風街

 〝比翼の魔杖ビルヘイムフル〟――。そう呼ばれる石像機が眠る街、クワイエットハルディアン。〝魔の時代〟より旧き世界、〝灰の時代〟から生き延びた高殿が林立する街だ。静けさクワイエットという名とは裏腹に、高層建築物が風を乱して濁流に大気が呻いている。それもその筈、絶叫する乱れ風に他の音が遮られるクワイエットことが街の名の由来であるからだ。


 その、囂々ごうごうたる風の聲が隆盛を誇る街に、久遠たちは到着した。すでに街の入り口から、騒々しくがなり立てる風鳴りが耳朶をしたたかに打つ。前髪はおろか、久遠と白金の長い髪も飛沫を散らしながら、気流に流れている。


「ここがクワイエットハルディアンか。ここにウィータを持つ……何とかって一体が眠っているんだろ?」

「〝魔石貴族ませききぞく〟」


 ルードが忘れていた名称を久遠が呆れた様子で教える。魔石貴族ませききぞく――。ウィータを保有する四体の石像機だ。〝比翼の魔杖ビルヘイムフル〟、〝竜脚機士クリセウス〟、〝極楽蝶ガアヘ〟、それに先の〝眼馬ザルディロス〟を加えた石像機を指す。


「そう、その〝魔石貴族〟。そのビルヘイムフルって強いのか?」

「正直、〝比翼の魔杖ビルヘイムフル〟の本当の強さというのはわからないわ。その外見から察するに遠間からの攻撃を得意としていたのではないか……とは言われているわね」


 白金が街の中心に吸えられているのであろう石像機の姿を透かし見るように応える。〝比翼の魔杖ビルヘイムフル〟に限らず、眠りについている石像機の性能については、大地に恩恵を与える規模や外観からでしか推し測るしかできぬ。とはいえ、周囲に肥沃さを与えるアニマの吐水量も、結局は吐水量に応じて性能が高くなるというだけに過ぎない。稀少ではあるが、アニマの吐水量が少ないというのに強力な個体の例も存在している。


 そう、喩えば石像機の王グロテスクなどはアニマの吐水口が無いとされている。アニマの雨を享受するのみで飲み干し、おそらくは彼の肌を伝うアニマ程度の恵みしか与えられず、彼の〝緑の玉座〟はごく狭い範囲でしか広がりを持たなかったのだと考えられる。それが、存在していると伝えられてきた〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟を今の今まで――カリアティードの前に自ら姿を顕すまで秘匿してきたのだ。


 されど、あくまで例外を念頭に置くのは如何にも危険な考えだ。


「アニマの吐水量からすると、そんなに容易い相手ではないと思うわ」


 アニマの吐水量が絶対的な基準になり得ず、石像機の性能に完全に比例するものではないとはいえ、指標にはなる。そもそも、〝魔石貴族〟と称されている特別な石像機が――〝眼馬ザルディロス〟に勝るとも劣らぬ面積に恩恵を与える〝比翼の魔杖ビルヘイムフル〟が、禦しやすき相手とは考えられなかった。


「アニマ……ね。一体何なんだろうな」


 他の惑星にはみられぬ要素――アニマ。緑の繁殖を促すなど、ただのエネルギーとするには少々理屈が合わぬ。なにか、単純なエネルギーだけではない何かが付随しているとルードは考えていた。


「とにかく、今日のところは〝緑の玉座〟には近づかないでおきましょう」


 脳内で考えを巡らせている内に、白金は今後の方針について語っていた。


「そんなにゆっくりしている余裕があるのか?」


 久遠の問いかけは当然と言えた。危急しているからこそ、久遠を脅迫してまで勇者シメールの旅を始めさせたのだ。〝柱の時代〟の終焉が近いことはすでに〝宮殿〟で明らかにされている事実なのだから。


「正直、余裕はないけれどもね。けど、旅で疲弊した身体で魔石貴族に勝てるのかしら? それに、お優しい勇者様の大好きな住民へ避難の触れを出さないといけないでしょう」

「……嫌な言い方」


 挑発めいた白金の言葉に、当の〝勇者〟と呼ばれた美女は、顔をしかめてそっぽを向く。白いカリアティードは涼し気な目元をそのままに、しかし稚気の浮かぶ微笑みを返した。


「貴方の物言いが移ったのかもね」


 久遠が美顔を赤く染める。気の短めな彼女は、白金の挑発が親しき者に向ける冗談と理解していないようだ。


「ま、まあ、とりあえず今日のところはゆっくり休めるんだからいいじゃないか。俺たちが動くのは明日から! もう地べたに眠るのは飽きたから、そろそろ柔らかい寝床で思う存分眠りたいなぁ? へへへ……」


 二人の間に割って入った惑星潜りサルベージャーの少年は、道化のようになりながら声を張り上げる。


「……そうね。なんだかんだで歩きっぱなしだったし。私もベッドで眠りたい」

「では、宿へ行きましょう。その後、私はこの街に避難の触れを出してくるわ」


 たして、ルードの拙い道化芝居は功を奏したとみえ、毒気を抜かれた二人は並んで歩き出した。なんとか場が収まったことに、我知らずついた少年の深い溜息は、〝灰の時代〟より聳え立っている建築物が生み出す業風に砕けて溶けた。

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