章之伍

対峙

 槍と剣が撃ち合い、衝突したそれらが生み出した力が波紋状に床面を隆起させる。突如として顕れた小規模の円形の山脈。互いが生み出した衝撃に弾かれた黎い衣服の二人が着地、そのまま相手に呀を突き立てようと駈ける。走力を重ねた斬撃と突撃は新たな陥没痕クレーターを築き、灰色の土砂を巻き上がらせた。


 強烈に機化ハードブーステッドされた義体処置者サイボーグでさえ手に負えぬ領域の戦いは、半ばほど魔の領域に足を踏み入れている。しかし、その度合はというと、趨勢を視るに剣の担い手に軍配が上がっていた。間合いと攻撃力に勝る槍が攻めあぐねていているのがその証左だ。大剣は巨大であり、取り回しは槍と変わらぬどころか均衡性を考慮すれば劣悪と断言していい。そんな悪条件でありながら、鍔迫り合う剣士の技倆たるや、豪剣の皮を被った柔剣とさえ言えた。


 突如抵抗を無くした剣に槍手がたいを崩す、寸毫すんごうの間。体捌きで荷重を操作し、剣士が槍手を逆さ斬る。即座に対応し、穂先を楯にしたのが功を奏し、刃は槍手に届かなかったが槍を通して伝ってきた剛力はその限りではない。打ち上げられる形で、宙を再度舞う槍手――勇者シメール、久遠。


「グッ!」


 歯噛みする久遠だが、状況は好転しない。それどころか――。


「なかなかの手並みだ。しかし、それでは私には勝てんよ!」


 追尾するように跳躍した魔王グロテスク〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟が大剣を叩きつける。足場の無い宙空だが、身体の撚りを利用すれば突きは可能/そう判断し、久遠は聖槍〝白き隕石いしの勇者〟を合わせる。


 力点の同士が噛み合い、凪の間が訪れる。均衡した力が逃げ場を探し、そして弾けるまでの数瞬の間。破綻する奇蹟的な巡り合わせは当然長くは続かぬ。仄僅ほのわずかにを外れた刹那、震えが齎した点のれが光刃の燐光を飛沫しぶかせて、両者の身体が流れる。


「……ッ!」


 接触していた大剣と聖槍が離れ、凪が終わりを告げた。再び、振るわれる剣と槍の幾重もの小爆発。互いに斬り結ぶ衝撃が両者を宙空高くへと舞い上がらせていく。足がかりの無い、翼なき者たちの空舞は恐ろしいほどの波長で成立していた。雷轟の嘶きの如くに鳴り響くは、〝魔の時代〟と〝柱の時代〟の真っ向からの相剋。己が存在を逸脱しつつある、時代の代表者の削り合いだ。


 だが、趨勢は明らかに〝魔の時代〟に――〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟にあった。大剣という不利を物ともしない剣技の数々は、技という概念を持たぬと思われていた石像機の常識を覆し続ける。何より、この修羅場において語りかけられる程の余裕が彼の強さの証明だった。聖槍を握る手に痺れが生じ、危うく取り落としそうになりながら、久遠は遮二無二槍を振るい続けるも、〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟の剣は一切弛まぬ。


 烙印ファサードの燐光が両者の周囲の空間を彩る様は幻想的であろうが、その実態は生易しくはない。この、燐光の一つ一つが身を灼く炎であり、骨まで断つ刃であるのだ。危険な花びらを散らしながら舞い踊る勇者おどりこそのダンスパートナーまおう。しかし、常にリードしているのは魔王グロテスクだ。


「はっ!」


 大剣の腹――聖槍〝白き隕石いしの勇者〟と同じく幾何学的な形状と紋章光ファサードの光に濡れている――が視界を覆った瞬間、久遠の肢体は総毛立った。疑問や戸惑いを彼方に置き去りにして、身体が〝白き隕石いしの勇者〟を楯に見立てる。斧による真っ向唐竹割りもかくやといった衝撃が腕を軋ませ、同時、久遠の身体を地へと墜とす。


 廻転勁力を加えた踵落とし。天から悪魔を墜落させる稲妻の勢いで振り下ろされたそれは、身に受けたが最後、カリアティードの躯体フレームをも砕き、久遠を終わらせる。錐揉みに落下する久遠に立て直しは不可能だ。〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟の廻転勁力を加えた膂力と重力加速に抗うには、あまりに高度が足りない。


 途切れ途切れになる意識の中で、勇者シメールは聖槍を地へと構える。途端、噴出する光刃が重力の手を払い、致死の勢いを殺す。


 咄嗟の判断に助けられた久遠は、自らを地へと落とした物を睨めつける。天から墜落するのは悪魔の役割だ。決して自分ではない。だというのに、未だ宙空にいる魔王グロテスクは涼しい貌を些かも崩していない。


「……はあっ!」


 ゆるやかに落下する〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟の背後を瞬間転移で取る。そのまま息をつかせぬ連ね突きを浴びせるが、紫の飛沫が自ら黒衣の青年を濡らさぬように心がけているのか、全くその肌に触れようとはしない。


 ――強いッ!


 〝魔の時代〟を制したという実力は伊達ではないらしい。大剣を最小限に蠢かせ、聖槍の穂先を紙一重のところで払っている。その、対手に感触さえ感じさせぬ程の巧みな剣技は、武芸アーツ・オブ・ウォーの一つの極みかと思われた。


 再度、背後へ瞬間転移。今度は横薙ぎだ。突きよりもいなしにくいと判断しての選択だったが、〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟は身を屈み、大剣を傘のように掲げた。大剣の表面を滑る聖槍。接触の証左に溢れる燐光が、散った刃の照り返しを見せるも、それが意味するところはまたも攻撃が無為に終わったという事実である。


 突き、薙ぎ、払い、撃ち据える。槍特有の攻撃手段を駆使しての連環槍撃。しかし、肌どころか長衣さえも触れられぬ。いや、攻めていた筈の久遠がいつの間にや反撃を許し、防戦へと秤が傾いている。剣技と呼ぶよりも、むしろ魔剣。迸る攻撃をするりと抜け、気がつけば反撃を許し、更には劣勢に追い込まれる。如何なる術理によるものなのか。


 ――怪物め!


 形勢の不利を悟り、瞬間転移で後退。この、瞬時で間合いという概念を塗りつぶす反則手でさえ、魔王にとっては児戯に過ぎぬというのか、未だ宙を泳ぐ〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟はただ勇者の姿を見つめるのみ。


「仕方ないわね。……ルード! お願い!」

「ああ!」


 聖槍を投げた先は、戦いを見守っていた惑星潜りサルベージャーの少年。危なげなく受け取った聖槍を彼が掲げると、〝白き隕石いしの勇者〟は紋章ファサードの光も神々しく、展開する。ルードの元へと瞬間転移した久遠の肢体を紫の回路が浮かび上がり、溢れていく。聖槍と勇者シメールが共に光を放ち、曇天へと立ち昇らせる。


 まさに、灰色の天地をつなぐ光の柱。きざはしの如き煌々たる柱の中心に迸る放射光、その中心に坐すもの――。艶めいた漆黒、全身を奔る紫光、石像機にはあり得ぬ流美でいて華奢な陰翳、しかし持ち得る存在力は石像機に勝るとも劣らぬ。シメール・久遠。拡大された聖槍〝白き隕石いしの勇者〟を右手に握り、今、勇者が灰色の大地に立つ。聖槍の穂先から旗の如き、光の帆が棚引く。見よ、これこそが石像機へ抗う者の旗印。勇気持つ者に与えられし、錦の御旗だ。


「……ッ!」


 足がかりのない宙空にいる魔王に躱す手立てなどない。石像機化した勇者が振るった石突の一撃を大剣を楯にして防ぐも、その総てをいなすなど不可能だ。精妙な身体操作で勢いはかなり殺しているだろうが、この規模の差では大半の力を逃したとしても、その残滓だけでも人間大の存在を打ち据えるには過剰とさえ言える。


 奇しくも先程の意趣返しに似た形となり、〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟は灰色の大地へと墜落し、濛々たる塵埃を共として土に埋もれた。


「やったか?」


 シメールの胎でルードが我知らずつぶやく。


 しかし、忘れてはならぬ。そもそも石像機とは人の規模に収まるモノではない。如何なることわりによるものか、人類の姿をとっていたがその本性は一〇から二〇メートル級の〝魔の時代〟において覇を握った王である。


 立ち込む土煙も生々しい〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟が堕ちた陥没痕クレーターから、虹色の光柱が轟々と天を刺す。その峻厳といきり立つ姿は、あの青年が激越げきえつしているのか。それともこの峻烈しゅんれつたる様も涼やかな相貌のままで引き起こしているのか。


 虹色の柱の中、昇る人形の翳が視えた。岩石をも舞い上げる勢いで噴出する光の柱の中で、それはおもむろに……しかし確実に高度を高めていく。その翳は、先程久遠と鎬を削った青年のものだ。


「オオオオオオオオオオアアアッ!」


 雄々しき咆哮が大気を揺らし、人影を中心に存在力の爆発が生じる。まさしく爆発だ。大地をはつり、超新星の輝きを曇天に映し、顕現するのは、白鵶はくあとは裏腹の煤けた黑。典型的な人型石像機でありながらも、そこから感じられる存在力はともすれば気を触れさせかねない、高純度の圧迫感を世界に強いている。向かい合う鴉をかたどったような張り出した眼が、虹色に灯る。


 石像機――樋嘴でありながら、自己で完結した樋嘴でありながら異なる、畸嵬像きかいぞう


 震懾しんしょうせよ、地に満ちる人像柱よ。刮目せよ、これが〝魔の時代〟において玉座を勝ち取った覇王の姿。瞳に灼きつけ、怖懼ふくし平伏せよ。かの姿こそ、〝穢れた白鵶はくあのゼクスルク〟の真の姿である。

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