にいて、なお太陽の如くに輝く吸血鬼――メルドリッサ・ウォードランの姿が
――まあ、いい。今のところは、ジラ・ハドゥ。ちっぽけなお前の覇道が、宿命という天体の運行を変えられるのか……とくと見せつけてみろ。
そう、このクワイエットハルディアンという舞台での〝公演〟に於いて、人狼の興味はそこに尽きた。宿命の軛は莫大な質量を持つ妄執で断ち切れるのか、世界という森羅万象の
既に、
*
〝緑の玉座〟を分け入った彼らを待っていたのは、朽ちた二本の柱だった。濃淡
大仰な石造りの門が勇者の往く路を見守っていた。かつては鉄扉で遮られていたとみえる石畳も、今や門にへばりついた錆色の残滓が過ぎた時代を惜しむばかりである。流石に、魔石貴族たる〝比翼の魔杖ビルヘイムフル〟が〝緑の玉座〟だけあって、このあたりは定期的に雨さえ降るらしい。外気に晒され続けた門柱には黒い雨だれの跡がしとどに滴っていた。潤沢なアニマが大気に、そして上空まで満たしている証左だ。
濃い葉叢から木漏れ落ちた光が、淡いとはいえ確かに〝緑の玉座〟を飾る。浮かぶプリズムは大気を刺す鋭さこそないが、虹溜まりとなって緑の
「静かすぎやしないか?」
当然の疑問を口にするルード。彼も、カリアティードや石像機以外の動物を眼にしている故に、これが異常であると察せられたのだ。
「多分、動物とかの類は本能かなにかで退散しているんでしょうね」
白金が興味なさげにつぶやく。なるほど、この惑星の動物にも生存本能と危険察知能力は備わっているとみえる。
「それよりも、ここが〝聖者の門〟。かつて、ここを通って、〝白き
既に用を満たしていない、門柱だけが
「まさに朽ち
興味なさげにつぶやく久遠に、ルードは内心で頷いた。
「嘆かわしいと言えばいいのか、なんと言えばいいのか……。とにかく、この
「
眼前で石畳が途切れ、あとは獣道とさえ言えぬような鬱蒼とした木々の群れが見下ろしているばかりだ。鼻には先程から植物由来の青臭い匂いがこびり着いている。
「……これよ。一応、勇者がここに来たという足跡という意味でも、ここから〝緑の玉座〟に入ることは重要な意味を持つわ」
「どんな意味よ……」
ため息をついた久遠に、茶化す色なく真剣味を帯びた視線を向ける白金。
「異端としてのシメールが魔石貴族を斃したところで、シメール達の立場は決して改善されない。けれども、勇者としてシメールが魔石貴族を斃したらどうなると思う?」
「どういうこと?」
久遠の疑問は何故
「こういう儀礼的なことも多少の意味はあるってこと」
投げかけられた問いの意味に気づいていないはずはないだろうが、〝所長〟と呼ばれていたカリアティードはこれ以上応える気はないらしく、口を閉ざして歩を進め始めると、行く手を阻む藪を鉈で斬り始める。舞う彼女を彩るが如き、白銀の流線はその優雅さとは裏腹に、枝葉の抵抗を許さずに障害を断っていく。
「……どういうつもりよ」
小さく口の中で転がせたつぶやきがルードの耳に届く。自分に問いかけられたものではない。自問自答の問いだった。
*
風の唸りが装甲板を介して耳に届く。安寧を破られた大気の絶叫は、不可視の存在に己を刻むような感覚があり、妙に心地よい。蒼き肉食昆虫は弌陣の
なんの邪魔も無いのは既に避難が完了しているからだが、ジラ・ハドゥにとっては少々物足りない。めくるめく素晴らしい闘争への前哨――ウォーミングアップを愉しみたかったのだが、人っ子一人姿を見せぬ街路では抵抗者との
――なら、いいや。いきなりメインディッシュでもね。
金髪の
轟々たる大気の唄に耳を傾けつつ、造られた少年は歪んだ笑みを浮かべる。装甲板に遮られた獰悪な笑顔を眼にする者は誰もいないが、その裏に潜む梟悪なる気配を感じ取る者がいなかったのは僥倖だった。市井の人々が恐れ慄くほどの気配は絶対強者として生まれ落ちた者の――総てが己に傅き、総てが己を奉り、総てが己の獲物と視ている傲慢さが由来している。この気配にあてられたなら、膝をついた途端、オドナータに撥ねられ、或いは轢かれて、宙空と蒼い甲冑に血のドリップペインティングを施すことになっていただろう。
求めるべきは強さ、求めるべきは高み……。その慾求自体は一途で純粋なのだろうが、彼の生き様がそれを否定する。虐殺こそ誉れ、闘争こそ華……。己の手を必要以上に血に染める修羅道、そして更に先。闘争の
――今度こそ、今度こそ、仕留めてやる!
本人以外には誰の耳にも届かぬ哄笑は、まさしく妄執という狂気の産物。生まれながらの化生の姿がそこにあった。
速度を落とさずに〝緑の玉座〟へと入ったオドナータは右腕の
この兇悪な肉食昆虫と
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