呼水

 数刻遅れて、三人の人影が同座標――クワイエットハルディアンの街の入り口に立っていた。


 外惑星から来た銀河人類、樋嘴の王たる畸嵬像グロテスク……そして、生まれたばかりの人像柱カリアティード。それぞれ異なる出自を持つ三人が、この狂風の街の入り口にいた。


「……お前はこの街ここまでだ。同じ人像柱といることが、お前自身の倖せと知れ」


 仕える少年と自身の後をついてくる桃李にそう言い放つゼクスルクの声は、冷たく堅い。倶に天を戴けぬ種族間である。彼にとってみれば当然ではあるが、それでも途中で投げ出さずに、人像柱の街にまで連れて来たことは、ゼクスルクが律儀な性質を持っている証左といえた。


「…………」


 たして、彼の言葉の意味を理解しているのか――していないわけはないのだろうが――桃李は、背の高い青年を見上げるばかりだ。


 クワイエットハルディアンの風が、三者の髪をなぶる。濁流じみた気流の変化が、髪を打ち据え巻き上げ、撹拌していく。この風の意味はなにか。物言わぬ〝灰の時代〟の墓標の無念を吐き出す代弁者なのか、去った者へ捧げられた苛烈な調べの鎮魂歌なのか。唸り轟き、そして物悲しく鬼哭啾々とした風の聲が示すものは、街全体が巨大な音響装置と化している証だ。


 灰色の世界を生み出した〝灰の時代〟の住民たちは去り、その名残りを惜しむように天を摩る高殿は、半ばまで朽ちてているというのに、主の不在を理解していないのだろうか。だとすると、彼らに救いは無い。


 そして、その在り方は樋嘴――石像機にもいえる気がした。時代は〝柱の時代〟、人像柱の時代へと移行し終わっている。時の趨勢はとうに人像柱に世代を明け渡しているのだ。〝魔の時代〟と呼ばれる時代に眠りについた巨大機械生命体は、深海や樹海で朽ちた兵器と同じく、その擱座した軀で生命を育んでいた……。なにゆえ、彼らは覚醒めたのか。その答えを口にする気がないのか、〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟から齎されたことはない。


「では、黒き君。服装を変えなければいけませんね」

「……ッ!」


 不意打ち気味に掌を向けられた神門は抵抗の間もなく、服装を変えられていた。この手品の正体は知らぬが、この一瞬で衣裳を変えられる芸当は、肌全体を撫でられる感覚があり、受け付けづらい。そもそも、女性しか存在しない人像柱の街へ侵入する際の服装とは自然に……。


「あ、かわいい……」

「~~~ッ」


 桃李の素直な感想が却って神門を傷つけた。先の街と同様の白いドレス。ドレープとバッスルスタイルが合わさった古風な中にも新しい風を吹き込んだドレスは、エクステンションで長髪にされた彼をもはや女性としか映さない。ただし、先のドレスと少々異なるのは、長い飾り袖が両腕を彩っている点だ。秋津衣裳キモノドレスの振り袖めいた飾り袖は、一時期モード界を席巻し、今や定番の一つとされている。


 自身の両腕にかかる過重、それが左右で均等になっていない事実に、神門が重みのある左の飾り袖に触れると、中に入れられた堅い感触が返ってきた。


 ――これは……刀か。


 振り袖はじめ――という古典芸能の演目が秋津に存在する。真偽としては後の世の創作であろうといわれているが、巨大な怪物を仕留めるために長袖に刀を隠していたという伝説を基にしているのだが、それに倣ったのか、神門のドレスの飾り袖には彼の刀が収められていた。


「先のようなことも考えられますし、流石に丸腰となっては危険ですので」


 彼の反応で意を得ていたとみえ、ゼクスルクが問いなき問いに応える。


「…………」


 心遣いは嬉しく思わなくはないが、そもそも女装という辱めを受けている段階でそのような気持ちは少年の心から消え失せていた。なまじ反応が悪くないところが、余計に恨めしい。


「……む。何やらおかしい」


 いつの間にか、自身も変装を済ませていたゼクスルクが尖い視線で、クワイエットハルディアンを睨む。彼から発せられる気配の真剣さに、空気の質が罅割れるように変化した。


「……騒がしい。跫音、気配、差し迫ったなにか……。どうやら、街全体に何らかの異変があるようですね」


 ちょうど一人の人像柱が街から出てくる。馬車に乗った彼女からは差し迫った何かしらから逃れようとする気配があった。


「貴方たち、クワイエットハルディアンに入ろうとしているの?」


 人像柱の御者は三人を認めて、機械じかけの馬の脚を止める。


「うん。何かあったの?」


 人像柱に対して言葉を交わすことを極力避けているゼクスルク、そもそも他者と話すことを不得手としている神門、この二者の口が重いとなれば、自然、桃李が応える形となる。


「ここの石像機が明日覚醒めるらしいわ。お触れが出てね、今、街中が避難で大騒ぎしているのよ。そんな状況だから街には入らないで、貴方たちも避難した方がいいわよ」


 馬車上の人像柱はそう告げると、馬を奔らせた。馬の脚力で舞い上げられた灰色の土煙が、空と荒野の色に溶けていく様子を三人は見つめるばかりである。


「〝比翼の魔杖ビルヘイムフル〟が覚醒める? 何故、そんなことがわかる……?」


 顎に指を当て、ゼクスルクは湧いて出た疑問に自答する。彼自身、自分が覚醒めの時期など判らなかった。況してや、他者の覚醒めがいつなのか――しかも、正確に掴む方法など持ち合わせていない。ならば……。


 ――覚醒める予兆が存在する……? いや、覚醒めさせる要因が存在する? だとすると、それはなにか。……まさか!


 黒き君――神門と共に接触した〝眼馬ザルディロス〟が覚醒し、周囲に暴威を振るったのは偶然ではなく、自分自身かもしくは神門、または両者が原因なのだとすると……。


「黒き君。どうやら、このクワイエットハルディアンには勇者が……シメールがいるようです。おそらくは、ルード殿もそこに」


 そう、覚醒めの原因として考えられる要素からみれば、自ずと回答はそうなる。


「……ッ!」


 神門の瞳が炎にゆらめく。人像柱に攫われた依頼主を取り戻すために行動している彼にとってみれば、惑星イラストリアス4の支配者の座など興味の範疇にない。彼の目的は二つ。ルードの救出、そして翳に潜む結社の尻尾を掴むこと他ならない。しかし、彼は知らない。自身が知らぬところで呼ばれている〝歴史の楔〟という名、その意味に。

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