野営

「ねえ、ルード。貴方は何故、久遠についてきてくれるの?」


 焚き火に身を寄せていた惑星潜りサルベージャーの少年が振り返ると、そこには白金が立っていた。白い衣装と髪に火の紅が染まった彼女は、平素と異なる印象を受ける。


 久遠本人は既に寝入っているようだ。でなければ、そんな質問をするわけがない。


「え? 何故って……?」

「そう。貴方は魔王グロテスクと戦う必要なんて……いえ、そもそも私たちに付き合う必要はないはずよ」


 枯れ枝を燃える火へと投げ入れて、ルードは少し考えて答える。


「う~ん。乗りかかった船ってやつかな」


 しかし、白金はこの答えに納得はしなかったらしい。むしろ、身を乗り出して質問を重ねる。


「それだけ?」

「…………」


 枝が爆ぜて、ぱきりと鳴る。この灰色に包まれた世界でも、炎の色は紅だ。


「まあ、なんていうかな……。乗りかかった船っていうのは間違いはないよ。ただ……」


 ルードは言葉を止め、しばし沈思し、逆に問いかける。


「これは、久遠には黙っていてほしいんだけど……」

「わかったわ。彼女には話さない」

「うん。俺が久遠と一緒の牢屋に入れられていた時の話だけどさ……」


 ルードは舞う火の粉を眼で追いかける。自然、空へと昇る火の粉を追えば、天へと向かう。惑星全土を包む曇天に遮られ、残念ながら星々のパノラマは望めなかった。


「その時に、久遠はこの世界のことをある程度教えてくれた。石像機や〝白騎士〟、カリアティードとシメールの話もね。〝白騎士〟の話をしている時、すごく哀しそう……というよりも置き去りにされた子どものような顔をしていたんだ」


 自信家の口調で話す歳上の美女が、その時にだけ泣き出しそうになるのを我慢する孤児の瞳をしているのをルードは敏感に察していた。


「そんな表情かお、俺には見覚えがあったんだ。別に不幸自慢をするつもりはないけど、俺も両親がいなかったからね。俺がいた孤児院も同じ顔をした奴がいた。信じた人に裏切られた……人を信じたいのに信じきれない、そんな顔……ゲホッ」


 惑星潜りサルベージャーの少年は不意に吸い込んだ煙に咳き込む振りをした。あまり、こんな真面目な話をするのは得意ではなく、気恥ずかしさをごまかしたかったのだ。


「まさか、それだけでこんな旅をするの?」

「まあ、視たことのない景色を視たいっていうのはあるけどね。女の子があんな顔しているのを視たら、なんとかしてあげたくなってさ。どちらにせよ、なんとか自分の船に戻るには〝世界柱〟を昇らないといけないし。……って、なんで〝世界柱〟を昇る必要があるんだ?」


 今更ながらの疑問が頭に浮かぶ。ほとんど話に置いてけぼりだったので聞くタイミングを逸してそのままになっていた。


「それは久遠が覚醒めたら教えるわ。私たちもそろそろ寝ましょう。明日から本格的に旅を始めるんですから」


 立ち上がった白金がルードに二枚の布を手渡す。片方は地面に敷き、もう片方をかけて寝ろということだろう。


「わかったよ。なんか、白金ってお姉ちゃんって感じだな」

「私、久遠よりも歳下なんだけどね……」


 そう言うと、白金は久遠の寝ている方へと歩いていく。流石のルードも女性二人の近くで寝られるほど豪胆ではない。寝転がっても、曇天は星を映さない。


「しかし、いろいろあったなぁ」


 石像機、グロテスク、シメール、ファサード……。数々の単語が脳裏を浮かんでは消えていく。自分で思うよりも疲労があったらしい。ずるずると深海に沈む込む睡魔には抗いようもなく、視界が暗幕に包まれていく。


 ――あれ? 流れ星?


 星のない筈のイラストリアス4に流星などあるはずがないというのに、視界を横切ったほうき星。疑問が浮かばないでもなかったが、そのような水泡も引きずり込まれる水底の導きを止めることはなく、ルードは眠りの世界へと堕ちていった。




 白金は脚元で眠っている久遠を見下ろしていた。


「女の子があんな顔していたらなんとかしてあげたくなるって。愛されているわね」

 久遠の寝息は途切れずに続いている。その様子を睥睨し、白金は微笑みをこぼす。


「いいオーナーじゃない。大事にしてもらいなさい」


 そう言い残すと、白金は少し離れた場所を寝床にして、横になった。


「~~~~~~ッ」


 声にならない声を上げる久遠は顔はおろか、その耳に到るまで真っ赤に染まっている。眠っていたと見せかけて、久遠は起きていた。眼が醒めた時にルードと白金が自分の話をしていたため、狸寝入りをしていたのだ。


 ――なによ、なによ。何恥ずかしいこと言ってるのよ!


 火照る顔はなかなか冷えず、それどころか妙な汗まで出てくる。得も言われぬ感情が身体を支配して、少女は靄々もやもやした気持ちの収めどころが見つからず、布団代わりの布をくしゃくしゃにしていた。

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