魔王
よく声を響かせる〝宮殿〟は豪奢であるものの、どこかうら淋しい雰囲気がある。かつて榮えた名残りを随所の疵に残し、今は人が絶えた伽藍の響きだ。
「そうだ。私は……」
久遠が震える声でごち、それが周囲に乱反射しつつ拡散していく。一つ思い出せば途端に記憶が連鎖的に蘇り、自身が石像機と化す
「思い出したようだな」
玉座の女が一目瞭然の事実を冷厳な響きで言い放った。或いは、それは久遠に純然たる事実を突き立てるための言霊だったのやもしれぬ。
「ルード、君は知ってたの……?」
寄る辺を亡くした瞳で
「……ああ、俺はあの……石像機――つまり、久遠の〝中〟にいたんだ」
そう、ルードはあの時――天地を渡す光柱の迸りの中心にいた。そして、彼は眩む視界の中で視た。久遠の肢体がほどけて、しかし
したたかに感光されていた視界が瞭然と像を結ぶようになったのは、いつからだったか。視界が正常さを取り戻したことに、しばらく気がつかなかったのは、普段ならば浮かぶこともない考えに耽溺してしまったからか。
「……ここは」
眼下には瓦礫、横を見やれば建築物、しかし、狂った寸尺が頼りなく感じるのは何故か。そして正面には――石像機〝眼馬ザルディロス〟の魁夷なる姿。
「うわぁ!」
驚き、腕を振ったルードの動きに合わせて視界が
黎い人馬騎士は視ずとも
「グッ⁉」
肉体が意思に先んじて、人馬騎士を押し戻すように手を伸ばした。当然、そんなことが叶う筈がないことはルード自身が理解している。生命危機に感応した肉体がみせる、単なる反射――本能的な、無為を悟る意識の介在しない行動にすぎない。
――斬られる!
蒼い戦慄の刃が触れ、斬られ飛んだ己の頸さえ夢想した
人馬騎士の姿が遠くなっている……。先程より小さくなった石像機の姿に、彼我を隔てる距離が空いたことに彼は気づいた。押し戻したのではない、むしろ自分の視界が後退したという事実は、周囲の瓦礫の山々が証明してくれた。しかも石像機との目線から鑑みるに、先程よりも彼の
そして、それに比例してか、人馬騎士は――不可思議なことにその威圧感を減少させていた。まるで、今までの畏怖の大部分を占めていた理由が霧消したかの如くに……。否、触れただけで卒倒しかねぬ圧倒的な存在感は、確かに摩っている。擦り切れた気配で却って冷静さを取り戻したルードは、その意味に気づき始めていた。
「ここは……操縦席?」
周囲は切り取られた実世界が映し込まれ、彼自身は椅子に似た器官に座っていた。何らかの操縦席を思わせるが、操縦桿らしきものもなく、機動兵器の操縦席にしては計器類――実機か
そういえば、先程手を伸ばした時に、浮遊した光る
浮かぶ紋様の数々……。仔細に見やれば、それぞれ形が異なり、
「なんだよ、これ」
当然ながら、彼に機動兵器に乗った記憶もなければ、乗った経験もない。ルード自身、後ほど知ることになる事実だが、このような形状の操縦システムは銀河人類史に存在しない。
燃ゆる炎から生じる火の粉の如く、紫の燐光が浮遊し、散らばって大気と同化する。視界がにわかに動き、自らの五指を見つめる構図となる。漆黒の
にわかに叩きつけられた気配にルードが顔を上げれば、視界も連動し――瞳に突き刺さるのは剣を斬り下ろそうとする〝眼馬ザルディロス〟の威容。そこから繰り出されるのは、馬脚の跳躍の勢いを加算した呵責など皆無の一撃だ。揺らめき光放つ一ツ眼の、その一切の感情を視せぬ炎の色は酷薄そのもの。極低音の冷気が見せる、氷点下で燃える白い炎にも似て――。
「ッ!」
不意の出来事……
瞬時に、〝眼馬ザルディロス〟が構えた巨大楯に銃弾は遮られたものの、肉厚な楯に明らかな焼痕を残し、またその衝撃は四脚の石像機に蹈鞴を踏ませる程に強烈だったらしい。
生物ならば誇りを傷つけられる屈辱に相当するのだろうか、石像機は豪剣を風車の如くに振り回す。諸刃剣の剣筋は刃の檻となるも、その隙間を縫う速度域の住民ならば、脅威には値しない。いくら触れれば断たれる咒いが存在しようとも、一定の
ルードの意思を鑑みず、機体が一人でに傾城の踊り子の如き身のこなしで剣戟を躱し続ける。巨剣の残像が煌めく青白い雫となって撒き散らされるも、その一切が漆黒の肢体を飾るのみに終始した。しかし、それが一つの策、一つの目的の元に誘導されていたものだとしたら……。
刹那の時を縫って蒼く輝く
しかし。
重ね蠢く蒼い残光は、光の芸術となって曇天と漆黒を浮かび上がらせるも、決してそれ以上の効果を齎すものではなかった。ルードの視界に映ったのは、槍の長さの柄をもつ傘だ。その螺旋を描いて束ねられた布地が稲光を発しながら、石像機の巨剣を阻んでいた。無論、少年が意図しての行動ではない。彼が知らずの内に搭乗していた、この機動兵器の自律行動だ。
傘槍と巨剣が交錯し、そして固着していた両者の時間が動き出す。その流れは、先程からの進退劇により、残酷なまでに格差として顕れていた。〝眼馬ザルディロス〟が剣を退くまでの
操縦席に坐したルード不在の一手――傘槍が溢れる残光を撒きながら翻り、一点を刺し貫かんと高速領域まで加速し……。
一突きは素人目にも必殺、会心の一撃と言えるものだったのだが、その無謬性は当の機体が突如起こした
「おいおい、どうなってんだよ!」
視界には幾つもの
「ッ!」
息を呑む暇もあらばこそ、迫る人馬騎士が――。
「そう、お前を殺そうとした石像機〝眼馬ザルディロス〟は
先の〝眼馬ザルディロス〟との戦いを語る玉座に坐した美女の声。女が呼ぶ〝穢れた
「〝穢れた
「そうだ。
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