梟雄
その、太古から聳える尖塔の麓――既にカリアティードの気配も絶えた街には、荒涼たる狂風が吹きすさぶ。怨念が籠もった怨嗟の声と聞き紛うような風の音は、或いは本当の意味での怨嗟が籠められているのやもしれぬ。主を押しのけて世界を奪った者達への、怨念が。であるならば、聳える摩天楼はこの者をどうみるのか。自らの主とみるのか、ただの異邦人とみるのか、新たな簒奪者とみるのか……。
人――人像柱も絶えたのなれば、既に変装の用も無く、人影の一つは
ジラ・ハドゥ。金髪の悪魔――殺戮を友とする、生来の殺戮者。この恐るべき
MBオドナータ。〝結社〟のフロント企業として存在していた
「さて……今日は楽しませてもらうよ」
手袋を馴染ませるように着け伸ばしながら、金髪の悪魔は己の乗機を見上げた。蒼い車体は物言わず佇むばかりだが、他ならぬジラにはわかっている。この、戦闘昆虫は何より血肉を欲している。ひとたび手綱を握れば、暴れ馬という言葉すらも生ぬるい勢いで、主さえも噛み殺さんとする激烈さを見せるのだ。そして、それを理解し、完璧に禦せるのはジラをおいて他にいない。
「一応言ってはおくが、神門卿を仕留めるのならば時間にだけは注意を払え」
いつの間に姿を顕したのか、白い人狼――
「僕が肝心なところで仕留め損なう間抜けだと思っているのかな?」
「お前もわかっているのだろう。そう簡単にゆかぬからこそ、憎悪しているのだと」
そう、MBの操縦技術だけとっても、総てのステータスがジラの優秀さを示している。いわば、龍神神門はジラに何一つ――そう、何一つ敵わぬのだ。だが、その事実とは裏腹に〝結社〟での彼の重要度は神門に大きく劣っていた。〝相剋の儀〟を執り行えるのは、龍神神門と氷月虎狛の二人のみ。同じ時に生を受け、総てに於いて上をゆくジラを差し置いて、〝結社〟は取るに足らぬあの二人を最重要視しているのだ。
「簡単だよ……。どちらにせよ、龍神神門が死ねば〝相剋の儀〟を執り行う一柱は喪われる。そうなれば、自然、僕にその役目が回ってくる。森羅万象を統べる、神の座に坐るのは……僕だ」
真綿で頸を締めるが如き、薄ら寒い気配の漂う独白。尽きぬ
「では、その言葉が伊達ではないと、討ち
人狼は先と同じ意の言葉を吐く。〝結社〟にとっては運命を超克できる者こそが正義、できてこその逸脱者である。抗いがたい世界そのものの
「見せてあげるよ。特等席でね」
危なげなく蒼い車体を登り、操縦席に坐るジラ。前傾姿勢型の操縦席は長時間の操縦には適さないのだが、気を抜けば暴走しかねない肉食昆虫を禦するという意味では、これほど適した姿勢はないだろう。腿で車体を抑え込み、溢れ出る暴虐を意のままとする快感……。これに何度陶酔しただろうか。
網膜投影式のヘッドギアを装着して、起動――。立ちどころに自己診断プログラムが走り、顕れたプログレスサークルが瞬く間に満たされ、黄から異常なしの緑の円形へと変化する。しかし、ジラにはそんな
「ハハハハハハハッ!」
哄笑も高らかに、ジラはオドナータの
――まあ、どうでもいいけどね。
どちらにせよ、人狼が吹き飛んだとは思えぬし、そうであったとしたらお笑い草だ。残酷な肉食昆虫が羽撃きに耐えられぬ有象無象を相手にする理由は無い。何処までも無情な線引き。不可視の境界線に横たわるのは強者と弱者、或いは勝者と敗者の単純に色分けされた世界だ。ジラは前者、いや彼の世界にとって中心であり、絶対の基準である。この基準にそぐわぬのならば、偉そうにしている人狼など滅してしまえばいい。
高笑いとホバーブレイドの撒き散らす砂塵を置き去りに、残酷無慈悲の梟雄が戦場へと馳せる。しかし、悪魔は拘泥している相手が己の先の座標にいるという事態を想定しているのか――と白い人狼は思っていた。MBの加速程度で
「お前の出番になるかな? 己としては、もう少し後……劇的な役を用意してやりたいが」
カリアティードの眼、監視システム、あらゆる一切に補足されることなく上空から舞い降りた黎を纏った
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