俯瞰
旧世界に建設された高殿を改装した宿からの眺望は、遮るものがほとんど存在せず、絶景という一言に尽きた。相変わらずの曇天だが、この高度にまで来ると細やかに
脚元から目線の少し下までを次第に淡く灰色が続き、曇天と混じり合いそうになりながらも明確に己を誇示する地平線が、
この濃淡交じる大気を横切る黎い鳥。かつてアーカイブで視た旧世界の鳥類、〝鴉〟に似ている。艶ある青の気配が滲む黑は濡羽色と呼ばれる色だろう。旧い物語によれば、本来は白亜色だった鴉は咎により燃やされたとある。科学的でないお伽噺の類ではあるが、その物語にルードは何処か黎い意匠を着た久遠や石像機を想起させられた。
曇天を横断する鴉じみた鳥類が去ると、相も変わらぬ黒と白の入り混じった曖昧な色味が世界を支配していた。……否、一点に於いて、灰塵の侵食に抵抗している色がある。脚元の、朽ちた高層建築物と新たに建てられた低層建築物――
――石像機。
白金が言う、〝比翼の魔杖ビルヘイムフル〟――。石像機の中に於いても抜群の存在であるという。確かに、上界から視れば、その支配圏の広がりがよく理解できる。先の〝眼馬ザルディロス〟よりも広面積に広がる沃野は、その深みに於いても上をいっていた。天から受け取るアルマの量、そしてそれに応じたアルマの吐水量がなければこうはいかぬ。少なくとも、アルマという動力源を獲得するという点では〝眼馬ザルディロス〟を超えているのは、目に見えて明らかだった。
この標高からは、樹冠をかぶった〝比翼の魔杖ビルヘイムフル〟の姿は垣間見られない。取りも直さずそれは、白金の言通りに〝比翼の魔杖ビルヘイムフル〟という石像機が、己の頭上を覆い尽くすほど土地を肥沃にさせるだけのアニマを許容し、また放出しているということを意味していた。
――あの、馬っぽいのより強いのかもしれないのか……。
この標高からも目に見えて感じられる、石像機の存在力。石像機化してなお久遠が仕留め損なった〝眼馬ザルディロス〟を上回るとなれば、ルードの背筋にも緊張の冷たい糸が張られる。
――もし、久遠がまた石像機となったら、俺がうまく導かなきゃいけない。
先の〝眼馬ザルディロス〟との戦闘は、途中からルードの制御を超えていた。仮に、その自律行動が久遠の不調の原因だったとするならば、そして、彼女の胎内にいたルードに意味があるとすれば……。きっと、石像機と化した久遠はうまく自身の躯体を律することがきないのではないか。だからこそのオーナー、だからこそ操縦席じみた器官があるのではないのか。彼には、そうとしか考えられなかった。
――それに、神門を探さなきゃいけない。
カリアティードには秘していた旅の理由。久遠を助けてやりたいというのも事実ではあるが、この惑星イラストリアス4に降下した直後のカリアティードの襲撃後、行方が杳として知れない秋津人の少年との再会も、彼にとっては重要だ。旅を通して、彼の消息を訪ねるのもまた、勇者の旅に同行する理由の一つではあった。
「死んじゃいないよな……?」
ごちる
実際、その探し人が彼の見下ろしているクワイエットハルディアンの街の入り口に――彼の視界からでは、芥子の一粒に等しいかそれより劣る程の大きさだが、姿を顕していることをルードは知らない。そして、神門もまた遥かに聳える旧時代の高層建築物の成れの果ての上階に探す者がいようなど、想像さえしていない。
「ルード」
「ん?」
不意に背後からかけられた声に振り向くと、久遠が立っていた。先程までベッドに身体を突っ伏していたはずだが、ある程度体力も快復したらしい。もっとも、銀河人類種よりも膂力、体力ともに優れたカリアティード――その中でも、
「何? もう疲れは取れたのか?」
「身体はそんなに疲れてないわよ。気疲れが九割ですもの」
ルードの見立て通りだったらしい。既に精神的にも快復しているとみえ、優雅に紫の飛沫が舞う髪をかき広げた。さらりと流れる髪が仄明るく映えたのは、ファサードの光によるものか、彼女自身の美の輝きによるものか。
「それより、君! 〝比翼の魔杖ビルヘイムフル〟と出会ったら、一目散に隠れなさい」
「なんでだよ」
胸を張りながら腰に手を添えている久遠に、少年は首を傾げる。
「当たり前でしょ。普通のカリアティードでも充分危険だというのに、君って体力もないんだから。運が悪くなくても死んじゃうかもしれないでしょ」
大威張りで言い放っているものの、ルードを心配しているとしか思えぬ内容だ。しかも、彼女自身は全く気づいていないようだが、口調もかなりぶっきらぼうな物言いが消えてきている。おそらくは白金が言っていた、久遠の昔の――本来の口調に戻っているのだろう。
「そうしたいのは山々だえど、久遠って危なっかしいからなぁ。ちゃんと視ておかないと心配だよ」
「んなっ! 誰が危なっかしいのよ!」
聞き捨てならぬとばかりに紅潮した顔で覗き込む久遠。数理的な美貌に感情の微美が彩りを加えて、生々しい――親近感のある、少女らしい若い美がそこにあった。自身は無自覚だろうが、そんな久遠の愛らしさにルードも頬を染めならも、眼を反らして反駁する。
「だって、脳筋だし」
「誰が脳筋よ! う~~~~」
久遠は心外であると言わんばかりに唸るが、ルードにはどう顧みてもその一言しか思い浮かばなかった。
「あなた」
「う~~~~……」
顔を膨らませる久遠には、整美さが薄れた代わりに愛嬌が加わり、いっそ冷美な佇まいよりも人好きされるだろう。他のカリアティードよりも表情豊かなのは、元々久遠が持ち合わせていたものなのか、彼女の肢体に刻まれた
「じゃ、じゃあ、次の戦いで私の素晴らしい戦いっぷりを、〝直で〟堪能させてあげるわ!」
「お、おう。よろしく」
勢いよく
――そういうところなんだよなぁ。
脳筋を否んでいた筈の久遠だが、
――なんにしても、明日か。
程なく白金が戻る頃だろう。そうなれば、明日の打ち合わせと準備が待っている。この心地よい馬鹿馬鹿しい時間がしばし終わりを告げるのだ。それを惜しむ気持ちが、この時をもう少し長らわせてくれと無意識に何者かへと祈りを捧げる。しかし、流れる時を堰き止めるは銀河人類の
風が狂い荒ぶ街、クワイエットハルディアン。此度舞風が運ぶのは命運――ならば風は運命となり得る。夜が来て、日の視えぬ朝が訪れる頃、その瞬間こそ命運が勇者と魔王の頭上に降り注ぐ。福音か破滅か、それとも……。
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