産聲
時は〝眼馬ザルディロス〟が猛威を奮っていた時間――久遠という鴉が地に堕ちた直後まで遡る。
彼らは視た。龍神神門が、眼鏡の青年が、ジラ・ハドゥが、そして
地から天へと迸り、曇天を削る光の柱。〝世界柱〟の映し身が如き眩き閃光は、例えるならば真っ直ぐに天地を
光の柱の色は紫水晶の輝きを放っている。そこに注ぎ込まれた存在力――この
結果、溢れ滾る存在の光は柱を中心にして、放射線状の光条を撒き散らす。宙空を薙ぐ光の帯が、この世界に我存在せりと覇を叫ぶ。与えられた舞台、与えられた役回りを演ずる、自覚なき演者――
やがて、柱の中央――ちょうど光条が迸っている座標だ――へと柱を構成する光が収束し、仮初めの〝世界柱〟が細く閉じていく。代わって、横溢する存在力を放射する光球が、曇天が支配する惑星に堕ちた太陽の如く輝き、そして……。
「〝
「へぇ。なかなかの
直接肌膚を震わせる、暴威にも似た圧力にジラは笑みを浮かべていた。彼の求める、強き雄々しい
生まれながらの
「楽しみだ。僕を満たしてくれる
増大する自我と尽きぬ強さへの渇望……。ジラ・ハドゥの相貌は鬼の笑みに彩られていた。そう、彼の興味はただ一つ……この〝塔の惑星〟に棲息する存在が
両者の思惑はともかく、〝結社〟に属する二名は共に誕生した勇者の産声を
他方、〝眼馬ザルディロス〟を追跡していた神門は――。
「黒き君! ご無事ですか?」
既視感を覚える光の柱に心奪われていた神門は、自ら――と思われる――を呼ぶ声に
「……!」
何を呆けていた……! 天地を結ぶ柱がほんの近くで聳え、荘厳な紫水晶を赫耀たらしめているのだ。この超常の異変に気づいたのならば、長閑に微睡んでなどいられぬ。むしろ、ここまでの事態にいたにも関わらず意識を喪失していたなど、度し難い怠慢だ。
己に喝を入れつつ、少年は集束していく柱を見つめる。閃光の雄叫びを拡声する
そう、彼はこの感覚を憶えていた。いや、忘れるなどあろうことか。
畸形なる闇の淵で出逢った、そして、
既視感の正体に思い当たった神門は、正体をなくしたように紫の恒星を眺めていた。先程、気絶していた己を恥じた者とは思えぬ呆然とした神門を護るように、眼鏡の青年が彼と宙空に浮かぶ太陽の間に立つ。
「黒き君よ。呆けている場合ではありません。あの、アニマを地へと流さず自己循環させている
やがて太陽は球の形を無くし、次第に人の翳を映し出していく。石像機に似た陰翳だが、細身で華奢な印象を受ける。悩ましい描線は――それに性別があるとするならば、だが――男性のものとは思えず、女性的な艶美があった。
紫に灯る箔が剥がれ、その正体が顕れる。漆黒を思わせ、その実、
アリアステラは翠緑色に輝く電算の沃野にいた。
「動き始めました。天地を結ぶ柱、或いは天壌から垂らされた蜘蛛の糸……」
彼女の眼前には、惑星イラストリアス4の光景が映し出されていた。そう、迸る光の柱が世界に覇を刻む様が。
いや、いつしかアリアステラの前には、存在感だけで燦然と輝く美丈夫の姿があった。背を向けている筈の太陽の如き金髪、雅趣馨る美事な長衫に踊る鳳凰、妖しく輝く紅の瞳。メルドリッサ・ウォードラン。結社の査察官にして、美貌の吸血鬼。
『さて、此度の演劇はどう動くのかな。神域へと到る
聳える紫光の柱を見つめる吸血鬼の瞳に映る感情は何か。
「私は如何しましょうか。必要なら降下を……」
『それには及ばないよ。ジラと
彼が口にしたのは二人の怪物の名。金髪を逆立てた悪魔の申し子と白き鉄仮面の男。しかし、アリアステラには一抹の不安がよぎる。
『不安そうだね?』
「ええ」
王は、我知らず相貌に浮かぬ感情を貼り付けていたアリアステラに尋ねる。主に素直に吐露する少女だったが、それを咎めるどころかメルドリッサは微笑んでいた。
『大丈夫さ。君はそこにいて、趨勢を見守っていてくれるだけでいい』
その笑みは秋の涼風の如くに爽やかで――とても、太陽に燃える性質を持つ亜人とは思えぬ。この微笑みを前にしては疑うことなどできよう筈もない。契約を持ちかける悪魔が彼と同じ貌を持っていたとするならば、案外、契約者は魂を売ることを理解した上で厭わなかったのやもしれぬ。
「わかりました。最後まで見届けさせていただきますわ」
『ああ、信頼しているよ』
そう、ここからが始まりだ。〝柱の時代〟の終焉にして、〝結社〟の介在する新たな歴史が始まる――。曇天から放たれた一筋の稲妻が、予定調和の英雄譚の開幕のベルとなって鳴り響く。そう、運命という
歴史の
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