微睡

 翌日――。明確な日光の無いこの惑星では、体内時間が曖昧となる所為か、覚醒めが明敏だった筈のルードでも起き抜けでは意識が判然としない。まるで仄僅かに剥離した表層のみを僅かに残した明け方の夢のような、感覚。


 隣を見やれば未だ寝こけている久遠と、対象的に如才なく準備を整えたといった様子の白金がいた。


 ――なんというか、この辺、ホント全然違うな。


 カリアティードらしい数理的な美貌は同様だが、その性質の在り方は全く異なる。実に〝らしい〟白金はいつでも隙を見せずに、涼やかな印象を崩そうともしない。久遠をからかっている時こそ人がましいが、そういった部分は彼女以外には見せぬ。対して、久遠はというと〝隙だらけ〟な印象が強い。偽悪的な態度はあくまでカリアティード社会にみせていたものとみえ、白金とのやり取りも次第に柔和になってきていると感じられる。


 長所も短所も明け透けな久遠、冷涼に何事もこなす白金。だからこそ、ルードの知らぬ過去では、彼女らはうまく噛み合っていたのやもしれぬ。そして、烙印ファサードという異物によってかけちがえた歯車は、今また、旅という小歯車を得て、噛み合い始めている。


「ほら、久遠。もうそろそろ往くぞ」


 起きる気配が微塵も感じられない久遠の肩を揺すると、煙たそうに手を払われた。白金をデジタルと喩えれば、久遠はアナログ極まりない。そもそも、カリアティードにそこまでの睡眠が必要であるのか疑問があるのだが――実際、白金が寝入っている姿など、ほとんど見かけていない――、久遠はルードの疑問など知る由もなく夢の世界に没入し続けている。


「ん~、うっさい……」


 随分と人がましい言葉を吐きながら、眠りの安寧に身を委ね続けている久遠の姿は微笑ましいと言えば微笑ましかったが、そもそも彼らは観光に来たわけではない。石像機という旧時代の覇者――その中でも群を抜いた存在であると思われる、魔石貴族の討伐といった目的があるのだ。


「ルード、ちょっと横に。この娘は優しくしていたら起きないわ」


 少年を下がらせた白金は、久遠の横たわっているベッドの底を掴むや否や、一挙に転がした。何の気負いも見せていなかったことから、彼女にとっては何ほどのことではないのだろうが、ルードにとっては充分に驚きに値する光景だ。床面を転がる久遠、ベッドを元に戻す白金。当然、眠りと覚醒めの閾値しきいちを揺蕩い遊んでいた久遠にとってはたまったものではない。即座に起き上がり、戸惑うルードと平然とした白金を睥睨する。


「人が気持ちよく眠っていたのにこの扱いは何!」

「何言ってるのよ、一人でベッドから転がり落ちておいて、人の所為にするとはいただけないわね」


 しれっと白金は嘘をついた。ほとんど表情を変化させない彼女の場合、胸中はともかく表層からは真偽の程は測りにくい。あまりにも速やかな返答は、久遠の勢いを挫く。


「そんなわけないじゃない! いくらなんでもそこまで寝相悪くない!」

「そう思っているのは本人ばかりね。ほら、視てみなさいよ。ベッドの位置は変わってないでしょ?」


 先程、白いカリアティードが速やかに戻したベッドから位置の変化を見定めようとするならば、埃なども拭い去られている部屋のこと、相当つぶさに調べなければならないだろう。


「……あれ? ……う~ん……」


 ベッドを見つめると確かに寝入った時と変わらぬとしか思えないが、久遠は何処か釈然としない気持ちを抱えた。


「とにかく、これから〝比翼の魔杖ビルヘイムフル〟の元へと往くわよ。あの〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟が顕れないとも限らないから、手早く済ませましょう」


 白金は〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟を相当警戒しているとみえ、なるべく遭遇を避けたいという考えのようだ。白い鴉が向かい合って羽撃く様を映し撮ったかの如き、張り出した眼。くすんだ黒い鎧、虹色に輝く気配、その存在感だけで他を圧倒する石像機の王は、確かに打倒はおろか太刀打ちでさえ叶いそうもない。妥当な考えだ。


「さ、早く準備しなさい。もう住民はほとんど逃げているから暴れたい放題。早朝の運動には事欠かないわよ」

「人を乱暴者みたいな言い方するな」

「違ったかしら……?」


 舌戦にもならぬ戦いの勝敗は、両者の表情が如実に顕していた。優雅な笑みを零した白いカリアティードに、苦虫を噛み潰した勇者は全く敵わない。


「もう喧嘩はいいだろ。久遠はさっさと用意しよう。でないと、またからかわれ続けるぞ」


 間に入ったルードは、とにかく久遠が動き出さなければ、何も始まらずに時間が浪費される一方であると結論づけ、彼女に準備を促す。不機嫌そうな表情を浮かべたまま、不承不承と紫髪の少女は着替え始め……たと思った途端、眦を釣り上げて少年を睨んできた。


「って、いつまでいるのよ、馬鹿ぁぁ」


 跳んできた家財にルードが頭をぶつけた。これにより、気絶した少年が意識を取り戻すまでに要した分だけ、時間を浪費し、その間に久遠が白金にからかわれ続けたのは言うまでもない。

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